国際的なHRD・ODの潮流 ATD2017国際会議 参加報告

執筆者情報
企画開発部
主任研究員
嶋村 伸明

ATD(Association for Talent Development:タレント開発協会)【*1】の最大のイベントである国際大会が、ジョージア州アトランタで4日間(5月21日〜24日)にわたって開催されました。アトランタでの開催は10年ぶりです。

【脚注*1】ATD(Association for Talent Development:タレント開発協会)は、1943年に設立された産業教育に関する世界最大の会員制組織(NPO)。2014年にそれまでのASTD(American Society for Training and Development)からATDに名称が変更された。会員は世界中の企業、公共機関、教育機関で学習と開発に携わる人々で、その数は120カ国約4万人におよぶ。学習と開発に関する国際的なネットワークを有し、調査研究、出版、教育、資格認定、およびカンファレンスを展開している。本部はバージニア州アレキサンドリア。年1回開催されるICE(International Conference and Exposition:国際大会)は学習と開発に関する世界の潮流をつかむ機会でもある。ATD日本支部はこちら


2017年大会概要

大会参加者は1万名。米国外からの参加者は78カ国1829名(いずれも公式発表)(図表1)と昨年とほぼ同数でしたが、米国外では今年、日本が韓国に次いで2番目に参加者が多い国となりました。期間中に開催される約300の教育セッションは(図表2)にあるような14のトラックに分けられており、これも昨年同様です。トラックごとのセッション数もそれほどの変化は見られませんでした。今年の大会の様子を報告します。

近未来の組織、仕事の変化を見据えて

労働がAIやロボットに代替されるといった予測が現実味を帯びるなか、今年は未来の組織や仕事のあり方とそれらへの備えをテーマにしたセッションが散見されました(SU211 - ATD2027 - News from the Not Too Distant Future of Learning、W215 - The Day Everything Changed: How AI Changed the Way We Learn in 2027、SU100 - The Future of Management、SU202 - The Future Workplace Experience: Prepare for Disruption in Corporate Learning、TU14EXD - The Future of Learning: 5 Major Trends and How to Prepareなど)。

これら近未来の社会に関するセッションは、テクノロジーが労働のあり方を一変させるであろうこと、新しい行動様式をもつ人々が労働力の中心となること、そして学習に関するマインドセット(見方・考え方)を転換しなければこれらの破壊的(Disruptive)ともいえる変化のなかでタレントを獲得できないこと、などを共通して取り上げています。

テクノロジーがもたらす労働の変化は多方面に影響すると思われますが、興味深かったのは「人々がオフィスに行く」のではなく「人々がオフィスを持ち歩くようになる」という変化です。個人の創造性がパフォーマンスを左右する仕事の増加と労働のモビリティの拡大が、フリーエージェントの労働者を増加させているというデータは複数のセッションで取り上げられていました(将来、米国の労働力の40%がフリーエージェントになるという予測もあります)。そして同時に、組織も必要な人材にその居住地域にとらわれずにアクセスできることになります。SU100- The Future of Managementでは、未来のマネジャーが直面するチャレンジとしてダイバーシティ(多様性)とディスパーション(分散)を挙げていました。日本でもリモートワークは拡大基調にあり、空間的に分散した人々のマネジメントは足元の課題となりつつありますが、近未来にはさらに多様なチャレンジへの対応が求められることになりそうです。

新しい行動様式をもつ人々としてこれまで取り上げられてきたのはミレニアルズ世代【*2】でしたが、今年はポストミレニアルズ世代であるZ世代(1995〜2008年生まれ。世界で20億人。米国人口の約26%を占め、民族的・人種的に米国史上最も多様な構成となっている。1日に15時間以上もデジタルデバイスを使い、91%はデバイスを持ちながら就寝するが、一方でそのことの悪影響も理解している)の話題が多く出ていました。ATDプレジデントのトニー・ビンガム氏は、開会スピーチでこの世代について触れ、L&Dは早急にマイクロラーニング【*3】を立ち上げていくべきだと強調していました。ATDが行った調査【*4】では、59%のL&Dのリーダーが、2020年における学習は“今日われわれが想定できない方法で行われるだろう”と回答しています。このことを脅威ではなく機会と捉えることが求められているのです。

【脚注*2】1980年代から2000年までに生まれた世代。米国では8000万人を超え、労働力の中心となっている。幼少期からデジタル機器に馴染んでいるためデジタルネイティブ世代といわれる。
【脚注*3】適切なサイズのコンテンツを短時間で連続的に発信する学習手法。
【脚注*4】ATD Research, WHITEPAPER, LEARNERS OF THE FUTURE

新しいスキル

VUCA【*5】は変化の激しい今日の世界の状況を描写する言葉として2014年の大会で登場しましたが、今大会では再び耳にする頻度の高い言葉となりました。世界の複雑性や不確実性は高まる一方であり、この流れを止めることはできません。こうしたなかで組織にも個人にも新しいスキルが求められるという主張がいくつかなされています。そうしたスキルのうち、今大会で最も頻繁に取り上げられたのはアジリティです。アジリティは一般に「俊敏さ」といった意味に訳されますが、変化への柔軟で素早い対応力といったニュアンスで使われています。これは今日、リーダー個人にも、そしてチームや組織にも求められるスキルであるというものです。

