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学会レポート
L&D(学習と能力開発)のトレンド
本稿では2026年5月17日から5月20日にかけてロサンゼルスで開催されたATD2026国際大会についてご報告します。(ATD*1についてはこちら)
*1 ATD(Association for Talent Development:タレント開発協会)は、1943年に設立された産業教育に関する世界最大の会員制組織(NPO)。2014年にそれまでのASTD(American Society for Training and Development)からATDに名称が変更された。会員は世界中の企業、公共機関、教育機関で学習と開発に携わる人々で、その数は120カ国約4万人に及ぶ。学習と開発に関する国際的なネットワークを有し、調査研究、出版、教育、資格認定、およびカンファレンスを展開している。本部はバージニア州アレクサンドリア。年1回開催されるICE(International Conference and Exposition:国際大会)は学習と開発に関する世界の潮流をつかむ機会でもある。
サービス統括部HRDサービス開発部 トレーニングプログラム開発グループ 主任研究員
ATD26ではロサンゼルスに世界中から6500名のL&Dの専門家が集まりました。昨今の米国の政策の影響もあって参加者は昨年よりも減少(特に海外参加者が減少)しましたが、期間中300を超える教育セッションが展開される国際大会は学習と開発に携わる人々の情熱とエネルギーをリアルに感じられる4日間でした。
大会のオープニングでATDプレジデント&CEOのトニー・ビンガム氏は、今年の大会のキャッチコピー「Embrace Disruption, Direct the Future.(混乱を受け入れ、未来を導く)」が「現在のL&Dが重要な転換期にあることを適切に表現したもの」であるとして、(1)AIが仕事のあり方を変えつつあり、多くの組織が対応しきれないほど速くスキルの需要が変化していること、(2)労働者におけるストレス、孤独感、バーンアウト(燃え尽き症候群)の増加はかつてないレベルになっていること(*2)、そして、(3)CEOの45%が「このままの状況が続けば10年後に組織が存続できない可能性がある」と考えており(*3)組織のHuman sustainability(人間の持続可能性)が課題となっている(*4)ことを紹介し、「今日、テクノロジーの知識は間違いなく重要だが、人間への理解はそれ以上に重要となっている」として、今大会をテクノロジー(技術)、ヒューマニティ(人間性)、そして、リーダーシップの責任という3つのテーマを念頭に置いて設計し、それぞれのテーマで基調講演者を招いたと説明してくれました。
*2 Reward Gatewayの調査では労働者の53%がストレスの増加を懸念しており、約40%が職場で孤独を感じている。またバーンアウトを感じる労働者も半数に上る。*3 EWC(欧州労使協議会:European Works Council)の労働力調査ではCEOの45%が「このままの状況が続けば10年後に組織が存続できない可能性がある」と回答。*4 Human sustainabilityとは「組織が人間としての人々に価値を創出し、その幸福度、雇用適性、公平性を高める度合い」(Deloitte)。同社の2024 Global Human Capital Trendsでは経営幹部の約9割が「自組織で進展中」と回答するも、それに同意する従業員は4割にとどまり、認識のギャップも課題となっている。
この転換点という認識によるものか、セッショントラックには今年からPersonal leadership capabilities(個人的リーダーシップ能力)というトラックが新設され、L&D専門家の組織に対する影響力の開発をテーマにしたセッションがいくつか展開されました(図表1参照)。
※数値はセッション数 白色:昨年 青色:今年出所:ATD公式資料をもとに筆者が作成
昨年に続きAIに関するセッションは全トラックで最多となっていました。しかし、内容は昨年とは大きく変化した印象です。昨年は「AIを学習経験に活用した事例」が新鮮さをもって受け止められていましたが、今年は「AIをどう組織全体に展開し、品質を担保するか」「AIの限界とリスクをどう管理するか」「次世代のエージェント型AIにどう備えるか」といった、実装面での課題がクローズアップされています。
