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学会レポート
国際的な経営学のトレンド 第1回
“The Questions We Ask”というテーマを掲げ、2008年度のAcademy of Management年次大会が米国カリフォルニア州アナハイムにて8月8日〜13日に行われた。
今年度は、当研究所の研究員2名が現地にて情報収集を行った。2回に分けて、その内容についてご紹介する。
技術開発統括部 研究本部 HR Analytics & Technology Lab 所長
本ホームページにて、今回を含め3年にわたって大会の模様を紹介してきたが、あらためて学会の特徴を学会・大会統計から振り返ってみたい。
図表01のとおり、会員数は年々増加しており、なかでも米国以外の会員割合が増えている。大会の発表者数もこれに伴い増えており、また発表者の国籍も多様化している。このことから、米国経営学会であるAcademy of Managementが、国際的な経営学会であることがあらためて確認できる。 実際、中国やインド、南米などの経済成長が著しい地域の研究者による発表も数多く行われており、学会の場でもそれらの国の急速な発展を裏付けるかのようなエネルギーが感じられた。
なお、2006年度の記事にて紹介させていただいたとおり、大会では24にわたる研究分野のイベントが行われる。 その中で、BPS(Business Policy & Strategy:ビジネス・ポリシーと戦略)とOB(Organizational Behavior:組織行動)にかかわるものはそれぞれ10%以上を占めている。 ほかに、組織開発・変革やマネジメント教育というテーマもあり、企業組織におけるハード面とソフト面に関するトピックを幅広く取り上げており、まさに経営にかかわる科学をモレなく取り扱っているといえる。
以降では、今回の大会において特に興味深かった発表について、簡単に報告する。
今回の大会では、組織変革やトレーニングに関するワークショップ(Professional Development Workshop)のいくつかに参加した。 具体的には、本ホームページにてこれまでのASTDやAOMの報告レポートでも紹介されてきたアプリシエイティブ・インクワイアリー(Appreciative Inquiry; AI)の体験ワークショップ[Ways of Seeing: Appreciative Inquiry, Visuals, Aesthetics & “World Cafe” as Change Agents]、ソーマティック・ラーニング(Somatic Learning)の体験ワークショップ [New Paradigms for Organizational and Personal Change: As Easy as Learning to Walk?] などである。
このようなセッションに参加することにより、組織・個人の変容や学習において、言語以外の感覚を活用したスタイルが注目されていることが実感された。 たとえば、アプリシエイティブ・インクワイアリーで共有イメージを紡ぎ出すために行われるビジュアライゼーション、ソーマティック・ラーニングの根底にある思想である「ソフトに行うこと」の効果を体感するための体の動きを通じた変化の体験などがそれにあたる。
その他のセッションでの発表の内容も踏まえると、多様な感覚の活用に注目が集まる背景は以下のようなものと考えられる。
・言語以外の情報、特に人間が多くの情報処理を行っている視覚情報による、「イメージ」を膨らませる効果への期待
・多言語・多文化の様相を呈する組織において、必ずしも言語に依存した方法論では正確なコミュニケーションや働きかけができないことに起因する言語以外の媒体への期待
・言語に頼り、頭で考えるだけでは得られないことについての学びを起こす手段としての体感への期待
・社会のマルチメディア化に対応し、多様な感覚を活用する仕掛けにより、学習者の興味を喚起することへの期待
背景はさまざまであるが、技術的なインフラの後押しもあり、変化や学習のために多様な感覚を活用していくことはこれからも多くなるのではないかと考えられる。 言語以外のチャネルを活用した学習は、一見「軽いもの」と見られる可能性もあるが、それがもつ効果の大きさは無視できないものであり、私どもも今まで以上に情報収集をしていく必要があることを認識する機会となった。
学界では、効率性を求める昨今のビジネスの世界において、直感的には疑問に思われないため見逃されがちなことについて、さまざまな研究者が多様な側面からあらためて問いをたて、問題提起や検証を行っていることが少なくない。 今回興味深かった研究について、以下、いくつかの例をご紹介する。
