経済実験が示すその効果とは 組織理念の存在意義

組織理念の存在意義について、経済学で論じられていることをご紹介します。


組織理念は何のためにあるのか?

経営理念とは、ゴーイング・コンサーンたる企業の社会的存在意義、少なくともその企業自身が長期的にこうありたいと望む姿を示す文言である。例えば「ビジョン」や「ミッション」、「バリュー」など、その呼び名や構成はさまざまであるが、ともあれ組織としての何らかの理念を標榜する企業は非常に多い。営利企業に限らず、公共機関やNGOなどさまざまな形態の組織においても、やはり何らかの組織理念が掲げられるのが通例である。

こうした文言が単なる壁の飾りと化しているケースもよく見られるが、その一方で、社内広報や人事制度への取り込みなどを通じて、組織内への理念浸透に力を尽くす組織が多く存在することもまた事実である。組織理念を核とする強い組織文化を構築し、ひいてはそれを長期的な安定と成長の土壌とすることが期待されているのであろう。

しかし、それは本当なのだろうか。組織理念の表現はしばしば非常に抽象的であり、それが日々の業務において具体的に役立つ場面などそう多くはないだろう。また、たとえ組織理念が飾りものになっていても、経済的には順調な成長を遂げている企業もあろう。そのように考えてみると、組織理念の意味合いも少々あやしく思えてくる。組織理念の標榜や浸透は、本当に何か具体的なインパクトを経営にもたらしうるのだろうか。

だが幸いなことに、これは決して無意味ではないようである。本稿では、この問題について経済学の分野で論じられていることを、いくつか簡単に紹介してみたい。

内発的動機付け要因としての組織理念

経済学における組織理念の意義は、何よりもまずその動機付け要因としての効果に求められる。これは賃金をはじめとする外発的要因とは異なり、個人の心理に由来する内発的な動機付け要因である。したがって、特に公共機関やNGO、福祉関係分野の企業など、強い金銭的インセンティブがなじまない組織に関連して論じられることが多い。

この種の議論で重視されるのは、メンバー個々人がもつ選好と組織理念とのマッチングである。詳述は避けるが、いくつかの先行研究が、強い理念をもつ組織には、その理念にマッチする人材が集まり、またそうなった場合に初めて高いモチベーションが発揮されうることを報告している。

ここでは、最近の興味深い研究を1つ、かいつまんで紹介しておこう(Fehrler and Kosfeld, 2014)。この論文では大学生を被験者として、次のような実験を行っている。

被験者は何らかの作業を行うために雇用されるものとする。そのために2種類の雇用契約を準備する。一方の契約(契約1)では、[固定給+一定額×労働量]という報酬スキームが被験者に提示される。それと同時に、被験者の労働量に比例して、大学からNGOへの寄付が実施される。寄付先となるNGOは、予め準備されたリストから被験者本人が好きなように選択できる。以上の条件の下で、被験者は自身の労働量を決定する。

もう一方の契約(契約2)も上記とほぼ同じ内容であるが、ただし寄付金の行き先はNGOではなく、大学内で無作為に選ばれた赤の他人である。つまり、契約1を選べば、所定の労働と同時に社会貢献も(NGOを通じて)果たすことができる。その意味で、契約1の内容は社会貢献という「理念」を含んでいる。一方、契約2ではそのようなことは期待できない。他の条件は同一なので、これらの契約間で被験者の労働量に違いが生じたとすれば、社会貢献に関する理念と本人の選好とのマッチングが、労働量に影響を与えたものと考えることができる。

著者たちは、各契約の報酬額を変化させながら繰り返し実験を行い、被験者の行動を分析した。得られた結論は次のようなものであった。まず、報酬額が同等であれば全員が契約1を選択する。次に契約2の報酬額だけを高めていくと、契約1を選ぶ人数は次第に減るが、それでもなお契約1を選ぶ者は残る。この残った被験者たちは、自分が多少損をしてでも社会貢献の理念を選択しているわけである。社会貢献に対してそれだけ強い選好をもつ人々と考えてよい。そして、契約選択後の労働量を統計的に分析すると、この契約1に残った被験者の労働量は、他に比べて多いことが明らかになった。ところが、契約の選択を被験者本人に行わせず、著者たちがランダムに決定するようにした場合は、いくら実験を繰り返しても、労働量に目立つ違いは生じなかったのである。

この実験結果によれば、確かに、個人の選好と組織理念がマッチした場合に、個人は多少の損失(例えば他の組織よりも少し賃金が低いなど)を厭わず、より高い生産性を発揮する可能性がある。ただし、そのためには、予め何らかの選好をもつ個人が、その選好とマッチする理念を自ら選択するプロセスが、重要な意味をもつらしいのである。

外発的動機付け要因との関係

上記の実験は、内発的動機付け要因としての組織理念の可能性を示している。しかし、この実験に見られるような個人選好と組織理念のマッチングは、現実の組織にとっては少々敷居が高いだろう。組織理念だけを指針として人材採用を行うわけにはいかない。理念に関して多少ミスマッチでも、必要な人材であれば採用せざるを得まい。だからこそ、外発的な動機付け要因など、さまざまな人事管理上の工夫が必要となる。本節では、それらの関係を論じたもう1つの研究例を紹介する。

2012年のアメリカ大統領選挙では、民主党の現職オバマ大統領と共和党のロムニー候補が票を争った。Carpenter and Gong (2016)は、この選挙を利用しておもしろい社会実験を行っている。

