国際的なHRD・ODの潮流 ASTD 2013 国際会議 参加報告

執筆者情報
企画開発部
主任研究員
嶋村 伸明

弊社では、ASTD【*1】が主催する国際大会に毎年研究員を派遣しています(過去のレポートはこちら)。5月19日〜22日にわたって米国テキサス州ダラスで開催された今年の国際大会についてレポートします。

【脚注*1】ASTD:米国人材開発機構。1943年に設立された産業教育に関する世界最大の会員制組織(NPO)。会員は世界中の企業、公共機関、教育機関で学習と開発に携わる人々でその数は約7万人(100カ国以上)に及ぶ。ASTDは学習と開発に関する国際的な資源に比類ないネットワークをもっており、調査研究、出版、教育、資格認定、カンファレンスを展開している。年1回開催される国際大会は学習と開発における世界の潮流をつかむ機会でもある。ASTD日本支部はこちら


大会概要

テキサス州ダラスは古くから交通の要所として発展してきた米国南部の商工業都市です。ASTD設立70周年を迎えた今年はこの地に世界中から9000名(公式発表)の参加者が集いました。大会期間中の学習セッションは280、展示会出展者355と、昨年の大会とほぼ同規模の開催となりました。米国外からの参加者は2200名と昨年を上回り、近年のASTDによるグローバルネットワークづくりの努力が実を結んでいるようです。国際大会では毎年、世界中の支部代表が集まる会議が行われますが、今年、日本支部(ASTDグローバルネットワークジャパン)は特別に「国際ボランティア賞」を受賞し、日本国内における活動が高い評価を受けました。米国外の参加者数上位国(図表01)は例年通りの傾向です。

図表01 海外参加者数(上位5カ国)

今年のセッショントラック(学習セッションの分類カテゴリー)概念

昨年まで入れ替わりが激しかったセッショントラックですが、今年はほぼ昨年と同様の内容となっています。また、トラックごとのセッション数も昨年とほぼ同様の傾向です(図表02)。

図表02 ASTD国際会議 カテゴリー別セッション数

昨年登場したグローバル人材開発では、昨年にも増して多様な地域からの発表が行われました。従来発表の多かったアジア、ヨーロッパだけでなく、中東、南米からの発表も目立ちました。発表のテーマも、これまで多く見られた本国のトレーニングを海外でどう展開するか、あるいは異文化にどう対処するかといったものだけでなく、リーダーシップ開発、Eラーニング、チェンジマネジメントへの取り組みなど幅が出てきた印象です。ヴァーチャルチーム(地理的に分散したチーム)のマネジメントやそこでのリーダーシップのあり方を扱うセッションも増えてきています。
また、リーダーシップ開発のトラックでもグローバルなリーダーシップ開発をテーマにしたセッションが多くの参加者を集めていました。毎年このテーマで大規模な調査を行っているAMA(American Management Association)は、今年はリーダーシップ開発で著名な数社と協力した調査レポート「Leading in a worldwide market」を発表し、ケン・ブランチャード氏やマーシャル・ゴールドスミス氏といったリーダーシップ開発の権威者たちとのパネルセッションが盛況でした。このトラックでは、もう1つ「女性マネジャーのリーダーシップ」について、リーダーシップ開発の著名な研究者であるジャック・ゼンガー氏が行った調査の発表も注目を集めていました。ゼンガー氏による、7000人強のサンプルに基づいた世界規模の調査結果は、リーダーシップの役割における男女差に関する「ステレオタイプ」に疑問を投げかけるのに十分なものであり、会場が紛糾する場面もありましたが、リーダーシップ開発の視界を広げる有意義なものでした。

キャリア開発のトラックでは、「レジリエンス(回復力)」という概念を扱うセッションが登場しています(SU300:Even a Duck Can Drown: The Five Keys to Building Career Resilience)。レジリエンスとは、直面する変化や葛藤、失敗や困難から立ち直る力を指します。言い換えれば、予測のつかない変化の時代において、困難から学び成長していく力であり、キャリア開発だけでなく、組織にもリーダーシップにも求められる力として近年注目が集まっています。

