国際的な心理学の最新動向 ICP(国際心理学会)2016 参加報告

執筆者情報
組織行動研究所
主幹研究員
今城 志保
執筆者情報
HR Analytics & Technology Lab
所長
入江 崇介

2016年に横浜で開催された国際心理学会ICP(International Congress of Psychology)の第31回年次大会に参加し、弊社では情報収集とともに、研究発表を行いました。本レポートでは、情報収集を行ったなかから興味深かった2つの研究と、筆者らが発表に加わったシンポジウムの内容についてご紹介します。


ICP(国際心理学会)大会概要

今回が第31回目となるICPの大会が、公益社団法人日本心理学会との共催で、2016年7月24日から29日の6日間、パシフィコ横浜にて開催されました。ICPは4年に1回開催される大会で、第1回大会は1889年にパリで開催され、フロイトやビネーなど心理学草創期の大家が集結した伝統ある学会です。

ICPは心理学の国際的な総合大会であり、神経心理学、認知心理学、発達心理学、性格心理学、社会心理学、臨床心理学、応用心理学、心理学的研究手法と、非常に広範囲の研究発表が行われています。今年度の大会テーマは“Diversity in Harmony: Insights from Psychology”でしたが、その内容に限らず、国際的な心理学のトレンドを把握する貴重な機会でした。

本レポートでは、情報収集したなかでも興味深かった「道徳的判断」と「幸福」に関する2つの研究と、筆者らが発表に加わった「パフォーマンス・マネジメント」のシンポジウムの内容をご紹介します。

道徳的判断

カントの時代から、人の道徳心は、哲学をはじめとしてさまざまな学問領域で扱われてきました。心理学における道徳心の研究は、コールバーグの道徳心の発達が有名ですが、これは理性的な道徳的判断に関するものでした。その後1990年代に入って感情的な判断の重要性が強調されるようになりました。グリーン氏(Joshua Greene, Harvard University)の講演は、その後を受けて彼が行ってきた一連の道徳的判断に関する研究に関するものです。

彼の講演の主なポイントは、「道徳的判断には、感情的なルートと理性的なルートの両方があること」「感情的なルートは視覚的なイメージが関与していること」などが実験や脳科学の手法を用いて示されたことです。

例えば実験では、「トロッコ問題」に代表されるように、多数の命を救うために1人の命を犠牲にすることの是非について判断を求められます。自分が直接手を下す程度が高い場合(ie., 犠牲になる人を突き落とす)、感情的な反応が強くなり、1人の命を犠牲にする判断を行う人が少なくなります。一方で、自分が直接手を下す程度が低い場合(ie., 線路の分岐路の切り替えを行う)、理性的な反応が強くなり、1人の命を犠牲にする判断を行う人が多くなります。彼は実験だけでなく、脳科学の手法を取り入れることによって、上記の2つのルートには異なる脳の部位が関連していることを報告しています。また、感情的判断に視覚が関連しているというのも面白い結果で、イマジネーションの豊かな人ほど感情が動きやすいことを示唆するものといえそうです。

道徳的判断の問題は解答が1つではないところが難しいのですが、複雑な現代社会においては、そのような判断が求められることが増えています。彼の研究はまさにこのような状況に置かれたわたしたちにとって、有用な知見を提供しているのではないでしょうか。

エウダイモニア的幸福論(Eudaimonic well-being)

リフ氏(Carol Ryff, University of Wisconsin-Madison)は1980年代の後半に、エウダイモニア的な幸福について研究を始めましたが、その後、ポジティブ心理学の流れともあいまって、数多くの研究がなされています。

エウダイモニア的な幸福とは、アリストテレスが提唱した概念で、人生の意味、成長感、目的意識やエンゲージメントといったポジティブな側面に着目した幸福感です。快楽的な幸福感(Hedonic well-being)が、対峙する概念になります。つまり単なる快感情や満足感ではなく、生きがいに当たるような幸福感がエウダイモニア的な幸福です。

