企業の支援はキャリア自律を妨げるのか 組織的な支援がキャリア自律を抑制しキャリアの停滞につながるプロセス

2013年にリクルートマネジメントソリューションズが行った「人材マネジメント実態調査2013」では、約8割の企業は従業員にキャリア自律を求める一方、この10年で従業員のキャリア自律が進んだと感じる企業は2割程度であることが明らかになった。本レポートでは、客員研究員の市村陽亮氏が、現在研究中の知見を基に、組織からの支援が、従業員のキャリア自律を妨げている可能性について考察する。


はじめに

ある企業の人事部の方とお話しさせて頂いたことがある。その企業では従業員のキャリア自律を促そうとさまざまな施策を試されていた。そのときに伺った一言で非常に印象的であったことが、「与えれば与えるほど、欲しがるようになる」という言葉である。企業としては、従業員が自ら考え動くようにと腐心しているにもかかわらず、従業員は企業により依存するようになるという現象であった。

キャリア自律の必要性が言われるようになり、働く個人の意識もまた変化した。必ずしも一企業での仕事人生にこだわらないようになったことが、さまざまな調査から明らかになっている(例えば、萩原, 2013)。しかし、厚生労働省(2014)によれば、1つの企業に長く勤める一企業キャリアを支持する割合が近年は増加傾向にあること、また終身雇用や年功賃金の支持割合も同様に増加傾向にあることが示されている。こうした状況を踏まえると、現在の日本においては、一企業に縛られないキャリアへの抵抗感は低減しているものの、望ましいもの、積極的に選択したいキャリアではないと推察される。

こうした現状において、個人のキャリア自律をいかに促すか、どのように支援するか、かつ同時にそうした人材をいかに確保し維持するかが重要な課題であり、多くの企業が取り組んでいる。

しかし、ただ単に支援を行うだけでは、キャリア自律を促すどころか抑制してしまう可能性がある。本レポートでは2015年度の経営行動科学学会(JAAS)にて発表予定の研究の知見を基に、組織からの支援によってもたらされる知覚である「組織的開発支援(Organizational Support for Development:以下、OSD)」と「存続的コミットメント(功利的コミットメント)」がキャリア自律を抑制する仕組みを提示する。

「組織的開発支援(OSD)」とは

OSDは、Kraimer, Seibert, Liden & Bravo(2011)によって「職務スキルやマネジメント能力の発展を支援するプログラムや機会を組織が与えてくれているという全般的な従業員個人の知覚」と定義された概念である。OSDは職務スキルやマネジメントスキルの支援に限定している点、支援制度そのものではなくその知覚として捉えることでフォーマルな支援及びインフォーマルな支援の双方を射程に捉える点で特徴的である。

組織からの全般的な支援の知覚を表したものに「知覚された組織支援(Perceived Organizational Support:以下、POS)」がある。POSは、Eisenberger, Huntington, Hutchison & Sowa(1986)に提唱された概念であり、「組織が従業員の貢献を価値あるものとしている程度や、従業員のwell-beingに配慮してくれている程度に関する全般的な信念(global beliefs concerning the extent to which the organization values their contributions and cares about their well-being)」(Eisenbergaer, et. al., 1986; 高木, 2001)と定義される。OSDとの違いは、全般的な支援の知覚なのか、スキル支援やマネジメント能力の支援に限定している点であるが、一方で社会的交換理論(※1)に基づく交換関係を予想している点や上司との垂直的交換関係を重視する点などでPOSの知見を踏襲している。

OSDがパフォーマンスや離職意図に対して及ぼす影響の説明として依拠されている社会的交換理論や返報性の原理(※2)からは、自律的キャリアに与える影響を説明することはできない。組織の恩に報いるため自律的にキャリアを築く、ということは一般的にありえないだろう。組織的な支援がキャリア自律を抑制し、キャリアの停滞を招く理由は、依存心の促進にある。こうした依存心を表すものとして着目したのが存続的コミットメント(※3)である。


※1 社会的交換理論とは、関係の満足度や安定性は、報酬とコストに依存するという基本仮定をもつ一連の理論のことである。経済的な交換の概念を社会学や心理学に応用したものであり、経済的交換との差異として交換される対象に物質的なものもシンボリックなものも両方を含むことがある。例えば、地位や表彰といったものを与えられることで、より高い労働力や役割に含まれない行動の増大といった行動で報いるようなことである。
※2 返報性の原理、または互恵性の原理(the norm of reciprocity)は、社会的交換過程において、二者が相互に正や負の報酬を与え合うことで最終的に両者が得る報酬が等しくなることである。一方が何かを与えることで、他方に返報への義務感もしくは与えられたものへの満足感が生じ、返報の行為に繋がる。
※3 存続的コミットメントは、離職や転職などによって現在所属している組織から離脱することで損をする、リスクがあるために組織を離れたくない、という心理状態のことである。存続的コミットメントは、ネガティブな成果に繋がりやすいことが先行研究から示されている。キャリア形成に直接的に繋がることが期待されるスキルや能力形成の組織的支援を受ければ受けるほど、その組織を離れるリスク、不利益の知覚は増大するだろう。

