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学会レポート
L&D(学習と能力開発)のトレンド
本稿では5月18日から5月22日にかけて開催されたATD2025国際大会(ATD25)についてご報告します。(ATD*1についてはこちら)
*1 ATD(Association for Talent Development:タレント開発協会)は、1943年に設立された産業教育に関する世界最大の会員制組織(NPO)。2014年にそれまでのASTD(American Society for Training and Development)からATDに名称が変更された。会員は世界中の企業、公共機関、教育機関で学習と開発に携わる人々で、その数は120カ国約4万人に及ぶ。学習と開発に関する国際的なネットワークを有し、調査研究、出版、教育、資格認定、およびカンファレンスを展開している。本部はバージニア州アレクサンドリア。年1回開催されるICE(International Conference and Exposition:国際大会)は学習と開発に関する世界の潮流をつかむ機会でもある。
サービス統括部 HRDサービス推進部 トレーニングプログラム開発グループ 主任研究員
ATD25では首都ワシントンDCに世界中から8400人のL&Dの専門家が集まりました。期間中300を超える教育セッションが展開される国際大会は、昨年から対面での開催を重視するようになっており、筆者も5年ぶりに対面で参加しました。大会の構成や雰囲気は5年前と変わることなく、L&Dに携わる人々の情熱とエネルギーをリアルに感じられた4日間でした。変化したことといえば多言語対応のシステムです。5年前は通訳ブースを備えた部屋が3つ程度あり、そこで行われるセッションでは通訳者による同時通訳を、レシーバーを通じて聴くことができました。今年、通訳ブースはなくなり、代わりにAIによる自動翻訳アプリケーションを使うようになっていました。これにより、ほぼすべてのセッションが多言語対応となりました。
今大会のキャッチコピーは「Collective insights. Lifelong learning(集合知と継続学習)」です。大会のオープニングでホストを務めたホリー・ランサム氏は、アメリカで最初の学習コミュニティを発足させたといわれるベンジャミン・フランクリンの例を引用し、「私たちの祖先が10年かけて作成した情報よりも多くの情報が1日で作成される世界において、ATDのようなコミュニティはこれまで以上に重要です。私たちの最大の資産は集合知です」とキャッチコピーに込めた意味を語りました。
4日間で300を超える教育セッションは大きく13の学習トラックに分かれています(図表1)。トラックごとのセッション数はほぼ昨年と同様の傾向ですが、キャリア開発だけが突出してセッション数が増えています。背景には生成AIの普及にともなう新たなスキル開発の必要性やL&Dがカバーすべきトピックの多様化があるようです。Career Strategies for People Professionals in the Age of AI(AI時代の人事プロフェッショナルのためのキャリア戦略)というセッションでは、人事・人材開発専門職の雇用は2030年までに10%増加するという予測と共に、ウェルビーイング、デジタル変革、持続可能性に関連する新たな役割と責任の台頭により、伝統的なキャリアパスとは異なる新たなキャリアパスや機会が次々と生まれていることが紹介されました。経験したことがないキャリアパスを機会とするためには、継続学習が不可欠です。セッションでは「適応力と継続学習はAI時代に生き残るかどうかを(他のどのスキルよりも)決定するスキル」であることが強調されました。
ATDは今年、L&D専門家向けの「キャリアパスツール(ATD Career Pathways)」をリリースしました。ここではL&D領域におけ9つの職種ファミリーと29の役割が定義されており、それぞれの役割の主業務、必要な知識・スキル・経験などがリストアップされています。また、異なる職種からこの領域に移る人々のための学習リソースも充実しています。このツールに関するセッションが設けられたこともキャリア開発のセッション数増加の理由です。新しい役割や責任が生まれていくなかでL&D専門家のキャリアデザインを支援したいというATDの意気込みが感じられました。
