企業と個人の視点の相違からの検討 なぜキャリア自律が進まないのか

日本において、自律的キャリア、キャリア自律という言葉が語られるようになって久しい。 そのなかで、企業が従業員のキャリア自律を望む一方で、個人のキャリア自律が進んでいないという論が少なくない。

本レポートでは、「自律的キャリア/キャリア自律」が進まない背景の1つとして、 企業と個人それぞれにとっての意味合いの違いに着目し、自律的キャリアの議論が生じてきた経緯から、その整理を試みている。


はじめに

「自律的キャリア」とは何であるか。長く議論が続くテーマであるが、この問いについて明確に回答することは難しい。そもそも、HRMにおいてなぜ自律的キャリアがクローズアップされてきたのかが、はっきりとしていない(平野, 2003)。そして、自律的キャリアの重要性、必要性を訴えながらも結局のところ自律的キャリアとはなんなのか、自律的キャリアがどういった影響をもたらすのかについて十分な検証がなされておらず、明確な理解が得られていないことが指摘されている(堀内・岡田, 2009; 島田, 2008)。これまでの自律的キャリアの議論は、「自律的にキャリアを築く」という魅力的でキャッチーな言葉を曖昧に捉え(平野, 2003)、印象論的なものが多かったと言わざるをえない。

自律的キャリアの議論において、まず取り組むべきは、自律的キャリアとは何かを定義することであり、 何を課題としているのか、何を議論すべきなのかを明らかにすることであろう。これが、本レポートにおける問題意識である。ただし、自律的キャリアの定義を呈することは非常に困難である。本レポートでは、自律的キャリアの議論がどういった背景をもってクローズアップされてきたのか、その経緯を明らかにし、その後、日本の自律的キャリアにおいて議論すべき課題を示すことで、今後、自律的キャリアの議論が前進することを意図している。

自律的キャリア議論登場の背景

自律的キャリアやキャリア自律についての議論は、欧米においては、それほど取り上げられていないといわれている(島田, 2008)。自律的キャリアやキャリア自律に対応する言葉としてCareer Self-Reliance (Collard, Epperheimer & Saign, 1996)が存在するが(※1)、そもそも欧米においては、キャリアという概念自体が自律の要素を含んで理解されており、自律が特に強調されることが少ない(島田, 2008)。つまり、日本において独特の議論なのである。


※1 Collard, Epperheimer & Saign(1996)によれば、Career Self-Relianceは「変化の激しい環境における、自らの仕事人生を積極的にマネジメントする能力、または、組織の内外にかかわらず、自らが自らによって雇われている状態であろうとする態度」(the ability of actively manage one’s work life in a rapidly changing environment; the attitude of being self-employed, whether inside or outside an organization ) と定義される。


日本の高度経済成長が終わり、経済が減速に差し掛かり、キャリアのあり方が改めて問われることになった。日本においては、バブル崩壊やそこから続く長期不況、金融危機によってもたらされた日本の雇用システムの変革(宮本, 2007a;宮本, 2007b; 宮本, 2012)がキャリア議論の契機となった。

バブル崩壊や長期不況は、アメリカの場合と同様に、ホワイトカラーも含めた解雇の実施や制度の変革をもたらした。

メインバンクや株式の相互持ち合いが、いわゆる日本的雇用慣行を支えていたといわれている。メインバンクの存在が大きかった頃は、短期的な利益が見込めない状態であっても、株主から賃金カットや雇用削減を迫られる圧力は小さかった。しかし、バブル崩壊や長期不況が続くなかで最も打撃を受けたのは他ならぬ金融機関であった。そのため、企業の株式保有比率においてメインバンクが減少し、相対的に個人株主の割合が増大した。こうした状況は、従業員重視といわれたガバナンスから株主重視のガバナンスへの移行を促し、企業に対し短期利益の重視、コストカットと業績増大を求める圧力となった。

株主重視のコーポレート・ガバナンスへの移行は、一連の雇用システムの変化を伴うものであった。代表的には、職能等級制度の見直しである。これは、人件費の変動化を意図したものであり、コストカットによる利益重視と、企業の成果にコミットした働き方の奨励を反映しているといえる。

従来の職能資格制度は、人件費を変動費化しづらく賃金インフレ(人件費の高騰)を起こしやすい(平野, 2010)という特徴がある。平野(2010)によれば、これは職能資格制度が、もつ2つの基本思想、「資格は過去から積み上げてきた成果を反映したもの」「一度身についた能力は減らない」に起因している。高度成長が終焉を迎え、長く続く不況、低成長の状況下においては、職務の変化がないにもかかわらず資格の上昇が生じ、結果として賃金と職務のバランスが崩れ賃金インフレが問題となる。また、技術進歩のスピードが上がり、速く激しい変化が生じる現代において、能力は簡単に陳腐化するようになったが、こうした減少も職能資格制度では反映されない。

