国際的なHRD・ODの潮流 ATD2018国際会議 参加報告

執筆者情報
ソリューション統括部
事業開発部
主任研究員
嶋村 伸明

ATD(Association for Talent Development:タレント開発協会)【*1】の国際大会が、カリフォルニア州サンディエゴで4日間(5月6〜9日)にわたって開催されました。

【脚注*1】 ATD(Association for Talent Development:タレント開発協会)は、1943年に設立された産業教育に関する世界最大の会員制組織(NPO)。2014年にそれまでのASTD(American Society for Training and Development)からATDに名称が変更された。会員は世界中の企業、公共機関、教育機関で学習と開発に携わる人々で、その数は120カ国約4万人におよぶ。学習と開発に関する国際的なネットワークを有し、調査研究、出版、教育、資格認定、およびカンファレンスを展開している。本部はバージニア州アレキサンドリア。年1回開催されるICE(International Conference and Exposition:国際大会)は学習と開発に関する世界の潮流をつかむ機会でもある。ATD日本支部はこちら


創立75周年の記念大会

2018年国際大会はATDの創立75周年の記念大会として5月6〜9日の4日間、カリフォルニア州サンディエゴで開催されました。西海岸の日差しあふれる爽やかな海辺に面したコンベンションセンターには世界93カ国から13000人が参加。近年では最大規模の大会となりました。日本からの参加者は269名で、これも過去最多です(図表1)。基調講演者にバラク・オバマ前米国大統領を迎え、会場中心にある明るく広いアトリウムには1943年から現在までのATDの軌跡をたどる展示ブースが設けられるなど記念大会にふさわしい内容となりました。以下、今大会の様子と参加して感じられたL&Dの動向について報告します。

インパクトのあった基調講演

毎年、さまざまな領域で活躍するリーダーが行う基調講演ですが、今年はなんといってもオバマ前大統領による基調講演が最も印象に残りました。当日は早朝から会場の周りに長蛇の列ができ、開場時間が繰り上げられるという前代未聞の事態も起こるなか、オバマ氏が登場するや会場はしばらくの間拍手と大歓声に包まれました。ATDプレジデントCEOのトニー・ビンガム氏とのインタビュー形式で行われた基調講演では、時にユーモアを交えながらも、自身の考えを率直に、かつ思慮深く言葉を選びながら話すオバマ氏の人間性に会場中が引き込まれていきました。

自身の人生のストーリーを紐解きながらオバマ氏は、社会が教育に投資し続けること、「何になりたいか」ではなく「何をしたいか」であり自分が情熱を感じられるものを見つけること、透明性のある有効なデータがフィードバックされる環境をチームに作り経験から学ぶこと、そして、バリューを実践し継承すること、の重要性を語った上で、一人ひとりが「誰かの役に立つ」責任を引き受けて一日一日をより良よい状態にすることで世界は「良くなって」いくとメッセージしました。一言一言から氏の価値観と信条が感じられ、まさに「オーセンティック・リーダーシップ(真の自分らしさのリーダーシップ)」を体感した時間でした。

<オバマ氏の主なメッセージ>
・「何になりたいか」ではなく「何をやりたいか」。自分が情熱を感じられることに集中しよう。

・ほとんどのことは心をこめてやれば何とかなる。大切なのはチームとして(失敗も含めた)経験から学ぶことだ。

・意思決定において重要なのは、透明性のある有効なデータがフィードバックされる環境を作ることだ。

・自分と異なる価値観の人に対して、対立ではなくよりよい変化のために責任をもってYouではなくWeとして向き合わねばならない。

・両親、祖父母から教えられた「誠実であること」「役に立つこと」「責任をもつこと」といった価値観をもって物事に取り組むなかで自分なりの基準ができ、それが問題解決や苦境を乗り越えるベースとなる。そうした受け継がれる価値観こそ大切だ。

・変化はすぐに起きるものではない。状況をアセスメントしながら一日一日をより良い状態にして、新しいやり方に慣れていくことで起きるもの。すぐにパーフェクトにはならない。

