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学会レポート
国際ビジネス研究の最新動向
本稿では、6月30日~7月3日にワシントンDCで開催されたAIB(Academy of International Business/国際ビジネス学会)の年次大会について報告いたします。
同学会は、50年以上の歴史があり、70カ国以上の国々に3500名以上の会員がいる大規模な学会です。その名のとおり、国際的なビジネス活動に関する学会で、以下のような、かなり幅広いテーマで発表が行われます。
・ Strategy(国際競争戦略) ・ Cross-cultural Management(異文化経営) ・ Economics(海外直接投資、それに関わる経済制度) ・ Organization(企業間の提携やジョイントベンチャー、企業内の知識移転) ・ Marketing(国際マーケティング戦略、他国への進出におけるマーケティング) ・ Business Policy(通商政策や途上国の発展政策)
これだけの多彩なテーマを扱う以上、発表の数も非常に多数となります。4日間の日程で100以上のセッションが設けられており、それぞれ複数のプレゼンテーションが行われるため、合計で300以上の研究が発表されます。当然参加者もかなり多く、世界各国から研究者が集まる場となっています。
本大会のテーマは、“Rethinking the Roles of Business, Government, and NGOs in the Global Economy(世界経済における企業、政府、NGOの役割を再考する)”でした。金融危機や温暖化といった国際的な問題に関して、企業、政府、NGOが連携して取り組む必要性がかつてなく高まっているという問題認識の上で設定されたテーマのようです。ただ、全てのセッションがこのテーマの下で行われるというわけではなく、通常の研究発表のセッションの中にこのテーマでの特別セッションが設定される、という形での運用となっていました。
本稿では、筆者が参加したセッションの中から、特に“多様性を活かす”という観点で、3つの発表をご紹介します。“多様性(Diversity)”は、ここ数年のうちに、ビジネスを語る上で欠かせないキーワードの1つとしてすっかり定着し、さまざまな企業のトップのメッセージでも頻繁に用いられるようになりました。しかし、必ずしも日本企業が得意とするものではなかったのではないでしょうか。本稿では、そうした日本企業の現状も踏まえ、各研究から得られた知見を私たちがどのように活かしていけばよいかについても、あわせて考察していきます。
昨今、これまで日本に集中していた研究開発やマーケティング機能を、世界各地に分散していこうという取り組みが多くの企業で進められています。その背景には、地域ごと、国ごとに異なる消費者ニーズに応えていくには、よりマーケットに近いところで、マーケットに慣れ親しんだ現地の人材の知見を活かしていこうという考えがあるようです。
さらに、地域ごとの違いに適応させるということを超えて、各地で生み出されたイノベーションをグローバルに展開し、他の地域でも活かしていくことで、「多様性をグローバルな競争力につなげる」という考え方も、多国籍企業の競争戦略として注目されています。例えば、新興国のニーズに合わせて、抜本的にコストダウンを行った新商品開発を行い、その知見を先進国向け製品にも活用していく、といった取り組みです。業務プロセスの改善や新しいマーケティング手法の導入などでも、同じことが当てはまります。言い換えれば、従来の「本国が知の源泉である、一極集中ピラミッド型の経営モデル」から、「世界各地の拠点で新たな知を生み出し、相互に活用する多極分散・ネットワーク型の経営モデル」に移行しようということになります。
こうした一極集中から多極型への経営モデルの転換を図っていく過程では、「受動的」な立場にあった海外拠点が、新たな知を自ら生み出して発信していくことや、より「能動的」な立場に転換し、グローバルな組織の中で影響力を高めていくことが必要になります。このような変化を促す要因についての研究が、Najafi, Groud, Andersonによって発表されました。
彼らによると、海外拠点の人材が「現地における社外のネットワーク(External Embeddedness)」と、「地域を越えた社内のネットワーク(Internal Embeddedness)」の両方を持つことにより、拠点における知識創造(Knowledge Development)と、生み出された新しい知識の他組織への逆移転(Reverse Knowledge Transfer)が促進され、拠点の戦略的な影響力が高まっていく、ということです(図表01参照)。
図表01 拠点の戦略的影響力が高まるメカニズム
出典:Najafi, Groud, and Anderson 2012をもとに筆者が作成
図表01の下段からは、海外拠点が現地での独自のイノベーションを生み出す上では2つの要因が寄与することが読み取れます。1つ目は、現地のサプライヤーや消費者、流通、研究機関などとネットワークを築き、その土地に固有の情報を得ること(External Embeddedness)。そして、2つ目が、社内での本社や他の拠点とのネットワークを築き、社内の技術や先行事例、戦略などについての情報のインプットを得ること(Internal Embededness)です。イノベーションが「新結合の創出」である(シュンペーター)ということを考えれば、非常に納得感のある結果といえます。また、この図の上段からは、そうしたイノベーションがダイレクトに拠点の影響力を高めるわけではなく、拠点から本社に知識の逆移転が起きることで初めて拠点の影響力が高まっていく、ということが読み取れます。