基調講演では、元OpenAIの経営幹部であるザック・カス氏が、Optimism Is Not Naive(楽観主義は甘さではない)というタイトルでAIと人間の現在と未来についての持論を展開しました。カス氏は長い間理論的なものでしかなかったAIが、統計的機械学習モデルとして進歩を遂げ、2017年のトランスフォーマーの開発というブレイクスルーによって人間の知性を超えるレベルまで前進した歴史を紹介したうえで、最も重要な進展はAI推論コストの劇的な低下であると強調しました。また、今後、エージェントAIが生活上のほとんどの作業を自動化するであろうことにも触れ、「もし人生のすべてを自動化できるとしたら、どこでそれを止めるかを考えるべきだ」と、効率性が最終目的ではなく、何を守るべきかを見つけることの方が重要であること示唆しました。
カス氏は、AIがもたらす4つの大きな懸念—知能退化、非人間化、悪質行為、雇用喪失—の現実を紹介しつつ、一方でAIが医療や環境科学分野にもたらしている革命的な発見についても触れることで、AIに関する従来のディストピア的な見方に反論し、「AI時代は人間の可能性を最大化する新たなルネサンスになり得る」という前向きなビジョンを提示しました。カス氏は、ベストセラーとなった著書『The Next Renaissance: AI and the Expansion of Human Potential(次のルネサンス:AIと人間の可能性の拡大)』を「この激動の時代をいかに解釈すべきか模索し、次世代への責任を自覚している、地球上のすべての人のために書いた」と想いを述べ、「楽観主義(オプティミズム)は次世代を育てる者の義務である」と、子供たちの未来のために大人が意図的に希望を紡ぐ姿勢の重要性を強調しました。
カス氏が講演で触れたように、AIがもたらすリスクを認識したうえで、適切な導入を主導すべきだという主張は今大会の多くの学習セッションで展開されました。Change Is Changing: Leadership Strategies for the AI Era(変化は変わりつつある:AI時代のリーダーシップ戦略)というセッションでは、数々の組織のCLO経験を持つケイリー・ウィリヤード氏が、組織の能力開発をともなわないAI導入はかえって生産性を低下させ、技術的な側面に偏重したAI導入は人間の能力を侵食するリスクをはらんでいることを指摘しました。今後、リーダーは人材マネジメントから、人間とAIからなるシステム全体を統合的に調整するオーケストレーションにシフトする必要があり、そこで重要になるのはドメイン(専門領域)の判断ができることだといいます。そして、こうした判断をアウトソースするようなAI活用は組織の能力を蝕むため、リーダーはAI導入の人間的側面に目を向け、人々の能力を保護する必要があるという主張です。「本当に危険なのは、遅れることではない。進歩しているように見えながら、人間の能力が侵食されていくことだ」という彼女のメッセージはちょっとした戦慄を感じさせるインパクトがありました。
無邪気なAI活用が学習にもたらす影響について、神経科学の専門家で「ニューロリーダーシップ」という言葉を生み出したデビッド・ロック博士がThe Neuroscience of Learning in the AI Era(AI時代の学習の神経科学)というセッションで詳しく紹介してくれました。いくつかの研究は興味深いものでした。
また、AIの間違った使用は「孤独感の増加」「退屈の増加」「楽しさの減少」といったエンゲージメントやモティベーションにも負の影響を与えるということです。そして、こうした「感情の平坦化」は人間の長期記憶のメカニズムと真っ向から矛盾していると博士は指摘します。そのうえで、人間を組み込んだ学習の設計が必要であるとして、独自のPRESSモデル(プロンプト、必須演習、返送、サポート)と呼ばれるフレームワークを紹介してくれました。
別のセッションでは、AI導入の副作用として「主体性の放棄」と共に「専門家への道の消去」が指摘されました。新入社員が認知能力を身につけることなくAIを使って仕事をしているような場合、専門性を築くために必要な「課題の概念化→練習→習熟」というプロセスが閉ざされてしまうのではないかという懸念です。Build Teams That Outthink AI(AIを凌駕するチームを築く)というセッションでは、こうした懸念に対して現在最も磨かれるべきスキルが「メタ認知」であるという主張がなされていました。スピーカーのサラ・サーバー氏によれば、効果的にAIを使いこなすワーカーはメタ認知のスキルを有しているが、それは全体の5~30%にすぎないとして、このスキルをチームとして鍛えることの重要性を強調しました。
