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研究レポート
定年後のトランジションに関する調査研究1
近年、シニアの就労についてさまざまなデータが提供されるようになっています。一方で、定年退職後の就労が、シニアにどのような心理的影響を与えているのかなど分からないことも多くあります。本研究では、定年退職という大きな転換期(トランジション)を経験したシニア層を対象に、退職後の就労に加えて、社会活動についても、それらが幸福感に与える影響を確認しました。「サクセスフルエイジング(うまく歳を重ねること)」の考え方をベースに、定年後に自分が役立っていると感じること、人とのつながりを築けていることが、幸福感を高めるかを検証しました。就労と社会活動はいずれも幸福感を高める効果があり、その背景には、自分が役に立っているという実感や人とのつながりが影響していました。ただし、人に影響を及ぼしたいとの志向が強い人は、就労や社会参加の活動があったとしても、幸福感の上昇が抑えられる可能性が示唆されました。一方、人に支えてもらいたい志向が強い人では、そのような傾向は見られませんでした。
※本レポートは、日本心理学会第87回大会(2023年9月)での発表をもとに執筆しています。詳しくは発表論文「定年退職後の幸福感を高める自己有用感と人とのつながり」をご覧ください。
※本研究は、令和4年度の長寿科学研究者支援事業である「長生きを喜べる長寿社会実現研究支援」を受けて、菅原育子先生・秋山弘子先生(東京大学高齢社会研究機構)、檜山敦先生(一橋大学大学院)との共同研究の一環として実施されたものです。
技術開発統括部 研究本部 組織行動研究所 主幹研究員
技術開発統括部 研究本部 組織行動研究所 主任研究員
目次
近年、日本における65歳以上の就業率(人口に占める就業者の割合)は上昇しています。2024年の就業率は、65~69歳で53.6%、70~74歳で35.1%、75歳以上で12.0%であり、10年前と比較して、それぞれ13.5ポイント、11.1ポイント、3.9ポイント伸びています*1。制度面でも、2013年には65歳までの雇用確保措置が企業に義務づけられ、さらに2021年の改正高年齢者雇用安定法の施行により、70歳までの就業機会確保が努力義務として求められるようになりました。シニアの就労は、個人の生きがいや健康にかかわるだけでなく、企業の人材活用や社会保障の観点からも注目されており、定年後のあり方を考えることは社会全体の重要課題となっています。
このような関心は国際的にも広がっており、欧米諸国においても、シニアの就労や定年退職に関する研究への注目が高まっています*2。その背景には、人口高齢化に伴う高齢就業者の増加と、先進国を中心に広まりつつある「高齢者の積極的な社会参加を推進する政策」*3の影響があります。
こうした文脈のなかで注目されているのが、「サクセスフルエイジング(うまく歳を重ねること)」という考え方です*4。サクセスフルエイジングは、長寿や健康、主観的幸福感としばしば同義に用いられることもある概念で、これら3つの要素を統合した概念とみなされることもあります*5。そして主観的幸福感は、心身の健康を維持するだけでなく、生産的であること(社会や身近な人々に対して何らかの役割を果たし、貢献し続けること)、そして人とのつながりをもつことの重要性を説く概念です。
就労には、生産的である機会も、人とつながる機会も含まれています。一方で、こうした機会は趣味やボランティアなどの社会活動にも存在します。では、定年後のシニアの幸福感に対して、就労と社会活動はそれぞれどのような役割を果たしているのでしょうか。また、生産性や人とのつながりは、幸福感にどのように影響しているのでしょうか。
本研究では、定年退職後のシニアを対象に、就労や社会活動、生産的であること、人とのつながりが幸福感に与える影響を探索的に検討しました。
2023年2月、調査会社の登録モニターを活用したインターネット調査を実施しました。対象者は、調査実施時点から過去約5年間(2018年1月〜2022年12月)に定年退職した60〜74歳です。
シニアの定年退職後のキャリアは多様であるため、調査対象者を限定しています。定年退職時の職業としては、従業員規模300名以上の会社で、正社員・契約社員としてホワイトカラー職種に従事していた人を対象としました。就労の有無による分析を行うため、調査回答の前月(2023年1月)に収入の伴う仕事をした人、しなかった人が均等になるように回収しました。アンケート調査の分析の後、回答者の一部に対面インタビューを行うことを想定していたため、居住地は首都圏としました。なお、就労理由として「働かないと生計が成り立たないため」を選択した場合に、経済的要因の影響のみが強く出る可能性があるため、今回の研究対象には含めないことにしました。有効回答者数は2498名でした。
分析の報告に入る前に、本調査における回答者の特徴について紹介します。※集計結果の「%」表記は小数第2位を四捨五入しているため、合計は100%と一致しない場合があります。
※回答対象者を決める予備調査で、調査回答時点の前月での就労経験の有無が均等になるように回収したため、調査回答時点の就労についてもおおよそ均等になっている
※複数の仕事に就いている人はメインの仕事について回答
2023年1月に収入の伴う仕事をした方に伺います。仕事をしている理由は何ですか。<複数回答/n=1231/%>
現在の仕事に就いた経緯について、次のうちからあてはまるものを1つお選びください。<単一回答/n=1231/%>
<調査回答時点の社会活動について>
現在、次のような仕事以外の社会活動を行っていますか。あてはまるものをすべてお選びください。<複数回答/n=1004/%>
本研究に使用した変数は図表4のとおりです。
図表5は、就労と社会活動の有無の組み合わせ別に、「人並みの幸福感」と「人とのつながりの幸福感」の2種類の幸福感の平均値を示したものです。それぞれの幸福感の群間の違いを見てみました。
※赤点線、青点線以外は、統計的に意味のある差(有意差)あり
「人並みの幸福感」については、低い順に、「就労なし・社会活動なし」、「就労あり・社会活動なし」で、それよりも高かった「就労あり・社会活動あり」と「就労なし・社会活動あり」の間には統計的に意味のある差(有意差)は確認されませんでした(図中赤点線)。相対的に、就労よりも社会活動への参加の有無が、幸福感の高さにより影響していることが示されています。
