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研究レポート
オンライン環境下での自律的・拡張的な学び 第1回
AI・テクノロジーを中心とした急速な技術変化を起点とした、企業・団体や働く個人を取り巻く急激な環境変化により、新たな学びの必要性は日増しに高まりを見せている。加えて、コロナ禍を経て、学び方にも大きな変化が押し寄せている。このたび「オンライン環境下での自律的・拡張的な学び」と題し、今後の企業人・働く人たちの学びのあり方について考え、新たな最適解を見つける糸口を読者の皆様と共に探索していきたい。本稿では、今日的な環境下における日常の学びを、どのようなきっかけから実践に向けて拡張していくのかについて2回に渡り考えていく。
企業人や働く人たちの学びと学生時代の学びとは、その到達ゴールが異なるといわれている。成人教育の理論家であるマルカム・ノールズによると、自己主導型の成人学習、つまり大人の学びは「アンドラゴジー」として概念化され、こどもの学習である「ペタゴジー」との対比は下表のように整理される。
まとめると、「単元目標」をクリアすれば学びとなる学生時代とは異なり、企業人になると学んだことを実際の職務に適用し「成果につなげること」が学びのゴールとなるということだろう。もちろん、成果につなげるには、短・中・長期と時間の幅があることは明らかであり、学びが短期的成果に直結しないケースも存在する。ただし、これからの時代、非連続な環境変化に対応するために、かつ過去の学びや実践知を更新し続けるためにも、学び続けることは不可欠であるといえるだろう。
では、企業人や働く人たちに向けて、効果的な学び方や学ぶ対象をどのようにデザインすると良いのだろうか。近年日本でもジョブ型雇用への移行が叫ばれ、IT業界などで先行しているように、職務や求められるスキルの明確化が進んでいく可能性が高い。ただし、北米のように、企業・組織におけるすべての職務で求められるコンピテンシーや資格が明快に定義され、学習メニューが対応しかつ更新し続けられる(参考:O*net)世界がすぐに実現することは想定しづらい。他方、これまでの「無限定正社員(会社の指示命令に従い、役割や責任も明示されないまま、転勤も厭わず働く)※」に戻ることはないであろう。結果、2000年代の厳格な職務主義や成果主義の反省を基に構築されつつある、厳密すぎないレベルで役割や責任が明快に定義される「基準」を軸に、働く人たちの「自律的選択」により、何を学ぶかについても各人が模索していく時代に突入しているといえるだろう。
※ 鶴光太郎(2016)『人材覚醒経済』日本経済新聞出版
組織や周囲からの期待と自らのキャリアの方向性を踏まえ、働く人たちは何をどのように学んでいくのか。出発点は、「組織内の役割ステージの理解」と「自らのWill」ではないだろうか。
まず、前提として各企業や組織において、前述のとおり役割や職務を基軸とした人事処遇制度への改定が進んでいる。従前の能力等級(職能資格)制度よりも、役割範囲や責任はより明確化されているはずである。結果、一人ひとりが組織から何を期待されているのかは理解されやすくなる。また、それらに加えて、自らが担当する/希望する職種の知識や専門性は、より詳細なレベルでスキル化されていく傾向にあり、学習対象とその成果がイメージされやすくなってきている(参考:ITスキル標準の事例)。ただし、すべての業種・業態で知識やスキルの詳細化が進むとは限らない。具体的には、企画職や研究職、クリエイティブな職種、対人・感情を伴うコミュニケーションを媒介とする職務、プロフェッショナルレベルの営業職などが想定される。そのような場合は、弊社で提案する、企業人の役割ステージとそこに求められる能力やスキルを整理した「トランジション・デザイン・モデル2.0」などを活用し、期待される役割や責任の具体化を一歩進めていくことも有用であろう。
そこで、自らの果たすべき役割や責任を一段具体的なレベルでイマジネーションした際に、働く人たちがそこに向けた学びに対して自らのWill(意思)を込めるということが重要となる。「私はこれをやりたい」という明確なWillがあればそれを追求することも1つのアプローチだが、組織からの期待と緩やかに接合が取れそうなのかについても点検が必要である。これからの時代、働く人たちへはより「自律」が期待されていくものの、これは「すべてを自分で決めよ」「自らの責任を取れ」というメッセージではないし、「組織からの要望だけを聞いている、待っていて良い」というわけでもない。個人が、「どちらの方向に向かうのか」「そのために何を獲得するのか(捨てるのか)」を日常的に取捨選択しなければならない事態が頻度高く発生するのではないだろうか。そのようななかで、自ら選択し、一定期間の学びを継続できるだけのWillの有無が鍵を握る。働く人たち一人ひとりが、組織内外の仕事経験から、なぜか引っかかるキーワード、わくわくする瞬間、価値を感じられた場面に遭遇する機会から、自らの感性も駆使しながら、Willをこつこつと紡ぎ出し更新し続けていく活動を「怠けてはならない」というのが眼目であろう。