メタ認知はリーダーシップを扱ったセッションでも登場しています。Rewiring Leadership: Leading Teams in the Age of Disruption(リーダーシップの再構築:変革の時代におけるチームリーダーシップ)では、ハーマンインターナショナルCEOのアン・ハーマン=ネーディ氏が、次の10年に向けて最も重要なリーダーシップ能力としてメタ認知を指摘しました。その背景として、AIは個人の思考を映し出し増幅させるため、その人の最も強い傾向を増幅させる一方で、盲点も強化されること、自身の認知パターンを理解していないリーダーはAIに依存し「認知的降伏(Cognitive Surrender)」に陥ることを挙げています。メタ認知——つまり、自身の思考について考察し、意識的に認知的アプローチを切り替える能力——は、訓練によって習得可能なスキルであり、プレッシャー下でリーダーが古いパターンに陥るのを防ぐ特効薬となるとハーマン=ネーディ氏は主張しています。
この、プレッシャー下で反応的な対処をしてしまうリーダーシップをいかにして回避するかというトピックは今大会のリーダーシップ開発セッションで最も話題となったといっていいでしょう。BANI (Brittle:もろい、Anxious:不安、Non-linear:非線形、Incomprehensible:不可解)ワールドと呼ばれる世界で、リーダーは高度なプレッシャーにさらされる状況が増えています。リーダーシップパイプラインについて毎年大規模な調査を発表しているDDIのセッションCold Case Cracked! Uncovering Why 80 Percent of Succession Plans Fail(未解決事件が解決! なぜ80%もの後継計画が失敗するのか)では、リーダーの71%がストレスの増加を感じており、40%はリーダーシップのポジションを離れたいと思っているという実態が報告されていました。リーダーのバーンアウトを防ぐためにもプレッシャー下でも適切に対処するスキルの開発はリーダーシップ開発の重要なテーマとして浮上しているのです。前述のメタ認知スキルの開発はその1つでしょうし、次のようなセッションもそうしたスキルを取り上げています。
Bright Futures, Smart Plans: Cultivating Pragmatic Prospection in Leaders(明るい未来、賢明な計画:リーダーにおける実践的な先見性の育成)このセッションでは破壊的な時代においてはProspection(未来予測力)がリーダーシップの最強の力になるという主張が展開されました。Prospectionは、ポジティブ心理学の父と呼ばれるマーチン・セリグマン教授が近著『Tomorrowmind(邦題:これからの生き方)』で紹介している、不確実な世界で繁栄するための5つの心理的能力(PRISM*5)のうちの1つで、変化の先を行くためのメタスキルです。「未来の可能性を心のなかで投影し評価し、それらの1投影を用いて思考と行動を導く心的プロセス (Seligman & Kellerman)と定義されています。
*5 PはProspection、RはResilience &Cognitive Agility、IはCreativity & Innovation、SはRapid Rapport for Social Support、MはMeaning & Matteringをそれぞれ指している。
The “E” in the Room: Inside-Out Empathy in Action(部屋の中の「E」:実践するインサイド・アウトの共感)このセッションが取り上げたのはEmpathy(共感性)です。エンパシー自体はリーダーシップの必須のスキルとしてここ数年間で最も注目集めているスキルといえますが、このセッションでは、「これだけ重要と言われながらリーダーシップに定着しないのはプレッシャー下でリーダーの脳が生存反応に陥るからだ」として、エンパシーを単なるソフトスキルと捉えるのではなく、一定の行動プロセスと捉えて反復練習によって定着させることが重要であるという主張が展開され、そのためのフレームワークも提供されました。
