国際的なHRDの潮流 第1回 ASTD 2009国際会議 参加報告

執筆者情報
ソリューション統括部
事業開発部
主任研究員
嶋村 伸明

人材開発(HRD)と組織開発(OD)領域における世界最大の会員制組織ASTD(米国人材開発機構)が主催する国際会議が今年も開催されました。世界中の企業や教育、行政機関で人と組織の開発に携わる人々が集うこのASTD国際会議は、HRD、OD領域のグローバルな最新動向に触れることができる貴重な機会です。弊社も昨年に引き続き研究員を派遣しました。今年の国際会議について、今月から2回にわたりレポートします。


参加者は減少

2009年ASTD国際会議は、5月31日から6月3日にかけて、米国首都ワシントンDCで開催されました。ASTD本部にも程近い当地での開催は5年ぶりです。前回(2004年)はASTD設立60周年でもあり、1万名を超える人々が参加しましたが、今年は世界的な景気後退もあり参加者数は公式発表で8000人とされていました。

昨年のレポートでは、米国外からの参加者比率が全体の4分の1に及ぶ勢いになったことに触れましたが、今年は海外からの参加者も減少しており、毎年米国外で最も参加者の多い韓国からは151名(昨年は442名)、カナダ124名(昨年は230名)、クウェート104名(昨年は132名)といった状況です。なにより、昨年264名と記録的な参加者数だった日本は新型インフルエンザの影響もあり99名にとどまっていました。海外からの参加者に今年人数が少ない理由を尋ねると、最も多く返ってきた答えは経済の悪化であり、“100年に一度”といわれる今回の景気後退を実感させるものでした。一方で、インフルエンザといった言葉はだれからもなく、あらためて日本国内との違いを認識させられました。
公式発表は8000名とのことでしたが、各セッションやエキスポ会場を見る限り、実際にはもっと少なかったのではないかと推測します。例年は著名なスピーカーのセッションでは600名程度入る教室が満席になったり、書籍売り場ではレジに長蛇の列ができたり、エキスポ会場も期間中絶えず人の流れがあったりするのですが、今年はそうした光景は見られず、やや寂しい国際会議となった印象です(エキスポの出展も今年は308ブースと昨年から25%減少しました。アジアからの出展が軒並み減っています)。

参加者数は減ったとはいえ、米国外の人々による発表セッションはインド、中国などの新興国を中心に昨年と同程度あり、ASTD国際会議が毎年その“国際度”を高めてきている傾向は変わっていないようです。

不況期における学習

世界的景気後退は当然ながら企業の学習にも大きな影響をもたらしています。ASTDが定期的に行っている企業のラーニング・エグゼクティブ(学習機能を管轄する上級管理者層)への調査では、2008年以降、企業のパフォーマンスと学習投資への予想は四半期ごとにネガティブなものになっています。米国における従業員1人当たりの学習投資は2007年まで増加傾向にありましたが、おそらく2008年以降は減少していると見ていいでしょう。

今年の国際会議では、“learning in a down economy(不況期における学習)”はひとつの大きなトピックであったと思います。従来であれば従業員の学習への投資は不況期に真っ先に削減されるものの代表格といえるでしょうし、事実今回の不況でも多くの企業が学習投資のための予算を見直しているとしています。しかし、今回の不況では学習投資に関する企業の考え方に従来にない変化が起きているようです。

ASTDとi4cp(企業の生産性に関する調査団体)によるセッションでは、今回の不況について37.7%のエグゼクティブが「最もタフな不況」と回答しているにもかかわらず、その対応として、「学習により重点を置く」としたエグゼクティブが37.9%おり、これは前回の不況時の24.5%という回答結果を上回っていることから、「企業が学習を重視する傾向は以前に比べて高まっている」としていました。そして、これら「学習に重点を置く」と回答した企業は、継続的に自社の学習プログラムのクオリティを高める努力をしており、かつそのことが市場でのパフォーマンスと相関があるという結果が示されていました。

欧米を中心とする企業のエグゼクティブにおける学習重視の傾向は、2000年以降急速に高まってきています。背景には環境変化の激しさ、知識資本社会への移行、労働人口の変化によるスキルの空洞化などがありますが、人々の学習こそが競争優位の源泉であるという認識が、多くの企業経営者に定着しつつあることを今回の調査は示していると感じます。

一方で、別の調査からは、企業における学習管理機能の効率化が進行していることが示されています。ASTDが毎年発行する「State of Industry(教育産業レポート)」では、学習コンテンツの再利用が進んでいること、集合研修以外のデリバリー手法の採用比率が年々高まっていること、従業員の学習時間は増加傾向にありながら従業員当たりの教育スタッフの数は減少傾向にあること、外注コストよりも内部コストのほうが増加傾向にあることなどから、企業が学習を重視する傾向は高まっているが、それをより効率的に達成しようとする欲求も高まっているとしています。

今年の国際会議では、何度か“Do more with less(少ない資源でより多くのことをやる)”というフレーズが聞かれました。不況による資源制約の中でも学習への取り組みは減速させたくないという企業の意向は、教育スタッフにいっそうの考え方のシフトを促すに違いありません。

タレントマネジメントは実践段階に

昨年のASTD国際会議で大きく浮上したタレントマネジメントというテーマは、今年も引き続き数多くのセッションで扱われており、コンセプト理解の段階から企業内での実践に向けた研究が進んでいる様子です。

