SPIのお問い合わせはこちら
NMAT・JMATのお問い合わせはこちら
研究レポート
人事シミュレーションの出発点
企業における採用計画や組織設計は、“どのような人物がチームに所属するかがチーム全体のパフォーマンスに与える影響”についての予測に基づいて行えることが理想です。そのためには、さまざまなタイプの人物がチームに加わったと仮定したシミュレーションを行うことが有効です。そこで本レポートでは、Large Language Model(LLM)エージェントは組織への適応タイプを再現できるのかを検討した2つの研究を、2回にわたって紹介します。
※本レポートは全2回のうち前編です。後編はこちらからご覧いただけます。
コーポレート統括部 ITシステムマネジメント部 HRテクノロジー2グループ エンジニア
技術開発統括部 研究本部 組織行動研究所 主任研究員
目次
組織のなかでは、異なる傾向をもつ人々が協働します。どのような人たちが組み合わさるかによって、組織の効率性や革新性に大きな差異が生じることがあるのは、企業で働く人なら誰もが実感するとおりです。人材間の違いを踏まえた「最適な人材配置」の追求は人事課題の1つでもあり、性格特性を含んだ従業員のデータをもとに最適な人材配置を提案するサービスも存在します。しかしながら、そうしたサービスの多くは既存従業員の配置実績を分析するものであり、まだ在籍していない人物を仮定した配置シミュレーションには使いにくいという制約がありました。
本レポートで紹介する取り組みは、組織人事(HR)領域に着目し、組織への適応タイプをLarge Language Model(以下、LLM)エージェントに模倣させようとするものです。LLMは自然言語による入出力を得意とする機械学習モデルであり、ユーザが入力したテキストに対して人間のような応答を生成することができます。LLMエージェントに性格傾向を付与する(特定の性格をもつ人物のように振る舞うよう設定する)という研究は近年多く行われるようになってきています*1, 2, 3。例えば、La Cavaらはオープンソースの大規模言語モデルを含む12のモデルを対象として、エージェントに性格傾向を付与できるかを評価しています*2。LLMエージェントで人間の性格特性を再現しようとする研究の多くは、一般的な性格傾向に焦点を当てていますが、本取り組みでは、人事領域での適用を念頭に、実務場面で使われる「組織への適応タイプ」に着目し、LLMエージェントによる性格特性の再現に関する研究の人事場面への拡張を試みました。
組織への適応タイプとは、組織人事の実務において個人の傾向を捉えるために用いられる指標であり、組織活動における個人の傾向を表すフレームワークです(適応タイプの詳細は「働く人の本音調査2024 第5回」参照)。この組織への適応タイプは、各個人が4つの組織風土(創造重視、結果重視、調和重視、秩序重視)のいずれに適合しやすいかを示すものです。LLMエージェントで任意の組織への適応タイプを再現できれば、多様な組織への適応タイプをもつ人物同士の相互作用をシミュレートできるようになり、より精緻な採用計画や組織設計が可能となります。
LLMエージェントを人事実務のシミュレーションに用いるためには、大きく2つの条件が前提となります。1つは、ねらったタイプを確実にエージェントへ付与できること、すなわち設定したタイプどおりに一貫して振る舞うエージェントを作成できることです。もう1つは、付与したタイプがエージェントの振る舞いとして表出し、第三者がそれを読み取れること、すなわちタイプが自身の特徴の自己評価のうえだけでなく実際の組織的行動に表れることです。
本レポートでは、この2つの検証結果を全2回に分けて順にお伝えします。
前編(研究事例1)では、パーソナリティ診断タスクを用いて、設定したタイプどおりに自己一貫した回答を返すエージェントを作成できるか――すなわち、組織への適応タイプをLLMエージェントに「付与」できるか――を検証します。
後編(研究事例2)では、タイプを設定したエージェントに職務経歴書を作成させ、その記述から元のタイプを第三者が言い当てられるか――すなわち、LLMエージェントは組織への適応タイプを行動に「表出」できるか――を、LLMと人間の双方の評価者によって検証します。そして、2つの研究を統合して何がいえるのかをまとめます。
▲ 目次に戻る
研究事例1としては、情報処理学会 自然言語処理研究会の第265回研究発表会での発表(藤井・宇野・禰宜田・増田・仲間,2025)を紹介します。詳しくは発表論文「LLMエージェントに組織への適応タイプを再現させる手法の検討」をご覧ください。
研究事例1が問うのは、「性格特性(パーソナリティ)」と「組織への適応タイプ」との対応関係が、LLMエージェント上でも再現可能かどうかです。具体的には、システムプロンプトで組織への適応タイプを初期設定したLLMエージェントにパーソナリティ診断タスクを実行させ、その出力から判定されるタイプが人間において観察されるとおりになるか――すなわち「タイプ」を付与されたエージェントが対応した「性格」をもつといえるのか――を検証します。組織への適応タイプをLLMエージェントに付与できれば、さまざまなタイプの従業員の協働をLLMエージェントを用いてシミュレートするための基盤が得られます。
