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研究レポート
定年後のトランジションに関する調査研究2
前回のレポート「定年後の幸福感を高めるものは何か―就労や社会活動、自己有用感、人とのつながりが与える影響の検討」では、定年退職後のシニアを対象としたアンケート調査をもとに、就労や社会活動、人とのつながり、自己有用感が幸福感に与える影響を定量的に検討しました。その結果、就労・社会活動は共に幸福感を高める一方、「つながりや有用感が得られない就労」はかえって幸福感を下げる可能性があることが示されました。本レポートでは、定年退職という大きな転換期(トランジション)について、さらに解像度高く理解を深めるために実施したインタビュー調査について紹介します。定年前後の経験や心理的な変化のプロセスについてインタビューした結果、定年後の適応は定年を境に突然始まるのではなく、定年前からの働き方や人間関係の築き方と深く関わっていることが明らかになりました。
※本レポートは、経営行動科学学会第27回年次大会(2024年11月)での発表をもとに執筆しています。詳しくは発表論文「シニアの定年前の働き方が定年後の変化適応に及ぼす影響 定年後のシニアを対象としたインタビュー調査から」 をご覧ください。
技術開発統括部 研究本部 組織行動研究所 主幹研究員
技術開発統括部 研究本部 組織行動研究所 主任研究員
目次
生産年齢人口の減少にともなって、高齢者の就労は注目を集めています。日本の社会保障制度は今後、少ない現役世代で多くの高齢者を支えることになりますが、高齢者が健康に長く働き続けることで、労働力人口の確保だけでなく、社会保険料や税負担の担い手の拡大にもつながります。
日本の高齢者の就労意欲は高く、60歳以上の約8割が70歳以上まで働きたいと回答しており、実際の就労率も高い水準にあります*1。また、高齢就労者の仕事満足度も他の年代と比べて相対的に高いことが報告されています*2。一方で、現役時代と同じように働ける高齢者ばかりではなく、継続雇用された高齢就労者の動機づけの低下や適切な役割付与の難しさも指摘されています*3。体制や制度の整備は進みつつあるものの、シニアが生き生きと働き続けるための条件については、まだ解明すべき点が多く残っています。本研究では、制度や環境面ではなく、高齢者自身の考えや行動に着目することで、新たな視点を得ることを目的とします。
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退職(リタイアメント)に関する心理学的研究は、少子高齢化を背景に欧米でも近年増加しています。ただし、退職の在り方は各国の制度や価値観に影響を受けるため、欧米の知見を参考にしつつ、日本独自の研究も重要です。なお、米国では1980年代までは男性従業員はなるべく若くしてリタイアすることを目指していましたが、2000年以降は、リタイアメントは一律の単一イベントとして捉えられなくなり、段階的引退や再就労なども含め、退職への移行の在り方が多様化しています*4。
心理学では、退職者の心理的側面に着目し、主に3つの視点から退職を捉えてきました。
第一は「意思決定プロセス」としての退職です。日本ではかつて定年による一律退職が一般的でしたが、継続雇用制度の整備や高齢者の体力向上により、高齢者自身が働き続けるかどうかを選択する余地が生まれています。第二は「適応プロセス」としての退職です。体力・意欲・人間関係など、さまざまな資源を活用しながら変化に適応していくプロセスとして捉えます。第三は「キャリア発達の一ステージ」としての退職です。キャリアは環境に合わせて柔軟に変化するというプロティアンキャリアの考え方のもと、退職後の仕事や活動と自分のキャリアゴールをどう統合するかが重要になります。本研究では、これら3つの視点を統合しながら、定年を機にどのような意思決定が行われ、新しい環境に適応していくのかを見ていきます。
