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学会レポート
学際的な知見と人的資源管理の現場との接点
今年のSIOP(Society for Industrial and Organizational Psychology)の年次大会は、事前のワークショップも含めて4月9日~12日の4日間、米国サンフランシスコにおいて開催された。参加者は4000名を超え、口頭での研究発表やポスターによる研究発表などを合わせて900を超えるセッションが行われた。米国以外で40カ国を超える国からの参加者が集まり、数年前と比べて国際化の流れを感じさせるものであった。テーマ別のセッション数で多かったのは昨年と同様に、リーダーシップ、パーソナリティ、人事考課、採用に関するものであった。一方、今年発表数が目立って増加しているテーマとしては、チームワーク、グローバル化、従業員のストレス・安全・健康、ダイバーシティなどがあげられる。
本年度の大会で参加したセッションの中から、特に興味深かった3つを取り上げ、以下に簡単に報告を行う。
技術開発統括部 研究本部 組織行動研究所 主幹研究員
Jac Fitz-enz氏は戦略的人的資源管理のための「測定」の必要性を説き、1970年代より先進的にその実用化を推し進めてきたことで有名な人物である。彼自身は大企業での人事経験を持ち、実証的な効果をいかに得るかに力点を置いて研究活動を行っている。この学会が昨年から掲げる「組織経営への実質的な影響力の発揮」の方針に一致するメッセージを打ち出すものとして本年度のゲストスピーカーとして招かれた。
Fitz-enz氏は、戦略的な役割を果たすことで企業の競争優位性を高めるような人的資源管理は、以下の4つの特徴を持つべきであるとの主張を行っている。
(1)Connected;組織の構造資本や関係資本など人的資本以外の知的資本や、組織のおかれた外的環境との関連性を考慮すること
(2)Integrated;人的資本管理のあらゆる要素を統合したものであり、投資判断に活かされること
(3)Predictive;人事マネジャーに、長期的、短期的な人的管理の投資効果を予測するためのツールを与えること
(4)Measurable;新たな市場において価値を持つであろう、将来につながる指標や目に見えないものに関する測定結果(例えば、エンゲージメント、リーダーシップ、文化、ナレッジマネジメント)を用いること
彼は企業へのコンサルテーションを通じてこの考え方を実践し、効果を上げているようである。具体的な実践例の中にこそ、重要な知見が隠れている気もするのだが、残念ながら実際の企業への活用事例についてはほとんど触れられなかった。
彼の主張はいわゆるEvidence-Based Management(EBM:科学的根拠に基づくマネジメント)の1つに分類されているだろう。しかし、今後の人的資源管理は「どの程度効果があったかといった過去を振り返る評価」ではなく、「将来どの程度の効果を発揮できるかの評価」を目指す発想の転換が必要であるとの主張は、これまでのEBMとは一線を画している。指標自体は調査法によって測定したエンゲージメント(組織への愛着など心理的関与の強さのこと)やGreat Place To Workなど外部の格付け機関による評価結果など、これまで評価指標として使われているものと変わらないものであっても、これらを経営戦略と結び付けて、未来企業の業績予測のために生かしていく必要性を示唆するものである。
Paul Ekman氏は、表情研究の第一人者として心理学界で非常に著名な人物である。もともと純粋にアカデミック分野でのみ活動を行っていた彼が、今回SIOPに登場したのには訳がある。
50年にも及ぶ表情研究の中で、彼は怒りや、悲しみ、喜び、驚き、嫌悪といった基本的な感情の表現は人類に共通する一定の特徴があること、人はそのような感情を意識せずに短い時間で表情に出していること(このような表情を彼は、マイクロエクスプレッションと名づけている)を突き止めた。その上で、このマイクロエクスプレッションを訓練によって読み取る方法を開発した。
本人が意識していない、あるいは何か理由があって隠そうとする感情の表れた表情を読むことは、特に警察や法の執行機関などに利益をもたらすことは想像に難くない。実際に、それらの機関や医療関係者などに訓練が行われ、一定の効果が確認されたとのことである。また、嘘発見器よりも有効であるとのデータもあるらしい。その後、このスキル訓練を組織の中、例えば管理職を対象として行えないかという要望が高まった。これが、彼がこの学会に話をすることになった理由である。組織内での実証研究はまだあまり多くないようであるが、管理職にこのスキルを取得させると部下の満足度が上がるといった検証が行われているようである。
ただし、会場からの質問に対してEkman氏自身も語っていたが、この訓練で会得できるのはマイクロエクスプレッションを読み取るスキルであり、読み取った情報をどう活用するかではないのである。細かな感情を読み取ることが組織の中でどのような効用をもたらすものであるかは、今後さらに検討が必要だろう。
能力テストの世界で最近特に注目を浴びているのが、発揮能力を測定するためのパフォーマンステストである。例えばTOEFL(Test of English as a Foreign Language)が以前のような多肢選択式のテストに加えて、直接文章を書かせたり、しゃべらせたりする方法を導入している。英語を使う能力の基礎となる単語や文法の知識、またリスニングや読解の能力を多肢選択の問題で測定を行い、これらの結果から発信能力を含む実際の英語を使う能力(すなわち、パフォーマンス)を予測するのがこれまでの能力テストであるとするならば、発揮能力を測定するパフォーマンステストでは「英語で文章が書けるか」「英語で話ができるか」を直接見に行くのである。
産業組織場面でも同様の動きが見られ、SIOPでパフォーマンステストについてのワークショップが行われた。実用化されているパフォーマンステストとして、医者の診断トレーニング用のものや機械操作などの専門スキルを測定するためのテストの紹介があった。文字情報に頼ることの多い多肢選択のテストに比べると、より現実のスキル発揮場面に近く、その分高い妥当性が期待される。もちろん、それでもより妥当性の高いテストにするためにはいくつかのクリアすべき問題がある。
例えば、どの程度現実に近づければ十分なのだろうか。医者の診断スキルを評価するためには患者の映像や音声が必要か、それとも患者の話した内容の記述で十分か、といったことである。また回答結果を分析する統計手法が、多肢選択式の能力テストで用いられているものではうまくいかない、といった問題も指摘されているようである。何よりも、開発にはかなりの時間とコストを必要とし、テストがより専門的なものに特化されるほど適用範囲は狭められてしまう。以上のような状況もあってか、能力測定のためというよりも教育や訓練目的で開発されることのほうが現状は多いようである。
今後の可能性としては、専門スキルや知識ではなく、いわゆる対人対応スキルのような、一般性が高くやや抽象化された発揮能力に関するパフォーマンステストが開発されれば、適用の範囲も広がり面白いのではないかと思う。
これら3つの研究を眺めてみると、あらためてこの人的資源管理の分野が非常に学際的で多岐にわたっていることに気づかされる。Jac Fitz-enz氏は経営管理の分野が専門であるし、Paul Ekman氏は文化人類学や社会心理学が専門であり、Deirdre Knapp氏とDavid Pucel氏は専門スキルのトレーニングと測定が専門である。ただし3つのセッションに共通するのは、大切ではあるが漠然としていてとらえにくいものを明確に概念化し、測定を工夫することによって、これらの概念の有効な活用を現実のものにしたことにあると言える。人や組織のマネジメントは直接目で見たり触れたりできるものが対象ではないだけに、こういった試みこそが重要であることをあらためて感じさせられた機会であった。
学会レポート 2024/01/15
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