The Leadership Superpower No One's Teaching, But Everyone Needs Now(誰も教えてくれないが、今誰もが求めているリーダーシップの超能力)セッションのタイトルにあるSuperpowerとはSelf-regulation(自己調整)のことです。自己調整とは「反応的な状態から意図的な状態へ瞬時に切り替える能力」であり、高ストレス下でも、適性覚醒ゾーン(Optimal Arousal Zone)にいる状態を維持し、本来なすべきことを行うための力です。このセッションではリーダーの神経科学的な状態がリーダーの言動に影響し結果に影響するとしています。
また、このセッションでは、バーンアウトは単にやることが多すぎるから生じるのではなく、高プレッシャー下で繰り返し起こる自己効力感の低下から起こるという興味深い調査結果が報告されていました。
メタ認知、Prospection、Empathy、Self-regulation、これらはいずれも認知能力や視座の質的変化に関わるスキルであり、リーダーシップ開発では昨年以上に成人発達理論における「垂直的成長」に光を当てたものが多かったと思います。
AIと共に働くことが現実になったがゆえに、「AIにできないことは何か?」という問いも今大会のもう1つの大きなテーマだったと思います。基調講演者のザック・カス氏は、講演を終えるにあたって「近い将来のある時点で、私たちは才気(brilliance)ではなく、好奇心(curiosity)、共感(empathy)、勇気(courage)、知恵(wisdom)、ユーモア(humor)、そして道徳心(morality)に基づいてビジネスを進めるようになるだろう。人間を測る物差しとは、実は私たちが長い間“ソフトスキル”として軽視してきたものそのものなのだ」と語りました。CEOのトニー・ビンガム氏もオープニング講演で「共感、傾聴、コミュニケーション、適応力といったスキルは、リーダーシップの有効性において重要な差別化要因になりつつあり、それらの能力を開発することは、この部屋にいる全員の責任です」と明言していました。前項で紹介したメタ認知、Prospection、Empathy、Self-regulationもそうですが、こうしたかつて「ソフトスキル」と呼ばれた要素が、神経科学の裏付けをもって経営上の必須要件として位置づけられる流れは、今年さらに強まっています。
2人目の基調講演者のウィル・ギダラ氏のお話はこうした人間固有の能力を開発することが組織の優位性を高めるという実践についてでした。ニューヨーク・タイムズのベストセラー『Unreasonable Hospitality』の著者であり、自身が経営するイレブン・マディソン・パークを平凡なブラッスリーから世界最高のレストランへと変貌させてWSJ Magazineのイノベーター賞を受賞した経営者のギダラ氏は、その成功は、製品・サービスの卓越性だけでなく、人々が大切にされ歓迎されていると感じさせる「非合理なホスピタリティ(Unreasonable Hospitality)」という哲学の追求によるものだと結論づけました。この哲学の追求は従業員のアイディアを活性化させ、顧客がレストランのことを思い浮かべた瞬間から、帰宅後しばらくたつまでのすべてのタッチポイント(接点)の洗い出しと対応の体系化というどこにもまねのできないノウハウにつながったといいます。ギダラ氏はさまざまな、サプライズをともなう、非合理なサービスの具体例を紹介しつつ、「製品・サービス・ブランドはいつか必ず誰かに追い越されるが、唯一崩れない優位性は関係性です。関係性は築くのに時間がかかり、正しく築けば簡単に崩れない」として、「次に誰かとの関係を築くとき、少しだけ非合理なくらい与えてみてほしい。それはあなたをより豊かにし、組織の目標達成を助け、そして何より——あなた自身と周囲の人を、信じられないくらい良い気持ちにさせてくれる」という言葉で講演を終えました。「与える」行為が最終的にキャリアを豊かにするというのは、2023年の基調講演者アダム・グラント氏(ペンシルベニア大学ウォートン校組織心理学教授)も言及していたことを思い出しました。