今大会の最多のトピックは生成AIの活用だと思います。ATDの会長&CEOのトニー・ビンガム氏は初日のあいさつで、「ATDの調査では、AIの使用にともなうリスクとデメリットについて語っている組織は56%。AIに関するトレーニングを義務づけている組織は31%にすぎない。これはL&Dにとって大きな機会です」と述べ、従業員がAIをいつ、どのように使用すべきか、トレーニングを受ける必要があるのか、そしてAIを使用すべきではないのはどのような場合か、という議論を組織のなかでL&Dに携わる人が主導して行ってほしいと呼びかけました。
生成AIについては、昨年までの研究・実験段階から活用段階に急速に移行している印象です。生成AIに焦点を当てたセッションは50以上で、どれも実際に活用している事例です。今大会の出展ではAIカテゴリーのベンダーが129社と毎年トップのリーダーシップカテゴリーを抜いて第1位となっていました。
人事・人材開発に特化したシンクタンクであるi4cp社のセッション(Workforce Readiness in the Era of AI<AI時代の労働力準備>)では、企業の生成AI活用の現実が調査結果をもとに共有されました。(図表2)。これを見るかぎり、2024年から2025年の1年間で企業は急速に生成AIを導入してきていることが分かります。調査では、活用段階の企業ほどAI関連の戦略的フレームワークと計画を明確にしており、生成AIに関する情報を公開し、実験のための安全な環境をつくって従業員の育成を行っていること、さらに、生成AIの活用段階と企業のマーケットパフォーマンスがきれいに相関していることや、活用段階の企業はシニア・エグゼクティブが生成AI活用に積極的に関与しているという分析が示されました。
AIを学習経験に活用した事例を紹介する教育セッションも数多くありました。The AI-Powered Leader as Coach: New Frontiers in Leader Development(AIを活用したリーダーとしてのコーチ:リーダー育成の新たな可能性)では、リーダーシップ開発機関であるInstitute for Management Studiesが取り組んでいる生成AIを活用したブレンド型学習の説明がありました。AIコーチが普及していますが、多くの人は人間のコーチとAIのコーチの両方を求めており、それぞれの利点を活かしたブレンド型学習が有効であるというものです。人間のコーチの強みは経験と感情と共感であり、自分と同じような経験をもつ人と、信憑性があり、共感できる話ができること。AIコーチの強みは膨大な知識セットや、非判断的(評価される恐れがない)であること、アクセス性です。これらの強みを理解して適切なタイミングで適切なリソースへのアクセスを可能にすることが重要ということでした。また、学習プロセス全体に生成AIを実装することで、参加者の行動を識別し、学んだことを実行に移すために有効なアイディアを提供することができるということです。生成AIを単にコーチングに利用するだけでなく、人間のファシリテーターと共に学習プロセス全体をナビゲートする中心的役割に置くことのメリットが紹介されました。
生成AI が学んだことの実践を促すのに役立つという主張は、ソウル大学とサムスン関連会社が行ったセッションAI-Powered Learning Journeys: Transforming HRD for the Future(AIを活用したラーニング・ジャーニー:HRDの未来を革新する)でも紹介されました。彼らが開発したAIチューターの数カ月間の活用用途からは、活用の初期段階ではキーワード検索や要約といった単純な活用が主でしたが、時間がたつにつれて学んだことの適用に関するものが増えていく傾向が見られ、学習者は一定の時間をかけて受動的なAI活用から能動的なAI活用に変化していくといいます。
