学会レポート

米国産業・組織心理学の最新動向

SIOP(米国産業・組織心理学会)2023 参加報告

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SIOP(米国産業・組織心理学会)2023 参加報告

SIOP(Society for Industrial and Organizational Psychology)の第38回目となる年次大会がマサチューセッツ州ボストンで開催されました。会期は例年どおり大会開催前のワークショップを含め4日間でした。

執筆者情報

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HRアセスメントソリューション統括部
アセスメント基盤開発部
測定技術グループ
研究員

櫻井 麻野(さくらい まや)
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技術開発統括部
研究本部
測定技術研究所
研究員

伊藤 有梨花(いとう ゆりか)
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SIOP第38回年次大会概要

コロナ禍の影響で2020年、2021年はオンラインで開催された学会が対面開催に戻って2年目の今年、会場にはハンドサニタイザーが設置され、まれにマスクを着用している参加者が散見されましたが、「社会的距離を保ちたい」意思を示す黄色いリボンで名札をかけている参加者はほとんどおらず、皆がそこここで活発に議論を交わしたり、ハグし合って旧交を温めたりする姿が見られました。参加者は5000名以上、うち4500名以上が対面で参加し、対面での参加者数は3年ぶりの対面開催となった2022年の3000名余りから大きく増加した模様です。

SIOP第38回年次大会概要

名札をかけるリボンの色で握手など至近距離での接触意思を示す工夫のほか、Her/Him/Themなどジェンダー代名詞を示すタグ、各セッション会場の入口付近には身体障害者用の優先席、ラマダンで断食中のイスラム教徒参加者向けの食事、性自認に関係なくだれでも利用可と掲示されたトイレの用意など、全体にさまざまな意味でのダイバーシティに配慮した運営がなされていました。参加者のなかにも介助者と一緒に歩く視覚障害者、介助犬と一緒の人などが見受けられ、SIOP年次大会が障害のある人にも参加しやすい場になってきている雰囲気を感じました。

SIOP第38回年次大会概要1

今回弊社からは2名が参加し、米国のHRにおけるトレンドやデータ活用技術などを中心にセッションを聴講してきました。そのなかから本レポートでは、櫻井よりDE&I(ダイバーシティ、エクイティ&インクルージョン)について、伊藤より採用アセスメントにおける新しい技術について紹介します。

米国における障害者雇用

日本においては2016年4月に改正障害者雇用促進法が施行され、障害者差別禁止指針および合理的配慮指針が出されていますが、米国でも1990年に障害のあるアメリカ人法により、適格性のある個人 *1 に対して障害に基づき差別をすることが禁じられています。また15名以上の従業員を擁する雇用主に対し、過度の負担をかけるものでない限り採用選考過程においても適切な配慮を提供することが要請されています。2008年にはこの法律が改正され、障害者の対象に含まれる範囲を拡大しています。これにより、障害のある応募者集団を排除する傾向のある選考基準が禁止され、テスト受検者が障害にかかわらず適格性を示すことができるよう配慮が要請されることになりました。

DE&Iの浸透

人種的/性的マイノリティなど、障害者だけでなく多様な人々が同じ組織に属して働くことに関する調査や研究も進んでおり、マッキンゼー・アンド・カンパニーはすでに2015年、2018年、2020年の3回にわたってDE&Iに関するレポートを発表しています。2020年に発表されたレポート『Diversity wins: How inclusion matters(ダイバーシティが勝利する――インクルージョンがどのように重要なのか)』*2 においては15カ国1000以上の大企業を対象にデータを収集し、幹部層が多様な人材で構成されている企業は、そうでない企業に比べて財務パフォーマンスが高いことが確認されたとしています。

