国際的な産業組織心理学の最新動向 ICAP(国際応用心理学会国際大会)2010 参加報告

執筆者情報
組織行動研究所
主幹研究員
今城 志保

国際応用心理学会(IAAP)は、1920年に設立され、心理学の国際学会としては最も古いものです。現在80カ国以上の国から1500名を超える会員が参加しています。この学会が4年に一度開催する国際大会(ICAP: International Congress of Applied Psychology)が、今年はオーストラリアのメルボルンで、7月11日〜16日の6日間にわたり行われました。この学会は応用心理学に該当する17の部会からなっており、大会でも部会ごとに発表のセッションが組まれています。“仕事と組織の心理学”は第一部会ですが、そのほかにも“心理測定と評価”“環境心理学”“教育心理学”“臨床・コミュニティ心理学”“経済心理学”など、様々な応用分野の研究発表を聞くことができることもこの学会の面白い点であると言えます。

本年度の大会で参加したセッションの中から、産業組織の分野ではありませんが、心理学の社会問題への応用例として大会のオープニングで講演があった「心理的な感覚の麻痺と大量殺戮」について最初にご紹介します。そのあと、仕事と組織の心理学のセッションの中から、特に興味深かったものとして、「行動の主体性」と「仕事をすることの心理」の2つのトピックについて報告します。


大勢の人が死ぬほど無関心になる:心理的な感覚の麻痺と大量殺戮

この発表を行ったSlovic氏は、もともとリスク認知やそれに基づく意思決定などの研究を行ってきた方です。今回の発表のテーマとなった大量殺戮の話は、心理学者としてこの問題の解決に貢献すべきだという使命感に支えられて行っているものです。そもそもの専門が認知や判断であったため、彼がまず気になったのが、なぜ世界で今も続く大量殺戮についてわれわれがこれほど無関心でいられるのかということでした。そして、ナチスやルワンダの大量殺戮が人間としていかに誤った行いであるかを否定する人はいないものの、それに抗議するアクションを起こすことができない理由を、彼は「人がもともと持っている認知や判断の特徴にあるのではないか」と考えたのです。

人が物事を評価したり判断したり、意思決定をするときには、瞬時に、直感的、感情的に行われる場合と、情報を吟味して理性的に行う場合があることがわかっています。また、人が他者を助けるのは、その人に同情したり共感したりするといった感情によって強く影響を受けることもわかっています。そこでSlovic氏は、アフリカの貧しい地域で食べるのにも困っているある子供のプロフィールや写真を見せる場合と、その地域でいかに多くの子供たちが貧しさの犠牲になっているかという統計を示す場合とで、どちらのほうが多く寄付を得られるかを実験によって検討しました。

結果は前者のほうが多く寄付が集められるというものであり、それがその特定の子供に対する同情によるものであることを示しました。さらに、個人的なプロフィールが与えられたとしても、それが複数人のものになると、援助のレベルが低下してしまうことも別の研究によって示しています。つまり、数多くの犠牲者が出ていることが報道されたとしても、援助的な行動がとれないのは、不特定多数の人間に対して同情や共感などの対人的な感情を持つのは難しいという心理的特徴による可能性を示したのです。

彼の発表では、大量殺戮や貧困の解消など、大勢の人を対象とした社会問題の場合に、個人の同情や直感的な道徳的判断に頼るといった解決策には限界があることが示されました。その限界を踏まえたうえで、われわれは何をすべきかを考える必要があると思われます。発表では何をすべきかまでは示されませんでしたが、少なくとも理性的な判断による対処が必要だと述べられていました。妥当な人間理解のうえに政策や取り組みを検討することが重要であることが、示唆されたと言えるでしょう。

主体的行動

Parker氏と彼女の同僚らによれば、主体的である(being proactive)とは、自ら物事を起こすことであり、問題を予期し予防することであり、機会をつかむことであり、そのためには、自らが努力して、環境や自分を変えることが必要であるとしています。主体的行動の例として、あるカスタマーセンターで働く女性は、顧客あてに手紙を送ってさらに電話にメッセージを残すというそれまでのやり方に疑問を持ち、まずメッセージを残しておいて反応がなかったときにのみ手紙を送るというように、仕事の進め方を変えたエピソードが紹介されました。一見些細なことであっても、働く個人一人ひとりが問題意識を持ち、仕事の進め方の改善を行えば、仕事が効率化されたり、質が向上することは想像に難くありません。日本ではこのような行動の重要性は当然のこととして認識されており、採用場面でも「主体性」といった人材要件が頻繁に取り上げられます。この主体的行動をParker氏たちは明確に定義し、科学的な検討を行い、その前提条件や帰結を理論的に研究成果としてまとめ上げました。