これらの発表から分かるのは、生成AIが学習移転に有効なツールであるということです。インストラクションデザインの分野では生成AIを効果測定の設計に活用したセッション、Supercharge Kirkpatrick Evaluation With AI(カークパトリックモデルをAIで超高速化)も注目を集めていました。効果測定のスタンダードであるカークパトリックモデルに沿って事前の測定計画の策定、4レベルそれぞれでの測定指標と測定方法の検討、各レベルにおけるツール開発(例えばテストや360度アセスメント)のすべてを、生成AIとのブレストによって行うことができるというものです。効果測定は本来、学習設計の最初の段階で組み込まれているべきものであることを考えれば、学習設計の当初の段階からレベル3やレベル4の測定指標を具体的に想定しつつ、学習プロセスの全体像を組み立てていくのに生成AIの活用はとても有効であると感じました。
リーダーシップ開発に特化したNPOとして有名なCenter for Creative Leadershipのセッションでは、リーダーシップ開発プログラムに生成AIを活用している事例が紹介されました。同社のシミュレーションプログラムでは、参加者が特定のリーダーシップポジションの役割を担って経営シミュレーションを行います。紹介された取り組みは参加者の実際の発言をウェアラブルデバイスで拾い、それらをAIで解析し、リアルタイムで参加者にフィードバックするというものです。例えば、経営会議のシミュレーションにおいて、どの役割を担った人がどれほどの比率で発言していたか、あるいは、役割間の交流の量がどの程度であったかといった情報が、ソシオメトリーなどの形式でその場で参加者に共有されるのです。このようなリアルタイムのデータと360度アセスメントのような現実の職場での影響力に関するデータを対照することで、参加者の自己認識に大きなインパクトをもたらすとしています。発表者は、現在はコミュニケーションの量的側面の分析のみですが、次年度には質的な分析も可能となり、その場合には心理的安全性の測定やリーダーとしての垂直的成長に関わる要素のフィードバックも可能になるだろうと語っていました。プライバシーの問題などクリアにすべき課題はあるものの、会話の質的な分析はリーダーシップ開発に極めて有効であろうと思います。
このように、生成AIの活用が急速に進む一方で、生成AIのリスクや限界を理解した正しい活用の必要性をメッセージするセッションもいくつかありました。生成AI活用の先駆者の1人であるUMU社によるセッション、Develop AI Literacy in the Age of Generative AI(生成AIの時代におけるAIリテラシーの向上)では、同社が開発した「AIリテラシー」のモデルが説明され、生成AIが普及するなかで、それを正しく有効に活用できる人材を増やしていくことがこれからの組織の競争優位となる、という主張が展開されました。生成AIは、現状ではまだ不完全なことも多く、使用者はLLM(大規模言語モデル)のメカニズムを理解しておく必要があること、同時に、生成AIが最適な点を理解してその効果を最大化するリテラシーを身につける必要があること、の双方が強調されていました。
Responsible AI for L&D(L&Dのための責任あるAI)というセッションでは、AI、ブロックチェーン、MXなどの先進技術で10年以上の経験をもつマイラ・ロルダン氏が、現在のAIには限界があり、かつ、どのようにアウトプットを出しているかもブラックボックスであるため、責任をもった活用が必要であること、生成AIを個人で使用することと組織に導入することはまったく異なることであるという認識をもって臨むこと、の2点を強調しました。そして、ビジネスにおける生成AI活用の責任として、インプットする情報の判断責任とアウトプットを監査する責任の2つが示されました。
大会の基調講演者は、アスリートで五輪メダリストのシモーネ・バイルズ氏、ハーバードビジネススクール教授のエイミー・エドモンドソン氏、そして、起業家で作家のセス・ゴーディン氏の3名でした。
月曜朝、ホストのランサム氏との対談形式で行われたシモーネ・バイルズ氏の講演では、メダリストとして活躍するまでの生い立ち、家族やコーチの影響などが語られた後、東京五輪での棄権についてのストーリーがシェアされました。パンデミック下という特異な環境のもとで行われた大会に参加してから、心と身体が一致していない状態で競技を続ける危険を自覚し、国の代表という圧力のなかで自身を守るために棄権を決断したこと。その後、コーチ、家族の支えによって一部種目に再チャレンジできたこと。勇気ある決断は他国のアスリートからも感謝されたこと。さらに、彼女の選択によって、その後オリンピックチームのルールも変更されたことなどが語られました。