DE&Iと人事測定

マッティンリー・ソリューションズ社とクアルトリクス社はDE&Iが従業員の勤続意欲に与える影響を調査し、5年以上勤続する意向がある回答者は誰でも自身の潜在力を最大限に生かすことができる、上層部は多様で包括性のある従業員の実現に真剣に取り組んでいる、組織に帰属感をもてるといった質問項目に「そう思う」と回答した割合が高いのに対し、半年以内に転職する意向がある回答者ではそれらの質問に「そう思う」と回答した割合が低いことを示しました。また従業員間での包括性格差を測定するには従来の測定方法を改善する方法があるとし、包括性に特化した洞察、感覚、心情、感情を測定できる手法を開発、紹介しています。

包括性とは個々人がどのようにお互いに接するかであり、包括性のあるふるまいを受け取った人は価値のある存在として大事にされ、気にかけられ、話を聞いてもらっていると感じ、帰属意識をもてるようになります。このため、包括性のKPIとしては公平性、帰属意識と自分を偽る必要がないことが挙げられています。一方で、人事専門家374名を対象とした調査では、1/3以上の回答者が、不足している部分を特定する測定基準の欠如、DE&Iがもたらす可能性のある利益の理解不足、経営トップ層における優先順位の低さをDE&Iの推進を阻害する要因と考えていることが明らかになりました。このような状況を改善するには、学会の専門家を現場に招き、堅実な分析プランを立ててリスクに対処し、データの可視化などで調査結果を理解しやすいストーリーに仕立てること、また施策を立てる際には現実的になること、組織的かつ柔軟になること、コミュニケーションを明確にすること、が必要と提案しています。

持続的なDEIB(ダイバーシティ、エクイティ、インクルージョン、ビロンギング)の推進

今回の年次大会では、DE&Iに関するパネルディスカッションも多数開催されました。このうち持続的なDEIBの推進をテーマに行われたセッションでは、ポジティブな考え方と行動の基本原則として、1) 居心地のわるい場面にも向き合う、相手の気持ちに配慮するといった勇気をもつ、2) 記録は取らず秘密を守る、3) 言葉で表現されたこととされなかったことの両方に耳を傾ける、沈黙の時間を恐れない、「わたし」を主語にする、4) 意図していなかったことでも結果に責任をもつ、親切にする、好意的に解釈する、の4つが提示されました。また高い水準のDEIBを達成する要素として、多様な背景の人材を採用、開発・維持して昇進させ、公平で包括的な環境を醸成し、社会的な責任を果たし供給元と販売者の包括的な関係を維持してコミュニティに貢献し、多様なマーケットでブランドのプレゼンスを拡大し、DEIBへの取り組みや包括的な製品提供を拡大するという人材、企業の環境と文化、コミュニティ、顧客の循環が打ち出されました。パネラーは企業の人事担当者と、顧客企業にDEI推進コンサルティングサービスやソリューションを提供する企業のコンサルタントで、それぞれから事例の紹介もありました。

事例紹介1 キンセントリック社(人事コンサルティング・ファーム)

現状:DEIの取り組みに着手しようとしている企業からすでに戦略を立てて実行に移そうとしている企業まで、さまざまな段階にある顧客企業にコンサルティングサービスを提供。

DEIBを推進するうえでのフレームワーク:幹部主導型、人材機動力型、人事先導型、文化起点型の4つがあり、どのモデルを採用する場合でもデータから洞察を得ることが重要。

阻害要因:DEIに関する共通認識の不足、DEIを推進するうえで「なぜ」そうするのかという合意の欠如、DEIに関する指導者スキルの自覚不足。

事例紹介2 メディアブランズ社(多国籍マーケティングコミュニケーション企業)

現状:上位10カ国で複数年にわたる人材多様性の目標を設定。

フレームワーク:従業員ヒアリングデータに基づき独自のフレームワークを策定。

阻害要因:幹部層以外の従業員における同意の不足。一部の対象国における質のよいデータの不足。

事例紹介3 コカ・コーラ・コンソリデーティッド社(飲料メーカー)