これらの発見は、海外法人の人材育成や組織運営について、いくつかの重要な示唆を与えてくれます。まず、現地従業員が外部のネットワークから手に入れた知識を、経営判断やイノベーションに活用していくことが非常に重要だ、ということです。経営判断をほとんど日本人出向者や本社が行っている、また、現地の人材のアイデアや進言がほとんど受け入れられず、現地従業員が「どうせ日本人は自分たちの意見を聞かないから」と物言わぬ状態になっている、といった状態では、なかなか現地発のイノベーションは促進されないということです。現地発のイノベーションを期待するのであれば、赴任者が現地人材を巻き込んだ経営を行っていくこと、さらには彼・彼女らをマネジメントの中核として登用し、現地化を進めることが、非常に重要だということになります。言い換えれば、日本からの技術やビジネスモデルを移転し、拠点を立ち上げていくフェーズとは、望ましいマネジメントの方法や赴任者の役割が大きく変わるということなのです。
次に、より重要な点として、仮に現地の人材を登用し現地化が進んだとしても、彼らが本社や他の拠点とのネットワークを持っていなければ、せっかくの地域独自のイノベーションが埋もれてしまいかねない、ということも読み取れます。従来であれば、そうした社内のネットワークは日本からの駐在員が実質的に担保していたと思われますが、現地化が進むにつれ現地の人材がそうした役割を担うことがより重要になってきます。また、こうした地域を越えた社内ネットワークは、現地の人材が、本社の方針や技術蓄積、グローバルな先行事例などを自拠点でのイノベーションの指針や参考とする上でも重要です。
言い換えれば、人事部門は「現地の経営者候補をどう育てるか」という観点だけではなく、「彼・彼女らの間のネットワーク形成をいかに促すか」という視点も持つべきだ、といえるでしょう。例えば、各地の幹部や幹部候補を集めて研修やイベントを行う、また、地域間の人事異動や本社への逆出向など、本国を離れて働く人をグローバルに増やしていく。そうした施策を通じて、人事部門はこうしたネットワークの構築に貢献することが可能です。逆に言えば、グローバルな幹部候補の研修を、「日本人は英語が苦手だから」といった理由で、外国人と日本人で分けて行うことは、短期的には研修の効率は上がるかもしれませんが、将来のイノベーションの機会を減らしてしまうかもしれません。
ここまでは、「地域的な多様性」についての研究をご紹介しました。次に、「人材の価値観の多様性」についての研究を2つご紹介します。まず1つ目は、多文化チームのパフォーマンスに関する、Geetha Garibの研究です。
過去の研究からは、チーム内の文化的多様性は図表02のように、ポジティブ、ネガティブ両方の影響を持つことが示されています。ポジティブな影響としては、多様な視点やものごとの捉え方が、チームの創造性や意思決定の質を高めるという点が挙げられます。また、ネガティブな影響としては、互いの考え方の違いが感情的な対立を生んだり、互いの意図がうまく伝わらずにコミュニケーションロスを生んだりする、といったことが指摘されています。
それゆえ、多様性を活かす上では、「ポジティブな影響を強化する」介入と、「ネガティブな影響を抑制する」介入の両方が重要だ、ということになります。彼女の研究は、こうしたさまざまな介入に関する先行研究を総合し、5Tモデルを提示していました(図表02)。
図表02 5Tモデル(チームにおける多様性を活かすための効果的な介入の技術)
出典:Garib 2012をもとに、筆者が作成
まず、ネガティブな影響を抑制するという観点では、チーム内のコミュニケーションのありようを変えていく必要があります。具体的には、異文化コミュニケーションに関する研修を実施し、異文化間で起こりがちな問題やその対処法を各メンバーに知ってもらうこと(Training)、オープンで率直なコミュニケーションを行う機会を多く設けたり、対話のルールを設けたりすること(Talk)、そして、チームとして共にすごす時間を増やし、相互理解の醸成を図っていく(Time)といった介入が有効だ、ということになります。こうした施策はいずれも、チーム内の関係のあり方への介入ということで、これらの3つを「構造的介入」と呼んでいます。
次に、ポジティブな影響を強化するという観点では、組織のゴールに向けて、多様な意見が活かされる状況を担保することが必要です。具体的には、全員で取り組むゴールを設定、共有すること(Together)や、マジョリティが場を支配するのではなく、マイノリティであっても安心して意見が出せ、そうした意見が平等に取り上げられるような場づくり(Threat to Majority)が重要だ、ということになります。そしてこれらの2つを「心理的介入」と呼んでいます。