2人目の基調講演者、「ストレングス・ファインダー」の開発者であり「強み革命」の主導者として著名なマーカス・バッキンガム氏の講演もすばらしいものでした。近々上梓される氏の研究成果、「Nine lies about work(仕事に関する9つの嘘)」の内容を紹介しながら、弱みよりも強みを見つけてそれを伸ばすことの重要性を著名なサッカー選手リオネル・メッシの「左足」を例に挙げながら情熱的に語りました。

<バッキンガム氏の主なメッセージ>
・BADを研究してもBADでなくなるだけだ。
素晴らしいやり方にはパターンがある。失敗を学んでも分からない。
メッシ選手のような、あなたの「左足」を見つけよう、そしてそれを賢く使おう。

・悪い点を無視するということではない。
ネガティブ・フィードバックでストレスをかけ続けると学べない状態になってしまうため、強いところにフォーカスすることでオキシトシンを出して脳が学びに対して開かれる状態にするのだ。

・強みは自然に自分のなかにあるために気づきにくい。
強みは既に自分のなかにあるが、あまりにも自然に自分のなかにあるために気づきにくい。強みが見えたら見えたことを本人に伝えること、その反応によって才能が延びていく。素晴らしいやり方にはパターンがある。「パターン・ディベロップメント」をすることが必要だ。

・仕事とLOVEを繋げていく。
自分が好きなことを少しでも自分の仕事のなかに織り込んでいけば、それが20%だったとしても、あなたは別の人間になれる。
一人ひとりが熱中できる活動(赤い糸)を見つける手助けをするのがL&Dの役目だ。


最後の基調講演を担ったのは、作家・教育者でコメディエンヌのコニー・ポデスタ氏です。カウンセラーでもある氏は、心理学に基づいたユニークな人間分析を、パワーポイントなしの天性のトークで展開し、数千人の会場は終始爆笑に包まれました。大会のエンディングを飾るにふさわしい笑いと知性あふれる内容で、誰もが「来年も来よう!」と感じながら会場を後にしたのではないかと思います。

デジタル化(digitalization)と自動化(Automation)の世界におけるL&D

今大会で最も論じられたイシューは、テクノロジーがもたらす未来に向けた人々の学習と成長への支援のあり方だったと思います。ATD議長のテラ・ディーキン氏はATDの75年の歴史を産業と労働の変化への対応の歴史として紹介しつつ、今日われわれが直面しているデジタル・トランスフォーメーション、すなわちAIやロボット、マシンラーニングによる知的労働の自動化がもたらすであろう世界とそこでの人間の労働のあり方についての予測を紹介し、変化を恐れるのではなく、テクノロジーとともに成功を獲得していくために「Reskilling for 2030(2030年の世界に向けた再教育)」というスローガンを提示しました。

大会を構成する300強の教育セッションでもこのデジタル・トランスフォーメーションへの言及は多く、「67%のCEOがAIやマシンラーニングへの投資を決定している一方で、従業員のReskill(再教育)への投資を決めているのは3%にすぎない。L&Dはこの状況に警鐘を鳴らして変革に向けた主導をすべきだ」という主張が展開された「M306:Learning in the Age of Immediacy: How the Digital Transformation Transforms Training」や、大手コンサルティング会社DDI社とConference Boardが大規模な調査結果をもとに、デジタル時代に成功する企業のリーダーシップと文化のあり方についてさまざまな角度から論じたセッション「SU208:Data From More Than 25,000 Leaders Reveals Why Digital Transformation Fails」などは印象的でした。

また、ホラクラシー型の組織で有名なゴア社のセッション(SU102;Evolving Leadership and Organization Practices for a Post-Automation Workforce)では、経営的意思決定すら自動化されるといわれるなかで人間ができることとしてAutonomy(自律性)、Creativity(創造性)、Critical thinking(クリティカル思考)を挙げ、「自動化、分散化、フリーエージェント化の社会において優秀な人材をひきつけるためには、L&Dもリーダーも組織全体も考え方をシフトしなければならない」「工業化社会のアイディアである『マネジメント』は機能せず、未来のリーダーはマネジメントスクールからは輩出されない」という主張がゴア社の実例とともに展開されました。これらのセッションを含めて、全体として発せられているメッセージは、機械化が進むからこそ人間にしかできないことを追求し、機械との共栄を図っていこうというものであった印象です。