現状:DEIリーダーシップ委員会、専用イントラネットサイト、会社全体を挙げてのお祝い行事、リーダー教育、リソースグループ(組織のなかで共通の特性や人生経験に基づいて職場で一緒に働く従業員のグループ)を通じてDEIを運用に乗せている。

フレームワーク:誰もが同じテーブルの席について対話に参加するという1つの多様性に富むグループを設置。

課題:信念、期待、ペース、チームメイトへの働きかけ。

事例紹介4 パーセプティクス社(従業員ヒアリング/ピープルアナリティクス/リーダーシップコーチングプラットフォームベンダー)

現状:組織の成熟度に応じて異なるソリューションを提供。幹部層の合意を得るため、明確で簡潔なストーリーを構築。組織内で意味のある変化を起こすために重点領域を特定。従業員体験のデータをビジネスデータに接続。

フレームワーク:方針を決めて関与する。コミュニティと個人につながりをもたせる。未来に焦点を当てる。権能とガイダンスを与える。

阻害要因:リーダーシップの合意と責任の欠如。意味のある変化を起こすための方法が不明瞭。社内のリソース不足。

DEIの推進、浸透の程度はさまざまですが、どのセッションでも包括性の重要性が強調されていたことが印象に残りました。さまざまな背景をもつ従業員が互いに配慮し合いながら1つのテーブルにつくことにより、安全で帰属していると感じられている公平かつ包括的な環境が醸成されて帰属意識が高まるということは、実現の程度に差はあれど、米国の人事担当者や人事コンサルタントの間では共通認識になっている模様です。

デロイト社の調査 3 は多様性と包括性を備えた組織はそうでない組織に比べて財務目標を達成あるいは目標を超える成果を達成する可能性が2倍、高い業績を上げている可能性は3倍、より革新的で変化対応力が高い可能性は6倍、よりよいビジネス成果を達成する可能性は8倍にもなると報告しています。ボストン コンサルティング グループの調査 4 でも、マネジメントチームに平均以上の多様性がある企業はイノベーションによる収益が全体の45%で、マネジメントチームの多様性が平均を下回る企業のイノベーションによる収益が全体に占める割合の26%と比較して19パーセンテージポイント高いことが明らかになっています。法令順守の観点だけで多様な人材の採用を捉えるのではなく、採用対象を拡大することで得られるよりよい人材の確保、イノベーションによる競争力の維持・強化などの観点からDE&Iに取り組むことが求められています。

測定技術のトレンド

測定技術の話題においてもっとも盛り上がりを見せていたテーマは人工知能(AI)や機械学習(ML)でした。一部の先進企業で自動化関連開発が進められているもののいまだ多くの採用プロセスを人間が担っている日本とは異なり、海外においてはすでにAIチャットボットや動画解析といった技術を組み込んだ採用選考・タレントマネジメントサービスが数多くリリースされているようです。

例えば、南アフリカを拠点とするTop Talent Solutions社では採用選考プロセス全体をAIで全自動化する取り組みが行われており、動画解析技術の進展によって、言語情報だけでなく表情や身振り手振り、音声トーンなどの非言語情報も評価の対象とすることが可能になりつつあるようでした。南アフリカのように識字率が低く教育水準にばらつきがある多民族地域において、このような取り組みは「字が書けなくても求人に応募できる」という求職者側の需要と、「教育機会の有無に関係なく欲しい人材を確保できる」という求人側の需要の両方を満たすものであると紹介されていました。

また別のセッションでは、自然言語処理(NLP)によって評価できる内容はもはや「事実ベースドな述べられた内容」だけでなく、「ナラティブベースドなコンテクスト情報」にまで広がってきていると紹介されていました。採用選考・タレントマネジメントにおいては、しばしば事実そのものよりも「その事実が候補者にとってどのような意味を持つのか」というナラティブや心理的側面の方が重要である場合があります。今まで人間が判断を下すしか評価方法がないと思われていたこのような領域においても、すでに機械によって自動化が可能な段階であることが強調されていました。

