学会レポート

国際的なHRDの潮流 第1回

ASTD 2008国際会議 参加報告

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ASTD 2008国際会議 参加報告

人と組織の開発に携わる人々が集う世界最大のカンファレンス、ASTD(全米訓練開発協会)国際大会が今年も開催されました。HRD、OD領域のグローバルな最新動向に触れることができるこの大会に、弊社組織行動研究所も毎年研究員を派遣し情報収集を行なっています。カリフォルニア州サンディエゴで開催された2008年度の大会について、今月から2回にわたりご報告します。

執筆者情報

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サービス統括部
HRDサービス推進部
トレーニングプログラム開発グループ
主任研究員

嶋村 伸明(しまむら のぶあき)
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グローバル化がますます進行

ASTDの発表によれば、今年の参加者は1万人、80カ国からの参加となっており大会規模は昨年よりも若干拡大しています。米国外で最も参加者数が多かったのは昨年に引き続き、韓国(442人)、次いで日本(264人)、以下カナダ(230人)、クウェート(132人)、中国(131人)、オランダ(101人)と続きます。日本からの参加者は昨年より86名も増えており、グローバルな人材開発動向への関心の高まりをうかがわせました。ここ数年、国際大会における米国外参加者の数は増加傾向にありましたが、今年はトータルで2400名と、じつに全参加者の4分の1に近づく水準となりました。国外の発表者によるセッション(90分程度のテーマ別分科会)も数多く、エキスポ(展示会)でも、今年は国外からの出展者がひときわ目立った印象です。台湾、韓国のブースは着実に増えています。政府がイニシアティブをとって約10社の共同ブースを出展していたドイツ、今大会のシルバースポンサーでもあるドバイ・ナレッジ・ヴィレッジ(UAE)などは新しい出展者です。

会場となったサンディエゴ・コンベンションセンターは海岸線に沿った細長い構造で、中心に巨大なアトリウムがありますが、そのかなり大きなスペースが「インターナショナル・ラウンジ(国外参加者のためのコミュニケーションラウンジ)」に当てられていました。国際大会におけるインターナショナル・ラウンジは、数年前まではたいてい目立たない、メイン会場とは離れた場所に設けられていたことを考えれば隔世の観があります。

グローバル化がますます進行

国外参加者が増えている背景のひとつは言うまでもなく経済のグローバル化です。国境を越えたM&Aや分業の進展により、国際的に事業活動を展開するすべての企業は、その人材マネジメントをグローバルレベルで考えざるを得ない状況となっており、そこでは世界共通で議論できる知識のベースが必要となります。ASTDが今年行なった調査では、学習機能のグローバルな移転について、地域間で「ばらつきがある」とする回答は全体の66%に及んでいます。IBMが行なったグローバルな学習環境のための人材調達に関するセッション(TU311)などはこうした課題へのチャレンジ例です。もう一つの背景はエマージング・カントリーと呼ばれる新興国の存在です。中国、インド、ロシアなど急速な経済成長のプロセスにある国々の企業は、その国際競争力の増強のために先進的な取り組みをベンチマークしようとする意欲が極めて旺盛です。

こうした新興国の強みは最新の知識や手法を「そのまま」取り入れることができるという点でしょう。彼らは先進国で実践され検証されたナレッジにアクセスすることができ、かつその導入に集中することができる環境にいます。IT用語でいえば、いわゆる「レガシーフリー」のような状況です。ASTD国際大会は、世界中で展開されている取り組みに関する情報が集まり、大会を通じてブレンドされた知識が再び世界中に拡散していくという、まさにHRDの情報ハブ的な色彩を強めつつあるように感じます。今大会は例年になくメッセージ性のあるキャッチコピーが無かったのですが、プログラムガイドの表紙に小さく書かれてあった「Destination;Information(目的地は情報)」というサブタイトルは、もしかするとこうしたASTDの新たな役割の含意かもしれません。

グローバル化がますます進行

タレントマネジメントが最大の関心事に

メッセージ性のあるキャッチコピーはなかったものの、今大会の最大のキーワードはタレントマネジメント(Talent Management)だったといえるでしょう。ASTDのプレジデントであるトニー・ビンガム(Tony Bingham)は基調講演のなかで、「タレントマネジメントは今日最もホットなトピックであり、一人ひとりのリーダーによってではなく、組織的なアプローチによってタレントマネジメントを考えることが必要な時代になってきた。」とし、そのための施策のポイントとして、アトラクション(Attraction;人材をひきつける魅力のある組織作り)、ディベロップメント(Development;人と組織の成長を促進する)、エンゲージメント(Engagement;組織や仕事への積極的関与を高める)リテンション(Retention;良い人材と良い組織状態を保ち続ける)という4点を挙げていました。タレントマネジメントは、2005年から国際大会のセッションカテゴリーのひとつ(Career planning and Talent management)として登場しましたが、年々そのセッション数は増えています(今年は26セッション、昨年は19セッション)。

