学会レポート

国際的な心理学のトレンド

American Psychological Association (米国心理学会)2025参加報告

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American Psychological Association (米国心理学会)2025参加報告

2025年8月7~9日、コロラド州デンバーで開催されたAmerican Psychological Association(APA:米国心理学会)の2025年度の年次大会に参加しました。

執筆者情報

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技術開発統括部
研究本部
組織行動研究所
主幹研究員

今城 志保(いましろ しほ)
プロフィールを⾒る

大会の概要

今年のAPAは、コロラド州デンバーで8月7~9日に開催されました。オンラインでの参加となったため、現地の雰囲気についてお伝えすることが難しいのですが、視聴したもののなかからいくつか印象に残ったトピックについて報告します。

オンラインでは、通常の研究発表ではなく、大きな会場で行われるシンポジウムや基調講演が配信され、まとまったテーマ、特に社会的課題に関連したものが取り上げられます。シンポジウムは、課題への対処方法を考えることを目的として、該当分野に関連する研究者数名が話題提供を行い、その後、会場を交えて議論を行います。

米国心理学会は心理学全般を対象とする学会であるため、産業・組織心理学以外にも、臨床心理学、教育心理学、政治心理学、社会心理学など、さまざまな分野のトピックが取り上げられます。今回は、産業・組織心理学分野から、テクノロジーが職場に及ぼす影響について、臨床心理学を中心に困難に直面する子供たちへの支援について、そして一般心理学や政治心理学から米国社会の分断について紹介します。

テクノロジーと職場

職場におけるテクノロジーの活用は、数多くの利点と課題をもたらします。このような状況を正しく理解するためには、人間の行動に着目することが重要であるとして、3名の研究者からそれぞれ話題提供がありました。その後、どのようにテクノロジーが従業員の体験とウェルビーイングに役立つのか、また雇用主が従業員を選抜したり、支援したりする際に有用な知見があるかについて議論が行われました。

1人目のミシガン州立大学のTara Behrend氏はリモートワークについて、米国の状況をベースとした調査知見を提示しました。米国では、コロナ後に減少はしたものの、それでもリモートワークを行う日はおしなべて4分の1程度あることや、あらゆる仕事のうち40%程度はリモートで行うことが可能であることなどを挙げ、リモートワークは単に減少したのではなく、進化したのだと論じました。また、リモートワークで就業時間を減らした人がいるとの指摘もあれば、オーバーワークになる人がいるとの報道もあります。これに対して、職種や子育てといった働き方に関連する変数を統計的にコントロールすると、リモートワークか否かで就業時間には違いがないことが示されています。リモートワークによって組織文化が弱体化するとの指摘もあるようですが、データからはリモートワークによって強いネットワークはより強化される一方で、弱いネットワークはさらに弱体化すること、新たなネットワークが構築されなくなることが示されました。このように、リモートワークの影響は一様ではありません。

2人目の南フロリダ大学のTammy Allen氏は、例えば監視カメラやメールのやり取り、位置情報などの電子的方法を用いて従業員の監視を行うこと(電子的従業員監視;Electronic workplace monitoring)について論じています。リモートワークに比べて、従業員のストレスを高めるなど望ましくない影響についての指摘が多いですが、それでも非正規雇用者を中心に、このような監視下で働く人がいます。これまでの研究では、電子的従業員監視には少なくともパフォーマンスを高める効果はなく、一方で組織市民行動(組織のためになるような役割外行動)を減少させることが指摘されています。ある調査では、一般従業員にも電子的従業員監視をポジティブなものとする態度が見られるものの、経営者層で圧倒的にそういった態度が強いことが報告されています。また、電子的従業員監視は、ヨーロッパでは従業員の同意が前提となるためあまり行われていませんが、米国の著名な企業ではパフォーマンス向上のために実施されています。つまり、従業員の行動に関する情報を誰が支配できるのかの考え方によって、電子的従業員監視の扱いが異なっているといえます。

3人目のミネソタ大学のRichard N. Landers氏は、前述の2人とは少し異なった角度からの話題提供で、テクノロジーの活用に対する心理学者のより積極的な参加を呼びかけるものでした。例えば電子的監視の問題にあるように、心理学者は心理的にネガティブな影響があることを予想したり、場合によっては苦言を呈したりするものの、自らが解決に動こうとはしません。彼は、海軍用のAIコーチをエンジニアと共に開発し、結果指標での効果にのみ注目しがちなエンジニアの考え方と折り合いをつけながら、心理学者としてできるだけ良いものを作成することに尽力しました。AIコーチは人のコーチの代わりには到底なり得ませんが、コーチの数が足りておらず、コーチと話ができない状態にある兵士にとっては、有効なツールであると考えられています。これは、第三者として批判をすることよりも建設的な心理学者としての貢献だといえます。職場でのテクノロジーの活用をより良いものにするために、心理学者ができることは、実はもっとあるのではないかと論じていました。

青少年メンタルヘルス危機へのシステムレベルアプローチ

次に紹介するセッションでは、臨床心理学者が個人に対する問題解決支援にあたるだけでなく、よりシステマティックなアプローチを取るべきであるとの考え方を示しました。

米国では子供や青少年の精神疾患が増加していますが、特に適切なケアにアクセスが難しい、貧困や家庭に問題を抱えた子供にとって、危機的な状況となっています。この問題に対処するには、これまでの個人を対象としたアプローチでは不十分であることから、臨床心理学の知見を活用したシステムレベルの解決策が求められます。このセッションでは、早期介入のための適切な枠組や、青少年の精神疾患予防とウェルビーイング支援のためのアプローチについて議論が行われました。