このように、AI・機械学習はSIOPで一番ホットなトピックであり、業界全体としてもAIを用いた採用プロセスの自動化は今後あたりまえになっていくと思われます。自動化によって得られる利点は、企業側の採用フローの手間やコスト削減だけでなく、Top Talent Solutions社の例のように、今までの採用手法ではリーチできなかった層に対するアプローチも可能になるという点にもあるようでした。

一方で、すでにAIが実現段階に来ているからこそ見えてきた負の側面も注目されています。多くのセッションで、AI運用の際の倫理・法遵守の重要性が強調されていました。事業としてAIを用いる場合、まずAIツールの選択基準を業界全体で明確に定める必要があります。偏見や公平さについての懸念、個人情報保護の観点などをクリアするAIツールとはどんなものか、現在制定中の各国の法案と絡めて活発に議論がなされていました。

ところで、AIのような新技術が盛り上がりを見せている背景の根本にある論として、ここ50年ほどで定着してきたアセスメント論の定説を見直す流れがあることを感じました。例えば、「How do We Define Success? Rethinking Effectiveness of Assessment and Selection Tools」というセッションは、CodeSignal社がホストを務め、DDI、DELL、CapitalOneなどの錚々たるアセスメント研究者と共に測定が予測するべき「成功」とは何なのかをあらためて考えるパネルディスカッションでした。セッション自体は何か新たな発見が発表されるというよりは各社がアセスメントで大切にしているポイントの共有ではありましたが、筆者がSIOPで参加したどのセッションよりも多くの聴衆が詰めかけており、質疑応答も大変な盛り上がりを見せ、構成概念の見直しというテーマへの注目度の高さがうかがえました。

また「Beyond Cognitive Ability: New Directions In Assessment」というセッションでは、能力検査がパフォーマンスの予測因子として本当にふさわしいのか、科学的手法を用いてあらためて考え直すべきであるという問題提起がありました。例えば、1998年当時に行われたSchmidtとHunterによるメタ分析では、認知能力と職務遂行能力の間には0.51のメタ分析補正相関があるとされ、この数値は能力検査がパフォーマンスを予測する定説を支えるものとして長年知られてきました。ところが、2022年のSackettらによる研究では、認知能力とパフォーマンスの間にあるのは0.31のメタ分析補正相関であることが報告されました。このセッションでは認知能力とパフォーマンスとの関係を調べた研究がほかにもいくつか紹介され、能力検査が採用領域の定番となってから約半世紀以上が経過した今、データの蓄積を十分に利用して能力検査の予測性を確かめることができるようになった時代であることが強調されました。このような歴史的背景と統計的技術の進展が相まって、今は1つの定説を皆が拠り所にする時代ではなくそれを越えた新たな論を自分たちが生み出す時代なのだ、我々は転換期にいるのだ、といった意識がSIOPの会場全体に見られました。

このように、測定技術の話題においては、新たな手法の発展と共に定説の見直しが盛んに行われており、新時代の定説となるべく各社がこぞってさまざまな構成概念や測定手法を提案している段階であると感じました。日本と海外で事情が異なる場面はたくさんあるものの、我々もこの流れに乗って意欲的に新たなチャレンジをしていきたいと考えています。

*1 適格性のある個人とは、合理的な配慮の必要性にかかわらず当該業務の主要な機能を行う資格を有する者

*2 Vivian Hunt, Sara Prince, Sundiatu Dixon-Fyle, Kevin Dolan, Diversity Wins: How Inclusion Matters (McKinsey & Company, 2020)

*3 Juliet Bourke, Which Two Heads Are Better Than One? How Diverse Teams Create Breakthrough Ideas and Make Smarter Decisions (Australian Institute of Company Directors, 2016)

*4 Rocío Lorenzo, Nicole Voigt, Miki Tsusaka, Matt Krentz, and Katie Abouzahr, How Diverse Leadership Teams Boost Innovation (Boston Consulting Group, 2018)

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