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研究レポート
School to Work Transitionの促進に関する縦断研究プロジェクト
近年、若年層の価値観の変化や企業の受け入れ体制の変化などさまざまな要因を背景に、新入社員の早期離職や立ち上がりに課題を感じる企業が増加しています。新人の職場や職務への適応に関しては、組織社会化研究やオンボーディングの取り組みなど入社後の企業側からのアプローチに焦点を合わせた研究蓄積や実践が目立ちますが、就業前の新人本人の心構えも影響を及ぼすといわれています。そのなかの1つが、学生から社会人になるにあたって心の準備が整った状態を指す「就業レディネス」です。我々は、就業レディネスのように入社前に目指すべき心の状態の指標をおくことで、企業や大学関係者が共通認識をもって支援をしやすくなると考え、就業レディネスの先行要因や入社後に与える影響に関して研究を進めてきました。
本レポートでは、都内にあるA女子大学と株式会社リアセックの協力のもと実現した、就職活動前後の経験が就業レディネスを介して入社後の適応や離職意思に影響を及ぼすことを縦断的に検証した研究を紹介します。この研究では、就職活動前・中・後に目指すべき望ましい状態について示唆が得られています。それは【1】就職活動前の自己成長実感、【2】就職活動中の主体的意思決定、【3】就職活動後の就業レディネスです。本レポートで研究の概要と共に、大学での学生支援の取り組みに触れていきます(※)。
※本研究の詳細は 渡辺 かおり・粟津 俊二・酒井 陽年・松本 洋平・松岡 剛広(2023) School to Work Transition の促進に関する研究4―就業レディネスの醸成に関する縦断研究.人材育成学会第21回年次大会発表論文集. をご参照ください。
技術開発統括部 研究本部 測定技術研究所 マネジャー
目次
新入社員の不適応や早期離職などが生じている昨今の状況を受け、本人にとってよりよい就職活動を経た状態を捉えることが、学生のキャリア教育・支援を考えるうえで重要ではないか、という問題意識から「就業レディネス」の概念は生まれました(リクルート就職みらい研究所調査 舛田,2015)。
就業レディネスは“社会人になるにあたっての心の準備状態”を指し、いくつかの研究から、就業レディネスが入社後の適応や離職意思に関連することは確認されています(舛田,2015;渡辺・松岡・仁田・舛田,2020)。図表1の社会人に対する振り返り調査をみると、入社前の就業レディネスが入社1年目のプロアクティブ行動(適応促進行動)を促進し、入社2~4年目の適応に影響することで、結果的に離職意思の低下に影響を及ぼしていることが分かります。
先行要因に関する研究(図表2)では、就職活動での企業側からの信頼感を醸成するような関わりや充実した情報提供が内定先理解を促し、結果的に就業レディネスの向上に影響を与えることが指摘されています(渡辺・飯塚,2023)。採用コミュニケーションの設計では、提供する情報の充実だけではなく、信頼感を醸成するような公平で双方向のコミュニケーションも重要であることが分かっています。
上記は企業側からみたアプローチですが、これ以外にも学生本人の大学時代の過ごし方や就職活動期の経験も、就業レディネスには影響すると考えられました。学生本人の就職活動前後の経験が就業レディネスを介して入社後の適応や離職意思に影響を及ぼすことを確認できれば、よりよいキャリア教育、就職活動を考えるきっかけにつながるはずです。そこで学生の成長支援やキャリア教育に力を入れているA女子大学と、学生のキャリア支援に造詣の深い株式会社リアセックと共同で縦断研究を行うプロジェクトを立ち上げました。
この研究では、学生から社会人へのトランジション(School to Work Transition)において、学業や就職活動、キャリア教育を通した個人の経験が就業レディネスにどのように影響するのか、また就業レディネスが入社後の適応や離職意思にどのように影響するのかを縦断的に確認しました。
東京都内のA女子大学に在学する学生を対象に、3つの時点でデータを取得しました。なお、就職活動中の経験については、Time2時点で振り返りの形で回答してもらいました。最終的に、Time2時点で内定を保有しており、かつTime1~3の時点のデータが取得できた222名を分析対象としました。