前回の研究レポートで用いたサクセスフルエイジングの観点を、本研究でも引き続き用いることとします。この考え方では、心身が健康であることに加えて、生産的であることと、人とのつながりをもつことの重要性が説かれています*5。就労には、生産的である機会も人とつながる機会も含まれています。一方で、そういった機会は趣味やボランティアなどの社会活動にも存在します。前回のレポートでも報告したとおり、就労や社会活動を通じた人とのつながりと自己有用感が幸福感を高めることが示されており、就労が幸福感を高めるのは、それを通じてある種の欲求が満たされた結果であることが分かっています。
本研究が特に注目するのは、正社員として会社員生活を送り、ある程度の蓄えがある「中間層のシニア」です。シニア全体の半数以上を占めると考えられるこの層は*6、一定の労働市場がある経営者や専門性の高いスペシャリストとは異なり、自ら定年後の身の処し方を決める必要がありますが、生活のために働かざるを得ないわけでもありません。定年後に働く動機は、お金だけでなく、社会貢献や人とのつながり、健康維持など多様です。
彼らの定年直後の就労に関する意識はどのようなものでしょうか。継続雇用を選択しない人は、どのように次の就労機会を得るのでしょうか。次の仕事は、自分の能力やスキルが生かせる仕事でしょうか。次の仕事は、定年前の人間関係を通じて見つけたものでしょうか、それとも条件面で折り合いのつく仕事を自ら探したのでしょうか。定年後は仕事をしないと決めた人にはどのような理由があったのでしょうか。
これらの疑問に答えようとする際に、定年前の仕事経験の影響は無視できません。ところが、定年前との関連性を検討した研究・調査はさほど多くありません。定年前と定年後を連続したものとして考えるべきとの指摘もあります*7。本研究では、定年前からの一連のものとして定年後の適応を見ていきます。定年退職前後の心理的変化のプロセスをインタビュー調査から明らかにし、幸福感を高めることが期待される人とのつながりや、自分が役立つことができているとの認識にどのようにつながっているかを検討します。
2023年2月、定年退職を経験して5年以内のシニア15名にインタビューを実施しました。インタビュー対象は、前回のレポートで使用した調査の回答者にインタビュー協力意向を確認し、同意を得た人のうち、就労・社会活動の有無に偏りが出ないよう選定しました。インタビューした結果、15名のうち2名は定年退職を経験していなかったことが判明したため(役職定年、契約満了)、13名を分析対象としました(図表1)。なお、対象者の定年時期は2018年1月以降であるため、2013年に施行された高齢者雇用安定法改正(希望者全員の65歳までの雇用確保措置を義務化)以降に定年を経験しています。
インタビューの所要時間は1人あたり約60分で、主な質問は、(1)定年退職時の状況(退職時期、退職直前の仕事内容、退職前の意識)、(2)現在の就労や社会活動の詳細や今後の見通しの2点です。インタビューは対象者の許可を得て録音し、テキスト化しました。
分析にあたっては、修正版グラウンデッド・セオリー・アプローチ*8を用いてデータを解釈しました。定年前から定年後の変化適応プロセスについて、最終的に15の概念を抽出し、それらを包括する6つのカテゴリーを作成しました(図表2)。概念とカテゴリーの関係を示したものが図表3です。
以下、カテゴリーごとに概要を説明します。概念ごとの具体的なエピソードについては、論文をご参照ください。
「定年前の仕事への取り組み」には、4つの概念があります。「[1] 置かれた環境の変化に適応した経験がある」は、会社主導での異動や再就職、出向・転籍、倒産・リストラによる早期退職など、自分の意思が及ばない変化を経験しそれを乗り越えてきた経験があることです。「[2] 周囲の期待に応える」は、目の前の仕事に集中して周囲の期待に応えてきたことです。「[3] 自らの意図をもって主体的に行動する」は、状況に流されず、自分なりの意図をもって仕事に取り組んだり、周囲に働きかけたり、キャリアや働き方を選択してきたことです。「[4] 自分の専門性の内容や程度を自覚している」は、専門性についての会社からの期待や労働市場で見たときの自らの専門性の程度などについて自覚して言語化できていることです。
これらはいずれも定年後の適応に影響する要素ですが、特に環境変化への適応経験([1])は、定年時の変化を受け入れやすくする土台となっていました。
