学会レポート

米国産業・組織心理学の最新動向

SIOP(米国産業・組織心理学会)2019 参加報告

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SIOP(米国産業・組織心理学会)2019 参加報告

今年もSIOP(Society for Industrial and Organizational Psychology)の第34回目の年次大会が、前日ワークショップは4月3日、大会は4月4日から6日の3日間、ワシントンで開催されました。ちょうどワシントンは桜が満開で、学会会場となっていたホテルの周辺でも、多くの桜を見ることができました。

執筆者情報

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技術開発統括部
研究本部
組織行動研究所
主幹研究員

今城 志保(いましろ しほ)
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技術開発統括部
研究本部
測定技術研究所
マネジャー

渡辺 かおり(わたなべ かおり)
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SIOP第34回年次大会概要

学会は例年のように、多くの発表と参加者で賑わいを見せていました。今年は弊社から4名が参加し、比較的幅広く話を聞くことができました。そのなかから本レポートでは、今城より、以下の2つのトピックスについて紹介します。1つ目は、この学会の会員アンケートで決定した2019年の米国企業の産業組織におけるトレンドのトップ10に関するセッションです。もう1つは、前日に参加したワークショップから、職場や働く人にとっての「マインドフルネス」に関する研究知見と、今後の活用の可能性についてです。そして、渡辺より、採用領域において注目されているキーワードの1つである「キャンディデイト・エクスペリエンス(CX)」について、紹介します。

米国の産業組織におけるトレンド(トップ10)

過去6年ほど毎年、職場で直面するであろう重要なトピックスについて、会員からの意見を集約して、トップ10が発表されています。2014年にスタートした時からトレンド自体には大きな変化がないのですが、HRデータの扱いに関するトピックスを中心に、日本の職場が直面する現状により近づいているように思われます。そこで、2019年の結果を以下に紹介します。

10.ワーク・ライフ・バランス
さまざまなコミュニケーション手段、テレワークや柔軟な仕事スケジュールの活用によって、仕事と生活のバランスをうまく調整するための仕組みが整いつつあります。従業員のワーク・ライフ・バランスは、組織の生産性やパフォーマンスに直結する重要なトピックスであるとの認識が広がっています。

9.アジャイル組織
ここでのアジャイル組織とは、環境変化に素早く柔軟に対応しながら成長する組織のことです。組織全体の戦略が明確、下位組織の役割が整合的、失敗を恐れずそこから学ぶ、重要な課題に集中する、といった特徴があるとされています。組織心理学者は、伝統的な組織から、アジャイル組織への変換を支援することを求められています。

8.データの可視化とコミュニケーション
HRに関するデータにアクセスするチャンスは飛躍的に拡大しているものの、そのデータを活用するためには、解析方法や解釈に加えて、得られた結果を人事の意思決定に生かすことが必要です。そこで、得られたデータをどう正しく、かつ分かりやすく伝えるかということの重要性が高まっているのです。

7.変化する働き方
ITの発展によって、多くの人にとって時間や場所を選ばない働き方が可能になっています。また仕事そのものの内容も、テクノロジーの進展によって変化しています。このような変化に対応するために、新たに求められるスキルや能力を明らかにしたり、仕事や組織を再デザインすることが求められています。

6.仕事の自動化
AIやテクノロジーの発展によって、仕事が自動化され、人間の仕事がなくなるかもしれないとの懸念も一時期ありましたが、それは仕事の一部であり、すべてではないとの認識に変わってきています。しかし、仕事のやり方が変化することは避けられず、そのために今後は新しいスキルを学び、変化に適応する人材が求められます。したがって、そのような人材の採用、教育、報酬をどのように設計するかが重要になります。

5.セクシャル・ハラスメント/職場における#MeToo
職場のダイバーシティの問題の1つとして、古くから扱われてきたテーマではあるものの、昨年からの#MeTooのムーブメントで、再度注目されつつあります。あらためて自組織の状況を見直したり、必要に応じて制度改定や意識付けのための施策などを検討するよい機会だと考えられます。

4.ギグ・エコノミー/個人契約の仕事(contract worker)
2018年の統計によれば、米国で働く人の1割以上が組織に雇用されるのではなく、個人で契約して仕事を行っています。例えば、ウーバーの仕事などもこのカテゴリーに含まれます。今後、このような働き方が増えると予想されますが、組織側はその場合の仕事のデザインや、仕事を依頼する個人をどう動機付けてマネジメントするかについて、また個人の側は自分のスキルをいかに売り込んでいくかなどについて、さらに多くの知見が求められるでしょう。

3.ビッグデータの活用
人事や組織を考える際に活用できるデータの量や種類は、増え続けています。このようなデータを正しく有効に活用するために、どのような問いを立てるべきか、仮説の構築、調査の項目設計や手法、分析や解釈など、組織心理学者はさまざまな側面で有効なサポートを行うことが期待されています。

2.ダイバーシティ、インクルージョン、公平性
米国では、人種や性差を中心にこのテーマは常に重要な問題として扱われてきました。特に近年の特徴として、人種や性別にとどまらない幅広いダイバーシティを対象とすること、マイノリティに対する機会提供の公平性だけでなく、収入など成果に関する公平性にも目が向けられていること、インクルージョンという言葉に見られるように多様な人々が一緒に成果を上げることに価値を置くこと、などが挙げられます。

1.人工知能と機械学習
ビジネスそのものにももちろん大きな影響があるのですが、人事やマネジメント文脈での影響は2つの側面に分けられます。1つはHRデータの分析に関するもので、特にビッグデータや自然言語のように構造化されていないデータを扱う際に威力を発揮します。もう1つは、組織メンバーがAIを活用したり、AIと共に働くことへの適応を促進・支援したりすることです。