バイルズ氏のストーリーは、最も賢明な選択は突き進むことではなく、一時停止して再評価をすることであり、結果ではなくプロセスであり、助けを求める強さ――脆弱性を受け入れ、困難な選択をする強さ――が長期的な目標を守るという教訓を与えてくれるものでした。同時に、現在アメリカで社会問題化しているバーンアウト(燃え尽き症候群)の回避策とウェルビーイングの重要性をメッセージしたものと受け止めました。
火曜朝にはエイミー・エドモンドソン教授が、新しい著作『The right kind of wrong(邦題:失敗できる組織)』に基づいて、不確実な世界で組織が成功するために必要な「賢い失敗」について語りました。組織の学習とイノベーションに失敗は不可欠であり、失敗をネガティブな出来事ではなく学習の機会と捉えることの重要性を、エドモンドソン教授は過去の著作から一貫して主張していますが、今回の講演は、失敗には「基本的失敗」「複雑な失敗」そして「賢い失敗」の3種類があり、これからの組織の卓越性は「賢い失敗」から学ぶ行為にあるというものです。「基本的失敗」とは単一の原因によるもので防止すべき対象です。「複雑な失敗」はタンカー事故のように複数の要因が相互に作用して起きる失敗で軽減すべきものです。そして、「賢い失敗」とは新しい領域で明確な目標追求と事前の綿密な調査のもとに行われた失敗であり、そこから学ぶことが組織を新たな段階へ前進させます。エドモンドソン教授は「賢い失敗」の基準を示しつつ、それを育む組織の心理的安全性と高いパフォーマンス基準についても解説しました。心理的安全性を単なる良好な人間関係と誤解する人もいますが、そうではなく、成員がより高い目標を目指したいという高いパフォーマンス基準と対人関係リスクを恐れることなく発言できる安全性の両方が組織の学習を実現するのだというフレームワークを、力強く発信しました。
エドモンドソン教授のセッションは大会のさまざまなセッションで引用され、心理的安全性は生成AIと並んで今大会のキーワードの1つだったと感じます。心理的安全性や失敗からの学習をテーマにしたセッションも散見されました。学習における心理的安全性の段階モデルを提示したSilent Signals: What Learners Lacking Psychological Safety Aren’t Saying(サイレント・シグナルズ:心理的安全性が欠如している学習者が口にしないこと)や、アマゾンのL&D部門における「早く失敗して学ぶ文化」づくりへの取り組みを紹介したFueling a Culture of Fail-Fast Innovation in L&D(L&D部門における「失敗を迅速に受け入れ、革新を推進する文化」の育成)なども興味深い内容でした。
最終日の基調講演でセス・ゴーディン氏は、「意味のある仕事こそ私たちの未来である」というテーマで、人をリソースとみなすのではなく創造的な存在と捉えて組織モデルを根本的に見直すことの必要性を語りました。既存の組織モデルは工場型であり、そこでは人間を互換可能なリソースとみなすマインドセットに基づいたシステムと文化が人々の行動を無意識に支配している。しかし、工場型の組織モデルが限界を迎えているのは明らかだとゴーディン氏は言います。同氏が行った90カ国1万人への調査が示すのは、人々が仕事に求めているのは独立性、尊重、意味のある貢献であり、人間をリソースではなく変化を生み出す創造的な存在とみなし、組織を人間中心のものに変えていくことが今こそ求められている変化だというのです。L&Dの役割は人々が一緒に意味のある仕事をするための条件を創造することであり、望ましい未来に向けたクリエイティブ・テンション(創造的緊張)をつくり出してほしいというメッセージで締めくくられた講演は、多くの観衆を立ち上がらせました。
