国際的な産業・組織心理学の最新動向 ICAP(国際応用心理学会国際大会)2014 参加報告

執筆者情報
組織行動研究所
主幹研究員
今城 志保

国際応用心理学会(IAAP)は、1920年に設立され、心理学の国際学会としては最も古いものです。この学会が4年に一度開催する国際大会(ICAP: International Congress of Applied Psychology)が、今年はパリで、7月8日〜13日の6日間にわたり行われました。28回大会の今年は、100カ国から4500名を超える心理学者が参加しました。この学会は応用心理学に該当する18の部会から成り、大会でも部会ごとに発表のセッションが組まれています。“仕事と組織の心理学”は第一部会ですが、そのほかにも“心理測定と評価”“環境心理学”“教育心理学”“臨床・コミュニティ心理学”“経済心理学”など、さまざまな応用分野の研究発表を聞くことができることもこの学会の面白い点であるといえます。また4年に一度であるため、年次大会と比べると複数データを用いた実証研究や、ある程度まとまった研究結果の共有がなされるのもこの大会の特徴です。

今年のテーマは「From Crisis to Sustainable Well-Being(危機から持続可能な幸福へ)」でした。大会中に国連のラウンドテーブルが行われ、国連が2015−2030年の目標に掲げた内容(貧困の終焉、経済成長とすべての人への良い仕事の機会、格差の軽減、気候変動への対処、etc.)について議論が交わされました。そして、最終日に、これらの目標の推進に向けて、心理学者として協力を行うことを参加者の投票によって確認しました。

本レポートでは、今年度の大会で参加したセッションのなかから、特に興味深かったものとして、「価値観や態度の継承や変化が世代間でどのように生じるか」「変化する社会環境に個人はどのように適応するのか」「人的資源管理は本当に企業の業績向上に貢献しているのか」の3つのトピックについて、論じた講演について報告します。


価値観や態度の継承や変化が世代間でどのように生じるか

『われわれの子供たちは、われわれのようになるのか』
Klaus Boehnke
[国際大学院(社会科学)、Jacob University Bremen(ドイツ)]


Boehnke氏が10年以上にわたって行ってきた価値観や社会的な公理、対人課題などにおける親子の類似性に関する研究について、紹介がありました。私たちは通常、親子が身体的な特徴以外にも、さまざまな点で似ていることを、当然のことのように受け入れています。一方で、ゆとり世代の議論にあるように、世代間に生じる価値観や考え方の違いについても認識しています。つまり、価値観や社会観の親子間の継承と変化は、いずれも存在すると考えられます。しかし、異なる2つの現象がどのように関連し合って生じるのか、どういった価値観であれば継承されるのか、あるいは変化するのか、といったことについてはよく分かっていません。Boehnke氏の研究は、このような疑問を出発点に行われてきました。

例えば、イスラエルで行われた親子間の価値観の違いの研究では、親の世代において重視された「安心」という価値は、子供の世代ではさほど重視されず、子供の世代に重視される「自律」の価値は親の世代では比較的重視度が低いという結果が得られました。これは、世代間の価値観の違いと考えられるでしょう。

一方で、社会的な重視度がはっきりしない価値観(重視するとも重視しないとも明言できない価値観)については、親子の類似性が高くなる傾向が示されました。例えば、イスラエル社会で重視される程度が高い「他者尊重」の価値よりも、社会的には重視度がはっきりしない「勢力」の価値のほうが、親子の関連性は強いのです。さらに母親の方が子供への影響力が強く、娘の方が息子に比べると親との類似性が高いことも分かりました。

また、社会的に重視される価値と家庭における価値に違いがある方が、その価値観は親子で強く継承されるといった研究結果も報告されました。例えば、「自己成長」という価値について、イスラエルの社会的平均値からかなり離れて高い値、あるいは低い値を示す家庭においては、その価値の重視の程度は、子供に継承されていました。

どうしてこのような現象が起きるのかについて検討した結果、特定の価値について、社会的に重視されている程度と家庭の重視度が大きく異なる場合には、その価値に関して親子で会話することが多いことがわかりました。社会で求められる以上に親が「自己成長」を重視している場合は、社会的平均値以上の「自己成長」を子供に求めて会話を行うのでしょう。

上記の結果をまとめてみると、そもそも社会的に重視される価値については、親子で共通して重視されます。これは遺伝というよりも、親子が社会環境を共有しているためだと考えられます。一方で社会的な重視の程度が明確ではない価値は、社会環境が共有されるわけではないため、親子間で価値観が継承される傾向が強まるということになります。