「人とのつながりの幸福感」については、「就労なし・社会活動なし」が最も低く、次に低かった「就労あり・社会活動なし」と「就労なし・社会活動あり」の間には有意差が見られませんでした(図中青点線)。最も幸福感が高かったのは、「就労あり・社会活動あり」でした。こちらの幸福感については、就労と社会活動が同等に幸福感を高める可能性が示されています。
変数間の関係性について作成したモデルについて、データのあてはまりを検討する構造方程式モデルと呼ばれる分析手法がありますが、図表6はこの手法で作成したモデルを最終的に確定させたものになります。元のモデルは、就労や社会活動が生産的であること(モデルの「自己有用感」)と、人とつながりをもつこと(モデルの「過去半年のつながり頻度」)を通して、幸福感を高めるとの想定で作成しました。加えて、人とつながりたいと思う動機については、探索的にモデルに加えることとしました。具体的には「就労」「社会活動」と「能動的つながり動機」「受動的つながり動機」はすべて、「過去半年のつながり頻度」「自己有用感」を通して、あるいは直接的に幸福感に影響するとのモデルを作り、有意でないパスを外したものが、最終的に確定したモデルです。モデルの適合度は良好でした(χ²=10.3, p=0.02; AGFI=0.98, RMSEA=0.03, AIC=76.36)。
主な結果は以下のとおりです。
就労・社会活動の影響:就労も社会活動も、「過去半年のつながり頻度」と「自己有用感」を高める方向に影響していましたが、その程度を示すパスの値は就労の方が高くなっていました。
つながり動機の影響:他者への影響力を求める「能動的つながり動機」と他者からの支援を求める「受動的つながり動機」のどちらも、「つながり頻度」と「自己有用感」を高めました。「過去半年のつながり頻度」には「受動的つながり動機」からのパスが、「自己有用感」には「能動的つながり動機」からのパスが高い値を示していました。この結果からは、「自己有用感」は、集団のなかで何らかの役割を担うことによって高まる可能性があると考えられます。
幸福感への影響:「過去半年のつながり頻度」と「自己有用感」は共に、2種類の幸福感を高める方向の影響を示しました(「自己有用感」からのパスの値が大きく見えますが、測定尺度としての一貫性・安定性が高いと相関が高くなることが影響している可能性があります)。
以上の結果は、サクセスフルエイジングで論じられているように、生産的であること・人とつながることが、定年退職後の幸福感を高めることを支持するものです。
就労やつながり動機から幸福感への直接の影響では、幸福感へのネガティブな結果も得られました。
就労のネガティブな影響(図中赤〇):就労は、「過去半年のつながり頻度」や「自己有用感」を媒介しない場合、幸福感にネガティブな影響を与えることが示されました。
「能動的つながり動機」のネガティブな影響(図中青〇):「受動的つながり動機」は2種類の幸福感を高める方向に影響がありましたが、「能動的つながり動機」は「人並みの幸福感」を下げる方向に影響していました。
これらの結果は、次のように解釈できます。就労も「能動的つながり動機」も、本来は生産的であることや人とのつながりを促進すると考えられます。しかし、実際に有用感を感じられない、あるいは人とつながる機会が得られないといった状況では、「望むものが得られない」フラストレーションとなり、かえって幸福感を下げてしまう可能性があります。特に「能動的つながり動機」のネガティブな影響は、定年後の職場でのつながりの質の重要性を示唆する知見といえるでしょう。
本研究の対象は、調査概要のとおり、経済的理由のみで就労しているわけではなく、定年退職時に従業員300名以上の組織に勤めていた首都圏在住者に限定されています。また、女性がほとんど含まれておらず、1時点のデータであるという制約もあります。今後は対象者の範囲を広げてデータ収集を行い、さらに検討を深めていく必要があります。
なお、本調査はCOVID-19の影響が残る時期に実施されたものです。当時の社会状況が、シニアの就労や社会活動の実態に一定の影響を及ぼしている可能性がある点には留意が必要です。
次回は、アンケート回答者に実施したインタビュー調査に関する研究について紹介します。
*1 内閣府. (2025). 令和 7 年版高齢社会白書. *2 Berkman, L. F., & Truesdale, B. C. (2023). Working longer and population aging in the US: Why delayed retirement isn’t a practical solution for many. The Journal of the Economics of Ageing, 24, 100438. *3 世界保健機関 (WHO). (2002). Active ageing: a policy framework. *4 Rowe, J. W., & Kahn, R. L. (1997). Successful aging. The gerontologist, 37(4), 433-440. *5 Palmore, E. (1979). Predictors of successful aging. The gerontologist, 19(5_Part_1), 427-431. *6 Hitokoto, H., & Uchida, Y. (2015). Interdependent happiness: Theoretical importance and measurement validity. Journal of Happiness Studies, 16, 211-239. *7 伊藤裕子, 山崎幸子, & 相良順子. (2019). 自己有用感尺度の作成と信頼性・妥当性の検討. 日本心理学会大会発表論文集, 83, 1A-068. *8Hirashima, T., & Igarashi, T. (2016). Cross-cultural investigation of Social Networking Motivation Scale. In Symposium conducted at the 23rd International Association for Cross-Cultural Psychology.
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