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Academy of Management(米国経営学会)2022 参加報告 より良い世界をいかに共創していくか

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Academy of Management(米国経営学会)2022 参加報告 より良い世界をいかに共創していくか

2022年度のAcademy of Management(AOM:米国経営学会)年次大会がワシントン州シアトルで開催されました。オンライン開催に移行して3年目の今年は、「現地のみ」「ハイブリッド」「オンラインのみ」という3つのセッション形態を混合させた形で開催されました。

大会の概要

AOMは世界最大の経営学会で、例年の参加者は1万人以上にのぼります。また、米国からのみならず世界中から経営学者が集まることも特色です。昨年度は9500人以上だった参加者・発表者数は、今年度は1万人以上となりました(図表1)。今年度は、特に米国からの参加者を中心に現地での参加も7000人以上と全参加者の約7割となり、「現地のみ」というオフライン形態でのセッションも数多く見られました。

<図表1>2022年大会の参加者・発表数など(すべて2022年10月17日時点の発表数字)

オンラインからの参加(弊社もこの形態で参加しました)の場合は、「現地のみ」のセッションには参加することができずに残念でしたが、ハイブリッド型・オンライン型のセッションのなかで興味深いものを紹介します。

大会テーマ:より良い世界を共創する

Creating A Better World Together

今年度の大会テーマは「より良い世界を共創する(Creating A Better World Together)」でした。WEBサイトには、企業組織、経営者・マネジャー、ステークホルダーが相互に関わり合う様子、また個人がどの立場に立つかが時々で変わっていく様子が、モーションロゴで表現されています。

AOM副会長でありプログラム委員長であるピッツバーグ大学のSharon A. Alvarez博士は、大会テーマの趣旨について次のように説明しています。

コロナ禍により、多くの命が失われ、世界は想像もしなかったような不確実性にさらされた。しかし、この2年間の革新的な進歩は、企業が、ほとんど誰も予想しなかったようなペースと規模で世界の問題に取り組む能力をもっていることを物語ってもいる。また、社会にあるさまざまな格差が可視化される機会となった。これは企業組織や経営者・マネジャー、そして経営学の研究者にとっても、未来の組織体制を新たに構築するために、組織のあり方をリセットする機会であることを再認識させるものである。

より良い未来に向けて、私たちは次のような問いに直面している。

1. 過去とは異なる新しい未来の制度、関係、システム、プロセスを創造する必要性がどの程度あるのか? それらはすでに何らかの形で存在しており、単に改善が必要なだけなのか?
2. これからの企業組織や経営者には、どのようなスキルが必要なのか?
3. 企業組織、経営者・マネジャー、ステークホルダーは、予測される状況に対応しながら、不確実な状況にどのように対応するのか? すでに新しいやり方への移行が始まっているのか?
4. 企業組織、経営者・マネジャー、ステークホルダーは、パンデミックやその他の世界的な懸念事項や新たな課題を予測し、それに機敏に対応する能力をどのように開発、強化できるか?
5. 今後、企業組織と政府はより緊密に連携していく必要があるのか?
6. 仕事の未来はどのようなものになるのか?

解を導き出し、より良い未来を創造していくために、企業組織、経営者・マネジャー、そしてステークホルダー間の連携と協力が最も重要となる。

障害者、高年齢者、若年者へのさらなる理解
多様さや弱さにも向き合う組織と個人のしなやかな能力

大会テーマをターゲットとしたシンポジウムが5つ開催されました。それらをご紹介します。

タイトルは以下に列挙したとおりです。属性としては、何らかの障害のある人々、より年齢の高い人々、より若い人々へのさらなる理解を訴えており、また鍵となる概念としては、包摂、ジョブ・クラフティング、職場における援助、組織のレジリエンスがフォーカスされました。

session 2149 : Rethinking Workplace Inclusion of Persons with Disabilities Through Multiple Levels and Lenses(障害のある人々の職場への包摂を複数のレベルとレンズで再考する)
session 1886 : Creating a Better World for Older and Younger Workers in the Multigenerational Workforce(あらゆる世代が働く職場で年配のそして若年の労働者にとってのより良い世界を創造する)
session 90 : Toward A Broader Understanding of Job Crafting and Proactive Career Behaviors(ジョブ・クラフティングと主体的なキャリア行動への理解を広げる)
session 2079 : The Future of Help at Work: An Expert Panel(職場における援助の未来:ベテランによるパネルディスカッション)
session 1672 : Organizing for Resilience: How to Organize in a World of Adversity and Flux(レジリエンスのための組織化: 逆境と流動性の世界で組織化する方法)

