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学会レポート
国際ビジネス研究の最新動向
AIB(Academy of International Business/国際ビジネス学会)とは、1959年にワシントンで第1回年次大会が開催されて以来、50年以上続く国際的なビジネス活動に関する学会です。昨年に続き本年も参加してまいりました。(参考)AIB2012年度大会参加報告レポート
サービス統括部 HRDサービス推進部 トレーナーマネジメントグループ シニアスタッフ
今年の年次大会は、2013年7月3日から6日までの4日、本年のテーマ“Bridging the Divide”にふさわしく、西洋と東洋に橋を渡すトルコのイスタンブールにて開催されました。図表01は、発表セッショントラックの種類とセッション数です。全体で約200セッションあり、各セッションにて4~8本のプレゼンテーションが行われるため、参加者数も多く、国籍も多岐にわたります。
図表01 セッショントラックの種類と数
今回はその中で、セッション数の多さからも研究上の関心の高さがうかがえる、異文化マネジメントとHRMに関連するテーマを中心にいくつかの発表についてご紹介します。
今回、多くのセッションが設けられていたのが、文化価値観に関わるセッションです。 特に今回は、世界価値観調査(WVS*1)および欧州価値観調査(EVS)を用いた研究の促進を狙いに、文化価値観の国際比較の大家Geert Hofstedeをはじめとした研究者たちが、これらの調査結果を用いた研究をプレゼンテーションとパネルディスカッション形式で紹介し、その幅広い有用性を示していました。
*1 WVS:国際的なプロジェクトによって実施されている大規模な国別の価値観調査。結果のデータセットはインターネットからダウンロードできるため誰でも活用可能
ここでは、そのなかで発表された内容をいくつかご紹介します。まず1つ目は、このテーマで必ずといっていいほど話題に上がる「世界の価値観は時間の流れのなかで変化しているか、また統合されうるか」という問いに示唆を与える発表です。Sjoerd Beugelsdijikのプレゼンテーションでは、WVSのデータを基にHofstedeが示した文化価値観のディメンジョン*2を合成し、世代間比較を行った結果を紹介していました。 それによると、世界の国々の文化価値観は、全体的に、より個人主義的で気まま(indulgent)になり、権力格差*3が小さくなる方向へと移行し、さらに米国の価値観に近づいていることが見えてきたといいます。 確かに、経済発展などを背景に、少しずつ社会の権威・規範よりも、個々人の意思や自己実現を重視するような流れへと変化しているという動きがあることは、これまでの研究でも指摘されており、世界全体の緩やかな変化を垣間見ることのできる結果といえるでしょう。
しかし一方で、Hofstedeのディメンジョンの結果は、時間が経っても安定していることが確認されました。また、他の発表ではヨーロッパ内だけでも文化価値観が統合されるには約190年かかるという試算結果も紹介されており、経済発展や急速に進む情報インフラの発展などによって共通化していく流れがあったとしても、そう簡単には世界全体の価値観は統一されず、これからも引き続き、私たちは異文化の価値観と向き合っていく必要があるようです。
*2 (参考)Hofstedeの文化価値観ディメンジョン
(Hofstede, Geert, Gert Jan Hofstede, Michael Minkov, (2010), Cultures and Organizations -Software of the Mind-, 3rd edition, McGraw Hill、古川裕康 ( 2012)「各文化におけるGBI戦略-Hofstedeの文化次元を用いた理論的考察-」『経営学研究論集』明治大学大学院、第36号、57-72頁を基に筆者作成)
*3 権力格差:権威主義的な価値観。ある社会において、権力の弱い成員が、権力の偏りを容認している度合い。文化価値観調査からは、一般的に、アフリカ、中東、アジアなどで強く、ヨーロッパ、北米などでは弱い傾向が見られる。
また、地理的な距離が文化的な距離に必ずしも直結しないという発表もありました。Maaja Vadiによれば、ヨーロッパの国々を地域単位に分解し、Hofstedeの示す文化価値観のディメンジョンの得点を算出したところ、国内での文化価値観の格差が大きい国と小さい国があることが分かりました。具体的には、国内で地域間の差が小さい国は、フィンランド、スウェーデン、デンマーク、オランダ、アイルランド、ブルガリアなどであり、地域間の差の大きかった国は、ドイツやスペイン、スロベニアなどでした。例えば、ドイツは個人主義的で権力格差が小さい一方、ポーランドは個人主義の傾向が弱く権力格差が大きいといった違いがあるのですが、ドイツの東側地域のいくつかは、ドイツの特徴よりも、ポーランドの特徴に近いといいます。また、スペインとポルトガルも、国単位では文化価値観上異なる特徴があるのですが、スペインのいくつかの地域は、スペインよりもむしろポルトガルやフランスの特徴に近いことが確認されました。さらにイギリスでは、ロンドンだけがイギリスの他の都市・地域と特に異なっているのだそうです。また別のセッションの研究発表で、個人の働く価値観のうち、国間差異は約4%しか説明力をもたないとも指摘されていました。
