国際的なHRD・ODの潮流 ASTD 2011国際会議 参加報告

執筆者情報
ソリューション統括部
事業開発部
主任研究員
嶋村 伸明

弊社では、ASTD(*)が主催する国際大会に毎年研究員を派遣しています(昨年のレポートはこちら「ASTD 2010国際会議 参加報告」)。5月22日〜5月25日にわたって米国フロリダ州オーランドで開催された今年の国際大会についてレポートします。

【脚注*】ASTD:米国人材開発機構。1943年に設立された産業教育に関する世界最大の会員制組織(NPO)。会員は世界中の企業、公共機関、教育機関で学習と開発に携わる人々でその数は約7万人(100カ国以上)におよぶ。ASTDは学習と開発に関する国際的な資源に比類ないネットワークを持っており、調査研究、出版、教育、資格認定、カンファレンスを展開している。年1回開催される国際大会は学習と開発における世界の潮流をつかむ機会でもある。


規模は昨年並み。海外参加者は増加

全米一のリゾート地でもあるオーランドはコンベンション開催地としても人気があります。今年の大会参加者は8,500名(公式発表)、学習セッション数は約270、エキスポ出展者は300強と、ほぼ昨年同様の規模で開催されました。

今年の大会テーマは「Learning to Lead(リードするための学習)」。ASTDは、「学習はあらゆる成功のキー・ドライバーであり、今日最も成功している企業は学習を通じて(人々やマーケットを)リードしている」としています。企業の競争力としての「学習」への関心はグローバルな規模で高まっています。米国外からの参加者は今年は2100名と、昨年の1800名を大きく上回りました。特に参加者数が多かった国と参加者数は(図表01)のとおりですが、韓国の参加者の伸びが著しいこと(昨年の390人から今年は451名)、今年初めてブラジル、中国からの参加者数がそれぞれ3位と4位にランクインしたこと(これによって日本は5位になりました)が特筆すべき点です。海外のセッション発表者の比率も増加しています。今年は47の学習セッションが海外(27カ国)の発表者によるものでした。

図表01 海外参加者数(上位5カ国)

昨年のレポートでは、大会のセッションカテゴリーがそれまでと大きく変わったことに触れましたが、今年は再度一昨年のカテゴリーに近いものに戻っています(図表02)。

また、カテゴリーには直接関係しませんが、多くのセッションを見る限り、従来のHRDはL&D(Learning & Development:学習と開発)と呼ばれることが主流になってきているようです。

図表02 ASTD国際会議 カテゴリー別セッション数

ますます高まるパフォーマンス志向

昨年大会では、「ソリューションの実行(Implementing solutions)」という大きな概念のカテゴリーが設定され、L&Dの機能を企業の戦略実現手段の一部とみなす考え方の定着を感じさせました。今年は前述のとおり再びカテゴリーが細分化されたものの、その内容を見ていくと、昨年以上に学習と開発をパフォーマンス(成果)に結びつけていこうとする志向が強くなっている印象です。

大会では企業事例が数多く発表されますが、ほとんどの企業事例が、企業を取り巻く内外環境の認識、目指す成果とそれを生み出す(あるいは障害となっている)要因の明確化、(研修を含む)さまざまな施策のブレンディングとラインマネジャーの巻き込み、当初目標に照らした効果測定とフォローアップが含まれたものとなっています。これらはすべてHPI(Human Performance Improvement)と呼ばれるパフォーマンス創出につながる開発施策を考えるためのフレームワークをベースとしたものです。HPIは90年代に登場した手法で米国企業を中心に定着していますが、今年はHPIやパフォーマンス・コンサルティングの考え方をフルに活用した大規模で綿密に作り込まれた施策事例が特に多かった印象です。アジアを中心とした新興国の発表事例でもHPIを活用したものが見られるようになりました。韓国のヒュンダイ・キア自動車のHRDセンターの変革事例の発表(*M117:Performance Consulting at Hyundai-Kia: Linking Training and Business Results)などはその代表的なものです。経営陣や幅広いステークホルダーを巻き込んだ大規模な変革事例は米国オハイオ州立大学との協働によるもので、HPIがこうした施策の世界標準になりつつあるのを感じました。企業の戦略ニーズと学習施策をリンクさせるための実践的なツール紹介のセッションもいくつか見られました。