▼使用した変数使用した変数を図表4に整理しました。
就職を控えた学生が、職業につくことに対してどの程度成熟した考えをもっているかを表す「職業レディネス(下村・堀,1994)」から項目を抜粋し、「職業選択への関心」という変数にしました。
また、就職活動前に学生生活を通じて成長する実感を得ている方が、前向きに就職活動に臨むと考え「自己成長実感」の変数を入れました。
就職活動中の活動状況に関する浦上(1995b)の尺度から、選考対策に関する項目、社会人との交流・対話に関する項目を抜粋し、大学での就職活動支援としてよく行われている「選考対策」「社会人との交流・対話」の変数としました。
さらに先行研究で関連が指摘されている、進路先に対する「主体的意思決定」を用いています。
就職活動後から入社前までの変数として、「就業レディネス」を用いました。下位尺度は「社会人としての自覚」「自己理解の促進」「就業移行への自己効力感」の3つですが、この分析では総合平均を用いています。
入社後の結果指標として、会社・職場・仕事に関する「適応状況」と、現在の会社に対する「離職意思」を用いました。
また、適応の先行要因として本人の主体的な役割形成行動であり組織社会化を促すといわれている「プロアクティブ行動」を入れています(藤澤,2019)。
上記で示した変数を用いて、就職活動前・中・後から、入社後の適応・離職意思に至るモデルを図表5に示しました。共分散構造分析によるモデルのあてはまりを確認したところ、モデル全体の適合度はCFI=0.937、RMSEA=0.05であり、あてはまりは悪くないと解釈できます。モデルの潜在変数間のパスをみると、職業選択への関心から選考対策につながるパス以外はすべて有意な結果となっていました。
就職活動前の学生生活を通じた自己成長実感や、選考対策・社会人との交流・対話といったキャリア教育上の取り組みは、主体的意思決定や就業レディネスという変数を介して、間接的に入社後の定着に影響を及ぼすことが確認できました。竹内(2012)では自己の興味や価値観などの自己理解に基づく自己キャリア探索行動(項目例:「1人の人間として自分がどういう人間なのかをじっくりと考えた」)と、企業研究や業界研究、職務・職業理解に基づく環境キャリア探索行動(項目例:「特定の仕事や会社の情報を入手した」)が、入社直後のP-VFit(個人-職業フィット)と関係があることを確認していますが、本研究では選考対策や社会人との交流・対話も入社後の適応に影響するという新たな知見が得られました。
また今回投入した入社後の変数との関連をみると、就業レディネスはプロアクティブ行動を介した初期の適応の向上、離職意思の低下に影響していることが確認できました。入社前に働くことへの心の構えができていると、入社後も積極的に周囲とコミュニケーションを取るなどのプロアクティブ行動が促進され、適応や離職意思の低下につながったと考えられます。就業レディネスがプロアクティブ行動を介して適応や離職意思と関係していることは、舛田(2015)や渡辺ら(2020)で確認されており、就業レディネスと、プロアクティブ行動を介した入社後の適応や離職意思との関係は一般性をもっているといえるでしょう。
本研究で得られた知見から、就職活動前・中・後の学生の理想の状態として、3つの指標をおくことができます(図表6)。それは【1】就職活動前の自己成長実感、 【2】就職活動中の主体的意思決定、【3】就職活動後の就業レディネスです。これらを意識することが、今後のキャリア教育や企業側から学生に対するコミュニケーション設計を考えるうえで重要な視点だと考えています。
近年のキャリア教育は大学1~2年も対象にしたものが増えてきており、内容も就業観や職業観、社会人基礎力の醸成など、働くことを意識したものが多く見られます。一方で今回の研究では、大学での学びや生活を通じた自己成長実感が職業選択への関心に影響することを確認できました。働くことに直結する学びの期間の重要性を否定するものではありませんが、大学生活全般の充実をはかるような機会の提供などもキャリア教育として重要な側面であることが指摘されたという結果です。この時期の支援の例として、学修成果の可視化・成長度合いの測定やフィードバック・目標に照らした振り返りの設計など、自己成長を実感させるような取り組みが考えられるでしょう。