これらのことは、国単位の文化価値観の把握は、世界全体という視界で見たときの国別の価値観の特徴や差異を把握する上で有益ですが、一方で、一概に国単位での特徴がその国の人々の特徴を表現し切れているわけではないことも示しています。
このようななかで、一企業において各国ごとの人材マネジメントを、国単位の文化価値観を考慮して設計する意味はどの程度あるでしょうか。もちろん、人材マネジメントシステムにおいて、各国の法制度・経済システムや労働市場の状況などを踏まえ、国単位で設計すべきことはいくつもあります。しかし、文化価値観の違いを、従業員一人ひとりのマネジメントの検討の観点に加えるのであれば、国単位、地域単位といった網目で捉えるには限界があり、結局は社員個人の違いに着目していく必要があるでしょう。つまり、企業が複数の文化にまたがって人材を雇用し活動を行う以上、組織のマネジメントを行うマネジャーやリーダーには、これからも職場の個人一人ひとりとの差異に向き合い、組織マネジメントを行っていく意識と行動が求められます。それらが組織のパフォーマンス向上において重要かつ困難なものであるならば、人事には、そういった個々人が、異文化に向き合う意識をもち行動するための支援を行う役割を担うことが求められるでしょう。
文化価値観の違いに対しては、このセッション以外でも多くの発表がありました。例えば2カ国間の文化的距離は、互いに同じ距離ではないといった発表がありました。具体的には、米国人から見ると韓国は遠いが、韓国人から見て米国は近い存在として感じられているとのことでした。また、文化価値観の結果を平均値でみるのではなく分布で見てみると、分布が重なる部分がある点を指摘した発表もあり、例えば米国人のように個人主義的な中国人、中国人のように集団主義的な米国人が存在する、ということを論じていました。そこで、例えば企業の採用活動でも、進出先の国が自社と異なる文化価値観を有していたとしても、自社の文化に近い人材をターゲットにすればよいのではないか、といった意見が投げかけられていました。
ある特定の尺度の文化価値観が類似しているからといって、安易に自社に適する価値観をもつと結論付けるのは乱暴でしょうし、進出国の価値観をステレオタイプに捉えて自社と合わないと決めつけるのもよくありません。 また、逆に進出国によって求める人材像や人材の価値観を変化させていくうちに、自社が強みとして守るべき部分まで見失っては本末転倒です。自社が譲れない部分と、現地に合わせるべき部分を見極めた上で、ターゲットに適した採用メッセージを打ち出していくことが重要でしょう。また、その際には、自国から見た相手国の印象だけではなく、相手国から見た自国の印象や心的距離も意識するべきといえるでしょう。
前段では、一人ひとりの異文化理解が重要になるということを改めてお伝えしましたが、異文化理解の問題に必ずといっていいほど直面しているのが、現地企業のマネジメントを任される海外赴任者たちではないでしょうか。彼らが、異文化に触れながら現地メンバーと絆を深め、良い組織づくり・人材マネジメントを実現できるようなリーダーを登用・育成していくためには、どうしたらいいのでしょうか。
ここでは、海外赴任者が直面する初期適応時のカルチャーショックに関する研究と、言語の壁を乗り越えるチームを生み出すリーダーシップスタイルについての研究をご紹介します。
まず、カルチャーショックの研究についてご紹介します。未知なる異文化の組織に対して、私たちはつい若い人の方が早く馴染むことができるのではないか、と考えがちかもしれません。それに対して反論したのがこの研究です。異文化適応の研究では、人が異文化に接触した後の適応過程は、U字のカーブを描くといわれています。本研究は、このUカーブモデル*4が、必ずしもすべての状況に適用されないのではないか、という問題意識から始まりました。Uカーブが具体的にはどのような人の、どのようなシチュエーションにおいて適用されるのかについて実証を試みたわけです。対象者の適応の状況や個人の特質を考慮すべく、対象者584名を4つのクラスタに分類し(【1】Early Career、【2】Middle Career、【3】Senior Expatriate 【4】New Generation)、数年にわたって追跡調査を行いました。その結果、【1】と【4】、つまり年次の若い群が、特にカルチャーショックのUカーブを経験しているということが確認されました。さらに、それは特に人間関係からくるものでした。
*4 Uカーブモデル:異文化に接触して適応するまでの過程がU字カーブを描くというモデル。Lysgaard(1955)が仮説を提唱(初期適応→ショック→再適応)。Black&Mendenhall(1991)は適応段階は4段階であると主張(ハネムーン期、カルチャーショック期、適応期、習熟期)。
一様にとらえがちだったカルチャーショックは、実は年齢が若かったり、経験の浅い赴任者に特に起こりえるものであり、さらにその原因が特に人間関係にある点を実証研究で示唆したという点で、非常に興味深い発表でした。海外赴任者の選抜において、ともすると「若手は柔軟だから適応しやすいに違いない」と考え、安易に海外に赴任させているかもしれません。しかし、若手の方が対人面での初期適応に苦労する可能性があり、若手に任せる場合は特に人間関係面へのフォローアップに忘れず気を配る必要があるでしょう。また、逆に年齢が高いと異文化への初期適応が難しいとは限らないことも同時に示唆されたともいえます。今回の結果がどこまで一般化できるか分かりませんが、異文化への初期適応の観点のみでいえば、年齢による制限を設ける必要はないかもしれません。