それでは、世代間の違いに見られる社会全体の価値観の変化はどのように起こるのでしょうか。Boehnke氏も、現時点で明確な回答をもっているわけではありません。

少なくとも、ある時点で社会的に重要視される価値については、親子間の継承は強く行われるわけではなく、あまり社会では重要かどうか意識されていない、あるいはその家庭特有の価値観ほど親子間の継承は強くなるという一見矛盾する状況が生じています。そして、社会的な価値観の変化が生じるときには、親子の価値観の継承とは関係なく、社会で生じた価値観の変化を親子が同時に受け入れる可能性と、それまでは社会的にはあまり重視されなかったものの、一部の家庭で強く継続されてきた価値観が社会的に重視されるようになる可能性の2つの形があることを指摘しています。

いずれにしても重要なポイントは、価値観の継承がコミュニケーションを通じて行われたように、価値観の変化は何らかの対人影響を通じてなされるものと考えられることです。例えば、子供の自律の価値観は、学校や組織における対人影響を通じて強められたのかもしれません。

どのような価値観がその時代に社会で優勢になるか、その背景には社会レベルでの変化があるように思われますが、それが広まったり共有されたりする過程にある対人影響に注目すれば、社会に特定の価値観を広めるために有効な介入方法を考える上でのヒントが得られるかもしれません。

変化する社会環境に個人はどのように適応するのか

『社会や経済変化の下で不透明な人生を歩む』
Rainer K. Silbereisen
[発達心理学部 Jena大学(ドイツ)]


政治的な変化、経済的なチャレンジ、グローバリゼーション、人口構成の変化などの、さまざまな変化によって、私たちの生活はより不透明さを増しています。Silbereisen氏は、このような環境の変化が、私たちの心理にどのような影響を及ぼすのかについて研究を進めてきました。東西統一を成し遂げた後のドイツにおける社会的な変化に着目しつつも、Silbereisen氏の研究はドイツにとどまらず、ポーランドやイスラエルなどでもデータ収集を行い、知見の一般化を推し進めています。また研究対象者の年齢層も広く、成人から高齢者までのデータを用いた研究を行っています。

Silbereisen氏の研究では、環境変化と心理をつなぐものとして、個人の感じる状況の「不透明さ」に着目して、仕事や家庭などにおいて不透明さを感じる程度を測定する尺度を開発しました。この尺度を用いて、個人の感じる状況の不透明さが心理状態(Well-Being:幸福感)や行動(市民行動)に及ぼす影響を検討し、さらにその影響の程度は個人が不透明な状況に対してとる対処戦略によって変化するかを検討しました。

分析の結果、政治や経済の変化はそこに暮らす個人が状況の不透明さを感じる程度にプラスの影響を与えていました。また状況の不透明さを感じるほど幸福感は下がる傾向があるものの、積極的な対処戦略をとっている場合には、ネガティブな影響は軽減されることが分かりました。一方で、例えば長期間失業しているとか、失業率が高く就職の機会がほとんどないなど、個人の努力ではどうにもならないような厳しい状況下でのみ、回避的(消極的、逃避的)な対処戦略をとっていても不透明さのネガティブな効果は軽減されました。この結果はドイツのデータとポーランドのデータで裏付けられました。

その他に研究結果から分かったこととして、経済的に非常に困窮した状態にあっても、失業率が極端に高い場合には、大多数が状況の不透明さを同じように感じているため、認識の個人差が幸福感に与える影響は、実際にはさほど大きなものではないことが挙げられます。逆に同じ社会環境下であっても、個人の経験の違いによって環境変化の受け止め方が異なる例もあります。ドイツでは高齢化する社会のなかで、「高齢者も社会に貢献し続けるべき」「高齢者も自立すべき」といったメッセージや政治的な動きが2012年に出されましたが、同じ社会環境下でも、東ドイツ出身者の方が、西ドイツ出身者よりもメッセージをよりプレッシャーに感じるといった結果が報告されました。

まとめると、人は環境が変化すると、自分を取り巻く状況が不透明になったと感じ、対処行動をとります。状況が不透明になったと感じる程度には、客観的な社会制度や経済環境の変化の影響もありますが、個人差もあります。状況の不透明さが増した環境下では、一般には問題解決に取り組む積極的な対処行動の方が変化に適応できますが、個人の力が到底及ばないような難しい環境下では回避的な対処が功をなすこともあります。これらの研究から得られる社会的なインプリケーションとしては、環境変化に対して公的な機関が何らかの介入を検討する際には、その環境変化が影響を受ける人にどのように受け止められるか、その個人の生い立ちや国籍、年齢によって受け止め方はどう異なるのかといったことを把握し、必要なメッセージを送ったり、不安を軽減したりするような仕組みも新たに設けるといった対策の必要性が挙げられるでしょう。