このような学びのサイクルを、昨今現実味を帯びてきたオンライン環境下でのワークスタイル変革(以下、オンライン環境下)が叫ばれるなかで、どのように実現していくことになるのか、具体的に考えていきたい。まず、出発点となる「組織からの期待の理解」について、テレワーク(リモートワーク)下では周囲の些細な変化や非言語的なコミュニケーションに基づく非言語的なメッセージ(感情や情動を含む)を、受け取りづらくなるといわれている。他方、オンライン上のコミュニケーションは、階層性が低くフラットかつ手軽であり、従前の「面談」よりも気軽に対話を展開しやすいメリットもある。上司やメンターと当事者との間のコミュニケーション機会として展開されつつある「1on1」などの機会を意図的に用い、些細な思いや期待、感情を言語化して共有するような動きが求められてくるであろう。その他公式的なコミュニケーション機会以外にも、ビジネスチャットなどを用いて、仕事をやり終えた後の些細な感情や達成感なども言葉にして周囲にメッセージをする、新たなツールやプログラミング言語、知見が集約されているオンラインサイトや翻訳・AIツールなども試用し、そのナレッジをシェアするなどは有効な取り組みとなる。組織や周囲の状況を踏まえ、自らのWillが伴った思いや情報を言語化して発信した人のところには、ほぼ確実に良質な、時に思いもつかなかった観点からの、「フラットな」フィードバックがなされていく。結果、自身に閉じない、周囲とのコミュニケーションのサイクルが促進されていくこととなる。そのプロセスのなかで、実践のうちにも新たな学びが起こる可能性が広がると捉えることもできるだろう。
他方、オンライン上には、コンテンツのまとまりやさまざまなラーニングのメニューが溢れている。周囲の期待や自らWillを見失った活動は、「〇〇資格の試験対策講座受講」「Eラーニングメニュー50コース受講」など、後から振り返ると残念な学びになってしまう実例も多く存在する。注意が必要である。
最後に、上記のような学びのサイクルを、どのようなタイミングでスタートするのが効果的であろうか。ちょっとしたきっかけが掴めないという場合には、周囲からも分かりやすい何か変化があったタイミングが良いだろう。新たな役割ステージに任用された、職務や仕事の範囲が拡大した/変わった、働き方を変えたなど、環境変化の激しいなか、これらのタイミングは増えている。そのなかで、視点や視座を変えて自らへの期待や将来を俯瞰し、自らのWillと向き合ってみた際、学びの第一歩がスムーズにスタートできる。その際のポイントは、オンラインコミュニケーションや1on1などの機会を使って学びの成果を言語化して発信すること、また実際の職務や社内外の活動において適用して反応を得ることである。
心理学者のレフ・ヴィゴツキーは、「発達の最近接領域」という概念を提唱している。「独力でできる」領域と「誰かの助けがあれば/誰かと一緒ならできる」領域の差分を指し、その存在の重要性を指摘している。大人の学びのプロセスを考える際にも重要な観点となろう。また、教育学者のユーリア・エンゲストロームは、今後の学びのあり方を「拡張的学習」として、「多様な他者やコミュニティと接し、協働して、さまざまな考えに触れることで、個人ではなく活動のシステムが変化し、新しい考えや活動を生み出していくプロセス」を解明している。定義や理論は難解であるが、学ぶ人もしくは学び自体によって意味づけられ、新しい形態を生成していくようなものであるとの見解は、これまで述べてきたこれからの大人の学びにも通底するものになるであろう(学習理論の系譜については弊社レポート「変化の時代における『学び』の理論」を参照)。
弊社でも、ここまで述べてきた組織や新たな役割における実践性や実効性を高めるための、オンラインを活用した実践型ラーニングサービスを提供し発展させてきている(サービス紹介:「M-BT」「F-BT」「マネスタ(※)」)。それらから得られた知見も踏まえると、これからの企業人や働く人たちの学びのありようは、自らに何か変化のあったタイミングを生かし、新たな役割や責任に基づく仕事の進め方や思考・行動様式のあり方を、オンライン環境も用いて疑似体験し、振り返り(リフレクション)まで含めた、「拡張された学び」のサイクルを体験・獲得することが期待されるといえるのではないか。結果、そのような新たな形態の学びは、拡張されつつある現実(AR)や不確実な未来といった「現実の拡張」にも対応できるようになるのかもしれない。
次回、オンライン環境下での「自律的・拡張的学び」について、学習理論を紹介しながら、さらに考察を深めていきたい。
(※)マネスタは2022年6月で新規受付を終了いたしました。
研究レポート 2024/09/30
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