【脚注*】( )内はセッション番号とタイトルです

昨年目立った「学習移転」も変わらず関心の高いテーマのようです。パフォーマンスに結びつけるためには、最終的に学習者が学んだことを実践することが不可欠であるため、いかにして学習者の実践を促すしかけをつくっていくか、そのためのモデルや工夫のヒントが探求されています。今大会では「学習移転コンテスト表彰者(ASTD選考)」によるセッションも設けられていました(SU204;Learning Transfer Contest Winner)。学習移転をモニターしパフォーマンスに結びつけていくためのチェックリストなども登場しています(M31EXD;Use it…Or Lose It! A No-Hassle Approach to Learning Transfer)。学習移転を扱うセッションのほとんどは、そのスコープを研修などのイベント終了後だけでなく、イベント参加前の参加者のレディネス(準備度合い)とモティベーションの把握、関係者(特に上司)の支援の準備度合い、組織風土にまで広げています。これはいわゆる「研修のフォローアップ」という概念を超えたシステム・アプローチです。

研修の効果測定についても、旧来のように財務的成果を推測するものから、パフォーマンスにつながる学習プロセスをあらかじめデザインした上で、プロセスに沿って実効性を測っていくようなアプローチが増えてきている印象です(もちろん、ROIを扱うセッションもまだ存在します)。

基調講演者の一人、マーカス・バッキンガム氏(元ギャラップの上級研究員で『さあ、才能(じぶん)に目覚めよう』(日本経済新聞出版社刊)をはじめとするベストセラーの著者)の講演もパフォーマンス志向の文脈を感じさせるものでした。バッキンガム氏は人々の成長において「強み」を伸ばすアプローチ(ポジティブ心理学)について2006年の大会でも基調講演を行い、当時はその革命的なアイディアとメッセージに新鮮さを感じたものですが、今年のタイトルは「職場で勝利できるあなたのエッジ(強み)を見つけよう」というもので、 人間の強みの9つのタイプと一般的な職種やポジションにおいてその強みが最も発揮される場面を体系化したモデルの紹介が主な内容でした。モデルに基づいたアセスメントツールもすでに開発されていて、強調していたのはこれは性格タイプを診断するものではなく、その強みが最も発揮できるアクションを特定するものだということです。ポジティブ心理学もパフォーマンス開発に向けて実用化が始まった印象です。

イベントから継続的(ongoing)プロセスへ

リーダーシップ開発、タレントマネジメントは変わらず関心の高いテーマです。今年もこれらのテーマを扱うセッションは数多くありました。リーダーシップ開発の5人のグル(先導者)たち(ケン・ブランチャード、マーシャル・ゴールドスミス、ジャック・ゼンガー、ジム・クーゼス、ダイアナ・ブーアーの各氏)によるパネルセッション(M113:Leadership Competencies for the Future)の会場は満席で、経験豊富なパネラーの一言一言に参加者から共感のつぶやきや拍手が起きるなど活況でした。ASTDは今年、彼らグルたちの執筆による『リーダーシップハンドブック(The ASTD Leadership Handbook)』を出版しています。また、これからのリーダーシップ・コンピテンシーとして、「イノベーションの促進」が上位に登場してきたのも今大会の特徴です。長年にわたってリーダーシップ・コンピテンシーに関する世界規模の調査を行っているAMA(American Management Association)社やDDI(Development Dimensions International)社のセッションでは、どちらも将来のリーダーシップ・コンピテンシーに関する経営陣の認識の変化として「イノベーションの促進」が上位にランクされたことに触れていました(M317:Best Practices for Developing Global Leaders: Lessons Learned/ TU114:The Future of Leadership: 3 Keys to (R)evolutionize your Leadership)。

しかし、今年はこうした優れたリーダーシップとは「何か」を探求するものよりも、リーダーを「どう開発」していくかというテーマのセッションが数多くなっています。グローバル化と人口動態の変化から、多くの企業でリーダー人材の供給体制(Leadership Pipeline)の充足が優先度の高い課題になっています。HR分野のシンクタンクであるBersin&Associatesによる発表では、グローバル企業225社への調査では09年、10年ともに、HR領域での最も優先的な課題として「リーダー供給体制の不足」が挙がっていることが報告され(W320:Raising the Bar: The Modern Approach to Leadership Development)、企業のリーダー育成プログラムの成熟度を4段階で測定するモデルが提唱されていました。前出のDDI社の発表でも、「リーダーシップのトランジション(昇格や異動などの節目)に対して効果的なサポートプログラムを用意している企業は調査全体の26%に過ぎないという結果をもとに、効果的なリーダーシップ開発プログラムを組織として構築していく際のフレームワークを紹介していました。
こうしたリーダーシップ開発に関するセッションで紹介されるモデルや企業事例は、すべて一過性のイベントの提供ではなく、継続的で組織的なシステム・アプローチとなっています。すなわち、経営陣、HR、ラインマネジャーがしっかり関与し、長期間にわたって研修、仕事上のアサイン、アセスメントのフィードバック、コーチング、メンタリングなどフォーマル/インフォーマルの学習機会をタイミングよく提供していくといったものです。そして、こうした組織全体の継続的な関与を伴うシステム・アプローチはタレントマネジメントにおいても重視されるようになってきています。