ラーニング・テクノロジーのトラックでは、次代のEラーニングに最も影響を与えそうな規格であるTinCan APIを扱うセッションが散見されました。これは現行のEラーニングのプラットフォームとコンテンツの標準規格であるSCORM(Sharable Content Object Reference Model)に代わるもの(あるいは超えるもの)として注目されている技術規格です。従来のLMSを中心としたコンテンツ配信を前提とせず、WebやSNS、あるいはゲームなどさまざまな学習活動を結びつけることが想定されていることから、学習をより拡張するものと期待されているようです。

ラインマネジャーによる学習関与への注目

今年新しく設けられたセッショントラックが、Workforce Development for Non-Training Professionals(トレーニングの専門家ではない人々のための従業員開発)です。これはいわゆるラインマネジャーをターゲットとしたトラックであり、ASTDとしては今後、HRD部門だけでなく、企業のラインマネジメントにもアクセスを広げたいという意図があるようです。こうしたラインマネジャーによる学習への関与を高めようとする背景としては、ワークプレイスラーニング(職場での学習)の重要性の高まり、リーダーシップパイプライン(組織としてのリーダー供給体制)への注目、タレントマネジメントの普及があります。

歴史的に見るとASTDは、設立当初のTraining & Development(訓練と開発)という概念を1970年代にHuman resource development(人的資源開発)に、90年代にHuman performance improvement(パフォーマンス改善)に、そして2000年代以降にはWorkplace learning and performance(WPL、職場での学習とパフォーマンス)へと進化させてきています。特に、学習のスピードに対する要求の高まりと、学習と成長の9割が実際の仕事経験と周囲の人間関係から生じるというインフォーマル学習の研究は組織の日常のなかに学習環境を作り出すことの重要性と可能性に人々の目を開かせました。職場における学習環境づくりにラインマネジャーの影響が甚大であるのは言うまでもありません。近年は、学習移転(learning transfer)に関する研究もさかんに発表されるようになっていますが、研修後の学習の持続においても上司の関与が大きいことが分かっています。同様に、リーダーシップパイプラインの構築においても、タレントマネジメントにおいても、現場のマネジメントの巻き込みなしにはうまく進むことはありません。

このトラックには11のセッションがありましたが、SU216:Five Secrets of Exceptional Managers Who Develop Their Workforce Daily(毎日従業員の能力開発を行う優秀なマネジャーの5つの秘訣)などは興味深い内容でした。

タレントの「マネジメント」ではなく解放

そのタレントマネジメントですが、今年は「タレント・ディベロップメント」や「タレント・サステナビリティ」といった言葉で語られる場合が多く、従来のタレントマネジメントという言葉があまり使われていませんでした。また、タレントマネジメントに関するセッションではエンゲージメント(心からの関与)の重要性が同時に語られるものが多くありました。ASTDでは2004年あたりから従業員のエンゲージメントをいかにして高めるかというテーマが登場してきましたが、今年はさらに注目度が高まっている印象です。

基調講演者の1人である、ケン・ロビンソン卿の講演は、彼の著書『才能を引き出すエレメントの法則(祥伝社)』についてでした。エレメントとは、「自分のやりたいことと自分の得意なことが合致する場所」を意味し、人々はエレメントを見つけたときに、その天賦の才をいかんなく発揮するというものです。同時に彼は、すべての人が奥深い才能をもっているが、ほとんどのケースではそれを見つけることができない要因として、創造性を抑圧しようとする現代の教育システムがあり、知性の本当の意味を根本から考え直す必要があるとしています。何よりも自身の情熱(Passion)に目を向けること、楽しくてしょうがない瞬間を見つけることが大切だとしていました。ロビンソン卿の主張は、まさに個々人がエンゲージできる「こと」を起点にせよというものです。

もう1人の基調講演者である、リズ・ワイズマン氏のメッセージもこれに連動するものと受け取れました。元オラクルの役員で、世界各国でグローバル・リーダーの養成に携わっている彼女によれば、今日の組織における効果的なリーダーシップのあり方は、マルチプライヤー(multiplier=増幅型)と呼ばれるものです。これは周囲の人々の知力を増幅させるようなリーダーの行動スタイルを指します。この反対に、周囲の人々の知力を消耗させるようなリーダーのスタイルはディミニシャー(diminisher=消耗型)と呼ばれ、これは、周りの人の知性を抑圧する行動スタイルです。彼女の研究(*関連論文「DIAMOND ハーバード・ビジネス・レビュー 2010年12月号」)によれば、マルチプライヤーは、ディミニシャーの2倍のインテリジェンスを生み出すのですが、その違いはリーダーの周囲の人々に対する考え方にあるとしています。ディミニシャーが「人々は自分がいないと何もわからない」と考えるのに対して、マルチプライヤーは「人々は賢く、課題を解決できる」と考えます。この考えに基づいた行動の積み重ねが、2倍の違いを生み出していくといいます。彼女の主張も、人々を管理するのではなく、その固有の力を引き出すことの重要性を説くものと見ることができます。

