研究レポート

実験室実験とオンライン実験のパフォーマンスの違いを検討

リモートワークは業務遂行にどのような影響を与えるか?:心理学実験による検討

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リモートワークは業務遂行にどのような影響を与えるか?:心理学実験による検討

社会におけるリモートワークの普及や研究分野でのオンライン実験の増加に伴い、「どこで働くか・どこから参加するか」の効果を考慮することが重要になってきています。本レポートでは、実験に参加する場所(実験室/オンライン)がグループワークと個人のパフォーマンスに与える影響を検証した研究成果について紹介します。

執筆者情報

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技術開発統括部
研究本部
組織行動研究所
主任研究員

仲間 大輔(なかま だいすけ)
プロフィールを⾒る

はじめに

新型コロナウィルスの感染拡大を契機として、リモートワークが急速に一般化しました。

それにともない、リモートワークの位置づけも変貌してきています。リモートワークはコロナ禍以前から徐々に浸透してきていたものの、感染拡大による社会的な要請を受けて導入範囲が大きく拡大されました。以前は、リモートワークはそれが可能な人が望んで行うことができるものだったのに対して、感染拡大後は、リモートワークを望まない人も含めて、ある意味で強制的にも行われるものとなってきています。

こうした状況は今後も継続する見通しとなっているため、「働く場所」によって、業務遂行にどのような影響があるのかを理解することが必要です。管理職にとって、リモートワークは部下の自律性や生産性、ワーク・ライフ・バランスを向上するといったポジティブな面がありながらも、「部下がさぼっていないか心配である」との回答が半数以上という調査結果もあります*1。働く環境によって人々の仕事への取り組みはどのように影響されるのでしょうか。

当研究所では、こうした疑問に関連する研究を、鹿児島大学法文学部の大薗博記准教授と共同で実施し、その内容をワーキングペーパーとして公開しました。

※追記:後日、国際学術誌であるPLoS ONEに論文として発表しました(2022年4月20日)。
Ozono H, Nakama D (2022) Effects of experimental situation on group cooperation and individual performance: Comparing laboratory and online experiments. PLoS ONE 17(4): e0267251.

本論文では、学術研究の方法論の問題についても扱っていますが、以下では、その中のリモートワークに関連する部分を抜き出して概要を紹介します。(詳細な内容については論文をご覧いただくか、お問い合わせください。)

研究の背景

経済学や心理学では、従来、参加者を実験室に集めての行動実験が研究手法として活用されてきました。しかし、近年ではインターネットや研究デバイスの発展により、実験室内ではなく、オンライン上で行動実験を行う例も増えてきています。つまり、大学内の実験室で実験者や他の参加者と同じ空間の中で実験に参加するという形から、自宅等で他の参加者や実験者とは物理的に離れた場所からオンラインで参加するという形に変わりつつあります。

こうした実験室とオンラインという「参加する場所」の違いは、オフィスでの業務とリモート環境でのそれとの違いと並列になっています。実験室とオンラインでの行動傾向の違いを調べることで、リモートワークの有効性について有益な知見を得ることが期待できます。

そこで、本研究では、そうした「参加する場所」の違いが、人々の行動に与える影響について検討します。具体的には、グループでのワーク場面と個人タスクでのワーク場面の両方に焦点を合わせ、参加する場所の影響を検証しました。

研究の方法

同じ従業員がオフィスでもリモート環境でも働くことがあり、しかもその環境は自分で選べるわけではない、という状況をつくるため、同じ対象(この場合は大学生)が実験室またはオンラインのいずれかに参加するという状況で検討を行いました。

鹿児島大学の学部生を対象に、実験参加希望者を募り、実験室実験とオンライン実験のいずれかにランダムに割り振りました。実験室実験では51人、オンライン実験では56人が参加しました*2。

実験室実験では、参加者たちは指定された時間に実験室を訪れ、実験室内のパーティションで区切られたブースに案内され、そこに置かれたPCを通じて実験に参加しました。オンライン実験では、参加者は指定された時間に、あらかじめ送付されたリンク先にアクセスすることによって実験に参加しました。

実験では、参加者はまず3人のグループを作り、グループワークを行いました。グループワークは、「公共財ゲーム」*3と呼ばれる課題で、各参加者がどの程度グループのために協力をするか(自分の資源を使ってグループに貢献するか)を観察するために多くの研究で使われています。今回の実験では、先行研究にならい*4、合計で20セッションのグループワークを行いましたが、最初の10セッションはシンプルな公共財ゲームを行い、次の10セッションでは「制裁あり」と呼ばれる公共財ゲーム(参加者間で、他のメンバーに対する「制裁」をすることが可能になっているゲーム*5)を行いました。ここでの関心は、参加者がグループワークにどのくらいの貢献をするか(公共財ゲームの中で、グループのためにポイントをどのくらい使用するか)が、参加する場所(実験室かオンラインか)によって異なるかどうかです。

グループワーク終了後に、参加者は個人ワークに取り組みました。ワークの内容としては、創造的なタスクと退屈なタスクの2種類を用意し、取り組みに違いがあるかを観察しました。創造的なタスクとしてはアナグラム課題(5つのひらがなの文字列を並べ替えて意味のある言葉を作る)を、退屈なタスクとしては並べ替え課題(5つのひらがなを指示通りに並べ替えて意味のない文字列を作る)を用意しました*6。また、正解数に応じて実験参加謝礼が変わる「変動報酬」条件と、正解数によらず一定額の実験参加謝礼を得ることができる「固定報酬」条件を設けました。どのようなタスクで、そしてどのような報酬構造で、実験に「参加する場所」によって参加者の個人ワークへの取り組みがどう影響を受けるのか、という点が、ここでの関心になります。

