国際的な経営学のトレンド Academy of Management(米国経営学会)2018 参加報告

執筆者情報
組織行動研究所
研究員
藤澤 理恵

2018年度のAcademy Of Management(AOM:米国経営学会)年次大会が、8月10日から14日にかけて、シカゴにおいて開催されました。シカゴは五大湖の1つミシガン湖のほとりにある、アメリカ有数の大都市です。多くのグローバル企業の本社が置かれています。


経営学会“AOM”の年次大会
世界95カ国から1万名以上が参加

AOMは世界最大級の経営学会で、2018年度の大会は95カ国から11010名が参加し、5日間にわたりシンポジウムや論文発表など2127のセッションが行われました。

セッションは研究関心ごとに分かれた25の研究カテゴリー(Division)によって運営されており、営利・非営利を含むさまざまな組織の、戦略、構造、ルールやプロセス、イノベーション、組織開発、働く人の組織内行動やキャリアなど、さまざまな視点・分析レベルの研究が積み重ねられています。昨年は、大会テーマであった“At The Interface”を通じて、実務界と学術会の境界をつなぐという学会の意思が宣言されましたが、研究を通じた実務界への貢献の意識の高まりが今年度も感じられました。
 

大会テーマ “Improving Lives”

年次大会では毎年、1つの全体テーマが提示されます。本年度は“Improving Lives”(よりよく生きる)でした。

「経営」が経済活動を超えてもたらし得る、個人の幸福や社会善に対するpositive impact(よい影響)とはどのようなもので、いかにして実現され得るのでしょうか。本大会では、“Improving Health and Well-being in Society: How Can Organizations Help?(社会における健康や幸福を増進する:そのために組織に何ができるか?)”という言葉と共に、次のような問いが投げかけられました。

‐社会や個人へのpositive impact(よい影響)とはどういうことか
‐よい影響を生み出す、組織の構造やプロセスのデザインとはどのようなものか
‐異なる階層を動かしていくために何が必要か
‐政治や地域の問題をどう考えるか
‐組織の提携/パートナーシップ、知識移転はどうなっていくか
‐マネジメント教育はどうあるべきか

テーマの背景には、持続可能な社会に寄与する事業活動を企業に求める世界的な潮流があります。国連は機関投資家にESG(環境<Environment>、社会<Social>、ガバナンス<Governance>の頭文字を取ったもの)投資を要望してきており、2017年には世界最大の機関投資家であるGPIF(年金積立金管理運用独立行政法人)が積極的な取り組みを始めると発表しました。また、国連加盟国自体も2015年に「SDGs(持続可能な開発目標)」に関するアジェンダを採択しています。

複数のテーマセッションへの参加を通じて、“Improving Lives”から2つのメッセージを受け取りました。1つは、そこにいる個人に光を当てるということ。もう1つは、健康で持続可能な社会システムの一部として経営を語る世界観へのシフトです。

1. そこにいる個人に光を当てる

“Improving Lives”にこめられた1つ目のメッセージは、個人の健康(health)やウェルビーイング(well-being)であり、キーワードは人間性(humanity)、尊厳(dignity)です。人間を、経済活動の「手段」ではなく「目的」と置くこと。つまり、個人の生活や健康を重視した上で、主体性を生かす経営への移行についての提案であると感じました。関連する議論を2つご紹介します。

ワークとライフのよい関係性

ワークとライフの葛藤やバランスは、毎年多くのセッションがみられる関心の高いテーマです。あるセッションでは、ファミリー・サポーティブな上司の影響力が取り上げられました。長年、ワーク・ファミリー間の問題に取り組んできたドレクセル大学のジェフリー・グリーンハウス氏、コネチカット大学のゲイリー・パウエル氏らが、上司の言動が、部下の家庭での会話や葛藤を変化させる影響力をもつことを訴えました(*1)。

*1 Session 736 Improving Work-Family Life through Family-Supportive Supervisor Behavior