ノースカロライナ大学チャペルヒル校のIheoma U. Iruka氏からは、人種差別から生じる黒人の母親のストレスが子供のメンタルヘルスにネガティブな影響を与えていることについて、ヒューストン大学のAmanda Venta氏からは、両親あるいは一方の親と離れて移民として米国に来る子供たちのメンタルヘルスに、人間関係やコミュニティが果たす役割の重要性について、それぞれ話題提供がありました。米国における大きな問題であると考えられますが、日本でも、適切な養育環境が与えられていない子供もいます。また外国人労働者が増加している現状から見て、親や慣れたコミュニティと離れた子供のメンタルヘルスの問題については、参考にすべきところも多いでしょう。

デューク大学のKenneth A. Dodge氏からは、子供たちのメンタルヘルスに関する大規模な取り組みについて報告がありました。子供たちのメンタルヘルスを阻害する環境要因には、親からの虐待や貧困といった社会的なひずみがありますが、これらに対処するために、氏が中心になって開発を行ったファミリーコネクト(Family Connect)と呼ばれる社会的な仕組みの紹介がありました。ファミリーコネクトでは、地域看護に携わる看護師が、社会心理的なサポートを、乳児のいる家庭に訪問して行う仕組みです。必要に応じて、看護師は追加のサポートを得るための専門機関への紹介等も行うことで、個別の家庭の事情に合わせた適切なサポートが志向されました。ある州で、子供の誕生日の偶数・奇数で群分けを行い、一方がこの取り組みの対象となる介入群、他方を統制群とする大規模な社会実験が行われました。その結果、介入の目覚ましい効果が認められ、全米に取り組みが拡大されつつあるとのことでした。

断たれた絆と失われた信頼:混乱の時代に心理学が示す解決策

共有する3つ目のトピックは、米国社会の分断についてのものです。分断と不信が、政治や公共の議論から個人的な人間関係に至るまで、社会のほぼあらゆる側面で問題となっています。心理学の研究では、分極化の根源には何があるのか、信頼崩壊のメカニズムとは、そして自己アイデンティティの認識が分断を助長する仕組みについて、検討を行ってきました。

話題提供者からは、多文化民主主義国家である米国の未来に影響を与えている政治的な緊張関係を理解するための視点と、オンライン・オフラインを問わずつながりを再構築するための現実的な戦略が示されました。

政治心理学者であるジョンズ・ホプキンス大学のLilliana Mason氏は、米国社会で生じている政治的分断の最大の原因が、誰を米国の国民と認めるかの意見の違いから生じているとしています。つまり、マイノリティや移民に対して排斥的な立場をもつ層と、包摂的な立場を取る層の分断だと指摘しています。そもそも、米国では人種や宗教などさまざまな面で多様化が進んでいます。2050年には白人がマイノリティになるとの予測もあります。黒人やヒスパニックなどの人種に対する敵対的な意識は、トランプ支持者に特徴的ですが、非トランプ支持の共和党員には、そのような傾向は見られません。同様の態度の違いは、対立する政党に対する敵対的な態度にも見られます。これらのことから、米国で見られる政治的な分断は、政党間の対立ではなく、トランプ大領領に象徴される考え方に賛同する人たちとそれ以外の人たちの分断であることが分かります。

もう1人の話題提供者であるオレゴン大学のJennifer Freyd氏は、裏切りトラウマ理論(Betrayal Trauma Theory)の提唱者として有名です。トラウマと聞くと自然災害や事故を思い浮かべることが多いですが、この理論では、自分が信頼している人や組織からの裏切りによって、心的外傷をこうむる現象を扱います。このセッションでは、特に信頼していた組織からの裏切りについて論じています。トラウマとなる経験をした結果、心理的健康だけでなく身体的健康も阻害されるのですが、加えて裏切りによるトラウマに特徴的なものとして、トラウマ・ブラインドネスという概念が紹介されていました。私たちが親密な他者に対してもつ愛着の感情が、裏切りを認めにくくする現象のことで、長期的にさまざまな心理的ダメージにつながります。

ある調査では、トラウマを経験した組織として挙げられることが最も多いのは教育機関、次いで医療機関で、企業組織は相対的に少ないとのことでした。組織による裏切りに限らないのですが、裏切る側の行動としてDARVO(Deny, Attack, Reverse Victim & Offender)という言葉が紹介されました。そのようなことはないという否定(Deny)、逆に相手を責める攻撃(Attack)、こちらが真の被害者であると主張すること(Reverse Victim & Offender)をまとめたものです。裏切る側になる可能性は多くの人にありますが、DARVOについての知識を得ることで、その傾向は抑えることが可能だということも、それ以外にトラウマを生じさせないようにするために組織が行うべき工夫の1つとして紹介されていました。セッションの最後に、Freyd氏がメッセージを言い終わった瞬間に、会場から大きな拍手と歓声が上がりました。学会で目にすることが珍しい光景で、それだけ、組織からの裏切りを多くの人が感じているのかもしれません。

いずれのシンポジウムでも、心理学という学問が積極的に社会の問題解決に関与していることをあらためて認識することができました。特に米国は、政策決定をはじめとしてさまざまな場面で心理学の知見が活用されています。扱われている課題は日本でも同様です。日本でも同様の取り組みが可能か、すでに行われている取り組みがあるのであれば、それを改善・促進するためのヒントが得られるのではないでしょうか。

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