学会レポート

日本ビジネス研究の最新動向

AJBS(日本ビジネス研究学会)2012 参加報告

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AJBS(日本ビジネス研究学会)2012 参加報告

本稿では、6月28日~30日にワシントンD.Cにて開催されたAssociation of Japanese Business Studies(日本ビジネス研究学会)の年次大会について報告いたします。

大会概要

同学会は、総メンバー数100名程度、大会への参加者も数十名と、比較的小規模な学会ですが、日本企業および、日本におけるビジネス活動に焦点を当てた学会で、25年の歴史を持ちます。

本大会は、Resilient Japan(困難から回復する日本)と題して開催され、通常の研究発表に加えて、東日本大震災後の日本についてのパネルディスカッションが行われるなど、今日の日本において何がおきているのか、そこから何を学ぶべきか、という議論も行われました。欧米での金融危機と、それに対する政府、企業の動きを受けて、バブル崩壊以降の日本政府および日本企業に対する欧米の見方は厳しすぎたのではないか、また、バブル崩壊後の停滞の中でも国際的な競争力を維持、あるいは高めている日本企業も存在する以上、改めて日本企業から学ぶものがあるはずだ、というような見解が語られました。この点は、日本に元々関心の高い専門家たちからの言葉とはいえ、我々日本人にとっては心強いものでした。

また、震災後の日本に関しては、世界的なPR企業Edelmanのマーケティングリサーチ機関Strategy OneのGlobal CEO、Steve Lombardo氏がゲストスピーカーとして招かれ、毎年世界各国で行っている「信頼」に関する調査(Edelman Trust Balometer)の最新データをもとに、日本国内における「信頼」に関する心理的な変化について紹介しました。震災前の調査と比べ、日本では、政府、メディア(マスコミ)、エネルギー産業に対する信頼が大きく低下しており、特に、エネルギー産業に対する信頼の低下は、調査開始以来、どの国でも見られなかったほどの低下である、ということが語られました。反面、企業全般に対する信頼は若干の低下にとどまっており、企業全体としては、比較的健闘しているようです。

研究発表では日本に関わる様々なテーマでの発表が行われましたが、本稿では、特に経営の現地化や、海外赴任者のパフォーマンスに関わる3つの研究(1つは筆者自身が発表したもの)についてご報告します。

海外現地法人トップの国籍は、企業パフォーマンスにどのように影響するのか?

企業のグローバル化が進む中、多くの日本企業において、海外現地法人の「現地化」、すなわち、現地人材に経営を任せていくことが課題となっていますが、果たして、海外拠点のトップの国籍は組織パフォーマンスにどのように影響するのでしょうか?神戸大学のRalf Bebenroth准教授からは、日本における外資系企業を題材に、経営者の国籍およびその変化の企業パフォーマンスへの影響についての研究結果が発表されました。経営トップの国籍を4つのパターンに分け、それぞれのパターンが組織パフォーマンスに与える影響を、経営トップの交代の前後数年間の業績を踏まえて分析しています(図表01)。

図表01 海外現地法人トップの国籍推移パターン

図表01 海外現地法人トップの国籍推移パターン

(Froese and Bebenroth 2012をもとに筆者が作成)

興味深い発見の一つ目としては、総じて、外国人経営トップの後には、後継者が日本人であろうが外国人であろうが、経営が悪化する傾向がある、と言う点です。これを発表者らは「Foreigner’s Wasteland(外国人が残した不毛の地)」と呼び、残念ながら外国人経営トップの短期的視界や現地事情を無視したマネジメントの影響なのかもしれない、と解説していました。また、そうした前任者が残す影響とは別に、経営層の国籍の変更自体は、外国人から日本人、日本人から外国人のいずれにせよ、パフォーマンスに対してプラスの影響を持つようです。つまり、外国人経営層のあと、外国人が続くのに比べれば、外国人経営層のあと、日本人に変わる場合のほうがパフォーマンスはより「まし」な傾向がある、ということがいえます。
経営層が外国人から日本人に変わることは、外資系企業の本社の視点からみれば、日本法人の「現地化」にあたります。ですから、これらの結果からは、「現地化」のポジティブな影響が示された、といえるでしょう。

加えて、日本企業においても参考になりそうな点として、「現地法人の年齢」が経営の現地化に対してモデレーター効果(調整効果)を持つ、ということが示されました。上述のとおり、現地化は一般的にはパフォーマンスにポジティブな影響を持つ傾向があるのですが、現地法人が未熟な段階においては、むしろ現地化はパフォーマンスに対してネガティブな影響がある、ということです。このことは、本社から送り込む赴任者が、現地への技術移転や現地人材の育成、マネジメントの確立を担っている、ということを考えれば納得がいきます。技術や経営が現地において確立されていない段階で現地化を図っても、むしろ現地法人は混乱する、ということを示唆しているのではないでしょうか。

海外赴任者のパフォーマンスに影響する要因とは?