別のセッションでは、アイデンティティ・トランジション(アイデンティティの移行)がテーマとなりました(*2)。アイデンティティとは、自分は何者か? という問いへの回答として語られる自己概念を指します。子を育てることに関するアイデンティティ・トランジションの機微や難しさについて、働く女性についての研究はこれまでも多くみられましたが、働く男性についての研究も見られるようになったのは近年の変化といえるでしょう。社会において父親に期待される理想像が変化するなか(かつては「よい調達役」がよい父親像であった)、親となる男性が、プロフェッショナルとして働くアイデンティティに、父親としてのアイデンティティをいかに加え統合していくのかといった研究が報告されました。

*2 Session 1593 Identity Transitions: Advancing Theories on When and How Individual Evolve Their Sense of Self

時間や場所について柔軟な働き方(フレキシブル・ワーク・アレンジメント)についての研究発表も増えている印象を受けます。あるセッションでは、柔軟な労働環境に適したマネジメントスタイルが検討されました。自分でゴールを決める、自分に報酬を与える、成果を可視化するといったセルフ・リーダーシップが在宅勤務では多く用いられ終業後の満足感につながることや、上司の指示的ではなく権限委譲的なリーダーシップが部下の主体的行動を引き出すことなどが報告されました(*3)。

*3 Session 2055 New Places to Work (Or Not Work)

ワーク・ライフの健全なバランスや充実は、他国においても解決済みの問題ではないようです。世界をリードするようなワーク・スタイルが、日本から発信され、世界にポジティブ・インパクトをもたらすことも大いに期待されます。

人間の尊厳や人権

より基本的な、人間としての尊厳や人権を擁護する経営についてのセッションが複数開催されていたことも印象的でした。

ESG投資が重視される潮流もあり、企業活動における人権擁護の重要性は認識されているものの、具体的な取り組みレベルでは浸透しきれているとはいえません。測定尺度が未整備で良質なデータが収集されておらず、個別の活動が経営活動に及ぼすインパクトが十分に検討されていないことがその要因の1つであり、従業員や購買者への調査や、投資家への情報開示への努力が報告されました(*4)。

*4 Session 677 Managing Human Rights Obligations of Businesses and Measuring Outcomes: What Now?

また、#MeTooムーブメントに触発され、性差別やハラスメントを対象としたセッションも複数みられました。

ハラスメントが繰り返されたり容認されたりする背景には、親しんだコミュニティの安心感や心地よさが多様性や変化によって失われる葛藤があるとされます。コロンビア大学のマテオ・クルス氏は、コミュニティで女性が性差別やセクシャル・ハラスメントを告発すると、「有能でない」「冷たい」というレッテルが貼られやすく、男性の場合は有能さの評価はやや低下するものの人柄の温かさの評価が上がる傾向があると指摘します。比較的軽いペナルティで問題を指摘できる男性のアライ(理解者・支援者)の顕在化が、多様性促進において有効のようです。

また、#MeTooのような問題事実の告発は大事ですが、それに加えて問題のメカニズムを解明して伝える努力が重要との提言がなされました(*5)。日本でも女性活躍促進への取り組みが熱心に行われていますが、ダイバーシティ(多様性)からインクルージョン(包摂)に歩みを進めるには、差別を語ることをタブーとせず、その構造を解明する議論が必要といえます。

*5 364 Moving Beyond He Said/She Said: A Systemic Approach to Sexual Harassment in Organizations

2. 「健康で持続可能な社会システム」の一部として経営を語る

“Improving Lives”が伝えたもう1つのメッセージは、健康で持続可能な社会システムの一部として経営を語る世界観へのシフトです。そこでのキーワードは持続性(sustainability)です。

現在の社会においては、経済活動によって貧困、紛争、気候変動などのさまざまな社会問題が生み出されています。“The problems that exist in the world today cannot be solved by the level of thinking that created them.(今日、世界に存在する問題は、それをつくり出したのと同じレベルの思考では解決できない)”というアインシュタインの言葉が、複数のセッションで引用されていたことが印象的でした。経済活動優先に偏った世界観を、より多様な価値観を包摂するレベルへと引き上げ、山積する問題を解消するために何が有効かといった議論が各所でなされました。