この講演では彼女自身や、他の研究者がこれまで行ってきたエウダイモニア的な幸福に関する研究が紹介されました。これまでの研究で、例えば加齢によって幸福感がどのように変化するかや、性格特性との関連、仕事のエンゲージメントとの関連などの研究紹介がありました。特に近年盛んに研究が進められているのが、エウダイモニア的な幸福感と身体的健康の関連です。コルチゾールホルモンの測定といった生態学的なアプローチや、脳科学的なアプローチなど既存の心理学の枠を超えた研究が行われています。彼女は“Midlife in the United States(MIDUS)”(http://midus.wisc.edu/)とよばれる大規模な調査を長期間にわたって行うプロジェクトの中心メンバーでもあります。そのなかでは、およそ10年にわたる追跡調査で、幸福感が安定して高い個人は健康状態が高く、特にこの関連性は教育レベルが比較的低い集団の方が顕著に見られたということです。

エウダイモニア的幸福感は日本社会ではどのように受け取られるのでしょうか。幸福感にも文化的な違いはあるのでしょうか。仮にリフ氏の研究が日本の中高齢者にも当てはまるとすれば、エウダイモニア的幸福感の研究は今後の高齢化社会に向けた日本でも、重要なものになるのではないかと思われます。


パフォーマンス・マネジメント

今回の大会では、フローニンゲン大学の加藤洋平氏、青山学院大学の繁桝江里氏、東京大学の村本由紀子氏、そして筆者の今城と入江により、”The reality and possibility of performance management in Japanese organizations: appraisal, feedback and manager-subordinate relationships”という「パフォーマンス・マネジメントと人事評価」に関するシンポジウムを行いました。

シンポジウムでははじめに、入江が日本における評価・処遇のトレンドと、上司と部下の間で行われる評価に影響を及ぼすコミュニケーションの実態について、各種調査の結果を基に報告を行いました。

続いて、加藤氏により、マネジャーを対象にした「キーガンの発達段階理論」に基づくインタビュー調査による日米比較の結果の紹介が行われました。研究の結果からは、米国のマネジャーに比べて間接的なフィードバックを行う日本のマネジャーの特徴は、日米のマネジャーの発達段階の差に基づくものではないことが示唆されました。

今城は、「マネジャーが部下に対して抱いている暗黙の仮定」が、「部下に対する評価」「部下の将来に対する期待」にどのような影響を及ぼすのかを確認した研究の報告を行いました。研究の結果からは、「暗黙の仮定」が、「評価」や「将来に対する期待」に影響を及ぼすことが示唆されました。特に、「部下の将来に対する期待」については、上司と部下のコミュニケーションの頻度が少ない、あるいは質がよくないときに、「暗黙の仮定」や「マネジャーのパーソナリティ」の影響を受けやすいことが示唆されました。

その後繁桝氏からは、上司から部下に対する「ネガティブな内容のフィードバック」の頻度と伝える際の配慮の程度に影響を及ぼす要因に関する研究が紹介されました。研究の結果、上司から部下に対してのネガティブなフィードバックの頻度と配慮は、上司の特性だけではなく、部下の特性、そして上司と部下との関係性からも影響を受けることが示唆されました。具体的には、「成長志向の上司は、部下に対してより頻繁にネガティブなフィードバックを行う」「フィードバックを求める部下に対しては、より頻繁にネガティブなフィードバックを行う」「上司と部下の同質性が高い場合、ネガティブなフィードバックの頻度は少なくなり、配慮の程度も下がる」ことなどが示唆されました。

上記の研究は主に、「マネジャー」に対するインタビューやアンケートを用いたものですが、村本氏は、部下側の視点に立ち、部下に対するアンケートを用いた研究の報告を行いました。研究の結果からは、「公式の評価の公平性」のみならず、非公式のフィードバックの公平性が、部下のモチベーションに影響を与えることが示唆されました。特に、正社員の部下にとってはネガティブなフィードバックの公平性、非正規社員の部下にとってはポジティブなフィードバックの公平性が、モチベーション向上に影響を及ぼすことが示唆されました。

この学会は、通常ホームページで紹介している学会と比べると基礎的な心理学研究の発表が中心なのですが、このような応用色の強いシンポジウムを企画した意図は、心理学者にとって面白いテーマがあるということを知ってもらいたいということ、また特にこのテーマがこれからの日本組織にとって重要になるだろうとの思いからでした。「評価のための評価」から「評価を通じてパフォーマンスを向上すること」に関心が移りつつある昨今、パフォーマンス・マネジメントのキーとなる上司・部下間のコミュニケーションの意味するところや、その向上に関して、心理学が寄与できる点はたくさんあります。さまざまな研究者の協力を得ながら、さらにこの分野の研究を進めていきたいと考えています。

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