05年に登場したタレントマネジメントというアイディアはここ数年で数多くのグローバル企業で実践に移されてきましたが、今大会ではASTDのリサーチパートナーであるi4cpが、大規模な調査研究に基づいた体系的な導入ガイドラインを発表しました。 市場でのパフォーマンスの高い企業群とそうでない企業群との比較研究に基づいた内容でこれからのタレントマネジメントの取り組みに一定の指針を与えるものと思われます(SU107:Connecting L&D with Integrated Talent Management)。昨年の大会ではタレントマネジメントにおける最大の課題はサイロ(縦割り)の統合とされていました。すなわち、人事、人材開発におけるさまざまな機能がそれぞれ縦割りで独立的になっていることが統合的なタレントマネジメントの障害となっているというものです。i4cpの発表では、統合的なタレントマネジメントにおいてL&Dが担う4つの役割とそれぞれのクオリティを測定する指標が提示され、L&Dこそがサイロを統合するグル(接着剤)になれる存在であると主張されていました。

チェンジ・エージェント(変化の仲介者)としてのL&D

大会3日目のオープニングで、ASTDチェアマンであるサム・ヘリング氏が引用したのは、『イノベーションのジレンマ(翔泳社刊)』で著名なクレイトン・クリステンセン教授の最近の研究「The Innovator’s DNA(Harvard Business Review)」からの知見です。のべ3,000名以上の革新的企業の経営幹部の行動様式の研究から明らかになったのは、革新企業の経営幹部は、革新的なアイディアを打ち出すこと自体に個人的な責任を負っておらず、革新の「プロセスをファシリテートする」ことに責任を負っているということです。ヘリング氏は、同研究から明らかになったイノベーションを促進するスキル−Associating(結びつける)、Questioning(質問する)、Observing(観察する)、Experimenting(実験する)、Networking(多様な人々と交流する)−を紹介しつつ、L&Dはイノベーションを促進するような環境を作れるはずであると主張し、変化の媒介者となって機会をつくりだそうとメッセージしていました。

今大会はチェンジ・マネジメントをテーマとしたセッションも多かったように感じました。特に変化への抵抗に対してどのように対処するかという点に焦点が当てられており、実践的なツールが紹介されていました(SU206 :Real Change: How to Implement L&D’s Sinister Plot、TU219:Who’s in Charge of Change in Your Organization? など)。単に学習機会を提供するのではなく、パフォーマンスに結びつけていくためには、ラインマネジャーなどL&Dの権限のおよばない関係者を巻き込む必要があります。タレントマネジメントやリーダーシップ開発プログラムの場合も同様でしょう。こうしたセッションの増加はL&Dに携わる人々が実際にチェンジ・エージェント(変化の仲介者)としての役割を担う機会が増えていることの反映ではないかと推察します。

昨年の最も大きなトピックだったソーシャルメディアの活用については今年は昨年ほどの勢いは感じられませんでした。もちろん昨年同様、TwitterやFacebookを使ったコミュニケーションは大会中も盛んに行われていましたし、今年は大会の資料や情報をスマートフォンで見ることができるアプリケーションも用意されていました。ソーシャルメディアの活用事例やそのメリット、デメリットを検証するセッション(SU320:Social Networking, Twitter, and Facebook: Their Positive and Negative Impact on Human Performance)なども登場しており、実践段階に入っていることは間違いないようですが、実際には企業での活用は予想されたほど急激には拡大していないようです。参加者と話をしても、セキュリティ上の問題や業務生産性の問題などでなかなか導入に踏み切れないといった声が多く聞かれました。ただし、「将来活用したい」という意向を持つ企業は相変わらず高い比率を占めています(ASTDレポートより)。