この実験の被験者は、メール封入作業のために雇われた200名強の学生アルバイトである。チームワークではなく、仕切られた個人ブースのなかで各々が個別に作業する。この作業に対して、2種類のアルバイト契約を準備する。一方の契約(契約1)では、定額のアルバイト料が支払われる。もう一方の契約(契約2)では、同じ定額に加えて、封筒処理数に比例した成果給が支払われる。契約は学生が選ぶのではなく、著者たちがランダムに決定する。

最初に、選挙とは全く無関係な封入作業を行わせて、各人の基本的な作業処理能力を測っておく。その上で、次にオバマ陣営あるいはロムニー陣営のメール封入作業をランダムに割り当てて、その処理量を測定する。選挙陣営、およびアルバイト契約の割り当てを変えながらこの実験を繰り返す。

学生個々人の支持政党は、事前アンケートで予め確認されている。支持政党側の作業を割り当てられたときに、組織(選挙陣営)の理念と自身の選好が一致した状態となるわけである。むろん逆の場合は不一致な状態である。その違いは、作業の処理量や成果給の効果にどのような影響を与えるのだろうか。

各人の基本的な作業処理能力なども考慮した統計分析から、いくつかの興味深い結果が得られている。まず、組織理念と個人選好の一致状態について見ると、支持政党側の作業を割り当てられた場合の処理量の方が、そうでない場合よりも平均して72%高い。一方、契約形態別に見ると、固定給だけの契約1よりも、成果給を含む契約2の方が、やはり平均的な作業処理量は増えている。ただし、その増加幅は35%に留まっている。

次に著者たちは、この成果給の効果を、組織理念と個人選好の一致状態別に分析している。その結果、さらに興味深いことが分かった。自身の支持政党ではない側の作業を割り当てられたグループでは、成果給によって平均86%もの処理量増加が見られる。それに対して、支持政党側の作業を割り当てられたグループでは、その増加幅はわずか13%に過ぎなかったのである。ただし、それでもなお、増加後の処理量は前者のグループよりも後者のグループの方が上回っている。

これらの結果が示唆するところは重大である。第一に、個人の生産性に対する組織理念の影響は、成果給などの外発的要因の影響よりもはるかに大きいものとなる可能性がある。そして第二に、組織理念と個人選好がミスマッチな状態でも、成果給などの外発的要因によって生産性を高めることは可能である。この実験結果を見れば、むしろミスマッチな状態においてこそ、外発的要因はより大きな効果を表すと考えられるだろう。逆に言えば、組織理念と個人選好とのマッチングが実現されているような組織では、外発的動機付け要因の必要性は薄まる可能性がある。

個人の選好は変えられるか

紹介した2つの研究はいずれも、内発的動機付け要因としての組織理念の意義を示している。個人の選好とのマッチングをうまく実現することができれば、大きな生産性向上につながるだろう。のみならず、強い金銭的インセンティブなどでカンフル的な刺激を与える必要性が、理念浸透によって著しく低下する可能性もある。

ところで、マッチングの実現を目指す上で、組織メンバー個々人の選好は所与の条件と考えざるを得ないのだろうか? これは意外に(特に経済学者にとっては)根の深い問題である。先に紹介した2つの研究は、いずれも個人の選好が不変であることを前提としていた。しかし現実問題として、当然ながら人は変わりうる。この点を指摘しているのは、ノーベル経済学賞受賞者であるジョージ・アカロフ教授である。Akerlof and Kranton (2005)は、アメリカの陸軍士官学校の事例を引きながら、強い組織理念に基づく人材育成が、メンバー個々人の選好を変化させ、事後的にマッチングを成立させる可能性を論じている。むろん、軍隊教育はいささか極端な例であろう。しかし、続けて論じられているように、これは民間の企業においてもある程度は当てはまることである。この論文で提示されている理論仮説では、組織理念を個々人に内在化(internalize)させることができれば、強い金銭インセンティブを伴わないような状況においても、労働者から高いモチベーションを引き出しうることを示している。多くの組織で見られるさまざまな理念浸透の施策は、まさにこの内在化の実現に向けた試みといえよう。

このように複数の経済実験が示しているとおり、組織理念の現実的な存在意義は決して小さくはない。具体感が乏しいために見過ごされがちであるが、壁の飾りとしておくにはあまりに惜しい存在である。組織の強化・活性化のための1つの手段として、今一度捉え直すべきであろう。


参考文献
Akerlof, G. A. and R. E. Kranton (2005) “Identity and the Economics of Organizations”, Journal of Economic Perspectives 19(1): 9-32.
Carpenter, J. and E. Gong (2016) “Motivating Agents: How Much Does the Mission Matter?”, Journal of Labor Economics 34(1): 211-236.
Fehrler, S. and M. Kosfeld (2014) “Pro-social Missions and Worker Motivation: An Experimental Study”, Journal of Economic Behavior and Organization 100: 99-110.


PROFILE
柿澤寿信(かきざわひさのぶ)氏
大阪大学 全学教育推進機構 特任講師
株式会社リクルートマネジメントソリューションズ 組織行動研究所 客員研究員

博士(応用経済学)。複数のコンサルティングファーム勤務、同志社大学商学部助教を経て現職。企業の内部労働市場に関する計量的研究を主に行っている。主な業績として『人事の統計分析:人事マイクロデータを用いた人材マネジメントの検証』(ミネルヴァ書房、共著)など。

※記事の内容および所属は掲載時点のものとなります。

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