OSDがキャリア自律の停滞に及ぼす影響

では、実際にOSDは存続的コミットメントの促進に繋がり、かつキャリア自律を停滞させるのであろうか。現在、キャリア自律の程度について「キャリア・ドリフト」によって測定し、その関係を定量的に検証している。キャリア・ドリフトは、「自分のキャリアに対して意識が低い状態」(鈴木, 2001)と定義される概念である。つまり、OSDによって存続的コミットメントを介してキャリア・ドリフトが促進される場合、OSDがキャリア自律を抑制するといえる。

検証中のデータによると、この予想は支持される(図表01)。

OSDは有意に存続的コミットメントを促進し(β=.25, p<.001)、存続的コミットメントは有意にキャリア・ドリフトを促進している(β=.21, p<.01)。

図表01 OSDが存続的コミットメントを媒介してキャリア・ドリフトに与える影響

なぜ組織からの支援がキャリア自律を抑制するのか

現在、まだ検討中ではあるが、組織からの支援の知覚がネガティブな効果に繋がる可能性が示唆された。しかも能力支援を知覚することで自律性が減退するという点は、これまでの知見と異なる示唆である。こうした結果となることは、日本という文脈的要因が関係しているかもしれない。元来、能力やスキルの発展はキャリア・アンカーの自覚に繋がる(Schein, 1978)ことから、キャリア自律を促進するはずである。OSDは支援を受けているという知覚であるため、スキルの発展ではないが同様の関係を見出しても不思議ではない。それが観察されない一因として、日本企業の行っている支援施策が、企業特殊的なものになっている可能性がある。

つまり、企業から受ける支援によって伸張されるスキルや能力が、企業や業界などに限定されずに利用できるものではなく、エンプロイヤビリティになっていない可能性である。現在の日本においては、長期雇用を維持したいと考えている企業が未だ80%以上存在しており、2004年に行われた同様の調査と比較しても増加傾向にある(労働政策研究・研修機構, 2008, p.4)。さらに、同調査において「従業員の生活を保障するのは企業の務めである」という質問を肯定する割合も86.8%存在しており(労働政策研究・研修機構, 2008, p.9 )、長期的な雇用を前提とした雇用慣行が維持されていると考えられる。そして意図せず、研修や支援施策の内容が、社内における能力開発、スキル開発に特化したものになっているのではないだろうか。そのため、支援を受ければ受けるほど、社内でのみ通じる能力が培われ、離脱するコストやリスクをより感じるようになる。同時に、企業からは十分な支援があると知覚していれば、それに任せようという心情になることは理解できる。

以上、見てきたように、組織的な支援はやりさえすれば良いというわけではなく、それによって思わぬ逆効果をもたらす可能性がある。特に自律的キャリア支援においては、十分にその効果を検討しなければならない。今回は、特定の支援ではなく支援の知覚に焦点を当てているため、どういった支援がどのような結果をもたらすかは今後検討する必要がある。


引用・参考文献
Eisenberger, R., Huntington, R., Hutchison, S., & Sowa, D. (1986). Perceived organizational support. Journal of Applied Psychology, 71, 500 - 507.
厚生労働省(2014). 職業生涯を通じたキャリア形成. 労働経済の分析-人材力の最大発揮に向けて-, 149-215.
Kraimer, M. L., Seibert, S. E., Wayne, S. J., Liden, R. C., & Bravo, J. (2011). Antecedents and outcomes of organizational support for development: the critical role of career opportunities. Journal of Applied Psychology, 96(3), 485.
萩原牧子. (2013). 彼らは本当に転職を繰り返すのか. グローバル採用から考える, これからの人事戦略Works Review, 8, 8-21.
(独)労働政策研究・研修機構 (2008). 企業における人事機能の現状と課題に関する調査, 労働政策研究・研修機構.
Schein, E. H., &Schein, E. (1978). Career dynamics:Matching individual and organizational needs (Vol. 24). Reading, MA: Addison-Wesley.
鈴木竜太. (2001). キャリア・ドリフト論序説: キャリア・プラトーではない停滞の存在. 経営と情報: 静岡県立大学・経営情報学部/学報, 14(1), 7-18.
高木浩人. (2001). POS (Perceived Organizational Support) 研究の展開.愛知学院大学文学部紀要, 31, 17-25.


PROFILE
市村陽亮(いちむらようすけ)氏
株式会社リクルートキャリア
株式会社リクルートマネジメントソリューションズ 組織行動研究所 客員研究員

2011年、神戸大学において組織コミットメント研究に従事し、経営学修士号を取得。同年、リクルートエージェント(現リクルートキャリア)に入社。
ラインスタッフとして事業部のモニタリングや計上業務に従事したのち、新卒採用における斡旋事業のキャリアアドバイザー、リクルーティングアドバイザーを務め、2014年に退職。
現在は、神戸大学の博士課程に在籍。研究テーマは自律的キャリア、組織コミットメント、組織による支援の認知など。

※記事の内容および所属は掲載時点のものとなります。

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