優れたプロセスを生み出すリーダーシップの開発

最もセッション数が多かった「リーダーシップ開発」のトラック(図表2)では、リーダーシップを個人の能力からではなく集団のプロセスから見ようとする方向へのシフトが見られました。

「M109:T.R.I.B.E.: A Model for Managing Biases and Building Psychological Safety」では、神経科学の知見から、人が生物学的にもっている無意識のバイアスに対応し、組織のなかに心理的安全性を築いていくための方法論が展開されましたし、「SU204:Buddy, Bully, or Boss: The Dark Side of Leadership Behavior(同僚、いじめ、上司:リーダーシップ行動の暗黒面)」では、リーダーの機能不全行動をリーダー自身に帰属する要因だけでなく組織のなかにある要因との相互作用から考えるべきだとし、Respect(尊重)のカルチャーの重要性が言及されていました。これらのセッションからは、これからのリーダーシップの主な役割が、人々を主導することから、個が生かされる環境づくりにシフトしてきていることが感じられます。「環境づくり」はオバマ前大統領も強調していたことです。

「TU416:The Future of Leadership: How HR Can Develop Leaders Who Engage and Inspire People to Drive Results」では、組織の成果を左右するリーダーシップ要因がスキルではなくその人間性(Character)にあるという研究結果が紹介され、Authenticity(真性さ)やHumility(謙虚さ)がこれからのリーダーシップの大きなファクターであることが示されていました。

リーダーシップ開発のセッションでよく出てきた言葉は、Integrity(誠実さ)、Authenticity(真性さ)、Humility(謙虚さ)、Vulnerability(弱みをさらけ出せる勇気)、Ethics(倫理)、Critical thinking(クリティカル思考)、360°Thinking(多様なリソースからの情報を考慮すること)、Mindfulness(マインドフルネス)、Metacognition(メタ認知)といったもので、これらを見る限り、先頭に立ってフォロワーを主導するといった従来のリーダーシップのイメージはありません。リーダーシップ論の領域でも、今日、リーダーシップを「集団における相互作用のプロセス」であるとするシステム的な見方が主流となってきています【*2】。

【脚注*2】たとえば、「リーダーシップの探求:変化をもたらす理論と実践」スーザン・R・コミベズ, ナンス・ルーカス, ティモシー・R・マクマホン, 日向野 幹也 (監訳)

不確実性と複雑性の世界では、1人の優れたリーダーではなく、組織にアジャイルな学習力をもたらす成員の相互作用のプロセスこそが重要であり、そうした優れたプロセスを生み出すためのリーダーシップ開発が探求されるようになっています。

学習する人、学習すること、学習の仕方の変化とテクノロジー

近年、セッション数が増えている「ラーニング・テクノロジー」のトラックでは、今年はVRやARといった技術の活用に加えて、eラーニングの新規格であるxAPI【*3】の具体的活用を紹介するセッションが注目を集めていました。

【脚注*3】eラーニングの世界標準である SCORM の次期規格として2013年、米国 ADL(Advanced Distributed Learning) により公開された新規格。xはExperienceを意味する。

xAPIはすでに実装段階に入っており、「TU212:XAPI Geek-Free and Ready to Go」では、L&D担当者向けに、xAPIを使うと実際にどんなことができるか、どのように導入するとよいかなど具体的な方法が幅広く紹介されていました。xAPIは従来の提供側主体で学習管理を行うLMS(Learning Management System)とはまったく逆の発想をもつ規格であり、ソーシャルメディアを含めて学習者が日常生活であらゆる学習リソースにアクセスすることを促し、その履歴を蓄積してデータ解析と活用に役立てようとするものです(xAPIではLRS:Learning Record Storeという概念で説明されます)。これは、昨年話題となった学習のキュレーションやパーソナライゼーション(個人化)とも連動するものです。

今日、人々の学習の仕方は大きく変化しており、L&Dは「学習者の視点で」学習を見つめ直さなければなりません。「eラーニング」という言葉を創作したことで有名なエリオット・メイジー氏は、今年のセッション「TU304:Learning Trends, Disrupters, and Hype in 2018」で「学習する人、学習すること、学習の仕方のすべてが変化してきている」として、今日、人々はいつでも情報にアクセスできるために記憶することを嫌がるようになってきていること、長い時間集中できなくなっていること、そして、自分の好むタイミング・方法で必要なときにすぐに学びたいという欲求が強くなっていることなどを挙げ、これからも進化し続けるであろうテクノロジーに対してL&Dとしてどのように対応していくべきかを論じました。