タレントマネジメントが最大の関心事に

この背景には、すでに現実化している労働力不足があります。米国におけるベビーブーマー世代(1940年~1960年生まれ)の引退はすでに始まっており、そのことによって新たに増える仕事の数は600万とする数字もあります。2002年から2012年の間に米国では、55歳以上の人口が49%も増加する一方で、55歳未満の人口は、僅か5%しか増加せず、この労働力不足は米国だけでなく、カナダ、フランス、イタリア、ドイツ、英国、日本、中国にも影響を及ぼすと予想されています。今日、ビジネスにおける知識の重要性が高まる一方で、特定の専門知識や技術をもった人材は不足しており、地球規模の競争が繰り広げられる中、企業は人材獲得競争への熱意をますます高めているのです(こうした状況はASTDが07年に発表したレポート「Building the skill gap(ネットで入手可能)」でより詳しく解説されています)。企業の財務的成果と人的資源に相関があることはすでにいくつかの調査によって明らかにされています。Fortune誌のレポートによれば、評価の高い企業(Most Admired Companies)80%以上が人的資本戦略の立案と人的資本の測定を、CEOのパフォーマンス評価に加えているとのことで、「能力ある人材の獲得と維持」はC-Levelと呼ばれる企業のシニア・エグゼクティブ層の今日最も関心の高いテーマとなっているようです。

同じ文脈で、リーダー人材の育成と維持も非常に重要なテーマとして浮上しています。すでに日本でも一部企業で取り組みが始まっているサクセッション・プランニングは、今年の大会では「Leadership Pipeline」という言葉で語られることが多かったように感じます。GEのリーダー育成に長年携わったラム・チャラン(Ram Charan)たちによって提唱されたこのアイディアは、今年の大会では一般名詞のように多くのリーダー開発セッションで使用されていました。後継者育成という枠組みを超えて、組織としてのリーダーの供給能力を高めようというニュアンスが感じられます。ちなみに、ASTDが毎年選出するHRD領域での功労賞には今年、ノエル・ティッシー(Noel Tichy;リーダー育成の権威で、リーダーを輩出する組織力を描いた「The leadership Engine」の著者)が選出されています。

「リソース」から「タレント」へ

タレントマネジメントは、2005年あたりまではどちらかというと、前節のような将来のエグゼクティブ候補としての潜在能力を持った人材を中心に論じられていた印象が強かったのですが、昨年あたりから、リーダー人材に限らず、組織のあらゆる人々の固有の能力を引き出し、活かし、開発するという趣旨で語られることが多くなり、今年はさらにその傾向が強かったと思います。この意味で、タレントマネジメントは従来のHRD(Human Resource Development)に代わる言葉になっており、「リソース」という経営側からの視点から、「タレント」という人々固有の才能から人材を見ようとする視点の転換が起きているのだと考えることができます。それだけ、企業と個人の関係性が対等になってきているということの表われでしょう。タレントマネジメントの文脈で近年頻繁に登場するようになったエンゲージメントという言葉も、仏実存主義思想家サルトルのいう「社会的なある選択を主体的に行なうこと(アンガージュマン)」という意味にさかのぼれば、ES(Employee Satisfaction;従業員満足)よりもさらに企業と従業員の対等性を含意しているといえます。

今大会の基調講演者の一人であるマルコム・グラッドウェル(Malcolm Gladwell; The New Yorkerのライターでありベストセラー「Tipping point:邦題『ティッピング・ポイント―いかにして「小さな変化」が「大きな変化」を生み出すか』」の著者)が言及したのはタレントの多様性についてでした。タレントにはその道に足を踏み入れてすぐにあふれる才能を発揮するConceptual Innovatorと、長い経験の後にその才能を開花させるExperiential innovatorの2種類があるとして、ピカソとセザンヌ、オーソン・ウェルズとヒッチコック、イーグルスとフリートウッドマックなどの対照的な例を紹介し、タレントマネジメントにおいて、Conceptual Innovatorばかりに目を向けてしまうのは「危険なこと」だという主張をしていました。この基調講演からも今日のタレントマネジメントが一部のエリート層を対象としたものではなくなりつつある潮流を見ることができます。

タレントマネジメントについて今大会で最も包括的、かつ実践的なフレームワークを示していたのはCCL(Center for creative leadership;リーダーシップ開発のNPO)だったと思います。CCLの発表「Talent Sustainability:Orchestrators, Accelerators& Influencers」では、まずタレントを複数の種類(コアとなる事業活動を支える専門性を持った人々と将来のリーダー候補)に分け、HRPからHRDまでの一貫したシステムを確立することで初めて「Talent Sustainability(人材を持続的に獲得定着させる組織能力)が実現するとしており、ややもすると言葉ばかりが先行するこのテーマが、実はトップマネジメントのコミットメントを起点とした総合的で有機的な組織活動であることを示唆する非常に納得性の高いモデルを示していました。

今号は2008年度のASTDで扱われていたテーマとして比較的多かったタレントマネジメントを中心に取り上げました。次号は、このほかに注目したテーマをご紹介させていただきます。

「リソース」から「タレント」へ
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