以上が2019年の注目トレンドですが、テクノロジーの進展に関するものと、ダイバーシティに関連するものに大分されることが分かります。そしてそれらは程度の差こそあれ、日本企業にとっても重要なトピックスであるといえるでしょう。例えば職務分析など、雇用慣習との関連が密接なものについての関心事は日米で異なりますが、少なくとも最近重要な課題とされている上記のトピックスを見ると、人事の課題もますますグローバル化していることを感じます。

職場や働く人にとっての「マインドフルネス」

「マインドフルネス」という言葉を聞いたことがある方は多くても、実際に経験されている方は、まだ日本には多くないかもしれません。一方で米国ではGoogleをはじめとして、さまざまな企業がマインドフルネスを取り入れていますし、2015年のある調査では米国の成人の13%がマインドフルネスに関することを実行しているとの報告があります。

今回のワークショップは、グッド氏とリディ氏(D. Good、C. Lyddy)という研究者と、Aetna社において実際にマインドフルネス活用を推進したリー氏(A. Lee)の3名によって行われました。ワークショップではマインドフルネスの定義や測定方法の紹介に始まり、どのような効果が研究で確認されているのか、グッド氏とリディ氏の考えるマインドフルネスの特徴、組織での活用事例(Aetna社)、組織での導入に際して考慮すべきことなどについての紹介が、参加者間のディスカッションや、簡単なマインドフルネスの体験などを交えながら行われました。主な内容は、マインドフルネスはメンタルヘルスの改善のみならず、パフォーマンスの向上や人間関係の改善にも効果があること、トレーニングなどの介入を行うことで、マインドフルネスを促進できること、ただしマインドフルネスがどのように効果につながっているかは十分に解明されているとはいえないことが伝えられました。その上で、多くの効果が期待できるので、試す価値があることと、研究知見を参考になるべく確からしい方法を用いるべきではあるものの、まずは試してみて効果を確認するのが望ましいということがメッセージされました。

ワークショップでは、瞑想との関連についても質問が出ていましたが、瞑想はマインドフルネスを促進する1つの方法であるとの説明がなされていました。職場でのマインドフルネスには宗教的な意味合いはなく、あくまでも有効な意識の使い方として考えられているように思われました。日本の職場でも同様の効果が得られるのかなどは、今後の研究課題となります。

採用における「キャンディデイト・エクスペリエンス(CX)」

SIOPで扱われていた採用領域のキーワードの1つとして、「CX」が挙げられます。カスタマーエクスペリエンス/顧客体験という言葉としてCXを聞いたことのある方もいらっしゃると思いますが、採用におけるCXは「キャンディデイト・エクスペリエンス(Candidate Experience)」の略で、直訳すると「候補者体験」という意味です。米国の採用では浸透している概念で、CXの普及と向上を目的としたNPO団体であるTalent Boardが主催する「キャンディデイト・エクスペリエンス・アワード(Candidate Experience Award)」というイベントも開催されています。

CXが重視されてきている背景としては、優秀な人材の獲得のため少しでも多くの求職者に興味をもってもらう必要があること、またSNSなどを使って誰でも情報発信できる時代であるため求職者を大切に扱うことが企業自身を守ることにつながることが挙げられます。CXは非常に広い概念で、求職者が就職活動を通じて触れる情報や体験を求職者視点で評価したものになります。企業側から見ると、応募前~選考中~選考後という採用選考の一連の流れのなかで、コンテンツ/コミュニケーションプロセス/デリバリーなどをどうデザインすると、求職者にポジティブな印象をもってもらえるか?ということを多角的に評価するものになります。応募前であれば「応募しやすいか? 応募したいと思うか?」などが指標になりますし、選考中であれば「納得感のある選考か? スムーズに選考が進むか?」など、選考後であれば「合否にかかわらずポジティブな感情をもてるか?」などが指標として使われます。

先に触れたようにCX自体は広い概念になりますが、SIOPのワークショップやセッションでは、主に採用選考に関わるツールの1つの指標としてCXが紹介されることが多くありました。あるパネルディスカッションでは、「CXは重要ではあるがどこまで重視すべきなのか?」という投げかけに対しフロアからも活発な議論がなされていたのが印象的でした。このセッションはPSI社のテッド氏(Ted B. Kinney)をチェアマンに、サーモフィッシャーサイエンティフィック社のニコル氏(Nicole M. Ginther)、クアルトリクス社のベンジャミン氏(Benjamin P. Granger)、SHL社のサラ氏(Sara Lambert Gutierrez)、PSI社のリック氏とジョン氏(Rick R. Jacobs、John A. Weiner)ら5名のパネリストによって行われました。

パネリストは、採用選考のツールを提供する立場と企業として使う立場の人が混在していましたが、「自社にとって本当に必要な人を採用することが重要であり、そこに一番パワーをかけるべき」「CXが高いからといって、パフォーマンスを予測できない妥当性のないアセスメントを使用することは本末転倒」「アセスメントの負荷を下げすぎても、公平性と測定精度の観点で問題が生じる」などの意見が見られました。

米国でのCXは研究者発信というよりも、実務側の動きが先行したことによって、実証研究が増えてきたテーマになりますが、実証研究によって、少しずつ重視すべき観点やメリット・デメリットが整理されてきたのが現状といえます。もちろん日本においてもCXという指標は重要であることに間違いありませんが、採用環境やCXを重視したときのメリット・デメリットを考慮した上で、なぜ重視するのか? 自社が注力すべき点はどこか?を見極めることが必要となります。

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