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研究レポート
—日本的雇用慣行の変化の一側面—
前編では、日本社会において転職がネガティブなイメージをもたれるに至った経緯について述べました。後編では、そのイメージがなぜ薄れてきたのかについて考察します。
技術開発統括部 研究本部 測定技術研究所 主任研究員
目次
転職のネガティブなイメージが薄れてきたのはなぜでしょうか。これは、「長期勤続が企業にとっても従業員にとってもメリットがあるため、社会のスタンダードになっている」「そのスタンダードから外れるのは個人の問題である」という構造が崩れてきたからであると考えられます。本稿では、この構造変化に影響を与えたと想定される要因を4つ挙げます。
変化の1つ目は、長期勤続についてです。高度経済成長期が終わり、右肩上がりで上昇を続けてきた企業の生産性は、1990年頃からほとんど上がらなくなりました。一方で、少子高齢化により人員構成がいびつになり、企業の人件費負担は増大していきます。そこに起こったのが1990年代前半のバブル崩壊です。バブル崩壊をきっかけに、業績の悪化を理由として大企業においても人件費の高い中高年を対象にリストラが行われるようになりました。リストラだけでなく、名だたる大企業が次々と破綻・消滅する事態も起き、絶対安泰だったはずの大企業の従業員が職を失うことも珍しくなくなりました。これまで、転職のネガティブなイメージは長期勤続というスタンダードに乗れなかった従業員自身の問題とすることでつくられてきたという考えを述べてきました。従業員自身に問題がなくとも転職を迫られる事例が少なからず起きることがある、という認識が、このとき初めて社会で共有されたといえるでしょう。このような環境下で、企業のなかに長期勤続優遇の見直しを図る動きも出てきます。成果主義の導入などにより長期雇用による自動的な人件費の増大が防がれることが増えた結果、年齢に伴って上昇するはずの賃金カーブの傾きは鈍化していきます(濱秋ら, 2011)。高度経済成長期には1つの企業に一生勤め上げることは最善の選択肢であったはずですが、この時期から一生勤め上げても報われないのではないか、そもそも一生勤め上げられないのではないか、という疑問や不安が広がっていったといえるでしょう。1990年に209万人だった転職者数は、1998年には312万人と約1.5倍に増加しています。実は転職者数は、その後現在に至るまで300万人前後で推移しており、大きく増えてはいません。この時期のインパクトがいかに大きかったかが分かります。
変化の2つ目は、女性の社会進出です。高度経済成長期までの男性が主に生計を支え、女性は主に家庭を守るという慣行は、当時の男女の役割観にも沿うものでした。女性が外に出て働くということ自体がスタンダードではなく、かつては労働基準法でも女性は1日2時間を上限とする残業時間の規制や深夜労働の禁止など男性にない制約をかけられていました。実際、1960年時点では女性の雇用者数は668万人と、雇用者総数の約3割にすぎませんでした(労働省婦人少年局, 1961)。それが1984年の労働力調査では1406万人と、1960年の倍以上に増加します。さらに女子差別撤廃条約への署名(1980年)などを背景に、1986年に男女雇用機会均等法が施行されました。その結果、女性の社会進出の機会が増え、女性の雇用者数は急速に男性の雇用者数に近づいてきます。
転職率においても女性の雇用者は男性より高い(図表2)ことが知られており、女性の雇用者数が増えることは、転職者数を押し上げることにつながっています。
実際、転職者数が300万人を超えた1998年には、女性の転職者数が男性の転職者数を初めて上回りました。女性の転職率が男性よりも高いのは、転職率の高い非正規雇用の比率が高いことによるものであると指摘されてきました。一方、近年では転職者に占める正規雇用の比率は男性を上回るようになっており(図表3)、女性正社員の転職も当たり前になっています。なお女性正社員の転職が多い理由としては、ワークライフバランスが取れた仕事の必要性が高いことや、キャリアの展望が見えなくなったときに転職する傾向があるためとされています(大内,2007)。
このように、労働市場における雇用者の多くが長期勤続を前提とする男性で占められた時代から、転職率の高い女性比率が高まる方向に変化したことは、社会の転職観を変化させる要因になったと考えられます。