人的資源管理は本当に企業の業績向上に貢献しているのか

『人的資源管理(HRM)とハッピーで生産性の高い働く個人の追求』
David Guest
[経営学部 King’s College(ロンドン)]


過去20年間、HRM(Human Resource Management)に関する研究が盛んに行われてきました。その背後には、重要な資源の1つである人材の有効な活用は、企業の競争優位性を高める要素の1つであり、優れたHRMは企業のパフォーマンス向上に寄与するものという前提がありました。しかし残念ながら、優れたHRMとは何か、なぜそれが企業のパフォーマンスの向上につながるのかといった疑問に関して、現時点では結論を得られるだけの知見がそろっているとはいえません。

HRMに関する先行研究のもう1つの問題点として、働く人がHRMをどう捉えているかという視点が不十分なことが挙げられていました。働く人がハッピーであることと生産的であることは両立するのでしょうか。短期で生産性を上げられるHRMであっても、それが従業員にどのような影響を及ぼすかまで考慮することが、人という資源を扱う際の重要な視点であるといえるでしょう。

これまでの研究をレビューした結果をもとに、Guest氏は今後のHRMの研究の方向性を、「どのような状況下でどのようなHRMが効果的か」と「HRMとパフォーマンスをつなぐプロセスはどのようなものか」という2つの視点で提示しています。

1つ目の視点については、理論的な議論では経営戦略に適したHRMが望ましいとされる一方で、いわゆる高業績組織に共通のHRMがあることを示す研究も報告されています。またHRMの効果を示すためには、マネジメントの効果との切り分けが必要であるとも論じています。例えば、Bridiら(2009)の研究では、300を超える企業における20年超の生産性に関するデータを用いて、HRMおよびそれ以外のマネジメントのプラクティス(例えば、ジャスト・イン・タイム)の効果を調べています。HRMのエンパワーメントやトレーニングはどの企業でも生産性向上に正の効果をもっていますが、それ以外の、特にマネジメントのプラクティスについては、効果の程度に企業間でばらつきがあり、一貫した効果が見られなかったことを報告しています。

2つ目のプロセスの視点については、結局HRMの効果は個人の反応を介したものであるとすれば、個人が特定のHRM施策にどのように反応するかを明らかにすべきと論じています。例えば、エンパワーメントは一般に生産性向上に効果的であるという研究を紹介しましたが、仮にこれが従業員の動機を高めることを通じて生産性を上げているのだとすれば、限定的な働き方を選択した社員や、仕事の中心性(生活において仕事が占める重要度)が低い従業員にとって、これは真実でしょうか。さまざまな価値観や働き方を選択する人が同じ職場で働く機会が増えることを想像すると、多くのケースに共通するようなHRMの効果についてはまだ研究は不十分かもしれません。

Guest氏は、HRMの効果を媒介するものとして、個人と組織の心理的契約に着目した研究を数多く行っています。例えば、心理的契約の不履行は、従業員の感じる公正感や信頼感に影響を及ぼした結果、離職につながることを示した研究があります。また、従業員のキャリアマネジメントについて、企業側のサポートが従業員の期待に合致した場合には、組織へのコミットメントが高まり、パフォーマンスが向上することを示しています。さらに、正規雇用の社員と有期雇用の社員の心理的契約の状態を調査した結果、正規雇用社員に比べて有期雇用社員の方が状態が悪いわけではないとの結論を得ています。その理由として、有期雇用の社員の方が組織との契約の範囲が小さいため、容易に契約が履行されたと思うからではないかと論じています。

3つの研究ともに、これまで個人を中心に多くの研究が行われてきた心理学の壁を越えて、家庭や組織、社会レベルの変数と個人の心理のダイナミックな関係を見ています。今回ご紹介した講演を行ったBoehnke氏とSilbereisen氏は、心理学という個人を対象とする学問からスタートしつつも、大きな社会問題を扱った研究に数多く携わっていますし、Guest氏は人的資源管理を専門として研究をスタートしましたが、より心理的な個人の反応や行動にも着目しています。心理学がどのように現実の社会問題の解決に役立つかという、まさに応用心理学の進むべき方向を示すような研究ではないかと感じました。次は4年後の2018年ですが、それまでにどんな研究が出そろうのかを楽しみに待ちつつ、自分もより問題解決に貢献できるような知見を作り出す研究に精進したいと思います。

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