学会レポート

SIOPから見る組織マネジメントの潮流

SIOP(米国産業・組織心理学会)2007 参加報告

公開日
更新日
SIOP(米国産業・組織心理学会)2007 参加報告

SIOPとは、Society for Industrial and Organizational Psychologyの略称であり、米国産業・組織心理学会のことを指す。産業・組織心理学の学会としては最も規模が大きく、毎年春から初夏にかけて年次大会が開催されている。今年の年次大会は、2007年4月26日から29日の間、ニューヨークで開催された。ポスターでの発表を含め、800近いセッションが実施され、今年は過去最高の4500人が参加した。テーマ別のセッション数を見ると、リーダーシップ、パーソナリティ、人事考課、採用に関するものが多く、以前から関心の高い分野の実証データの蓄積が着実になされていることがうかがえた。加えて、職場における感情、健康、ワーク/ノン・ワークなどの比較的新しいテーマについても多くの発表が行われており、現代の産業・組織心理学のトレンドを把握するためには、大変有効な機会である。

今大会で印象に残ったのは、「実証研究をいかにマネジメントの実践に生かすのか」という関心の高まり、日本を含む米国以外の実務の実態やデータを考慮した研究の増加、アセスメントやその他HRツールを実施する際のコンテクストの重視である。これらは、後にご紹介するEvidence-Based Managementの考え方に通じるものであり、今後の産業・組織心理学の広がりを感じさせるものであると同時に、われわれ日本の実務家にとっても喜ばしいトレンドである。

今年のSIOPカンファレンスには、弊社より福山と今城の両名が参加した。以下に、数あるトレンドの中から両名が注目した4つのテーマについてご紹介したい。

執筆者情報

https://www.recruit-ms.co.jp/assets/images/cms/authors/upload/3f67c0f783214d71a03078023e73bb1b/b6de3d646909486dbf70b5eb00b19690/1606071418_0802.webp

技術開発統括部
研究本部
組織行動研究所
主幹研究員

今城 志保(いましろ しほ)
プロフィールを⾒る

事実と向き合うマネジメント~Evidence-Based Management

「俗にブレークスルーと言われるアイディアは、古いか、誤りか、その両方かである」
「成果を上げる企業やリーダーは、何が新しいかよりも何が真実であるかにより興味を持っている」
「シンプルで明確で時には些細に思えることを実行する者は、即効性のある解決法を志向する競合に打ち勝つ」

これら3つのフレーズはEvidence-Based Management(EBM:科学的根拠に基づくマネジメント)の真理としてスタンフォード大学のJ. Pfeffer博士とR. Sutton博士によってあげられているものである。EBMとは、最近注目を集めているマネジメントに関する新しい考え方で、個人の経験や勘に頼りがちな現状のマネジメントに対するアンチテーゼとして提唱され、実証的なデータから論理的に導かれるマネジメントを目指すべきとの主張が展開されている。今回の年次大会のオープニングではPfeffer博士自身による、EBMに関する講演が行われた。
講演では、ひらめきやセンスに頼るのではなく、一見地味に見えるが着実で科学的なマネジメントがなぜ必要か、それがどう企業の競争力につながるのかといった議論が展開された。実際、「見える化」やPDCAサイクルを着実に回すことに取り組んでいる企業が高い競争優位性を誇っている状況からも、このことは十分に納得ができる。なお、SIOPの主たる参加者は研究者であることもあって、研究者に向けたメッセージとして、彼らのスキルや知識をマネジメントの実践の基礎となる実証データの蓄積にもっと役立ててほしいとの期待も述べられていた。日本と比べると、学界と実務界が近いと思われる米国ではあるが、相互にプラスの影響を出し合うためには一定の努力が必要であること、そしてその努力は十分に実りの期待できるものであることを感じさせる講演であった。
ちなみに、最近行われた上院の公聴会においてもPfeffer博士がEBMの話を行っている。興味のある方はこちらを参照いただきたい。

新メンバーの力を組織として生かす~On-Boarding

On-Boarding(オン・ボーディング)とは、新メンバーをスムーズかつ迅速に新しい組織に馴染ませ、パフォーマンスを促進させるプロセスである。組織社会化の文脈で語られることの多かった「従来の受け入れ」とオン・ボーディングは、それぞれ以下の異なる特徴を持っている。

新メンバーの力を組織として生かす~On-Boarding

オン・ボーディング施策は、企業にとって欠くことができないパフォーマンス・マネジメントの一環である。離職には多額のコストが伴う、タレントが容易に見つからない、さらに、入社後すぐのつまずきはその後の個人のキャリアやパフォーマンスに大きな影響がある、といった問題意識が、オン・ボーディングのセッションへの関心を高めていたと思われる。

