国際的なHRDの潮流 ASTD 2006国際会議 参加報告

執筆者情報
企画開発部
主任研究員
嶋村 伸明

訓練と開発に関する世界最大の会員制組織であるASTDが開催する国際大会※には毎年世界中から多くのHRD関係者が集う。参加者数8000人強、250を超えるテーマ別分科会、そして350以上のブースが並ぶ展示会で構成されるこの大規模な催しは今日のHRDのトレンドを把握する絶好の機会であり、未来の動向を探索する機会でもある。去る5月にテキサス州ダラスで開催された2006年の国際大会の概要を紹介しつつHRDの潮流について考察してみたい。


潮流1 ビジネス戦略としての学習という考え方の広まり

Tony Bingham氏(2004年よりASTDプレジデント)による基調講演では「Think Bigger〜学習はいかにしてビジネスゴールにリンクするか?」を主題に、ビジネスの競争力を高めるための学習投資を効果的に行っている企業のCEOのコメントが盛んに紹介された。      

「企業のビジネス戦略と学習を結びつける」というテーマはここ数年、ASTDが一貫して探求しているテーマである。ますます複雑化、加速化するビジネス環境、知識資本経済の現実化などを背景に「企業の競争力の源泉が人々とその学習にある」という認識が多くの企業経営者に広まっており、将来の労働力不足も踏まえれば「今こそHRDが活躍すべき時代だ」というわけだ。2005年の国際大会では「Your time is now. The future is calling.(人的資源と学習が競争力の源泉であることに疑いの余地はなくなった。今こそみなさんHRD担当者の活躍の時だ)」というキャッチコピーが掲げられた。しかし、活躍するためにはHRD担当者も変化(学習)しなくてはならない。それが2006年「(HRDの視野を超えて)経営者の視野でものを考える=Think Bigger」という言葉で表現されているとみることができる。

「Think Bigger」には、「より大きく考える」ことと「既存の見方を見直そう」というメッセージの両方が含まれる。2006年の大会では「企業の競争優位の源泉が人々と学習にある」という新しい前提の上で、HRD担当者も従来の「トレーニング提供」という機能を超えて自らの提供価値を見直し、「CXO(CEOやCFOなどCLO以外のチーフオフィサー)」の視点を理解し、学習のデザインと提供方法を見直そうというメッセージが随所で発信されており、実際にそうした機運も高まっている。

潮流2 トレーニングからラーニングへ

学習が競争力の源泉だという認識が広まるなかで、学習のスピードはますます重視されるようになった。今日のビジネスに必要な知識は増加する一方であり、更新されるスピードも速い。また、組織として複雑な環境変化に適応するためには組織内のバウンダリー(境界)を越えた活動が必要になってくる。そこでは個別の機能組織内に閉じた知識・スキルだけでは不都合が生じる。さらに、雇用形態やキャリアに関する従業員の価値観も多様化するなかで、従来の一律的、一過的で、一般的コンテンツを提供する「教える側主導」のトレーニングという方法論の限界が顕在化しはじめている。「インストラクターとコンテンツ主導による介入により、望む行動へリードする(=トレーニング)」ではなく「学習者主導の仕事ベースのプロセスにより、適応力の増幅へリードする(=ラーニング)」へシフトする必要があるというわけだ。すでに国際大会のセッショントラック(分科会の分類カテゴリー)では2005年からTrainingという言葉が消えており、替わって「Designing and Delivering Learning(学習をデザインしデリバリーする)」というカテゴリーが登場している。そしてあらためて「学習とはどういうことか」という本質的なトピックの探究とともに、成人学習理論(Adult Learning Theory)やアクションラーニングなどの手法が再度クローズアップされるようになってきている。

2006年の大会では当該カテゴリーのセッション数の比率は2005年よりも高まっており、五感にはたらきかける学習手法や「ストーリーテリング(物語の活用)」などのセッションは盛況であった。また、ラーニングへのシフトは「リフレクション(内省)」と「効果的な質問」の重要性を浮上させている。学習は経験を通じて起こるものであり、効果的な質問が個人や集団の内省を促進し、経験からの学習を増大させる。ここでは参加者の特性そのものが学習効果に大きく影響することになる。今後の企業内教育施策を考える上では大きな前提の変化といえるだろう。