変革推進の核となる概念として、多くの研究や実践が注目していたのが、“ナラティブ(narrative:語り)”によるアプローチです。

人は言葉を用いて世界を解釈しています。身の回りの事象の意味を理解できるのは、言葉による説明や解釈がなされるからです。特定の言葉によって特定の文脈を語ることをナラティブ(語り)といいます。事象の多くは実際には多様な解釈が可能であるものですが、解釈のために用いられるナラティブ(語り)が固定化している世界では、多様な解釈は行われにくくなります。例えば、「競争」や「コストパフォーマンス」といった言葉を用いるナラティブ(語り)を人々が繰り返すことで、経済活動優先の社会が維持されます。一方、旧い世界観が終わり、新しい世界観に変わったかどうかは、人々の会話に表れるナラティブ(語り)が変化したかどうかによって知ることができます(*6)。

*6 Bushe & Marshak(2015) Dialogic Organization Development: The Theory and Practice of Transformational Change(ブッシュ、マーシャク(2018)中村和彦訳『対話型組織開発』英治出版(p.158))など

関連する議論をいくつかご紹介します。

新しい世界観を触発するナラティブ(語り)

用いる言葉を変えることや、異なる文脈をもつナラティブ(語り)を創造し語り始めることは、多くの人にとっての現実を変え、旧い世界観のなかでは解けない難題の解消法を見出すきっかけとなります。あるセッションでは、世界や自社を語るナラティブ(語り)を経済中心から人間中心へと変化させていくために、非連続的な変化を象徴するパワフルな「言葉」や「シンボル」を見出すことが重要であることが指摘されました(*7)。

*7 Session 609 Creating New Narratives for Improving Live

経済性に加えて、人間性(humanity)、尊厳(dignity)、持続性(sustainability)などに重きを置くナラティブ(語り)を生み出すことで、世界のさまざまな問題現象を捉え直すことができます。その具体的な例として、マギル大学のナンシー・アドラー氏は、“美”について語ることを提案しました。ただ醜さが少ないことが、美しさとみなされるわけではありません。同様に、旧い世界観のほころびを修正するのではなく、代替となる魅力的でパワフルな世界観を創造し語ることが変化を生み出すことをアドラー氏は強調し、そのプロセスを、日本の伝統芸能「金継ぎ(Kin-tsugi)」に託して論じました。

「金継ぎ」は、割れた陶器をただ修復するのではなく、漆と金粉でつなぎ、芸術品に生まれ変わらせる日本の伝統芸能です。修復品は、新品より価値の劣るみすぼらしいものとして扱われることも多くあります。しかし「金継ぎ」は、手を施した人の歴史や変化の受容が修復品の価値を増す「侘び寂び(WABI-SABI)」という世界観を表現しており、新しい「美」のアイディアとして世界のアート界に受け入れられました。世界のアーティストが金継ぎ作品を生み出しているそうです。

変革の必要性や正しさを訴えるのみならず、人々を主体的な変革に誘う具体的な方法が必要であると、アドラー氏は訴えています。その存在が新しい在り方を圧倒的に説得するような、象徴的なシンボルやアイコンをもって語ることは、変革推進の力強い方法になるようです。

組織のなかに、協働のためのナラティブ(語り)を生み出す

このような、より多様な価値を包摂するナラティブ(語り)を、企業組織のなかに創造することは、大きな関心であり、難題でもあります。

経営学の重鎮・マギル大学のヘンリー・ミンツバーグ氏らは、個人の尊厳(dignity)とウェルビーイングを礎とした経営理論への前進を訴えました(*8)。

*8 Session 745 Improving Lives with Better Management Theory - Dignity and Well-Being as Cornerstones

ボストンカレッジのサンドラ・ワドック氏は、ナラティブ(語り)をシフトさせるリーダーが求められていると指摘しました。ワドック氏は、今求められているリーダーは、かつてのような、挑戦的だがシンプルな問題の解決に勇気をもって挑む“ヒーロー”ではないと言います。世界で起こっている複雑な問題を理解し、新しい社会を読み解く言葉をもたらす“知的シャーマン”としてのリーダーシップがいま求められていると述べました。