従業員のパフォーマンスを予測するための先行指標として、現在ではさまざまな心理・行動尺度が用いられている。 その測定方法は、「あてはまる~どちらともいえない~あてはまらない」という選択肢を用いるリッカート・スケールのみではなく、与えられたケースについて妥当と考えられる行動を回答するシチュエーショナル・ジャッジメント法など多岐にわたっている。 また、とらえようとする構成概念も、Big Fiveのような性格特性、認知能力、価値観など多岐にわたっている。
一般的に、心理・行動尺度は、この「構成概念と測定手法」がセットになったものである。 この「構成概念と測定手法」の混在について、問題提起をする[Selection Constructs versus Methods: The Validity of Alternative Methods for Predicting Performance]という研究報告があった。
新しく提案された概念については、その測定手法自身も新しいものが使われていることがある。 また、そもそも概念によって測定手法が制約されることもあるだろう。 その結果、たとえばリッカート・スケールを用いた一般的な性格尺度に比べて、「構成概念も測定手法も新しい」尺度の先行指標としての妥当性が最も高いという報告を目にすることがある。 しかしながら、実際にはこの研究で問題提起されているように、概念と手法の分離をした上でなければ、「どのような概念を、どのような手法で」測定したものが先行指標として最適なのかの判断はつかない。
この研究では、リーダーシップのパフォーマンスを予測するための先行指標について、「リーダーシップに関係する」という構成概念の制約を設けた上で測定手法の違いによる妥当性の差が検証されていた。 結果としては、リーダーシップに関係するライフイベントについて尋ねるバイオ・データ法、リーダーシップの発揮が必要な場面でのシチュエーショナル・ジャッジメント法、過去のリーダーシップ行動に関する構造化面接法が有効であり、具体的なリーダーシップ経験についての質問やリーダーシップ発揮へのモチベーションに関する質問、そして性格検査や一般知的能力はそれに比べて有効性が乏しいとの報告がなされていた。
もちろん、「どのようなパフォーマンスを予測するのか」によって、測定可能な先行指標が変わること、先行指標として取り扱われる概念によって最適な手法が異なることも考えられるが、この研究で問題提起されている観点が非常に重要であると感じた。
日本においても、ダイバシティ・マネジメントという言葉を近年ではよく耳にするようになった。 ダイバシティ・マネジメントの高い次元でのゴールは、さまざまなメンバーのもつ多様性を、その組織成果につなげることにある。 それでは、多様な人材構成の組織を構築すれば、無条件に成果が上がるのだろうか。
[Examining the Interaction of Demographic Diversity and Personality - The Role of Need for Cognition]という研究報告からは、必ずしもそうでないことがうかがえた。 一見、専門分野などの多様性が価値を生み出す可能性になるように思えるが、複雑な状況を楽しめる傾向が一定以上のメンバーが集まっていなければ、メンバーが多様な環境を十分に肯定的に受け入れられないため、必ずしもその多様性が価値にはつながらないということを裏付けるデータが示されていた。
また、[Knowledge Creation in Groups with Diverse Composition]という研究報告では、メンバー同士が生産的なかかわりをすることがなければ、多様性に起因する価値を十分に享受できないことを示すデータが示されていた。 このことは、多様であること自体に価値があるのではなく、多様な「かかわり」があってこそ、初めて価値に通ずることを示すものといえるだろう。
ダイバシティ・マネジメントについては、組織に多様性を取り込むこと自体が理想的なことであるため、総論では反対されることは少なくなっている。 しかしながら、その取り込んだ多様性がなかなか成果に結びつかない状況に、不安を抱えている推進者も一定数いると考えられる。 そのような方にヒントを与えてくれるような研究がいくつか提示されており、非常に興味深く感じた。
今回は、筆者が参加した、個人や職場レベルの事象についての興味深い研究を紹介させていただいた。 次回は、非財務的な要素や取り組みと財務業績との関係についてのマクロなレベルでの研究を中心に、報告する。
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