ビンガム氏がオープニングで述べたように転換点にいるL&Dは今後どのように変化していくべきかについて、今大会でも多くのセッションで議論されました。最も多かったトピックはAIの導入においてL&Dが主導すべきことだったと思います。The AI North Star: Guiding Your Enterprise L&D Readiness Journey(AIの指針:企業のL&D準備態勢構築への道しるべ)というセッションでは、多くの企業がAIパイロットプロジェクトで成果を出せずに「パイロットの煉獄」に陥っている現状から脱するために、ビジネス目標と整合した「AI北極星(指針)」を定義し、L&Dが戦略的アーキテクトとなってチェンジマネジメントを推進していくための実践的な留意点が紹介されました。Cutting Through the Chaos: AI Implementation Guide for L&D(混沌を切り開く:L&D向けAI導入ガイド)では、「単にAIの使い方を理解している従業員で組織を埋め尽くすことを目指すべきではない」として、あらゆるAI導入に関する戦略的議論を行うための14の計画次元から構成された「AIキャンバス」が紹介されました。Develop Organizational AI Literacy in the Age of Generative AI(生成AI時代の組織におけるAIリテラシーの育成)というセッションでは、エージェント型AIと仕事を進めていく際に必要となるエージェントリテラシーについて紹介がありました。ここでもドメイン(専門領域)の知識の重要性が強調されていました。
別のトピックとしては、リーダーシップパイプラインのあり方を見直そうというセッションは例年よりも多かったと思います。ヒューマンアセスメントの大手DDIのセッションは今年もリーダーシップパイプラインの枯渇問題に焦点を当てていました。Cold Case Cracked! Uncovering Why 80 Percent of Succession Plans Fail(未解決事件が解決! なぜ80%もの後継計画が失敗するのか)でスピーカーのパトリック・コネル氏は現在の企業の80%が将来のリーダー輩出に自信がない状態にある背景として、パイプラインの上層部ではベビーブーマー世代の引退が急増していること、Z世代がリーダーの役割を担うことに消極的であること、そして、AIがエントリーレベルの仕事を代替しつつあることの3つを挙げました。そのうえで、後継者を「特定」するだけでなく、成長を加速させるサイクルに投資することの重要性を強調しました。
この、将来の後継者候補を「特定する」という従来の焦点を見直すべきだという論調は他のセッションでも共通して聞かれたことです。From Potential to Performance: The HiPo Growth Blueprint(「潜在能力」から「実績」へ:ハイポテンシャル人材の成長ロードマップ)では、現在の組織はタレントレビューやナインボックス・グリッド(*6)を通じてハイポテンシャル人材を特定することには長けているが、彼らに対する明確な育成計画の策定には一貫して失敗しており、この特定と育成の間のギャップが離職の問題を引き起こしているとして12カ月間の育成アーキテクチャを提言しています。
*6 従業員を「現在の成果(パフォーマンス)」と「将来の可能性(ポテンシャル)」の2軸(それぞれ高・中・低の3段階)で評価し、9つの領域に分類する人材マネジメントのフレームワーク
同様に、UCバークレー校のCLOを務めるアンジェラ・ストッパー博士は、The Changemakers Guide to Developmental Succession Planning(チェンジメーカーのための後継者育成ガイド)というタイトルのセッションで、伝統的な方法の問題点として、有望な人材だけに注力すること、現CEOと同じタイプの人物にリーダーシップを引き継ぐこと、そして後継者を単に現CEOのビジョンに従わせるよう育てることを挙げ、特にナインボックスモデルについて痛烈な批判を展開しました。博士は、「後継計画とは、適切な人材が適切なスキルを持ち、適切な場所に適切なタイミングで配置されることで、現在と将来の組織の成功を支えることだ」として、組織のすべてのメンバーが成功の物語に自分を重ね、昇進の道を見つけられるような、より包括的なアプローチとして「Developmental Succession Planning(開発的後継者計画)」という概念を提案しました。