【脚注*5】「Volatility(激動性)」「Uncertainty(不確実性)」「Complexity(複雑性)」「Ambiguity(曖昧性)の頭文字をつないだ今日的環境を形容する言葉。

関連して、世界経済フォーラムが発表した2020年の仕事で重要となるスキルランキング(図表3)を引用したセッションもいくつか見られました(SU119 - Leading With Thinking Agility: Explore Your Winning Thinking Strategy)。これを見ると、未来の労働では対人面よりも思考面のスキルがより重要になることが読み取れます(The Future of Jobs Employment, Skills and Workforce Strategy for the Fourth Industrial Revolution, World Economic Forum)。
もう1つは、マインドセットです。「ものの見方・考え方」をスキルと見なすかどうかは議論があると思いますが、補足すれば「有効なマインドセットを開発しよう」というメッセージです。基調講演者の1人、『スタンフォードの自分を変える教室』で著名なケリー・マクゴニガル氏の話はストレスに対するマインドセットを見直し、変えていくことでストレスをエネルギーの活性化や能力伸長を引き出すものにすることができる【*6】、というものでしたし、多くの教育セッションでも変化へのポジティブな対応を促すマインドセットの重要性が強調されていました。ここ数年、国際大会ではキャロル・ドゥエック氏の研究知見である「グロースマインドセット【*7】」に言及されることが多くなっています。また、変化は個人のコントロールのおよぶところではありませんが、変化に対してどのように考えるかは個人が選択できることです。この「自分で選択する」という行為の自覚が、破壊的な変化のなかで個人が自律性(Autonomy)を保つ一助となるというメッセージも背景にあるように思います。

【脚注*6】同講演の動画はhttps://www.ted.com/talks/kelly_mcgonigal_how_to_make_stress_your_friend
【脚注*7】「自分の能力は拡張的で変わりうる」という拡張的知能観。

今1人の基調講演者であるケリー兄弟(双子のNASA宇宙飛行士)は、宇宙飛行士としてさまざまな危機に直面した経験から「自分がコントロールできない困難に振り回されるのではなく、そのときに自分がコントロールできることに集中することだ」という教訓を披露してくれましたし、最終日の基調講演者、ローナン・タイナン氏(身体的障害のあるパラリンピック金メダリスト、医師、テノール歌手)のお話もハンディキャップを克服してきた自身の人生を振り返りながら、「何が欲しいかではなく、何が与えられているかに集中して目の前の機会に目を向ける」ことの大切さを強調していました。この自律性(Autonomy)は、尊重(respect)、承認(recognition)、所属(belonging)、成長(personal growth)、意味(meaning)と並んで人々のエンゲージメントを引き出す普遍的な6つのニーズのうちの1つであるとされています。

新しいリーダーシップ

リーダーシップについても問題提起がありました。M116-The Open Source Organization: Future-Proofing Leadership and Management Wisdomというセッションでは、テクノロジーがさまざまな社会システムを圧倒的な勢いで変えようとしているなかで、その変化についていけていると感じている組織は少なく、リーダーシップや人材マネジメントを再考(Reimagine)する必要があるとして、今日、その活躍が話題となっているリーダーたち――ショーン・パーカー(ナップスター)、ジェフ・ベゾス(アマゾン)、イーロン・マスク(テスラモーターズ)、マーク・ザッカーバーグ(Facebook)、トラビス・カラニック(Uber)、ジャック・マー(アリババ)など――に共通する特徴から新しいリーダーシップの探究を試みていました。

発表者は、21世紀のリーダーシップは「より良い未来の創造にむけて人々のエネルギーを生かすアート(Leadership is the art of harnessing human energy towards the creation of better future)」であり、リーダーシップの源泉は個人のバリュー(拠り所とする価値観)にあるとしています(ゆえに、従来のようなコンピテンシーに基づくリーダーシップ開発は無意味だとも主張しています)。

また、リーダーシップに関するグローバルな(28カ国、2000名)調査【*8】の結果、いずれの国においても、優れたリーダーシップの特徴として上位にくるのは「トップダウン型」の特徴であり、今日求められるのは、従来、モデルとされてきたような「民主型」のリーダーシップではなく「ポジティブな独裁型(Positive Autocratic)」のリーダーシップであると主張していました。多くの参加者にとってチャレンジングなメッセージであったと思いますが、リーダーシップとリーダーシップ開発に関するこれまでの考え方(これもマインドセット)を改めて見直す刺激的なセッションでした。

【脚注*8】Open Source Leadership: A Global Study, The Iclif Leadership and Governance Centre