就職活動のスキル系の「選考対策」、視野を広げるための「社会人との交流・対話」など、就職活動時期の多様な経験が、自分なりの決定軸や心構えをつくっていくことから、座学だけではないキャリア教育の設計や対話の機会の創出も重要といえます。大学のOB・OGを招いて小グループでどのような仕事や働き方をしているかを巡って話す機会を設けるのもよいでしょう。昨今ではキャリア教育を目的とした企業からのインターンシップ機会の提供が増えていますが、自分は何を大事にしているのか、何が得意なのかといった自身の選択軸を明確化するためにも、インターンシップは非常に効果的です。
さらに丁寧に設計するとすれば文系理系のように、大学時代の学びと進路先の関連の強さも考慮できるとよいでしょう。先行研究ではいわゆる文系総合職の一般就職群と、専門的な学び・就職をする専門就職群とで、就業レディネスにつながるモデルへのパスの影響度が異なることが確認されており、上述の選考対策や社会人との交流・対話は、一般就職群の方がより効果的です(渡辺・粟津・酒井・松岡・舛田,2022)。一方、専門就職群はその職業への理解を深めることが重要となります。
就業レディネスは、内定から入社前までの期間でも高めていける概念です。内定先企業への理解や、働くイメージをもつことが、就業レディネスの醸成につながるため、内定先企業との接点が重要な機会になります。企業側の施策例としては、内定者アルバイトなど、先輩社員との交流や就業経験を伴う機会を設けることが挙げられます。
以上、本レポートでは研究の概要と共に実践場面への示唆について触れてきました。大学関係者の方や、企業人事の方、さまざまな立場の方々にとって、学生へのよりよい支援のあり方を考える機会につながれば幸いです。
浦上 昌則(1995b) 女子短期大学生の進路選択に対する自己効力と職業不決断―Taylor & Betz (1983)の追試的検討― 進路指導研究. 16巻, pp.40-45.下村 英雄・堀 洋道(1994) 大学生の職業選択における情報収集行動の検討 筑波大学心理学研究. 16, pp.209-220.竹内 倫和(2012) 新規学卒就職者の組織適応プロセス―職務探索行動研究と組織社会化研究の統合の視点から―. 学習院大学 経済論集. 第49巻 第3号, pp.143-160.藤澤 理恵(2019) 社会貢献研修が新卒入社社員に促す組織社会化 ―多様な人々への傾聴実践が、配属後の主体的な役割形成行動に及ぼす影響―.人材育成学会第17回年次大会発表論文集.舛田 博之(2015) 充実した就職活動が入社後の適応や定着におよぼす影響 ―就業レディネスの重要性―. 就職みらい研究所 調査研究レポート.松岡 剛広・渡辺 かおり・仁田 光彦・舛田 博之(2021) School to Work Transition の促進に関する研究2―就業レディネス醸成の先行要因について.人材育成学会第19回年次大会発表論文集.渡辺 かおり・粟津 俊二・酒井 陽年・松岡 剛広・舛田 博之(2022) School to Work Transition の促進に関する研究3―就業レディネスの醸成に関する縦断研究.人材育成学会第20回年次大会発表論文集.渡辺 かおり・粟津 俊二・酒井 陽年・松本 洋平・松岡 剛広(2023) School to Work Transition の促進に関する研究4―就業レディネスの醸成に関する縦断研究.人材育成学会第21回年次大会発表論文集.渡辺 かおり・飯塚 彩(2023) 新卒採用場面におけるコミュニケーションが内定先理解と就業レディネスに与える影響.人材育成研究. 第18巻 第1号, pp.17-32.渡辺 かおり・松岡 剛広・仁田 光彦・舛田 博之(2021) School to Work Transition の促進に関する縦断研究1―就業レディネス尺度の開発と入社後の適応との関係について.人材育成学会第18回年次大会発表論文集.
研究レポート 2024/09/30
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