学会レポート

国際的な経営学のトレンド

AOM(米国経営学会)2011 参加報告

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AOM(米国経営学会)2011 参加報告

8月12~16日にかけて、米国テキサス州のサンアントニオで開催されたAcademy of Managementの年次大会に出席しました。この大会は、経営学系の大会では全世界で最も盛大なもので、参加者は1万人を超える規模です。今年の大会テーマは“West meets East”で、アカデミックの世界においても、経営を考える上でグローバルの視点が無視できないことを示しています。

今年の大会テーマも手伝ってか、弊社が毎年参加している米国産業・組織心理学会(SIOP:Society for Industrial and Organizational Psychology)と比べると、かなり国際色豊かで、ヨーロッパやアジアはもちろん、中東やアフリカなどからも発表者が参加していました。特に、中国とインドの勢いはかなりのもので、グローバル経済における両国の存在感の大きさを示すものでした。中国やインドの参加者の中には、自国の大学からの参加者のほかに、米国への留学後に米国内でアカデミック職に就いている方も多かったようです。また、この両国からは、比較年齢の若い、おそらく学生と思われる方の参加が目立っており、会場では積極的に質問をしたり、意見を述べたりする姿を目にしました。あるセッションでは、「中国やインドから学ぶと言っても、以前は日本に学ぶと言いつつ、一過性のものになっていたように思うが・・・」といった、やや耳の痛い意見も聞かれました。

経営戦略や起業、情報システム、キャリア、人事など様々な内容の発表が行われました。セッションの数は5日間で1,500を超えており、同じ時間帯で100以上のセッションが同時並行して行われるため、弊社は、人事、キャリア、組織行動を中心に情報収集を行いました。ここではごく一部ですが、特に興味深かった3件の研究発表を取り上げ、内容を抜粋してご報告いたします。

執筆者情報

https://www.recruit-ms.co.jp/assets/images/cms/authors/upload/3f67c0f783214d71a03078023e73bb1b/b6de3d646909486dbf70b5eb00b19690/1606071418_0802.webp

技術開発統括部
研究本部
組織行動研究所
主幹研究員

今城 志保(いましろ しほ)
プロフィールを⾒る

組織メンバーの過度な権利主張はなぜ生じるのか

職場の権利主張(Workplace Entitlement)と呼ばれる、特定の従業員の自己能力の過大視とそれに伴う会社への過度な要求に関する問題についての理論的な考察が、Harvey, Martinko, Bressの3名によって提案されました。この問題は近年、特に若者の従業員に関する問題として取り上げられるようになり、しかもそれが世界中で共通に見られる問題であると指摘されました。しかしこの問題を扱った研究はあまり行われていないため、Harveyらはまず以下の2点を中心的な質問と置いて、先行研究をもとに議論を進めました。

 【1】どのようにして、人はこのような過度な権利主張を行うようになるのか
 【2】なぜ、自分の権利主張が過度であることに気づかず、その状態を続けてしまうのか

Harveyらの考える概念モデルを和訳・要約したものが下図になります。

図表01 職場の権利主張に関するモデル(Harveyら)

図表01 職場の権利主張に関するモデル(Harveyら)

【1】についての答えは、社会、職場、家庭といった環境における、社会的学習によって身に付けるというものです。特に、家庭でのしつけ、社会規範の習得、集団との関係性、周囲の人との比較といったプロセスを通じて、自分の能力評価を誤って高く評価し、それに伴う権利の主張を過度に行うようになる、としています。【2】の自己主張が過度であるため周囲から自分の主張が受け入れられないとのフィードバックがあっても修正が行われないのは、人が一般に持っていると考えられている、成功の原因は自分に、失敗の原因は環境にあると考えてしまうといった認知的な偏りが一因であると考えられています。このような情報処理の偏りは誰にでもあるといわれていますが、1の社会的学習によって、自己を過大評価したり非現実的な期待を周囲に抱いたりするようになった人は、認知の偏りが大きくなると考えられます。

結局、自己の能力を過大評価するようになると、組織に対する要求は現実に沿わないほど、高いものになります。もちろんその要求はかなえられないのですが、高い能力を持つとの自己概念に合うようにものごとの認知が行われるため、結局過度な権利主張が繰り返されたり、それがかなわないとなると、組織側が不当な扱いをしていると思い、仕事の態度が悪化したり、会社への仕返しをするようになります。

日本でも、「若手の社員に他責の傾向が強い人がいて困っている」という話を耳にすることがあります。これも過度な権利主張の一つと考えられます。問題解決の方法を考える上でもこの問題に関する知見の蓄積が進むことが期待されます。

【参照論文】
Harvey, P., Martinko, M., & Brees, J. Toward a theory of workplace entitlement: A social learning and attributional perspective. A Paper presented at the annual meeting of the Academy of Management, San Antonio, August 2011