「定年前の社会とのつながり」として、仕事を通じた人間関係と、仕事以外の人間関係の2つが確認されました。「[5] 人間関係が築けている(仕事)」は、定年前の職場の同僚、取引先、海外駐在先の関係者など、仕事を通じた人間関係が築けていたことです。「[6] 人間関係が築けている(仕事以外)」は、定年前の地域活動、趣味の集まりなど、仕事以外の人間関係が築けていたことです。
定年前の仕事上の人間関係は、退職を機に絶たれた人もいましたが、定年前の仕事でうまく人間関係を築いていた人([5])は、定年後にも新たなつながりを築こうとする動機をもっていました。また、定年前から地域や趣味、学生時代の友人などとの関係性を築いていた人([6])は、定年後も継続してつながりを保っていました。
「定年時の状態」として、3つの概念が見られました。「[7] 定年時に直面する変化を受容している」は、就労継続の場合に仕事内容や処遇が変わる、退職の場合に生活が変わるなどの変化に対して、その現実を受容していることですが、受容の仕方には自然に受け止める、割り切る、前向きな受け止めまでさまざまなものがあります。「[8] 定年時に会社や周囲からの期待を感じている」は、継続雇用あるいは再就職先の会社から自分が期待されていると感じている状態です。「[9] 自分で選んでいる感覚がある」は、定年時の選択において、決められたことにただ従うのではなく、自分で決めている感覚があることです。
周囲からの期待の認知([8])と、自分で選んでいる感覚([9])の両方がある場合は、前向きに変化を受け入れていました。どちらか一方の場合でも、前向きさは劣るものの、受容([7])にはつながっていました。どちらも感じられない場合には、変化の受容が難しくなる傾向が見られました。
特に注目されるのが自分で選んでいる感覚です。定年後の身の処し方を自分で決めたと感じている人ほど、その後の行動(就労・社会活動)に対しても積極的に取り組む姿勢が見られました。
「定年前・後の意識」として、2つの概念が確認されました。「[10] キャリア志向・仕事観が明確である」は、自分がどのような仕事をしたいか、どのように働きたいかを言語化できていることです。専門家として貢献できる場でなければ働く意味がないとの意見や、後進に技術を伝えたいとの考えなど、人によって内容はさまざまでした。「[11] つながり動機がある」は、社会や人とつながりたいという意識のことで、仕事を通じたつながりを求める人もいれば、地域や趣味を通じたつながりを大切にしている人もいました。
キャリア志向・仕事観が明確な人([10])は、それに基づいて定年後の選択を自分で行い([9])、就労や社会活動のなかで「役に立っている」感覚を得やすい傾向がありました。
定年後の生活において、「定年後の自らが生産的であるという感覚」として、仕事を通じた貢献感と、仕事以外の社会活動を通じた貢献感の2つが確認されました。「[12] 役に立っている(仕事)」は、仕事を通して役に立っている、貢献している感覚があることです。必要とされていることが具体的に感じられるエピソードに加えて、定年前と変わらない役割を継続できていることから感じられているケースもありました。「[13] 役に立っている(仕事以外)」は、仕事以外の社会活動を通して役に立っている、貢献している感覚があることです。OB会の役員、孫の育児支援、NPO活動への参加など、その内容はさまざまでした。
前回のレポートで報告したアンケート調査では、こうした「役に立っている感覚(自己有用感)」が幸福感を高めることが定量的に示されています。本インタビュー調査は、その背景にある具体的なプロセスを明らかにするものといえます。
ここまで説明したカテゴリー、概念の関係をつなげて理解しやすくするために、就労と社会活動が両方有、両方無の2名の事例を紹介します(属性については図表1参照)。
【就労あり・社会活動あり:Aさんの場合】初職での早期退職という変化適応経験[1]をもち、技術職としての専門性を自覚[4]しながら複数社でキャリアを重ねてきました。会社の要請[8]での継続雇用、定年前の仕事の人間関係[5]経由での就職を経て、専門を生かしたアドバイザー的な仕事がしたい[10]、後進に技術を教えたい[11]という動機のもと、求人内容が自分の専門と異なるにもかかわらず、「こういう役割で雇ってもらえないか」と自ら売り込み[9]、現在の職を得ています。仕事でも社会活動でも貢献感[12,13]をもちながら、充実した定年後を送っています。