実際、1980年にリクルートより創刊された女性向けの転職情報誌「とらばーゆ」をもじった「とらばーゆする」という言葉は、1980年代から1990年代にかけて流行語となっています。こうした現象は、転職のネガティブなイメージが薄れていくプロセスの1つの表れだと考えられます。
1995年に、日本経営者団体連盟(日経連、現在の経団連)から「新時代の『日本的経営』」というレポートが出されます。このレポートでは正社員に当たる「長期蓄積能力活用型」、専門能力を生かす「高度専門能力活用型」、現在の非正規労働者に当たる「雇用柔軟型」が提示されました。このタイミングで長期勤続を必ずしも前提としない「高度専門能力活用型」という概念が提示されたことはきわめて重要だと考えられます。
先述の長期雇用優遇の見直しについては、人件費負担の問題だけでなく、長期勤続によるスキル蓄積が一律に評価されるわけではなくなったことも一因としてあります。ITなどの技術革新が進むなかで、領域によっては長期勤続により培ったスキルをもつ従業員よりも、外部から調達した高度な専門性をもつ人材が活躍する場面が出てきたからです。実際に外部から採用した専門・技術職の社員の待遇について、新卒で入社した社員よりもよい報酬が与えられていることが佐藤(2018)の研究で指摘されています。佐藤の研究では、昇進については新卒入社社員の方が恵まれていることも述べられており、長期勤続の優位性が全く損なわれたわけではありません。しかし高い専門性をもち、社内での昇進に重きを置かない層にとっては、条件のいい企業に転職した方が長期勤続以上に有利になる場面が増えてきており、企業や従業員もそのことを認識するようになったということはいえるでしょう。
転職に抱くイメージについては、転職支援会社の影響を無視することはできません。職業紹介事業は歴史的な経緯から長年公営のハローワークがほぼ独占していましたが、1997年には職業安定法施行規則の改正により実質自由化され、1999年には職業安定法自体も改正されました。それにともない、転職支援会社は急激に増加します。1998年には3498社だった転職支援会社は2022年には2万8740社となり、転職支援は一大産業として認知されるようになりました。また、実際に従業員規模の大きな企業での転職支援会社経由の転職者数は増えています。2009年から2012年にかけて、従業員数1000人以上の企業では転職支援会社経由の転職者は約2倍の6.8万人、300人から999人の企業では約3倍の5.0万人と急増しました(労働政策研究・研修機構, 2015)。大企業=新卒採用と長期勤続、というイメージを覆すような転職者の増加は、大量に投下されている転職支援会社のCMとあいまって転職に対するネガティブなイメージの改善につながっていると考えられます。
本レポートでは、転職にネガティブなイメージが抱かれるようになった背景と、そのイメージが変化していった理由について整理を行いました。長期勤続についての考え方、雇用者の属性比率、求められる人材の種類、転職支援マーケットといった社会環境の変遷によって、雇用の流動性は変化し、雇用の流動の表れである転職のイメージも変わっていくと考えられます。労働力人口が減少していく一方で、人生100年時代といわれ、働き方の多様化が進むなか、雇用の流動性に影響を与える要素はますます増えています。転職についてのイメージもさらに変わっていくかもしれません。こうした時代において、企業にとっての中途採用・個人にとっての転職といった活動がどのようにあるべきか、弊社でも継続的に考えていきたいと思います。
参考文献:濱秋純哉, 堀雅博, 前田佐恵子, & 村田啓子. (2011). 低成長と日本的雇用慣行:年功序列と終身雇用の補完性を巡って. 日本労働研究雑誌, 611, 26-37.厚生労働省. (2024). 雇用動向調査(1991-2023実績).大内章子. (2007). 均等法世代の総合職女性の離転職行動. 組織科学,41(2),29-41.労働省婦人少年局. (1961). 婦人労働の概況 -昭和35年分-独立行政法人 労働政策研究・研修機構. (2015). 入職経路の変化と民営職業紹介業に関する調査. JILPT 資料シリーズ,159.佐藤香織. (2018). 企業内労働市場における転職と昇進の関係. 日本労働研究雑誌,695,80-97.
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