職能等級制度の見直しとは、つまり、職能資格制度から職務等級制度の色彩を強めていくことである(※2)。それに伴い、いわゆる成果主義の考え方が強まり、また人事部に集権化されていた人事権の分権化も進んだ(平野, 2010)。ただし、あまり大きな変化が生じなかった雇用システムが存在する。それは、企業内部における幅広いキャリア形成である。新卒一括採用が継続され、ジョブローテーションによる幅広いキャリア形成を従業員に提供し、従業員を「会社が育てる」システムについては、現在でも維持されている。これは長期雇用を前提とし、主な労働力の源泉を内部から調達することを志向しているといえる。つまり、日本における雇用システムの変化は、「職務等級制度への歩み寄り(成果主義の導入)」と「長期雇用維持による内部労働市場の重視」を特徴としているといえる。


※2 全くの転換が行われることは少なく、また職能資格制度を維持している企業も当然存在する。


こうした変化は、単純に制度の変化というだけでなく、日本における働き方やキャリアというものの捉え方に対し、大きなインパクトを与えたことは想像に難くない。宮本(2012)が指摘するように、バブル崩壊以前の80年代には(日本の雇用制度についての)過剰な長所の議論を、その後の「失われた20年」には過剰な短所の議論を観察することができるからである。さらにいえば、日本企業の強みとして賞賛されていた、企業に全人的にコミットする人材の評価が、現代においては「会社人間」と揶揄され、正反対の評価を受けるようになっている(田尾, 1997)ことは、端的にその事実を示している。

アメリカにおいては、既存の制度の延長として制度の改革が行われ、またキャリアに対する考え方も従来、自国に存在していたものをモデルケースとしていた。しかし、日本においては、従来の延長や拡大ではなく、強烈な自己否定から始まっており(※3)、雇用システムの一部を維持しつつも、アメリカの雇用システムを取り入れる形で進んできたといえる。こうした自己否定は、雇用システムだけでなく働き方やキャリアにも及び、ここに至り、自律的キャリアの議論が登場することとなる。


※3 詳しくは青島(2008)を参照のこと

企業から見た自律的キャリア、個人から見た自律的キャリア

ここで重要なことは、自律的キャリアの議論は、2つの立場が存在することである。1つは企業の立場から語られる自律的キャリアであり、もう一方は個人の立場から語られる自律的キャリアである。

上述したように、日本企業における雇用システムの変化は、「職務等級制度への歩み寄り(成果主義の導入)」と「長期雇用維持による内部労働市場の重視」を特徴としている。これらは、一方で企業の競争力の源泉となる人材として自発的、自律的に職務に取り組む人材となってほしいという希望を、他方で、自発的、自律的でありつつも、あくまで「社内で」キャリアを形成してほしいという企業の要望を表している。日本経済団体連合会(2006)が自律的キャリアについて言及した報告書のなかで、多様化するニーズへの対応のために自律型人材が重要であること、そのために従業員の主体的なキャリア形成への取り組みが不可欠であると語っていることは、自律的キャリアに対する企業の視点を示している。

また、別の視点から企業が自律的キャリアを求める要因を示す研究も存在する。平野(2003)によれば、人事管理上の構造的理由から自律的キャリアは求められる。人事管理の権限が人事部から各部門へと分権化されたことで、従業員個人についての情報を人事部は限定的にしか取得できなくなった。企業全体の最適な人材配置を行うにあたって、従業員の情報を提供可能にし、かつ取得可能にするには非常に大きなコストが生じる(情報の粘着性の問題)(※4)。その問題を抜本的に解決しうる方法が、個人によって自身のキャリアに関する情報(現状と将来の希望)が取引可能な状態=キャリア自律の状態であるとしている。この見方においても、企業が「社内における」自律的キャリアを求めていることがわかる。


※4 情報の粘着性とは、「情報をその受け手が利用可能なかたちで移転するのに必要な費用」のことである(von Hippel, 1994)。一般に受け手が利用可能なかたちに変換する費用、及び移転する過程そのものにかかる費用があるとされる。


いずれにせよ、個人の自発性や積極性を重視し、また実際に行動し、成果や結果を残すことも、自律的なキャリア形成のなかに含まれていると見ることができる。つまり、企業から見た自律的キャリアの議論において中心的な問題となるのは、職務や企業における出来事に対していかに自発性や積極性をもたせるかであるし、個人の発達や成長をいかに企業の成果に結びつけるかに集約される。