潮流3 リーダーシップの探究

2001年の米国同時多発テロ、そしてエンロンの破綻を契機に、リーダーシップへの関心が一気に高まってきた印象がある。リーダーシップ開発を扱うセッション数も年々増加し2006年もその傾向は続いている。背景は大きく2つある。1つはベビーブーマー世代引退に伴うリーダー人材の不足、もう1つはますます変化する世界のなかでリーダーに求められるチャレンジがより高度になってきているという現実である。

2006年の大会では大手トレーニング機関によるリーダーシップに関する大規模な調査の発表セッションが目立った。AMA(American Management Association)による「今日のリーダーたちが直面している、また10年後に直面するチャレンジ」に関する国際調査、CCL(Center for Creative Leadership)による「変化するリーダーシップ特性」と題した国際調査、DDI(Development Dimensions International)によるリーダーシップ開発に関する国際調査などである。なかでも「84%のリーダーが『過去5年間で効果的なリーダーシップの定義は変化した』と感じており、今後重要になるリーダーシップスキルは関係構築、境界を越えた協働に代表される“ソフトスキル”へと移行する」とまとめたCCLの調査は、リーダーシップの定義を個人の能力ではなく集団の能力に求めようとする刺激的な研究である。また多くの調査結果が、既存のリーダーシップ開発プログラムのコンテンツは必ずしも効果的ではなく、実際の仕事上の挑戦を開発機会として積極活用すべきとしているのは興味深い。

潮流4 ケイパビリティ(組織固有の潜在能力)への着目とポジティブアプローチ

学習組織論の台頭とともにケイパビリティ開発の重要性が訴求されるようになってきている。組織開発の注目手法として近年脚光を浴びているAI(Appreciative Inquiry※)のセッションも多くの参加者を集めていた。また、ダイバーシティを超える概念としてInclusion(包括)という考え方が提案されていた。適切な和訳が見つからないが、真の意味で「個人のベストな力を引き出す」環境を生成するための組織行動原則といった概念である。前項のCCLによる「組織能力としてのリーダーシップ」とも相通じる感のある内容だ。ケイパビリティ開発に共通するのは「ポジティブアプローチ」である。基準に対照して不足部分を満たす(ギャップアプローチ)ではなく、組織本来の強みをひもとき、共有し、環境への適応行動のテコにしようとするアプローチだ。今大会ではGallup社でStrength Finder(強み発見のセルフアセスメントツール)を開発したMarcus Buckingham氏が基調講演を行うなど、個人、組織双方の開発において強みに着目したポジティブアプローチがひとつの潮流を作りつつあるように思われる。

※Appreciative Inquiry 組織の真価を発見し、その可能性を最大に引き出そうとする一連の集団による探求の対話プロセス

以上、2006年大会のトピックからいくつかHRDの潮流を見てきたが、強く感じるのは人材開発においても組織開発においても、従来の「理論的・機能的・定量的・演繹的」アプローチへの見直しが始まっているという点である。この対比として近年新たに出現している開発手法は「持論的・意味的・定性的・帰納的」なアプローチであるといえる。伝統的なOff-JTの枠組みを超えて発想する必要があるだろう。提供するコンテンツの選定ではなく対象者と目的に応じた学習プロセスのデザインがより要求されるようになる。そしてこうしたシフトは私たちのようなサービスベンダーを含めてHRD関係者の役割に再考を迫ることになるだろう。

ASTD(American Society for Training & Development)国際大会: ASTDが主催するトレーニングとディベロップメント、そしてパフォーマンス開発に関する世界最大規模の会合。企業のHRD担当者やコンサルタントによる学習セッション、研究者による発表、著名人による講演などのカンファレンスとHRDサービスベンダーによるエキスポジションで構成される。年1回開催。

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