異文化の壁と同様、時にそれ以上に、メンバーとの関係性構築の障壁となりえるのは言語の問題です。特に多国籍企業ともなれば、プロジェクトチーム内のメンバーが皆、異なる母国語を有する、といったことも起こりえます。
Helene Tenzerらは、マルチリンガルなチームにおける、感情知性の高いリーダーシップの効果について発表していました。この研究では、感情知性の高いリーダーが、多国籍企業の職場で、言語の壁によって巻き起こった職場でのネガティブな反応・感情を、どのようにマネジメントしているのかについて、体系的な調査を行いました。具体的には、3社の自動車メーカーの15のマルチナショナルチームを取り上げ、15名のチームリーダー、8名のシニアマネジャー、67名のチームメンバーを対象にインタビューを行いました。すると、優秀なリーダーたちは、職場内で生じたネガティブな感情を察知すると、それを抑制するのではなく、言語横断的なコミュニケーションを発達させることによって、メンバーの関心を集め、状況認識をポジティブに転換していくことを促していくことで、彼らの感情を効果的に調整することができている、ということが明らかになったのです。
実際に負の感情を察知した際には、言語が堪能ではないメンバーに、話す時間を十分に与えたり、冗談なども交えながら気軽に話せる雰囲気を作ったり、共通ゴールをきちんと分かりやすく示したり、メンバー皆の貢献に感謝の意を示したり・・・・・・、といった行動を行っていくことで、彼らの感情面を効果的に調整していくといいます。そのときリーダーに必要になるのが、メンバーの感情を知覚し、自分の感情をコントロールできる、自らの感情知性ということになります。
言葉が通じ合えないことで生じるフラストレーションは大きなものですが、その負の感情をきちんと察知でき、かつその感情の波に流されずに、ポジティブに状況や雰囲気を変えていけるような人材が、言葉の壁を越えるリーダーとして適しているということでしょう。また、もし多言語チームがうまくいっていないのであれば、感情のマネジメントの実践状況を、一度振り返ってみるのもよいかもしれません。
海外赴任者登用・支援におけるカルチャーショックへの留意点、マルチリンガルチームのリーダーの適性およびマネジメント支援・・・・・・などグローバルリーダーの登用と支援について触れてきましたが、海外赴任者を支援していく上で人事が支援できることは、他にどのようなことがあるでしょうか。単に赴任者の選抜・育成だけが支援策ではなさそうです。
Haiying Kangらの研究では、国際HRM施策と現地社員の赴任者に対する姿勢には関係があり、良い国際HRM施策を行っていると、現地社員が、赴任者に対してポジティブな姿勢になることが、示唆されました。具体的には、中国にある韓国の多国籍企業のデータを分析したところ、外部への社会貢献的なHRMの取り組みは、直接的に、または組織アイデンティフィケーションが高まることによって、現地社員の赴任者への姿勢をポジティブに変化させるようです。また、従業員を重視した国際HRMの取り組みもまた、直接的に、または現地社員が組織支援を知覚することによって、赴任者への姿勢をポジティブに変化させるというのです。
つまり、現地社員との信頼関係を構築していく上で、赴任者個人が担う部分以外にも、現地の組織支援の度合いが1つのファクターになりえるというわけです。逆に、赴任者が現地従業員との関係性をなかなか良好に築けない場合、赴任者を降任させてしまう前に、不信の真の理由がどこにあるのか、HRMポリシーなど赴任者個人ではなく組織の制度・仕組みが要因になってはいないかを、しっかりと確認していくことが重要といえるでしょう。
図表02 HRMと現地社員の赴任者に対する姿勢の関係
(Haiying Kangらの発表を基に筆者作成)
本レポートでは、いくつかの研究を紹介しながら、価値観や言語が異なるなかでの、グローバルリーダーの登用・育成・支援上のポイントについて触れ、それに対して人事ができることを考察してきました。
次回は、同時期・同じくイスタンブールにて開催されたAJBS(Association of Japanese Business Studies 日本ビジネス研究学会)の内容も一部ご紹介したいと思います。今、日本という国・企業を研究対象にする意味とは何か?などについて意見が交わされた様子をはじめ、いくつかの研究発表をご紹介します。
学会レポート 2024/01/15
国際的な心理学のトレンド
American Psychological Association (米国心理学会)2023参加報告
心理系学会
学会レポート 2023/12/18
国際的な経営学のトレンド
Academy of Management(米国経営学会)2023 参加報告 働く人を前面に、そして中心に
経営系学会
学会レポート 2023/11/27
L&D(学習と能力開発)のトレンド
ATD2023 バーチャルカンファレンス参加報告 再考のスピードと学習棄却がカギとなる時代のL&D
人材開発・職場の学び ATD