LLMエージェントの入力に使用する組織への適応タイプの定義を図表1に示します。本研究では、個人の特性を“課題設定と判断の仕方”と“コミュニケーションの取り方”の2軸に基づきW–Zの4区分に分類したものを組織への適応タイプとして用います。“W”の区分は創造的であり、挑戦的な仕事に周囲と力を合わせて取り組む傾向が見られます。“X”の区分は結果重視で合理性を重視し、高い目標に意欲的に取り組む傾向が見られます。“Y”の区分は調和に重きをおいて人と協調しながら、着実に仕事に取り組む傾向が見られます。“Z”の区分は秩序正しく細かいことにも気を配り、こつこつと仕事に取り組む傾向が見られます。
LLMエージェントに対する組織への適応タイプの付与は、システムプロンプトを通じて行います。システムプロンプトはエージェントの前提となる設定を与える機能であり、その後に与えられるユーザプロンプトはこの前提条件に基づいて処理されます。設計したシステムプロンプトを図表2に示します。本レポート(前編)では、組織への適応タイプの簡易定義(図表1を参照)と、詳細定義(簡易定義に強み・弱みの説明を加えたもの)の2種類のシステムプロンプトを設計し実験を行いました。
実験の流れの全体像を図表3に示します。組織への適応タイプを付与したLLMエージェントに、ユーザプロンプトでパーソナリティ診断に回答させます。そして、その回答から算定される組織への適応タイプが、付与したタイプと一致しているかどうかを調べます。これが実験の枠組です。
LLMにはClaude Sonnet 4を使用し、タイプごとに400体のLLMエージェントを作成しました。モデルが生成する出力内容のランダム性を定義するパラメータであるTemperatureは0.7と設定しました。Temperatureは0に近づけるほど出力のバリエーションが抑制され、毎回同じような回答が返ってくるようになります。反対に、Temperatureを大きくするほどバリエーションが増し、毎回異なる回答が生成されるようになります。(この点については後ほど詳述します。)
組織への適応タイプの計測に用いたパーソナリティ診断タスク(診断の詳細はこちら)は、全36問の4段階の選択式の設問です。設問に用いたペアをA、Bとして、その一部を図表4に示します。回答結果は、前述の診断で定義されている換算ロジックと閾値に基づき2次元ベクトルとしてスコアリングされ、組織への適応タイプに分類されます。
初期設定した組織への適応タイプとパーソナリティ診断タスクから出力されたタイプの結果の関係を示す混同行列を図表5に示します。簡易なプロンプトを使用して作成したエージェントでは多少のエラーが見られましたが(初期設定されたタイプと非整合的な回答をしていた)、詳細なプロンプトを使用して作成したエージェントはエラーなく一貫性をもってパーソナリティ診断に回答できていました。
また、エージェントごとのパーソナリティ診断タスクにおけるスコアを図表6に示します。スコアは2次元座標上にプロットされ、中央線を基準にした4象限で分類されます。ドットの色の違いは初期設定したタイプの違いを表します。図から、簡易なプロンプトを用いたエージェントと比べ、詳細なプロンプトを用いたエージェントでは出力のばらつきが小さくなる傾向が確認できます。初期設定での記述が詳細であればあるほど一貫性が高まるということが示唆されます。
これらの結果から、本実験の条件では、付与した組織への適応タイプに沿ってパーソナリティ診断に安定して回答するLLMエージェントを作成できることが明らかになりました。これは、ねらった組織への適応タイプをLLMエージェントに確実に付与できること、すなわちシミュレーションの前提条件の1つ(タイプの付与)を満たせることを示しています。
なお、詳細なプロンプトを使用した条件ではTemperatureを大きくした場合でも、精度の低下は見られないことも確認できています。付与したタイプの範囲内で適度な違いもあるLLMエージェントがシミュレーション目的では理想となるので、「詳細なタイプ定義をシステムプロンプトとして与えたうえでTemperatureを高く設定して出力に適度なランダム性をもたせる」というアプローチが効果的であると考えられます。
研究事例1では、人事実務上での活用がしやすいように、組織への適応タイプをLLMエージェントに付与させるための手法を検討しました。1600体(400体×4タイプ)のLLMエージェントを作成してパーソナリティ診断タスクを実行させることで、付与したタイプどおりの性格をもつかを実験しました。その結果、システムプロンプトを通じてねらった組織への適応タイプをLLMエージェントへ確実に付与できることが明らかとなりました。
しかし、シミュレーションにおいてタイプが意味をもつのは、それがエージェントの実際の振る舞いとして表れ、外部から観察可能なときです。そこでレポートの後編では、付与したタイプがエージェントの生成する組織的行動に表出し、第三者がそれを読み取れるかどうかを検証した研究事例を紹介します。
LLMエージェントは組織の“人のタイプ”を再現できるか(後編)
多様な個人の協働を支える組織デザイン 新しい計測・分析技術
研究レポート 2026/08/24
AI ピープルアナリティクス
研究レポート 2026/07/06
定年後のトランジションに関する調査研究2
定年前の働き方が、定年後の適応を左右する ―5年以内に定年退職した13名へのインタビュー調査より
シニア活躍 職場の人間関係
研究レポート 2026/06/15
定年後のトランジションに関する調査研究1
定年後の幸福感を高めるものは何か ―就労や社会活動、自己有用感、人とのつながりが与える影響の検討