L&Dはキュレーターに

ATDはここ数年、学習がどのように起こるのかというテーマを探究し続けています。特に学習のソースがクラスルームではなく実際の仕事や他人とのやり取りのなかにあること(インフォーマル学習)、スマートフォンに代表されるテクノロジーの進化とSNSが人々の学習様式を変えつつあること、そして神経科学の知見が学習の適用と定着に有効な方法論を提供する可能性をもつことは、一昨年あたりから急速に注目され始めました。具体的な手法としては、マイクロラーニング、ソーシャルラーニング【*9】、ラーニングエコシステム【*10】といったものが適用され始めています。これらはいわゆる「トレーニングからラーニングへ」のシフトですが、今年はさらに「学習者中心(Learner centric)」という考え方へと進化しているように感じました。

【脚注*9】SNSなどを活用した他人やコミュニティとの交流から学習する手法。
【脚注*10】個人が必要なリソースにいつでも気軽にアクセスできるようなテクノロジーとリソース(他人を含む)が融合した生態的な学習環境。

SU202 - The Future Workplace Experience: Prepare for Disruption in Corporate Learningというセッションでは、1960年代から今日までの企業の学習に対する考え方の変遷をレビューした上で、「明日」の学習のキーワードは「個人化(Personalization)」であるという想定が共有されました(図表4)。

ここでは学習者にとってのオンデマンド学習が前提であり、L&Dは従来のような学習コンテンツの開発提供者ではなく、「キュレーター(膨大な情報から、ユーザーが必要とする情報を収集・整理し、新しい価値を付加して他のユーザーと共有できるようにする人、学芸員)」である必要があると主張されています。

同様に、TU106 - The Next Frontier: Unleashing the Learnerでは、学習者を「対象(Object)」と捉える見方から「行為者(Agent)」と捉える見方に変える必要があり、そこでは学習可能性(Learnability)ではなく学習者の能力(Learner-ability)に着目する必要があるとしていました。複雑性と不確実性の高い環境下では汎用的な学習機会やコンテンツ提供の有用性が低下することが想定されるわけですが、一方で、学習者の「学ぶ力」を高めることがより重要になるという指摘は興味深いと思います。

心理的安全性

今大会の最後のトピックは心理的安全性(Psychological Safety)です。この概念はGoogle社が2016年に発表した同社の180のチームを対象とした研究プロジェクト(Project Aristotle)のレポートを契機として広く注目されることとなりましたが、概念自体はハーバード・ビジネススクールのエイミー・エドモンドソン教授の1999年の論文【*11】に端を発します。心理的安全性とは、「人間関係上のリスクを冒してもこのチームは安全である」という共通認識(a shared belief that the team is safe for interpersonal risk taking.)であり、これはチームに「一体感」や「調和」があることとは異なるものです。Google社は「高い心理的安全性をもつチームでは、メンバーは周りのチームメンバーに対して危険を冒しても安全だと感じています。彼らは、チームのなかで間違いを認めたり、質問したり、新しいアイデアを提案したりしても、そのことによって誰かが誰かを困らせたり、処罰したりすることはないと確信しているのです」としています。そして、こうした誰もが率直に思ったことが言え、ありのままの自分でいられることが高業績チームに共通して見られる特徴であったというのです。

【脚注*11】Psychological Safety and Learning Behavior in Work Teams、Author(s): Amy Edmondson,Administrative Science Quarterly, Vol. 44, No. 2 (Jun., 1999)

心理的安全性への関心が高まっている背景にもやはり労働形態の変化があります。変化が複雑性とスピードを増す環境下で組織は伝統的な階層型の構造から、チーム単位の構造へと変わりつつあります。さらに、オープンイノベーションの取り組みなどに見られるように、組織の垣根を越えたチームも当たり前のように編成されるようになりました。今日、組織はチームのネットワーク(Network of teams)へと移行しており【*12】、91%の従業員、エグゼクティブが、今日の組織の成功の中心はチームにあるという認識を示しているというデータもあります【*13】。M104‐The Neuroscience of Teamsというセッションでは、こうした背景データを紹介しつつ、心理的安全性とチームのパフォーマンスについて神経科学の知見を交えながら議論が展開されました。神経科学の知見を学習と組織開発に適用しようとする取り組みは昨年と同様、今年も数多くのセッションで見ることができました。

【脚注*12】Global Human Capital Trends 2016 The new organization: Different by design,Bersin by Deloitte
【脚注*13】The state of teams, Center for Creative Leadership 2015
以上、今大会で印象に残ったトピックを紹介してきました。2014年にそれまでのASTD(American Society for Training & Development)からATDへとブランド変更をしてから、年を経るごとに学習者、すなわち従業員一人ひとりの固有のポテンシャルを引き出し、成長を支援するには何が有効なのかという探究が深まっているように感じます。

近未来の組織や労働の変化への対応は、L&Dプロフェッショナルだけでなく、すべてのビジネスパーソンに求められることです。あるセッションで流された動画のメッセージに次のような一節がありました。

「重要なのは、未来の労働者とは、変化する労働に適応するために行動やマインドセットを変えられる人であることを頭に入れておくことです。その人が22歳だろうと62歳だろうと関係ありません」【*14】

この見解は、今大会のエッセンスの多くをカバーしていると思います。弊社では引き続き情報収集と探究をしてまいります。

【脚注*14】JACOB MORGAN  thefutureorganization.com

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