【就労なし・社会活動なし:Gさんの場合】初職での早期退職[1]以来、技術者としての専門性への限界を認識[4]しながら、周囲の期待に応えて[2]幅広い仕事に従事してきました。主体的なキャリア形成ができていなかった[3対極例]と自覚しており、継続雇用にあたっての会社との手続き上の齟齬から意図せず[7,8,9対極例]定年退職することになりました。自分を必要としてくれるところがあれば働きたいが、なければ仕方ない[10対極例]と考え、求職活動も思うように進んでいません[12対極例]。同窓会などには参加[15]していますが、趣味などの交流は面倒[11対極例]だと感じて、限られたつきあいにとどまっています。
本研究から見えてきた最も重要な示唆は、定年後の適応は定年を境に突然始まるのではなく、定年前からの働き方や意識の積み重ねによって方向づけられているということです。特に以下の3点が、定年後の適応を左右する重要な要素として浮かび上がりました。
1点目に、定年前の変化適応経験と主体的な行動姿勢で、過去に環境変化を乗り越えた経験と、自分なりの意図をもって行動してきた経験が、定年という大きな変化への適応力を高めます。2点目は、自分の専門性と仕事観の明確さで、自分が何者で、何ができるかを自覚していることが、定年後のキャリア選択における「自分で選んでいる感覚」につながります。3点目が、仕事以外のつながりの有無で、定年前から仕事以外の人間関係を築いていた人は、定年後も豊かなつながりを維持できていました。
前回のレポートでは、就労や社会活動が幸福感を高める一方で、「つながりや有用感が得られない就労」はかえってマイナスになりうることが示されました。本インタビュー調査はその理由を示唆しています。就労していても、自分で選んだという感覚がなく、役立っている実感も人とのつながりも得られなければ、幸福感は高まらないといえます。
本研究にはいくつかの限界があります。第一に、インタビュー対象者の定年時期がコロナ禍と重なっており、特に人とのつながりがコロナの影響で途絶えてしまったケースがあることに留意が必要です。第二に、定年からの経過時間が参加者によって異なるため、適応の評価に差が生じている可能性があります。第三に、インタビューによる回顧形式のため、各要素の因果関係については今後さらなる検討が必要です。また、今回の対象者は首都圏在住の男性が中心であり、女性や地方在住者、異なる職種・業種への一般化には慎重さが求められます。
本研究では、幅広く就労と社会活動の参加の有無について取り上げました。次の研究では、定年退職前後の意思決定と定年後の就労に焦点を合わせ、どのように定年というトランジションを乗り越えたのか、深掘りをしていきたいと考えています。
*1 内閣府. (2025). 令和 7 年版高齢社会白書. *2 リクルートワークス研究所. (2019).全国就業実態パネル調査. *3 小塩 隆士. (2018). 高齢者雇用の現状と課題 60歳代後半を「支える」側に.日本経済新聞「経済教室」. *4 Shultz, K. S., & Wang, M. (2011). Psychological perspectives on the changing nature of retirement. American psychologist, 66(3), 170–179. *5 Rowe, J. W., & Kahn, R. L. (1997). Successful aging. The Gerontologist, 37, 433–440. *6 前田展弘. (2024). 高齢者就労の意義と“貢献寿命”〜長生きを喜べる長寿社会の実現に向けて〜. D.L. ブルスティン博士講演 & シンポジウム・対話会資料. *7 石山恒貴. (2023). 定年前と定年後の働き方:サードエイジを生きる思考.光文社新書. *8 木下康仁. (2003). グラウンデッド・セオリー・アプローチの実践:質的研究への誘い.弘文堂.
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