学習者の変化への対応

ミレニアルズ(1980年から2000年に生まれた世代の呼称。米国人口の41%を占める)への対応は、もう10年近く継続的に取り上げられているテーマですが、今年はいよいよミレニアルズがマネジメントの役割を担うようになることに関するセッションがいくつか登場しています。ASTDのリサーチパートナーであるi4cpも今年は、「M102:Leadership Development for Millennials(ミレニアルズのリーダーシップ開発)」と題して、優良企業への調査結果を基にしたセッションを展開しました。この世代は、親が自尊心を高める教育をしてきたことから、自己愛が強く、自分にはもっとできると信じる傾向が強いと分析されています。このことが、彼らを目標に向かわせる原動力になっているものの、一方で周囲(彼らより年上の世代)との人間関係の維持にはマイナスに働くことが多いため、「彼らを、(主に社会性という面での)準備なしに、(人を率いる)マネジメントのポジションに就けてもいいのだろうか?」というのが最初の問いでした。会場からは、ミレニアルズに対する一般的な見方を支持する意見もあれば、「そうした偏見で見ることが間違いだ」とする意見まで、賛否両論でしたが、i4cpによる調査によれば、高業績企業ほどこの世代に対する学習機会提供を手厚くする傾向があること、彼らに対して最も効果をあげている学習機会は、継続的なフィードバックと公式のメンタリングであることなどが提示されました。この世代は、自分に対するフィードバックへの欲求が強いため、こうした手法が彼らの組織へのエンゲージメントを高め、成長を促すとのことです。

今日企業はますますグローバル化を進めているため、多国籍での学習についてもそのニーズは高まっています。M208:Go Global? Go Prepared! 4 Pillars to Global Implementation(グローバルに行くなら準備しよう! 効果的なグローバル研修実施の4つの柱)などは、この課題に対する典型的なセッションですが、グローバルプロジェクトをローカルに展開しているのではなく、たくさんのローカルな学習プロジェクトがグローバルに提携していくのだというふうに見方を変えるべきといった主張は興味深いものでした。

この他、モバイルワーカー(オフィスには来ないでさまざまな場所で働いている従業員)をどうエンゲージさせるか(SU202:Engaging a 24/7 Mobile Workforce)、新しく雇用したグローバル・シニアマネジャーをどう効果的に適応させるか(TU114:Onboarding Senior Global Leaders in a World of Complexity and Change)、バーチャルチーム(地理的に分散したチーム)とそれを率いるリーダーのパフォーマンスをどう効果的にあげるか(SU212:Working in the Virtual World: How Autodesk Prepares Its Virtual Team Leaders to Be Successful)など、多様化する学習者への対応も見られました。

多様化する学習形態と学習専門家の新たな役割

モバイル学習(スマートフォンなどのモバイルデバイスを活用した学習)は、2011年からASTDが特に注目している新たな学習形態です。国際大会は、2010年から期間中のセッションの配布資料をほぼすべて電子データで事前に閲覧できるようになりました。さらに大会専用のアプリがダウンロードできるようになり、会場内はすべて無料のWiFiが使えます。今大会ではほぼ全員といっていいほどの参加者がタブレットやスマートフォンに配布資料を映し出してセッションを聴いていましたし、アプリではスケジュール管理もでき、さらにはフェイスブック、Twitterにも大会のハッシュタグがあるため、大会期間中、会場のどこに行ってもこうしたモバイルデバイスをタップしている人々であふれていました(筆者が見たかぎり、ラップトップを開いていたのは日本人参加者だけ)。改めて、たった2年で国際大会の風景が様変わりしたと感じました。