次に、アジア圏における日本企業の海外赴任者のパフォーマンスに影響する要因に関するZhaka Pranvera氏(早稲田大学国際教養学部 助手)の研究についてご紹介します。早稲田大学のグローバルマネジメントプログラム(G-Map)を通じて収集されたデータを用いて、「業務管理能力」「Performance/Maintenance(PM)リーダーシップ」「行動面のフレキシビリティ」「現地文化への理解」の4つのコンピテンシーがどのように赴任先でのパフォーマンスに影響するか、また、「赴任先での職位」「アサインメントの狙い(育成目的によるものか、事業運営上のニーズによるものか)」といった赴任の際の条件がその関係にどのように影響するかについて分析を行っています(図表02)。

図表02 4つのコンピテンシーがパフォーマンスに与える影響

図表02 4つのコンピテンシーがパフォーマンスに与える影響

(Pranvera 2012をもとに筆者が作成。簡略化のため、コントロール変数を省略した)

分析から明らかになったことは、パフォーマンスの差は主として業務管理能力および、PMリーダーシップ(集団や組織における目的達成に指向したリーダーシップ)と関連が強く、現地文化への理解も幾分の影響が見られるということと、そのことは、赴任先の職位に関わらず共通である、ということです。興味深いのは、従来の欧米の研究における、「異文化適応能力が、グローバルに活躍するリーダーの要件として重要である」という発見と、今回の発見に乖離があることです。Pranvera氏は、このことについて、文化的に近いアジア域内(今回のサンプルの多くが儒教文化圏に属している※)での赴任であることが影響している、あるいは、日本人の海外赴任者の現地適応の仕方が欧米のリーダーたちとは異なる、ということを示唆しているのかもしれない、と述べていました。

ただし、実際に活躍している海外赴任者にヒアリングを行うと、「異文化理解は重要だ」というコメントが多く語られたことから考えると、一定の業務管理能力やPMリーダーシップを満たしている場合に初めて文化理解が影響を持つ、といった複雑な関係性があるのかもしれない、という考察も同時に語られました。今回の分析結果をどう捉えるといいのか、については、更なる研究が必要だと思われます。

※ 過去の比較文化研究(GLOBE Projectなど)から、日本、中国、韓国、台湾、香港などは、文化的な類似性が比較的高いこと、その背景には儒教圏であることが影響していると思われること、などが指摘されている

日本人赴任者が中国およびイギリスで直面するチャレンジとは?

最後に、筆者が本学会で行った発表内容についても、簡単にご紹介します。本研究は、中国とイギリスで実施した日本人赴任者へのインタビューをもとに、現地の人材に対してリーダーシップを発揮する上で、彼ら・彼女らがどのようなチャレンジに直面するのかについて分析を行ったものです。調査からは、いずれにおいても、日本人管理職のリーダーシップスタイルと、現地従業員が期待する「望ましいリーダー像」の間には大きな乖離があり、得てして日本人管理職が適応し切れていないこと、また、そのことに現地従業員がフラストレーションや不満を抱えていることが明らかになりました(図表03)。

図表03 日本人赴任者が赴任先で直面するチャレンジ

図表03 日本人赴任者が赴任先で直面するチャレンジ

(Lee, Yoshikawa, Raede 2012をもとに作成)
※権限委譲については、いわゆる日本における権限委譲(任せても、部下による自主的な適時の報連相を期待する)とは内容的に異なる点に留意

興味深い点は、イギリスにおけるチャレンジは日英間の文化の違いによって説明がつく一方、中国におけるチャレンジは、むしろ労働市場のあり方や経済発展のスピードなど、市場・制度面での両国の差に起因すると思われたことです。逆に言えば、前節で述べたように同じ儒教文化圏で、文化的に類似性が高いといっても、そのことは必ずしも赴任者が活躍しやすいことを意味しない、といえます。

また、もう一つの興味深い点は、日英のような欧米-アジア間の文化的差異とそこから生まれる期待の違いについては、長年、異文化研究の研究者たちが様々な調査を行い、知見を蓄積してきたにもかかわらず、依然として多くの赴任者、現地従業員がそれらの知見を生かしておらず、同じような課題を抱え続けている、という点です。これは、アカデミックな知見と実務における実践の間のギャップを意味しているという点で、筆者にとっても非常に考えさせられるものでした。

最後に

本レポートでは、Association of Japanese Business Studiesの2012年の年次大会での発表から、特に海外法人の現地化や、海外赴任者に関わる発表を取り上げ、ご報告しました。こうしたテーマは、現在の多くの日本企業において感心が非常に高いテーマだと思いますので、今後も、情報収集、発信に努めたいと思っております。
特にこれまでの異文化研究や海外赴任者研究の多くが、欧米とアジアの遭遇(アメリカ人赴任者が日本や中国に適応する、など)や、欧州とアメリカの遭遇を中心に扱ってきたこともあり、アジア域内における組織の多国籍化がどのような影響を持つか、についてはいまだ学術的な知見が十分に蓄積されていないのが現状です。今後、当研究所が独自の研究から得た知見をお伝えすることで、皆様の一助となることができれば幸いです。

PROFILE
吉川 克彦(よしかわ かつひこ)氏
株式会社リクルートマネジメントソリューションズ 組織行動研究所 客員研究員

1998年リクルート入社。
コンサルタントとして、経営理念浸透、ダイバーシティ推進、戦略的HRM等の領域で、国内大手企業の課題解決の支援に従事。
英London School of Economicsにて修士(マネジメント)取得。
現在は同校にて博士課程に所属する傍ら、リクルートマネジメントソリューションズ組織行動研究所客員研究員を務める。

※記事の内容および所属は掲載時点のものとなります。

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