人事施策が組織業績に及ぼす影響に地域差はあるか

これまでも、「妥当な人事施策(HPWP; High Performance Work Practice)」を実行することが組織業績にプラスの影響を及ぼすことは、様々な研究を通じて実証的に示されてきました。ここで言う「妥当な人事施策」とは、組織のビジネス戦略にあわせて設計・実行されるものを指します。これらの先行研究をまとめて、一般にどの程度の効果が期待できるかをメタ分析によって検討した結果も、すでに報告がなされています。今回、Rabl, Jayasinghe, Gerhart, は、このような効果が国や地域によって異なるかを、同じくメタ分析の手法を用いて検証しました。彼らのメタ分析の対象となったのは、20カ国、15,220の組織データを扱った54の先行研究です。

分析の結果、HPWPは、どの国や文化においても組織の業績と有意な関係があるといえる結果が得られました。しかし、その関係の程度は、国や地域によってかなり異なることも示されました。例えば日本や中国、韓国などが含まれるいわゆる儒教の文化圏では、西ヨーロッパやアメリカよりも強い関係性があることが確認されました。ただしこのような違いは、個人主義や集団主義といった文化の違いとしては説明されませんでした。

多くの日本企業がグローバル化を検討する中で、効果的な人事施策のありかたが国や文化によって異なるのかどうかは、多くの企業が興味を持っている重要な問題です。少なくともこの研究からは、組織の戦略に沿った妥当な人事施策は、どの国でも組織業績の向上に一定レベルの効果が期待できるといえそうです。

ただし、今回研究の対象となっているのは、ある程度組織化が進んだいわゆる成熟した企業のデータである可能性は否めません。また、ヨーロッパよりも東アジアで人事施策と業績の関係性が強かったのは、後者のほうが組織の成熟度合いに開きがあるからかもしれません。このような関係性に影響を与えうる他の要因を排除した上で、地域による違いが見られるとすればそれは何によるものなのかは、今後の興味深い研究テーマとなるものと思われます。

【参照論文】
Tanja Rabl, Mevan Jayasinghe, Barry Gerhart & Torsten M. . How much does country matter? A meta-analysis of the HPWP systems-business performance relationship. A Paper presented at the annual meeting of the Academy of Management, San Antonio, August 2011

地位が信頼に与える影響

これは地位の高い人ほど信頼されるかどうかという研究ではなく、地位が上がることによって、より人を信頼するようになるかどうかを検討した研究です。LountとPettitoは、この仮説を、実験を用いて検証しました。

この実験は学生を対象としたもので、自分のステータスが高いと思うように操作された群と、逆にステータスが低いと思うように操作された群とを設定し、一緒に作業する初対面の他者を信頼する程度が異なるかを分析しました。結果は予想通り、自分のステータスが高いと思っている群ほど、相手を信頼する程度が有意に高くなりました。さらに別の実験では、なぜそのような効果が得られるのかを検討しました。その結果、下図のような関係性が確認されています。ステータスが高いほど、相手の意図を好意的にとって、その結果として相手を信頼するようになります。つまり、相手が自分にとって危害を加えることはないとより思うことで、信頼感が高まったことがわかります。

図表02 地位が信頼に与える影響(Lount,Pettit)

図表02 地位が信頼に与える影響(Lount,Pettit)

この研究では、実験の良いところが十分活かされています。例えばこれが組織内で行われた調査研究であれば、そもそも人徳があって、人を信頼できる人だからこそ高い地位につく、といった逆の因果を考えることは難しくありません。しかし、この研究は実験を用いることで、地位が信頼のしやすさに影響を与えたことをはっきりと示しています。一方で学生を使った実験で、実際の地位ではなくて操作であったことは、この結果を改めて現実社会の中で確認する必要があるといえます。

仮にこの研究結果が現実社会でも起こりうるとするならば、格差社会が進む中で立場の弱い人の対人信頼は低下する可能性があります。そして、組織内での上司・部下の関係を考える際にも、参考になる知見と考えられます。

【参照論文】
Lount, R. B., Jr., & Pettit, N. C. The social context of trust: The role of status. A. Paper presented at the annual meeting of the Academy of Management, San Antonio, August 2011

この学会の特徴として、2番目に取り上げた研究発表のようにマクロな視点に立ったものと、3番目の研究発表のようにミクロな視点に立ったものが両方見受けられました。残念ながら、2つの視点がうまく融合した研究は、実施が難しいためか、あまり多く見受けられませんでした。しかし実効性のある知見を提供するためには、両者を融合することは避けて通れないように思われます。1番目の研究は、ミクロとマクロの視点の両方を持ったものですが、理論的な議論が中心で実証研究はこれからです。今後の研究の展開に期待したいと思います。

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