生成AIとの協働が現実になりさらなる進化が予想されるなか、未来への対応力をテーマにしたセッションも多く見られました。未来により重要となるスキルについては、すでに世界経済フォーラムやマッキンゼー&カンパニーなどがレポートを発表しており、データ分析や創造的思考、批判的思考、共感性などが共通した上位のスキルとして挙がっています。こうしたソフトスキルの重要性はATDの過去の大会でも取り上げられてきましたが、今年は未来への対応力として、スキルよりもマインドセット(ものの見方・考え方)に焦点を当てたセッションが多く見られました。
Navigating the Frontier: Learning & Unlearning in the AI Era(最前線を航海する:AI時代における学習とアンラーニング)では、ハーバード大学 ラーニング・イノベーション・ラボラトリーのディレクター、マーガ・ビルラー氏と同フェローのカリー・ウィリーアード氏が、「AIが人間よりも優れていることと人間の方が優れていることの境界線は日々揺れ動いており、私たちは誰も経験したことがない境界線上に座っている」とし、未来への対応力としてアンラーニングの必要性を強調しました。私たちはすでに、「この先、私たちは人間労働者だけでなくデジタル労働者も管理する必要がある」(マーク・ベニオフ;セールスフォースCEO)という世界に足を踏み込んでおり、私たちが労働力と考えているものを再学習する必要があるといいます。そして、それはL&Dの専門家としてのアイデンティティを書き換えることでもあります。アンラーニングは進化するための能力ですが、個人のアイデンティティの揺らぎをともなうものでもあるため、マインドセットの転換が必要となるのです。セッションでは、アンラーニングでは個人レベルと組織レベルの両方で、マインドセット、習慣、システムを見直す必要があり、L&Dは個人のアイデンティティの源を含めたアンラーニングを支援するために、集団的なアンラーニング体験のキュレーターや支援者へとシフトしていく必要があることが語られました。
経営者であり「Thinker 50」にも選ばれたセリーナ・ネリー博士によるFuture Readiness: Developing Future-Ready Talent(未来対応力:未来に対応できる人材の育成)のセッションでは、未来への準備をスキル偏重で示すのは危険であり、生活と仕事をトータルで見たうえで、人々が未来で繁栄するために真に大切なことをできるように支援すべきであるという主張が展開されました。ネリー博士は、現在の「仕事の未来」の視点における最大の課題は、特定のスキルを獲得すれば、目的地へ到着できるという考え方である点だとして、仕事の未来を目的地ではなく方向性として捉えることを提案します。そして、技術だけでなく、社会や価値観の大きな変化を通じて、仕事の未来がどのように変化していくかを理解する必要があるとしています。興味深かったのは、働く期間が長くなることで年齢と人生のステージは等価ではなくなり、教育、仕事、退職という直線的な進路が崩壊する代わりに、生きる、働く、学ぶ、が繰り返される「ライフループ」と呼ばれるものが生まれるということです。このループのなかで人々はキャリアと人生のトランジション(移行)に繰り返し直面することになるため、トランジションは未来に求められる重要な力にもかかわらず、そうしたことを誰も教えていないという博士の言葉は印象に残りました。
リーダーシップとマネジメント開発のトラックでもスキル開発とは異なる分野を開発することの重要性を伝えるセッションが散見されました。Unlearning: The Conscious Path to Cultivating a Cohesive, Multigenerational Workplace(アンラーニング:多世代が調和する職場を築くための意識的な道筋)は、タイトルにあるとおりリーダーシップにおけるアンラーニングに焦点を当てたセッションです。発表者のConscious Leadership Partners 社CEOのカロライナ・カロ氏は、冒頭に、「あなたのリーダーシップに影響を与えたもの、形作ったものを考えてみてください。それは、過去にあなたにとって役立つものだったかもしれません。しかし、今現在、あなたが次のレベルのリーダーシップを得ることを妨げているかもしれません」として、リーダーとして自分自身の物語やナラティブをどう構築しているか考えてみることがリーダーシップのレベルを高め、組織文化を未来に備えたものに変化させるという論旨を展開しました。