学習デザインの見直しとマイクロラーニングへのチャレンジ

「インストラクショナル・デザイン」のトラックでは、これまでの計画的なアプローチに代わって、デザイン思考やアジャイル開発手法を活用した帰納的アプローチを紹介するものが登場しています。また、学習をいわゆるILT(Instructor Lead Training:講師主導型トレーニング)中心に捉えてきた従来の考え方は見直される傾向にあり、ILT以外の学習機会を含めていかに効果的な学習プロセスを設計していくかが議論の中心となっています。「M304:Micro-First: A Radical New Way to Design Learning Initiatives」は、そうしたトータルな学習経験の設計のあり方について、今日明らかになっている4つのトレンド(図表3)から非常に分かりやすく紐解いてくれたセッションでした。

「マイクロラーニング(適切なサイズのコンテンツの短時間の連続提供)」の有効性はさまざまなエビデンスと共に論じられており、昨年よりもさらに活用が進んできています。エキスポでもマイクロラーニングとそこで活用できるリソースを紹介するブースが一気に増えた印象です。「TU206:Microlearning: What? Why? How?」は、3人の実務家が参加者からの疑問に答えるという形式のセッションで、会場からは「既存の4時間のコースをどうやって8分にするのか?」「一番コストがかからないリソースはそれか?」といった実際的な質問が次々と発せられ、60分の時間枠では足りないほどでした。マイクロラーニングは活用度、活用意欲ともに高まっていますが、一方で「既存コンテンツを作り替える時間とリソースがない」ことが実務家にとっての推進上の課題となっています。このため、エキスポにおいても簡単に動画が作成できるツールやフリーで使える学習プラットフォームなどを提供するブースに多くの人が集まっていました。

より大きな目的に向けて人々の力を引き出す

近年、注目を集めている「学習の科学」のトラックでは、昨年、「チームの神経科学」というセッションで好評だったブリット・アンドレッタ氏が「M106:Wired to Become: The Neuroscience of Purpose」というタイトルで大会場を満席にしました。アンドレッタ氏の講演は、「情報の経済(Information economy)」から「目的の経済(Purpose economy)」に移行する世界における組織のあり方の変化と、そこで「Purpose(目的)」がもたらすさまざまな効用について哲学、心理学、行動科学、そして神経科学と多方面にわたる研究を引用しつつ紹介する迫力のある内容でした。

「Purpose(目的)」は今年のキーワードの1つであったと思います。前述のゴア社もセッションの最後に「ゴア社における次のトピックはPurpose driven organizationになることだ」とコメントしていましたし、DDI社とConference Boardによる調査レポートにおいても「Purpose driven leadership(目的によるリーダーシップ)」が組織パフォーマンスに好影響を与えているという報告がなされていました。2025年に労働力の75%を占めるといわれるミレニアルズ世代は、仕事に目的と意味を強く求める世代であることが分かっています。また、労働のモビリティ化やチームの非固定化は工業化社会の組織マネジメントシステムに代わる新たな統治システムを必要としています。日本でも「ティール(進化型)組織【*4】」が話題になっていますが、デジタル・トランスフォーメーションが世界を大きく変えていく予感のあるなかで、組織というシステムの進化の形への探求が始まっていると見ていいでしょう。

【脚注*4】フレデリック・ラルー氏が“Reinventing Organizations: A Guide to Creating Organizations Inspired by the Next Stage of Human Consciousness”で展開した組織の発達段階における次世代の組織モデル。

昨年の大会では近未来の組織、仕事の変化に備えることが強調されていましたが、今年はその変化に適応していくためのいくつかのアイディアが示された印象です。予測不能が前提の環境下では、組織の成功要因は計画の実行力ではなくすばやい学習力になります。また、ミレニアルズ世代の台頭と労働のモビリティ化は労働者と組織の対等性を一貫して高める傾向にあります。今大会で示されたリーダーシップに関するリフレーミングやPurpose-drivenといった考え方はそうした変化に適応するための方向性を示すアイディアといえるでしょう。弊社では引き続き情報収集と探究を進めてまいります。

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