オン・ボーディングの実効性を高めるポイントとして興味深かったのは、「新メンバー本人だけではなく、メンター、上司、同僚を含めた、職場の力としてのオン・ボーディング能力がキーポイントである」という議論である。例えば、中途入社者は自らの力だけでパフォーマンスを発揮するのは困難であり、個人の資質に関係のない理由から離職やモチベーション低下という結果につながってしまうことがある。よって、職場の力としてのオン・ボーディング能力を高めるために、人事担当者はさまざまな知恵を絞っているようである。具体的には、既存メンバーと新メンバーが自由にコミュニケーションをとることのできるオンラインの場や、新メンバーだけでなく既存メンバー対象のeラーニングによる組織文化学習プログラム、そして上司に対して新メンバーに送るウェルカム・メールのテンプレートまで提供したりする企業もある。

日本においても現在中途入社者の数が増加傾向にあり、オン・ボーディングへの取り組みは彼らのキャリアや個性を生かした受け入れや即戦力化について、示唆を与えるものといえる。オン・ボーディング施策は「個々の」従業員に対する職場ぐるみの関わりであり、また、OJTとは不可分の関係にあるといえる。OJTについてもあらためて洞察を深めるきっかけとなるテーマである。

ストレスの持つ「意義」~Eustress

ポジティブ心理学の流れを受けたストレスの研究に多くの注目が集まっていた。特に、従来のストレス研究の知見を生かし、ポジティブ心理学と統合しようとする研究発表が多かったことが今大会の特徴だった。

なお、今大会で組織開発やタレント・マネジメント、ダイバーシティ・マネジメントなどHR施策のキーファクターとして注目されていたエンゲージメントも、ポジティブなストレス反応のひとつとして研究されていたことは興味深い。その理由は、第一に、ストレスに対して「悪いもの」という見方だけでなく、「良いもの」としての見方が加わったことである。第二に、ストレスに関するコストは目に見えにくく、企業によっては関心が高まらなかったが、個人のパフォーマンス向上を促す自己効力感やエンゲージメント、コミットメントなど、ポジティブな結果と関連して論じられることにより、ストレスに関する関心がより高まる兆しが見られたことである。

また、ストレッサーがどのようにポジティブな結果に結びつくのかというメカニズムについては、職務特徴や性格など個人資質、環境要因、職場や仕事との適合などとの観点から議論がされ、悪いストレス(Distress:不快ストレス)に対処するだけではなく、ストレスを楽しみ、成果に結びつけるために良いストレス(Eustress:快ストレス)をマネジメントすることの重要性もひとつのホット・トピックとなっていた。なお、Eustressとは、心地よい緊張をもたらし、活動エネルギーに転化するストレスである。

ただし、ストレス領域におけるポジティブ心理学の研究の数は、まだ十分とは言えず、さまざまな研究結果は一貫していない。また、最後になるが、ストレスの研究は臨床的なメンタルヘルスと関連付けて論じられるだけではなく、より包括的な意味を持つ、“Employee Well-Being”の一側面として位置づけられていたことも印象に残った。

異文化適応を促す知能~Cultural Intelligence

今回のSIOPでは「グローバルな人材マネジメント」が特別テーマとして取り上げられ、複数の関連セッションが設けられていた。個人がどの程度うまく異文化に適応するかを予測する要因としては、性格や一般知能などの個人特性の影響を検討した研究もあるが、ここでは特に、過去の異文化経験の有無や、Cultural Intelligence(CI:文化知能)の概念に着目した研究が報告されていた。
CIは、グローバル・マネジメントに関する研究文脈の中で近年概念化されたもので、多様な文化に適応するための能力のことを指す。能力という言葉が用いられているが、下位要素として異文化適応への動機やスキル、知識などを含む複合的な概念である。また、一般に異文化経験を通じて獲得、開発されるものとしている。
セッションでは、異文化の経験によってCultural Intelligenceに代表される適応のための準備が整い、その結果、異文化において、仕事だけでなく生活や政治的な活動などにおいても適応が促進され、結果的に仕事のパフォーマンスが高まることが、いくつかの実証的なデータによって支持されたことが報告されていた。また、グローバル・リーダシップの開発においても、同様のことが予測され、実証的な裏づけが出されつつあるようである。初めての異文化経験の場合の適応レベルを左右するものは何かといった疑問は残るものの、経験を通じて獲得した異文化適応スキルや自信の効果は大きいということだろう。ある異文化適応経験は他の異文化への適応にどの程度役立つのかなど、興味深いテーマをはらんでいるように感じた。
海外からの労働力の参入や逆に企業の積極的な海外進出等の流れを受けて、グローバルな人材マネジメントの問題は米国では高い関心を集めている。日本企業においてもこのテーマは身近な問題になりつつある。今後注目していく価値のあるテーマだと考えられる。

以上、参加したセッションの中から皆様にとって特に価値があると思われるテーマを取り上げて報告させていただいた。弊社はこの年次大会に継続的に参加しているが、いつも研究者の層の厚さには驚かされる。米国の企業や勤労感に基づく研究であることを肝に銘じながらも、得られた知見はうまく活用し、今後のサービス開発に役立てていきたいと考えている。

  • SHARE
  • メール
  • リンクをコピー リンクをコピー
    コピーしました
  • Facebook
  • LINE
  • X

関連する記事