ASTDプレジデントのトニー・ビンガム氏が今年提言したのは、「M-Learning(モバイル学習)」、つまりスマートフォンやタブレットを活用した学習の可能性についてです。これらの機器は先進国、新興国を問わず急激に普及しており、人々のライフスタイルが変わってきています。学習もライフスタイルの変化にマッチしなければならないはずというのがビンガム氏の主張です。すでにモバイル学習に取り組んでいるヒルトンホテルグループなどの実践例を紹介しながら、モバイル学習向けの学習コンテンツのデザインのしかたなど具体的なことにも踏み込んでいました。ASTDが今年出したレポート“Mobile learning”によれば、モバイル機器を学習に活用している企業は15.0%、開発中が10.1%、検討中が40.7%となっています。ビンガム氏は、「スローでもいいから勇気をもって始めてほしい。ASTDはサポートする」と締めくくっていました。ここでもL&Dにはチェンジ・エージェントとしての役割が求められます。

スピードと断片化へのチャレンジ-Touch Points-

L&Dに期待される役割の範囲はますます拡大しています。旧来のような、要望に応じてトレーニングを提供する機能だけではその任務を果たせなくなってきています。リーダーシップ開発も、タレントマネジメントも、パフォーマンス・コンサルティングもすべてトップやラインマネジャーを巻き込んだ、組織の広範囲にわたる継続的なプロセスへのコミットを要求するものです。事業活動のグローバル化と技術の進化は対処すべき人と事柄の複雑性を高め、スピードを要求するようになっています。そしてこれは組織のリーダーたちにもあてはまります。前出のダイアナ・ブーアー氏は、これからのリーダーが直面するコミュニケーションのチャレンジは、多様なチャネルへの対処であると述べています。グローバル化の進展に伴い、多様な文化圏からの問い合わせに対する適切な対処が求められるようになること、また、ミレニアルズ(*)に代表される新しい世代が労働力の中心になることもコミュニケーション上のチャレンジです。しかし、L&Dもリーダーたちもどうやってこれらの複雑性とスピードに対処すればいいのでしょうか。パフォーマンスの追求と人材の育成を、あるいは質の高い研修の提供と新しい学習と開発の仕組みの構築を、限られた時間の中で同時にどう実現できるのでしょうか。

この疑問への一つの答えが、今大会のもう一つの基調講演、ダグラス・R・コナン氏とメッテ・ノルガード氏の話にあったように感じます。コナン氏はキャンベル・スープ・カンパニーのCEOで、2001年に同社に着任後、大手食品会社の中で最低だった企業のパフォーマンスをトップレベルまで回復させたリーダーです。キャンベルを再生させたコナン氏のリーダーシップの真髄は、“Touch Points(接点)”と呼ばれるコミュニケーションスタイルにあります。

コナン氏は、自身を含めて現代の知識労働者はinterruption(中断)に囲まれた生活をしており、平均的な知識労働者が中断を受けない時間は1日に11分しかなく、その間にもTwitterなどで2回程度の中断を受けている。しかし、この中断の瞬間、つまり問い合わせや報告などさまざまな関係者との会話の瞬間を真に大切なものとして向き合うことで、驚くほどのポジティブな影響を相手に与えることができるという自身の経験を披露し、ノルガード氏はこの日常の「瞬間」にコミットしたコミュニケーションスタイルの考え方と方法を説明してくれました。“Touch Points”とは、日常会話の中のある適切なタイミングに発せられる、短いが相手の琴線に触れる言葉であり、相手の記憶に残り、困難を乗り越えるヒントを与え、仕事へのエンゲージメント(心からの関与)を引き出すような一瞬の触れ合いです。コナン氏の、「アクションは交流の中にある(The action is in the interaction)」「中断はリーダーにとっての機会である」という言葉は、経験に裏付けられた「本物」を感じさせるもので印象に残りました。中断を機会ととらえるという発想は、資源の制約の中でこれまで以上のことにチャレンジしなければならないL&Dの人々の胸に響いたはずです。

〔脚注*〕ミレニアルズ:1980-2000年に生まれた世代の呼称。米国で8000万人を占める、近未来の主労働力

さいごに

長引く景気後退により米国企業の学習投資の総額は08年から09年で6.1%減少していますが、総収入と利益に対する教育投資の比率は微増しています(2010 State of industry report, ASTDより)。この点についてASTDは、学習と開発への投資が景況に関わらず企業にとって鍵となる投資であるとみなされるようになった注目すべき変化であるとしています。このトレンドは、今後ますますL&Dの役割の拡大と質の変化を要求することになるでしょう。今大会のテーマLearning to Lead(リードするための学習)は、そうしたL&Dの人々に向けられたメッセージでもあります。日本企業の学習と開発に携わる私たちにも、等しく変化が求められるはずです。
弊社では引き続き情報収集に努めてまいります。

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