学習形態の多様化は、デバイスによるものだけではありません。モトローラ・ユニバーシティの創設者で元ASTD理事でもあるジョン・コーン氏によると、現在は、毎日、3億の写真がフェイスブックにアップロードされ、82万のWebsiteが作られ、3500万時間のビデオがYouTubeに掲載、1億4000万のEmailが送られ、5億のTweet、さらに4兆の事柄がフェイスブックで共有される時代であるとのことです。さらに、オンラインにいけば、2000の公式資格をとるプログラム、85万のコース、おおよそ270万の学習モジュール、2200万以上のHow toアドバイスがあり、過去100年間に作られた学習よりも多くの学習が1日で作られている、と今日の学習環境の指数関数的な変化を説いています(SU112:Are you the next great CLO?)。今年は、MOOC(Massive Open Online Course:ネットを使った大規模公開授業)を扱うセッションもいくつかありました。コーン氏は、これは学習者の側から見ると、公式、非公式の学習の境界がどんどん見えづらくなっている状況であると言います。

こうした、学習の「遍在化」ともいえる状況のなかで、今年は「キュレーション」という概念を扱うセッションが目立ちました。キュレーションとは、一般的には美術館や博物館などの学芸員(キュレーター)が、テーマに沿って作品を収集、編集して紹介する行為を指すものだそうですが、近年ではビッグデータに対する注目とともに、膨大な情報のなかから文脈を生成し、新たな意味や価値を生み出していくプロセスとして使われ始めているとのことです。主にマーケティングの領域で注目され始めたこの概念が、学習の専門家にも必要な概念であるという主張の背景には、前述のような爆発的に増え続けるデータ、知識、学習リソースの存在があります。膨大なリソースのなかから、組織や学習者のニーズに応える、有用なものを探し出し、整理し、提示していく機能がこれからますます求められるというのです。冒頭に触れたEラーニングの新しい規格の考え方もこうした増幅、多様化する学習形態をカバーしようとするものと考えられます。

学習についてのパラダイム・チェンジが必要

もう一人の基調講演者であるジョン・シーリー・ブラウン氏(元パロアルト研究所の研究者でデロイト最先端研究センター副代表。『PULLの哲学(主婦の友社)』の著者)の話は、こうした今日の状況を踏まえた、学習に関するパラダイム・チェンジの必要性に関するものでした。シーリー・ブラウン氏は、過去100年間というのは、それまでの急激な変化から安定期に入ったインフラストラクチャーの上に成立してきており、そこではニーズを予測し、予測に基づいて必要な正しいリソースを正しいタイミングで手に入れられるよう計画をするという「PUSH」型のモデルが通用したが、今日登場した指数的に変化していくデジタルインフラの上ではSカーブでいう安定期というものがないため、予測して計画するという行為は通用せず、価値ある知識が常に変わるため、知識のストック(蓄積)が役に立たなくなるといいます。この無限大に進化し続けていく世界のなかでは、知識をストックするのではなく、知識創造のフロー(流れ)に参画して常に更新していく必要があり、そこで重要になるのは必要なリソースを引き寄せる「PULL」の力であるというのです。

知識のストック(あるいは蓄積された有用な知識)に価値を置いた従来の計画的な学習の賞味期限は切れつつあるという氏は、ミレニアルズをはじめとする若い世代の可能性についてポジティブな展望をもっており、これからの組織学習における1つの有効な手段として「リバース・メンタリング」を挙げていました。リバース・メンタリングとは、上司が部下から、ベテランが若手から学ぶという学習手法を指します。これは、変化し続ける環境の真っ只中で知識のフローに参画している若手の感性と彼らがつかんでいる最新の情報にアクセスする機会を増やすことで組織の適応力を高めようとする試みです。シーリー・ブラウン氏の講演は、「20世紀は組織が個人を形作っていたが、21世紀は個人が組織を形作っていく時代になる。人は内在的に起業家的な学習者であり、これからのCLOは、そうした人々が躍動できるような、拡張性のある学習環境を作っていかなければならない」という提言で終わりました。

計画的な学習というアプローチは通用しなくなるというシーリー・ブラウン氏の指摘は、今日、組織の学習に携わる人々にとって、うすうす感じている変化であるがゆえにより衝撃的ではないでしょうか。過去の国際大会でも、人々の学習が変化する、新しいパラダイムが必要であるといったメッセージは何度か登場してきましたが、今大会はそのことを最も実感をもって感じさせられた印象です。それは、ほとんどの人がスマートフォンに向かって何かをしていた会場風景と無縁ではないでしょう。好むと好まざるとにかかわらず、私たちはこの変化し続ける環境で、真に有効な学習とは何かを探求し続けなければなりません。
小社では引き続き情報収集に努めてまいります。

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