図表01 ASTD国際会議 カテゴリー別セッション数

ASTDは今年、タレントマネジメントに関する白書を発表しています。そこでは、調査対象の約8割の企業がタレントマネジメントを有効なものととらえており、将来その取り組みを拡大させていくと回答しています。また、多くの企業が、タレントマネジメントを企業戦略に沿った採用から退職管理までのトータルで体系的な活動であるととらえていることも示されています。これは、従来のサクセッションプランニングよりも広い活動領域と対象を持つものであり、昨年のレポートでも言及したとおり、従来でいう戦略的HRMとODのすべてをカバーするものです。タレントマネジメントは、パフォーマンス管理、学習と開発、リーダーシップ開発、ハイパフォーマー開発、採用、エンゲージメント、給与と報酬、サクセッションプランニング、組織開発と幅広い施策から構成されると認識されており、その効果を測定する指標としては、顧客満足度、企業業績、離職率といった指標が上位にきています。個々の施策のROIといったレベルではなく、企業トータルとしてのパフォーマンス指標が評価指標と認識されている点でも、タレントマネジメントが人に関する総合的な取り組みであることがわかると思います。

図表02 タレントマネジメントに関する実態調査

一方で、現状の問題についての認識も共有されていました。タレントマネジメントがさまざまな施策の統合的取り組みであるにもかかわらず、現実の組織は採用や教育の機能ごとの「サイロ(縦割り)」になっており、そのことが統合的なタレントマネジメントの実現を阻害しているというものです。それらを有機的に機能させることが成功のファクターであり、タレントマネジメントにトップのコミットメントが不可欠な理由であるという主張が展開されていました。

「全員フォーカス」と共同体意識

タレントマネジメントの対象が、一部の選ばれた人々からすべての人々へ移行しつつある動きと同調するように、今年のASTD国際会議では「全員フォーカス」とでも呼べるような傾向がいくつかのセッションから感じられました。

リーダーシップ開発の領域では専門機関として著名なCCL(Center for Creative Leadership)が「リーダーシップ開発の民主化」をテーマにセッションを展開しました。これは、CCLの途上国におけるリーダーシップ開発の大規模な取り組みに関する発表です。1年間で25000人にリーダーシップ開発の機会を提供したこの活動のメッセージは「すべての人がリーダーシップ開発にアクセスできたら世界はどう変わるのか?」というものでした。企業活動のグローバル化が進む中で、リーダーシップ開発という機会を得られるのは先進国の中でも一部の人々だけであるという問題意識が背景には感じられます。

信頼を核としたリーダーシップ論で著名なジム・クーゼスとバリー・ポスナー(クーゼス&ポスナー)によるセッションでも同様の文脈を感じ取ることができました。満席の会場で、大規模な調査研究に基づいて展開された彼らの主張は「最も影響力のあるリーダー(ロールモデルとなる人)は、最も近くにいる人々(家族や教師、コミュニティリーダー)」であり、「リーダーシップはすべての人の仕事である」。つまるところ「組織において最も重要なリーダーはあなた自身である」というものです。リーダーシップを機能や能力からとらえるのではなく、フォロワーの視点からとらえる彼らの立場もリーダーを「特別な人」としないものであるといえます。

もうひとつ、今年のASTD国際会議でのキーワードを挙げるとすれば、「Help(手助けする)」です。「1分間リーダーシップ」の著者として有名なケン・ブランチャードのセッションの今年のテーマは「人々の仕事の勝利をヘルプする(Helping people win at work)」というものでした。「私を採点するのではなく、“A”が取れるよう手助けしてください」というサブタイトルがついたこのセッションでの同氏の主張は「これから必要なのはメンバーを助け、全員を“A”にするリーダー。ロールモデルを変えなければいけない。自己中心のリーダーは必要ない」というものです。

また、セッションではありませんが、会場のブックストアでは、組織文化論、キャリア論で著名なエドガー・シャインによる新著『Help』が平積みにされていました。「助けること」は、人間の根源的な活動であるにもかかわらず、その提供や受け入れがしばしばフラストレーションを生み出すのはなぜか、という問題意識から、どうすればスムーズに「Help」を提供でき受容できるかを探求した同書を多くの人が手にとっていたのが印象的です。

このほかにも、昨年の基調講演者キース・フェラッツィ氏による「互いに助け合うライフライングループ」に関する主張、今年最終基調講演を務めたナショナルジオグラフィックのカメラマン、アニー・グリフィス・ベルト氏の「人々の絆が薄れつつある中、必要なのは助け合っていくことである」という主張なども、「Help」という行為をクローズアップするものでした。

反対に「Win-Win」という言葉をあまり聞かなかったのも今年の国際会議です。ちょうど国際会議期間中にGMの破綻が現実となり、多くの人々が自信を失う中で、この「Help」という言葉は多くの人にインスピレーションを与えるのかもしれません。そして、もしかするとその根底には、新自由主義と呼ばれる社会観への反省が含まれているのかもしれません。

今年もう一人の基調講演者は、有名な『ブルーオーシャン戦略』の著者、レネ・モボルニュ氏(INSEAD)でした。「血で血を洗うような競争世界」から抜け出して、戦いのないきれいな海に出ましょうという同氏の講演は、会場に集まった人材開発担当者に戦略論以上のメッセージを与えたかもしれません。

今号は2009年度のASTDで扱われていた主なトピックスのうち、不況期における学習、タレントマネジメント、「全員フォーカス」と共同体意識についてレポートいたしました。次号では、新しい労働力(ミレニアルズ世代)への対応、セールストレーニングの増加についてご紹介いたします。

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