学会レポート

米国産業・組織心理学の最新動向

SIOP(米国産業・組織心理学会)2010 参加報告

公開日
更新日
SIOP(米国産業・組織心理学会)2010 参加報告

今年のSIOP(Society for Industrial and Organizational Psychology)の年次大会は、4月7日~10日の4日間、米国アトランタにおいて開催されました。今回の大会参加者はおよそ4000名に上り、800を超える口頭の研究発表やポスターによる研究発表などが行われました。今年で年次大会も25回目を迎えるということで、オープニングセッションでは、初回大会からの歩みを振り返りました。初回大会から継続して参加している人も結構いたようで、あらためてこの分野の人材の厚さを感じました。
本年度の発表の傾向としては、昨年に引き続きグローバルに関するセッションが増加していました。また、年次大会では毎年1つか2つのテーマ・トラックが設けられますが、今年は「バーチャルオフィスにおける働き方やマネジメント」に関するものでした。これらの今日的な話題は、研究においても今後ますます重要性を増すものと考えられます。

本年度の大会で参加したセッションの中から、特に興味深かったものを「リーダーシップ研究への新たな視点」「性格特性とパフォーマンスとエンゲージメント」と題して以下に取り上げ、簡単に報告を行います。

執筆者情報

https://www.recruit-ms.co.jp/assets/images/cms/authors/upload/3f67c0f783214d71a03078023e73bb1b/b6de3d646909486dbf70b5eb00b19690/1606071418_0802.webp

技術開発統括部
研究本部
組織行動研究所
主幹研究員

今城 志保(いましろ しほ)
プロフィールを⾒る

リーダーシップ研究への新たな視点

今回の大会では、あらためてリーダーシップ研究を問い直すべきではないかとの提言を込めた発表が見られました。ここでは、その中から、「進化と今日のリーダーシップにおける課題」と題したシンポジウムと、優秀な論文に贈られる賞を受賞した「人に力を:リーダーシップ開発における人の主体性はどこにいったのか」について紹介します。

「進化と今日のリーダーシップにおける課題」

シンポジウムでは、産業組織分野におけるパーソナリティ研究で著名なHogan氏、リーダー開発コンサルティングを展開するカプラン社のKaiser氏、ロンドンビジネススクールのNicholson氏など、さまざまな立場の話題提供者から今日のリーダーシップ研究における課題が論じられました。立場は異なりますが、彼らは共通して進化心理学(*注1)の知見を参照しながら、今日のリーダーシップ研究の問題点として、リーダーシップの定義が誤っている可能性に言及していました。

Hogan氏は、従来のリーダーシップ研究は大企業や国のリーダーを対象に行われているが、これらの対象者の中にはリーダーシップ以外の要因、例えば政治力などをベースにその地位を得ている人が含まれることが問題であると述べています。進化の過程を見てみると、従来、人は自分の生き残りをかけて集団で行動しており、その際に集団成員の個人的な損得を抑えて集団の目的にあわせて行動するように成員をまとめることこそがHogan氏の考えるリーダーシップです。Kaiser氏の考えもこれに近く、リーダーシップとは、集団の生き残りのための資源であり、環境適応への努力であるとしています。環境適応のために、リーダーは集団成員の協力を取り付けることと、集団で団結して敵に打つ勝つことが求められます。政治力を持った人物は他の集団との駆け引きの中で力を発揮する可能性はありますが、自らの集団をまとめる際にはそれだけでは十分といえません。一方Nicholson氏は、リーダーシップは環境との相互作用によって出現するダイナミックなものであって、その時々の環境への適合課題に応じて、適切な人間が適切な行動をとることがリーダーシップであると考えています。したがって現代の企業に見られるリーダーシップのある人間がより高いレベルまで昇進するというメリトクラシー(*注2)的な考えは、誤りであると論じています。

Hogan氏、Kaiser氏と、Nicholson氏では、リーダーシップを発揮しやすい人に一定の特徴があると考えるか否かでは意見が異なるものの、いずれも現在の企業や組織の中で上位のポジションにいる人が必ずしもリーダーシップを発揮しているわけではないとの考えを持っている点、リーダーシップは集団の環境適応のために生じたものと考える点では共通しています。

これまで数多くの理論と実証研究が行われる一方で、知見の収斂がやや難しい感のあったリーダーシップ研究ですが、このような見方でリーダーシップを定義することで新たな展開がもたらされるか、今後に期待したいと思います。