ウォートン・スクールのトーマス・ドナルドソン氏は、ビジネスとは本質的には「協働によって集合的な価値を生み出すこと」であり、市場競争は協働の1つの形に過ぎないと述べ、もっと多様な「協働」を生み出すことを訴えました。

MITスローンスクールのオットー・シャーマー氏は、社会の難題を共創的に解決するコミュニティのシフトに多く取り組んできた組織開発の実践家であり、『U理論』などの著書で知られています。シャーマー氏は、複雑で不確実性の高い問題の理解と解決を、多様な人材の参加により進める関係性づくりが重要であると指摘しました。そして、そこに踏み出せない企業の多くが、これまでのやり方を手放す恐れ(fear)を感じており、その克服のために、勇気(courage)と信頼(trust)を求めていると報告しました。

CSR(企業の社会的責任)とHRM(人的資源管理)
の融合というナラティブ(語り)

CSR(企業の社会的責任:Corporate Social Responsibility)や、倫理的(ethical)行動についての研究も多く報告されました。企業が従業員に提供するボランティアプログラムは近年増加しており、プログラムへの参加は組織への一体感を高め、個人業績および組織市民行動と呼ばれる役割外貢献を高めるとの報告がありました。しかし、参加を強制されているという意識はその効果を弱めるとされ、あくまでボランティア(有志)の活動であることが大事なようです(*9)。

*9 Session 1080 HR Strategy and Corporate Social Responsibility

少子高齢化が進む日本においても、地域社会の持続性や生活尊重の観点から、働く世代の地域福祉などへの参加は重要な問題となってきています。これまで企業の社会的責任=義務としてのナラティブ(語り)のなかで行われてきたCSR活動や従業員のボランティア活動が、企業人が社会に参加する権利としてのナラティブ(語り)、あるいはHRM(人的資源管理)の観点から従業員の学習や組織への愛着を引き出す手段としてのナラティブ(語り)に置き換わるとき、また1つ社会課題を解消する新しい世界観が生まれるかもしれません。

終わりに

ライフの領域においても、ナラティブ(語り)が変わっていく

新しいナラティブの創造が、これまでと違った世界観を描くことによって問題を解消していくことは、組織レベルの活動に限りません。前述したワーク・ファミリー・バランスや育児をする父親のアイデンティティ・トランジションや、性差別のないコミュニティについての議論なども、個人レベルの生き方、働き方を多様化させる、新しいナラティブ(語り)の創造過程と見ることができます。

前述の、親となるプロフェッショナル職の男性を例に取れば、仕事人と父親としてのアイデンティティの統合が難しくなるのは、働き方はこうあるべきとして多くの人が共有するナラティブ(語り)が、幼児の生活時間のサイクルと矛盾していたり、父親の役割についてのナラティブ(語り)と合致しなかったりすることによって生じます。ですがもし、「時間や場所に柔軟な働き方は勤勉さの証だ」というナラティブ(語り)や、「育児参加は男親の権利である」といったナラティブ(語り)が一般的に語られるような社会となれば、ワークとライフの間で感じられる葛藤の中身も変わってくるでしょう。

未来を共に語るナラティブ(語り)を探して

新しいナラティブ(語り)を創造するためには、まだ体験したことのない未来について、人々が語り合い始める方法が重要になります。まだ誰も体験していない未来を集合的にセンス・メイキング(意味生成)する方法や、コ・クリエーション(共創)を生成するものと障害となるものについての議論を行うセッションもありました(*10)。ビジネスの現場で実際にどのような手法を用いることができるのか、探求していきたいテーマです。

*10 Session 1602 The Dynamics of Collective Sensemaking

経営の文脈で“Improving Lives”という言葉が語られることのパワフルさを感じ、1人のビジネスパーソンとしても明るい未来へのシフトを予感した5日間でした。このような議論が研究者のコミュニティのなかにとどまることは非常にもったいないと感じてもいます。民間の組織行動研究所として、学会と実務界の間に立ち(“At The Interface”)、日本の職場における会話が変わるような、新しいナラティブ(語り)の創造に貢献していきたいという思いを新たにしました。

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