組織におけるアンラーニングの入り口は努力、挑戦、ミス、フィードバックについての考察にあるといいます。そこで自動操縦モード(過去の経験と意味づけによる自動的な反応)になるのではなく、立ち止まって(Pause)、自分の心身の反応を観察(Observe)し、違う解釈や対応を選び(Choose)、新しい言動を実践してみる(Act)という「POCAモデル」(pocaはスペイン語で「ほんの少し」という意味も)による小さな変化がアンラーニングをもたらし、人々の関係性を再構築できるということです。ここではマイクロソフトのサティア・ナデラCEOの「リーダーは“すべてを知っている”から“すべてを学ぶ”にマインドセットを変えなければならない」という言葉が引用されていました。
サティア・ナデラ氏は今日的なリーダーシップのロールモデルとなっているようです。92% of Leaders Aren’t Future-Ready: How to Fix This Problem(リーダーの92%は未来対応型ではない:この問題を解決する方法)というセッションでは、カリフォルニア州立大学のライアン・ゴットフレッドソン教授が、未来対応型のリーダーの特性について理論を展開しました。同教授はまず、未来対応型リーダーとは、変化、不確実性、複雑さを効果的にナビゲートする内部的な能力を備えた人」であると定義し、この能力はリーダーの「行動の側面(Doing side)」ではなく「存在の側面(Being side)」に関係しているため、知識・スキル面の開発(水平的発達)ではなく内部のオペレーティングシステムの洗練度を高める垂直的発達が必要であると説明しました。そして、未来対応型のリーダーの例としてサティア・ナデラCEOを挙げたのです。前任のCEOであるステーブ・バルマー氏とサティア・ナデラ氏は行動の側面ではさほど違いはありませんが、存在の側面で大きな違いがあるといいます。それは、「トレランスの窓」と呼ばれる認知的・感情的コントロールが可能なゾーンの広さで示すことができます。ゴッドフリードソン教授はこの2人のCEOの実際の過去の動画を題材としながら「自己保護型マインドセット」と「価値創造型マインドセット」の違い、成人発達理論に基づくマインドセットの発達モデルについて分かりやすく解説してくれました。成人の発達は年齢によるものではなく本人の努力によるものであるという言葉も印象的でした。
Unleash Your Leadership Superpower: Harnessing Positive Intelligence for Excellence(リーダーシップの真の力を解き放て:ポジティブ・インテリジェンスを活用して卓越性を追求する)というセッションでは、「リーダーシップ開発で欠如しているのは、直面する困難な状況において“メンタルフィットネス(認知的、感情的ストレスへのポジティブに対応できる能力)”を維持するために何が必要かということだ」として、ポジティブな思考力とネガティブな思考力の相対的な強さから精神的な健康状態を測る指標である「PQ(ポジティブ知能指数)」(シャザド・チャミン氏による)について紹介がありました。
これらの3つのセッションから共通してよみとれるのは、不確実な未来への対応力は知識・スキルではなくマインドセットの発達であり、リーダーシップ・マネジメント開発においても従来型の「水平的発達の支援(知識・スキル開発)」から「垂直的発達(オペレーティングシステムの開発)」にシフトする必要があるというメッセージです。日本でも近年、適応課題(adaptive challenge:ハーバード大学ケネディスクールのロナルド・ハイフェッツ教授が指摘した、既存の方法では解決が難しく、価値観や行動の変革を必要とする課題)への対応力がリーダー教育のテーマとして優先度が高くなっていますが、これもリーダーが自身のオペレーションシステムに気づくプロセスなしには開発できないでしょう。リーダーシップとリーダーシップ開発を再学習する時期を迎えているのかもしれません。
以上、ATD25について筆者が参加したセッションを中心にレポートしました。弊社は今後とも情報収集に努めてまいります。
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