主体的行動の前提条件として、主体的な性格特性の個人差に着目した研究も行われています。しかしParker氏たちは主体的な人のみが主体的行動をとるのではなく、環境が整えば主体的行動は基本的にだれでも行うことができると考えています。そのためのキーとなるのが、行うことができる(can do)、行う理由がある(reason to)、行うための活力がある(energized to )の3つの要素からなる主体的行動の動機です。「行うことができる」とは、自分が変化を起こすだけの能力があり、コントロールが可能との感覚を持っていることです。「行う理由がある」とはその行動が、自分や組織にとって意味があるとの認識があることです。そして「行うための活力がある」とは、実際行動に移し、行動を続ける活力があるということです。この活力は主として行動をした結果からくるポジティブな感情によって支えられると考えられています。これらの要素はいずれが欠けても主体的行動は起こらないということです。これらの考え方については、すでにいくつかの実証的に研究がなされており、妥当性が確認されています。

Parker氏たちも論じているように、今後は主体的行動の動機を高める方法について検討が必要だと思われます。その検討が進めば、実務上の様々な場面への活用が期待できます。

仕事をすることの心理

職業指導や職業あっせんを中心に職業心理学の研究は行われてきましたが、Blustein氏はその枠を超えて“仕事をすることの心理”という概念を提案しています。従来の職業心理学の限界として、彼はキャリアや職業の選択がそもそも可能ではない状況に置かれた人が数多く存在することを指摘し、このような人々も対象として考えるべきであると主張しています。また、人々にとって仕事をすることは時間的にも心理的にも重要な位置を占めているにもかかわらず、一般的な心理学の研究では働く人の心理が十分考慮されていないことを問題視しています。そして総合的な人間理解のために、“仕事をすることの心理”について研究を行うことを提案しています。

提案では、仕事をすることで満たすことのできる3つの欲求を理論の中心に置いています。生存の欲求、関係性の欲求、自己決定の欲求です。仕事を行うことで、人は生活に必要な衣食住を手に入れることができるだけでなく、そこでの人間関係や社会とのつながりを実感することもできるし、自分で自分の生活をコントロールできるといった自己効力感を得ることが可能になります。逆に仕事を失うことは、衣食住が保障されなくなるだけでなく、社会とのつながりや対人関係を失うことで心理的なサポートが得られなくなったり、自己効力感が失われ自尊心の低下を招いたりと、様々な点で心理的健康を損なうことが予想されます。このような観点から、Blustein氏は“仕事をすることの心理”についての研究知見を政策提言につなげるべきであるとの考えを示しています。

“仕事をすることの心理”を研究することは、Bluestein氏の主張のように広く社会的な問題解決につながるだけではなく、一企業の中でも役に立つ知見を提供できます。たとえばこの3つの欲求が仕事の中でどの程度満たされているのか、ある欲求が満たされなくても他の欲求で補完が可能なものか、どの欲求がより重要であるかにはどの程度の個人差があるのか、などが解明されることによって、人がいきいきと働くためのヒントが得られる可能性があります。実はこれらの欲求は、一般的な心理学分野でそれぞれ研究されてきたことでありながら、統合した議論がなされていない状況にあります。“仕事をすることの心理”の研究は応用分野での活用を目指すものですが、一方で基礎的な心理学研究にとっても新しい視点を与えることができると考えられます。

冒頭で大量殺戮に対する無関心を扱ったSlovic氏の講演を紹介しましたが、私たちが扱っている人や組織の問題でも、似たようなことが起きてはいないでしょうか。私たちは特定の効果を期待して人事施策や制度の構築、あるいは組織変更などを行います。このとき誤った人間理解に基づいた取り組みは期待した効果を生まないばかりか、マイナスの効果を生む可能性すらあります。ややもすれば産業組織心理はパフォーマンスを挙げるための具体的施策を考える方向に着目しがちですが、Blustein氏の言うように“仕事をする人の心理”をニュートラルに理解することはとても重要なことであり、それが結果的に組織にとって有用な情報となるのではないかということを考えさせられました。

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