結果の概要

実験の結果を図で示しています。グループワークについても(図表1)、個人ワークについても(図表2)、参加する場所による違いは見られないという結果になりました。

<図表1>グループワーク(公共財ゲーム)での使用ポイント数の推移

*エラーバーは標準誤差を示す(グループレベルでのクラスタリング)

<図表2>個人ワークでの正答数

<図表2>個人ワークでの正答数

* エラーバーは標準誤差を示す

まず、グループワークについては、オンラインと実験室では、シンプルな公共財ゲーム(第1セッション~第10セッション)においても、「制裁あり」の公共財ゲーム(第11セッション~第20セッション)においても、実験室とオンラインとで有意な差は見られませんでした。各グループのポイント使用量について、10セッションを通じての平均、さらには、セッションごとの値についてもマン・ホイットニーU検定を行いましたが、どの場合でも有意な差はありませんでした(すべてのp値>0.10)。なお、制裁の行われ方についても、実験室とオンラインとで有意な差はありませんでした。

こうした結果は、同じ母集団の参加者であればリモート状況でも向社会行動は減衰しないという先行研究の結果と一致するものです*7。また、「制裁あり」状況については本研究で初めて検討されましたが、前述のとおり、同様に参加する場所の影響を受けませんでした。

次に、個人ワークについては、各課題について、正答数を従属変数とし、参加する場所(実験室/オンライン)×報酬の構造(成功報酬/固定報酬)の2要因の分散分析を行ったところ、創造的なタスク(アナグラム課題)においても、退屈なタスク(並び替え課題)においても、すべての主効果と交互作用は有意ではありませんでした(すべてのF値<1.64,すべてのp値>0.10)。つまり、参加する場所も、報酬の構造も、タスクの取り組みに影響を与えなかったということになります。事後的に取ったアンケートで課題の楽しさをたずねたところ、アナグラム課題は並べ替え課題よりも楽しいと評価されていましたが(M = 3.15 vs. 2.79: t(92) = 3.02, d = 0.281, p = 0.03)、そうしたタスクの性質の違いにはよらず、実験室とオンライン参加とで違いが見られなかったのは興味深い結果です。本研究では、心理学実験に参加したいという希望を持つ大学生を対象としていますが、そうした参加者であるがゆえに、参加する場所の違いが大きな効果を持たなかったという可能性が考えられます。

終わりに

本研究では、実験に参加する場所(実験室/オンライン)がグループワークと個人のパフォーマンスに与える影響を調べ、参加する場所の影響は顕著には見られないという結果を得ました。

こうした結果を、企業の文脈に照らして考えると、組織のマネジャーは、これまでと同じ従業員が働く場所をオフィスから自宅に変えるというだけなら、グループワークへの貢献が減ることや、怠惰になることをあまり心配する必要はないということを意味しているかもしれません。

しかし、一方で、今回の結果がどこまで一般化できるかについての留意も必要です。今回の研究で用いたタスクの種類は限定されており、実務的な状況の中で同様の結果が得られるかどうかについては、今後さらに検討する必要があると思われます。

社会におけるリモートワークの普及や研究分野でのオンライン実験の増加にともない、参加者が置かれた状況の効果を考慮することが重要になってきています。そのためには基礎的なデータの蓄積が何よりも重要であり、今回の共同研究の成果はそれに貢献するものであると考えています。

*1 リクルートマネジメントソリューションズ(2020)温かく明快なコミュニケーションで、誰も孤立させないテレワークを
*2 論文内では、大学生の他に、クラウドソーシングで募集した参加者についても検討していますが、ここでは割愛します。
*3「公共財ゲーム」は、以下のような流れで進みます。
・参加者は、各セッションの初めに、20ポイントを与えられ、そのうち何ポイントをグループワークに使うかを決定する
・参加者全員が決定を行うと、各参加者の使用ポイントは合計され、1.5倍されたうえで、3人のメンバーに均等に分配される
・メンバーそれぞれの使用ポイントと分配されるポイントについての情報が、メンバーに提示される
・「使わなかったポイント」と「分配されたポイント」の合計が各参加者の持ち点に加えられる
・以上を1セッションとして、20セッションを繰り返して行う。各参加者は自分の持ち点に応じた実験参加謝礼を受け取る
*4 Fehr E, Gächter S. Cooperation and punishment in public goods experiments.Am
Econ Rev. 2000; 90(4): 980-94.
*5「制裁」ありの公共財ゲームの概略は以下のとおりです。
・各セッションで、*3での公共財ゲームのあと、他のメンバーの持ち点を減らす機会が参加者に与えられる
・参加者は、自分の持ち点を1ポイント使うごとに、他のメンバーの持ち点を2ポイント減らすことができる
・それぞれのメンバーがグループワークのために使用したポイントが提示され、その情報をもとにいくら減らすかを判断する
・各メンバーは10ポイントまで「制裁」に使うことができる
*6 創造的なタスクとして、漢字連想課題(3つの漢字のセットを見て、共通してつながる漢字を答える)も行いましたが、ここでは説明を割愛します。
*7 例えば以下のような研究があります。
Bader F, Baumeister B, Berger R, Keuschnigg M. On the transportability of laboratory results.Sociol Methods Res. 2019; 50(3):1452-1481.
Hergueux J, Jacquemet N. Social preferences in the online laboratory: a randomized experiment.Exp Econ. 2015; 18(2): 251-83.
Snowberg E, Yariv L. Testing the waters: behavior across participant pools.Am Econ Rev. 2021; 111(2): 687-719.

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