一方で、個人の視点における自律的キャリアとは、どのようなものとして捉えられるだろうか。上述のように、新たな制度への変化は働き方や従来のキャリアのあり方への自己否定を伴って現れた(青島, 2008)。寺崎(2009, 2010)に従えば、社会的に規定され、社会によって支えられていた労働の意義が喪失したため、労働の意義を自問し、「自己」の内に探求し、キャリアを自己決定しなければならなくなったといえる。つまり、個人からすれば、自律的キャリアは積極的な選択というよりも、そうせざるをえない選択といえるかもしれない。このことを示すようなデータも存在する。厚生労働省(2014)によれば、1つの企業に長く勤める一企業キャリアを支持する割合、終身雇用や年功賃金を支持する割合が近年、増加傾向にあることが示されている。こうしたデータは、個人がキャリアを企業に委ねたいという心情を表しているのかもしれない。

こうした自律的キャリアに対するネガティブな見方は、自律的キャリアが一義的に、客観的に規定されえないからであろう。こうすれば良い、という絶対解が存在しないという特徴を自律的キャリアは有している。それはひとえに、社会的に、一義的に、客観的に規定されていたキャリア観の喪失から自律的キャリアの議論が始まったからである。そのため、明確な答えを見出すことができず、提示されるキャリアに依拠しようとするのではないか。これは、フロム(1951)が『自由からの逃走』において指摘したことを想起させる。

しかし、その一方で、より積極的に自律的キャリア/キャリア自律を展開する個人も存在する。例えば三輪(2009)は知的労働者として経営コンサルタントを取り上げ、彼らのキャリア発達についてインタビュー調査を行っている。その結果、より専門性を求める志向や独立性を求める志向を見出し、また自発的な学習や能力形成、人的ネットワークの拡大と緊密化を積極的に行っていることを明らかにした。また、そうした個人が独立している事例もあり、少なくとも組織の提示するキャリアに依存せず、積極的にキャリア形成しているように推察される。

個人における自律的キャリアの最も注目すべき課題は、自律的キャリア/キャリア自律に対してポジティブでいられるか、ではないだろうか。つまり、自律的キャリアにおける心理状態の問題である。自律的キャリアが、客観的に規定されないものであることを前提とするのであれば、能力形成に積極的であるか(英語を勉強する、など)、独立するかどうか、といったことは本質的な議論ではない。いかに自らのキャリア形成に対し積極的に捉えられるようになるか(言い換えれば、なぜ積極的に捉えられないのか)を、まず検討せねばならない。

自律的キャリア議論における課題と今後の展開

以上のように、自律的キャリアにおいて、企業から見るのか個人から見るのかで、大きく論点が異なることがわかる。個人から見た場合、仕事や職場での出来事に対して自発性や積極性があるかどうか、実際に行動に表し何らかの成果になっているかどうかというのは、自律的キャリアの1つの側面に過ぎない。しかし、企業の立場では、こうした側面こそが肝要であるといえる。従来の議論では、こうした整理を十分になさず、混在する形で行われてきた。これが、自律的キャリアの議論を印象論的にしてきた要因の1つであろう。

自律的キャリアにおける個人と企業のギャップは喫緊の問題である。企業は、自らのキャリア形成に対してポジティブではない個人まで想定したキャリア支援をしているだろうか。勉強会の実施や社外研修への参加に対する金銭的援助、40代などの節目におけるキャリアの棚卸しといった施策の実施は、すでに自らのキャリア形成に対してポジティブである個人にとっては、良い機会となるであろうが、そうでない個人にとっての効果は不明である。

こうした観点の議論は知る限りにおいて、存在しない。

まずは、自律的キャリアについて、企業と個人のそれぞれがどのように捉えているのか、より精緻に明らかにしていくべきだろう。特に、個人が自律的キャリアをどのように捉えているのか、心理的状態に対して十分に考慮すべきである。そのため、今後、キャリア研究において蓄積されてきた知見および現在の従業員への調査を行いつつ、自律的キャリアの心理状態を捉える概念を明らかにされることが期待される。

引用・参考文献
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Collard, B., Epperheimer, J. W. & Saign, D. (1996). Career resilience in a changing workplace, Office of Educational Research and Improvement(ED).
フロム, エーリッヒ(1951) . 日高六郎(訳)『自由からの逃走』, 東京創元社.
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von Hippel, E.(1994). “Sticky Information” and the locus of problem solving; Implications for Innovation, Management Science, 40, pp.429-439.

PROFILE
市村陽亮(いちむらようすけ)氏
株式会社リクルートキャリア
株式会社リクルートマネジメントソリューションズ 組織行動研究所 客員研究員

2011年、神戸大学において組織コミットメント研究に従事し、経営学修士号を取得。同年、リクルートエージェント(現リクルートキャリア)に入社。
ラインスタッフとして事業部のモニタリングや計上業務に従事したのち、新卒採用における斡旋事業のキャリアアドバイザー、リクルーティングアドバイザーを務め、2014年に退職。
現在は、神戸大学の博士課程に在籍。研究テーマは自律的キャリア、組織コミットメント、組織による支援の認知など。

※記事の内容および所属は掲載時点のものとなります。

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