それぞれのセッションでの議論を簡単にご紹介します。

session 2149では、障害のある人々を雇用することは企業の収益や利益率を高めるというデータもある一方で、障害のある人々は偏見などから教育や雇用、昇進の機会にアクセスしにくい状況があり、精神障害や感覚器障害の場合は、身体的障害や障害のない人々よりもその影響が強いことが示されました。また、法整備や企業が規範を示すことに、障害のある人々へのステレオタイプ的な見方を変えていく力があることなどが議論されました。

session 1886では、高年齢労働者の比率が増加していく環境下において、年齢の若い優秀な同僚と自身を比較することで生じる感情や、性別や年齢に関わるステレオタイプの影響、年齢・世代・勤続年数による違いが複雑に組み合わさることについて、組織側も個人側も理解する必要があることが示されました。加えて、個人の価値観を明確にするトレーニングが若年者や高年齢者の求職活動を効果的にすることや、年齢によって自己と環境の適応を生み出すジョブ・クラフティングの戦術が異なることが示されました。

session 90は、ジョブ・クラフティングについてさらなる理解の必要性を訴えるセッションでした。ジョブ・クラフティングは、職務や役割のデザインを従業員が自らの意思で自分にとって意味のあるように変更するという概念ですが、ジョブ・クラフティングと主体的なキャリア形成との関係への理解を深めるために、上司のタイプや同僚との関係性といった文脈的要素の影響や、どの程度長期間持続するのかといった時間的な広がりを考慮する必要性を訴え、それらを探索した研究の報告がありました。なかでもINSEADのSong氏とJiang博士の発表は興味深く、職場が中程度の競争にさらされている場合にジョブ・クラフティングが促されるという関係性があり、そのような関係性はタスク志向の上司よりも人間関係志向の上司のもとで強く表れるという実証研究が報告されました。

session 2079では、職場における援助をテーマに、ミシガン大学教授で援助要請行動(help seeking)の専門家であるBaker博士、Google Future Workのディレクターで組織市民行動の専門家であるDekas博士、セントラルフロリダ大学教授で同じく組織市民行動の専門家であるEhrhart博士、ジョージア大学教授で従業員ボランティアの専門家であるRodell博士がパネリストとして議論を交わしました。人はコミュニティにおいてもっと助けたい、多くを与えたいと願っている。リモートワークの環境は、心理的安全性を形成することが難しく援助を求めたり与えたりすることが難しくなる側面があるが、他方で権力差を小さくしたり、周辺的な人が社外の援助とつながりやすくなったりする利点もある。パンデミックでは他者を助けることと自己を助けることがつながりやすくもある。職場における援助を豊かにする潜在性はあるが、援助の求めにくさや援助の功罪には状況や個人差もあり、さまざまな理解や工夫が必要とされているといった意見交換がなされました。

session 1672では、組織が逆境に対処する能力であるレジリエンスをどのように生み出しているかについて、コロナ禍における病院組織の対応などを対象とした貴重なデータをもとにした分析が複数の研究者から報告されました。ルーティンとなっている従来の手順やコミュニケーションをどの程度どのように変えていくのかという葛藤や交渉や時間経過を含むプロセスを丁寧に分析した報告が続き、最後に指定討論者として登壇したジョンズ・ホプキンス大学のSutcliffe博士が、組織レジリエンスという概念は組織の能力とプロセスの混合的な概念であるということを強調して議論を締めくくりました。

5つのシンポジウムを通じて、“Creating A Better World Together”は目の前の景色からは簡単に想像できないような未来を創造する活動であり、そのためには多様な人々が直面している現実や、人や組織が逆境や困難に立ち向かうときに生み出される工夫を、詳細に知ろうとする研究活動が重要であることを感じることができました。

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