「人に力を:リーダーシップ開発における人の主体性はどこにいったのか」

ミシガン大学のDeRue氏は、リーダーシップ開発における関心が、組織や経営幹部層や人事が何をすべきかに向けられる一方、開発される側の個人に向けられていないことに疑問を呈しました。『ハイ・フライヤー』の著者であるMcCall氏も、2010年の論文の中で、開発対象者に自身のリーダーシップ開発において主体性を促すことの重要性を述べています。DeRue氏は、どのようにそれを実現すべきかをテーマにリサーチを行っています。彼の考えるリーダーシップ開発は経験からの学習に基づくものですが、そこには以下の3つのステップがあるとしています。ステップ1は、個人が自分の置かれた環境や仕事をどのようにとらえるか(アプローチ)であり、ステップ2はそこでどのような行動をとるか(アクション)であり、ステップ3はその経験をどのように振り返るか(リフレクション)です。氏はそれぞれのステップの効果に影響を及ぼす要因について実証研究を行っています。例えば“アプローチ”では、リーダーシップの発揮を求められる仕事に当たる際に、自分の能力を証明するためにその仕事に当たるよりも、それを自分の成長の機会と捉えるほうが、より開発が進むことを示しています。また、“アクション”の際には、自ら様々な方法を試すことや周囲からのフィードバックを得ることの重要性を論じています。経験の幅を広げ、次の“リフレクション”に使用する情報をフィードバックから得ることで効果を上げるとしているのです。

今後は各ステップで効果を発揮する要因を実際にどのように促進するかについて検討が進むことが期待されます。

性格特性とパフォーマンスとエンゲージメント

産業場面におけるパーソナリティ研究の第一人者であり、性格検査の妥当性研究で特によく知られるBarrick氏とMount氏が、産業組織心理学への科学的な発展に寄与したことで表彰されました。彼らは1991年に性格検査の妥当性に関するメタ分析を行っていますが、それ以降も、パーソナリティとパフォーマンスの関係について継続して研究を行ってきました。近年の彼らの研究テーマは、パーソナリティはどのようなプロセスでパフォーマンスに影響するかであり、研究成果をまとめて、次のような知見を得ています。特定のパーソナリティを持つ人は、特定の動機を持ちやすいが、それが満たされるか否かは、仕事の性質によって左右されるというものです。例えば、親和性の高い人は、人と協力し合うことに喜びを見いだすため、そのような機会が得られる仕事では意欲を高めます。結果的に、その仕事で高い成果を上げることができます。一方で外向性の強い人は影響力を行使することに動機づけられるため、注目度の高い仕事や他者への影響力を発揮できる仕事で成果を上げやすいのです。筆者が過去に行った研究でも、動機の測定は行っていないのですが、上記の予測を支持するような結果が得られており(「職務満足度と職務遂行行動の関係をめぐる仮説モデルの検証― 性格特性と職務特徴の適合度の影響 ―」)、氏らの出している知見は十分日本での応用が可能なものだと考えられます。

彼らのもたらした知見は、日本での性格検査の活用を考えると目新しい感じはしないかもしれませんが、動機という心理変数が性格特性と職務特性をつなぐ役割をしていることを明確にし、実証したことが、大きな貢献であったといえます。また、性格と仕事の特徴の関連性が仕事への動機づけに媒介されるという考え方は、一般的な意欲のレベルの高い人が職種にかかわらず高いパフォーマンスを上げる傾向があることを示した先行研究(「一般企業人を対象とした性格検査の妥当性のメタ分析と一般化」)の結果を説明するものともいえます。これまでの米国の研究では、仕事と人の適合を見る際には、仕事のテクニカルな要求と人の職務経験や知識・スキルが注目されることが多かったのですが、今後は彼らの研究のように、働く個人のより一般的な心理特徴への関心が高まっていくのかもしれません。

今回ご報告したリーダーシップも、パーソナリティも、産業・組織心理学ではこれまでに非常に多くの研究が行われており、一見新しい知見が出てきづらいと思われる分野です。しかし、いまだわからないことは多く、それだけ現象は複雑であるといえます。今回のSIOP年次大会では、進化心理学といった異なる分野の知見を導入することで今後の研究の新たな方向性を探るものもあれば、人の認知や心理的プロセスといった、これまでの研究をより高次に推し進めることで新しい視点を得ているものもありました。各研究者のあげている高い成果を見るにつけ、彼らがどのような分野での研究を選択し、どのように研究を進めるかのスタイルの中にも、Barrick 氏やMount氏が論じたような、個人の特徴との適合が反映されているのかもしれないと感じました。

注1)進化心理学とは
1980年代から出てきた学問分野で、心も進化の過程で環境への適応を通じて形成されてきたという立場から、人間の心理とその構造由来を考察するもの。

注2)メリトクラシーとは
能力や努力の結果としての業績を基準として社会的な地位が決定するとの考え方であり、そうした考え方が基盤となる社会。現代日本もメリトクラシーであるといわれており、能力のある人はより偏差値の高い大学に入り、一流企業に入り、そこで高位のポジションに上り詰めるとされている。

  • SHARE
  • メール
  • リンクをコピー リンクをコピー
    コピーしました
  • Facebook
  • LINE
  • X

関連する記事