ハイパーフォーマーに注目するのではなく、すべての従業員の成長と開発への欲求に組織としてもっと手を差し伸べていくべきだという主張は、キャリア開発の文脈でも見て取れました。Career Agency: The Next Frontier in Development, Engagement & Retention(キャリア・エージェンシー:人材開発、エンゲージメント、定着率向上の新たなフロンティア)では、著名なコンサルタントであるジュリー・ウィンクル・ジュリオーニ氏が、世界経済フォーラムの未来の仕事の予測データなどを引用しつつ、職務スキルの陳腐化と新たな職種の創出が想像を超えたレベルで進行するなかでは、もはや「キャリアオーナーシップ(*7)」という考え方は通用しないとして、これから必要になるのは「キャリアエージェンシー」という考え方であると提言しました。キャリアエージェンシーとは、「情報に基づき、適応的かつ意図的な行動を通じて人々が自らの成長を積極的に形作る能力」であり、個人だけの取り組みではなく、組織やリーダーシップが連携して、エージェンシーが発展できる環境をつくる必要があるというのがその主張です。キャリアエージェンシーは「認識」(従業員には情報と洞察が必要)、「アクセス」(成長機会への障壁を取り除く)、「行動」(洞察を実行に移すこと)という3つの柱で構成され、これまでのような年間計画ではなく、日常の職務経験における実験的なマインドセットを持った反復的な活動によって開発されます。セッションではそのためのツールやフレームワークが紹介されました。
*7 自分のキャリアは会社任せにするのではなく、自分自身で責任を持って主体的に築いていくという考え方や行動のこと。
最後に、ここまで述べてきた潮流とは別に、学習手法という観点で「即興」の価値について触れておきたいと思います。学習手法としての「即興(improvisation)」は目新しいものではなく、すでに多くのワークショップや創造性開発で活用されているものですが、今大会ではあらためて、この手法が持つ効果がクローズアップされたように思います。大会初日の最後のメインステージでは、freestyle+というグループによる即興のライブパフォーマンスが展開されました。freestyle+とは、即興と遊びの神経科学を活用し、チームの潜在能力を引き出す没入型学習体験を提供するトレーニングベンダーです。一流のミュージシャンやTEDスピーカーで構成されたヒップホップのステージは圧巻でしたが、そこで展開されたのは、AIやテクノロジーが急速に変化し、製品が数日で陳腐化してしまうような世界において、不確実性に対処する即興演技者の能力は、開発・実践可能な重要なプロフェッショナルスキルとなるというメッセージです。それは、間違えながら学ぶことを促進し、チームの心理的安全性と楽しさを高め、お互いから学び合う関係性を形成します。このステージに刺激され、大会中はできるだけ即興を用いたアクティビティが体験できそうなセッションに参加しました。どれも刺激的かつ学びにつながるものでしたが、最も感じたのはAIとの会話のラリーでは得られない、お互いに異なる経験を持つ者同士が会話し合うことから生まれる気づきと自己効力感が生まれるということでした。それは、関係性の中からの学びということかと思います。U理論で著名なオットー・シャーマー氏(MIT上級講師)が、今年7月のMIT Sloan Management Reviewに、次のような寄稿をしています。
もし「考えること」が、機械ができることと同じで、ただその速度が速いだけだとしたら、議論の余地はない。その役割を機械に委ねればよいのだ。しかし、もし「考えること」がそれとは別のもの―つまり、現実が姿を現す過程における、身体性を伴った注意深い活動――であるならば、AI時代のリーダーシップとは、いかなる機械も再現できない「創発能力」を育むことにある。(「Leadership ’s blind spot in the age of AI(AI時代のリーダーシップの盲点)」オットー・シャーマー 2026年7月7日)
今回のレポートをまとめるなかで触れたこの記事によって、今大会で即興にあらためてスポットライトがあたった背景につながった感覚がありました。ATDが対面での開催を重視するのも、「人々が集うがゆえに起こる」創発的な学習を追求することがL&Dの変わらない哲学だというメッセージなのかもしれません。弊社では引き続き情報収集に努めてまいりたいと思います。
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