日本においては、多様な国籍の人たちからなるチームをマネジメントする、といった経験をすることは、非常に珍しい機会でしょう。しかし、海外拠点においては、少なくとも日本人と現地の人材、という2つの文化が組織内に存在します。日本企業の海外拠点で時折聞かれることとして、「この会社の中には“2つの会社”があります。日本人の会社と、現地人の会社です。日本人は日本人だけでコミュニケーションし、現地人は現地人同士でコミュニケーションしている。残念ながら、そこには深い分断がある」といったようなコメントがあります。この背景には、言語スキルの問題があることは間違いありません。しかし、筆者の経験ではそれに加えて、生まれ育った文化の違いに起因する「当たり前」という前提の違いが、互いにコミュニケーションがとりにくいという感覚や、「彼らはわかっていない」という不信感を生み、断絶のきっかけになっている例も少なからず存在するようです。
「現地の人材は、意思決定を担う日本人のサポート役」という状態であれば、それでも会社は機能するかもしれません。しかし、現地人材を管理職に登用し、マネジメントチームの一員として活躍してもらおうとすれば、そうした状況は大きな問題になります。そうした観点から、上述の5Tモデルのような効果的な介入の技術を、海外に赴任している経営幹部や人事担当者が習得していることが重要だ、といえそうです。
文化的価値観の多様性を語る際に必ず問題になるのが、「1つの社会(≒国)の中にも多様な価値観の人がいる」ということです。日本人の多くは日本的なものの考え方をするし、アメリカ人の多くはアメリカ的な考え方をする。そして、両者の間には隔たりがあるということは、感覚的にも分かりやすいと思います。しかし一方で、日本人の中にも非常にアメリカ的な考え方をする人がいますし、アメリカ人の中にも日本的な考え方をする人はいるでしょう。
Ralstonらによる、数十カ国における調査データをもとに、「社会単位で文化を捉える」ことが、今日の社会においてどれだけ意味があるのかを問う発表が行われました。彼らによれば、グローバルな情報の流れの活発化や移民の増加、ビジネスや留学などで複数の文化圏を経験した人が増えるといった変化の結果、「社会間の違いが希薄化し、ますます共通性が高まっている」一方で、「1つの社会の中では、多様性が高まっている」のではないか、という問題意識からこの研究がスタートしたとのことです。
この研究では、まず、数十カ国において、十分な数のサンプルを集め、「個人主義」と「集団主義」に関する項目と、「職場における倫理的な行動」に関する項目に回答してもらったデータを用いて、「社会単位での分析」と「個人単位での分析」の2つを行っています。「社会単位の分析」では、各国で得られた結果を平均した数値を「その社会の傾向」とみなして、「特定の社会の文化的傾向(個人主義/集団主義)」が、「特定の社会の倫理的行動に対する考え方」にどのような影響を与えるか、を分析しています。一方、「個人単位の分析」では、さまざまな社会からのサンプル全てを、個人のデータのまま分析し、「一人ひとりの文化的傾向」が「一人ひとりの倫理的行動に対する考え方」にどのような影響を与えるか、を分析しました(図表03)。
図表03 Ralstonらによる2つの分析
そこから得られた結論は、非常に興味深いものでした。社会単位で集計したデータからは、 文化的傾向(個人主義/集団主義)から倫理的行動への影響がほとんど読み取れなかったのに対して、個人単位のデータからは、文化的傾向から倫理的行動への非常に明確な影響が読み取れたのです。言い換えれば、この研究は、少なくとも倫理的行動を予測する上では、社会単位での文化的傾向の違いよりも、個人単位での価値観の違いのほうが有効である、ということを示唆しています。
もちろん、この研究だけで、「この社会(国)の文化はこういう特徴がある」ということを語る研究の意義が全て否定されるわけではありません。しかし、改めてここから私たちが学ぶべきことは、マネジメントの現場における「一人ひとりの価値観」の多様性に着目することの重要性でしょう。日本国内においても、受けた教育や幼少時から青年期の社会状況などによって、働くことへの価値観が大きく違うことは、さまざまな論者が指摘しています。さらに、当たり前のことですが、個人ごとの考え方の違いも大いに存在します。この研究は、ジェンダー(性別)や国籍といった属性の多様性を越えた個人の多様性に着目することを忘れてはいけない、ということを示唆しているのではないでしょうか。
本稿では、Academy of International Businessの2012年度年次大会における研究発表の中から、「多様性を活かす」という観点で3つの発表を紹介しました。こうしたテーマは、日本企業の国際化の中で、重要性が高いテーマだと思いますので、今後も情報収集・発信に努めたいと思っております。また、当研究所の独自の研究においても、注目している領域です。今後も、当研究所が独自の研究から得た知見をお伝えすることで、皆様の一助となることができれば幸いです。
PROFILE吉川 克彦(よしかわ かつひこ)氏株式会社リクルートマネジメントソリューションズ 組織行動研究所 客員研究員
1998年リクルート入社。コンサルタントとして、経営理念浸透、ダイバーシティ推進、戦略的HRM等の領域で、国内大手企業の課題解決の支援に従事。英London School of Economicsにて修士(マネジメント)取得。現在は同校にて博士課程に所属する傍ら、リクルートマネジメントソリューションズ組織行動研究所客員研究員を務める。
※記事の内容および所属は掲載時点のものとなります。
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