研究レポート

鍵を握るのは上司のサポート

日系企業で働く中国人従業員のリテンション・活躍の促進要因

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日系企業で働く中国人従業員のリテンション・活躍の促進要因

多くの企業にとってグローバル化が進むなかで、どのように継続的に競争優位性を発揮するかが重要な課題となっています。そのために、優秀な人材を国内だけでなく海外からも採用し、リテンション、戦力化することは、これまで以上に力を入れて取り組むべき課題となりつつあります。しかし、現状に目を向けると、海外人材を採用した後にリテンションや活躍を促進することができず、課題を抱えている企業が少なくありません。

では、日本企業は、どうすれば海外人材のリテンションや活躍を促進することができるのでしょうか。この問いに対する示唆を得るべく、2013年3月に「日本企業における中国・日本人従業員のリテンション・活躍に関する実態調査」を実施し、分析・研究を進めてまいりました。本レポートでは、経営行動科学学会第16回年次大会で発表した研究成果(日本企業における中国人従業員の定着と活躍の促進要因に関する研究-上司との関係性および日中比較の観点から-」)を踏まえて、具体的な示唆を得るために行った相関分析をもとに、中国人従業員のリテンションと活躍の促進要因について考察します。

※本研究では、海外人材のなかでも多数を占める日本の大学・大学院への留学経験を有する中国人従業員を研究対象としています。

研究の背景

■課題をとらえる2つの観点

先行研究における定性調査をレビューしたところ、海外人材のリテンションや活躍に関する課題は、人のサポートの観点(職場のコミュニケーション問題、不十分なサポートなど)と条件・仕組みの観点(キャリアパスの不透明さ、不十分な成果主義など)と、大きく2分して捉えることができました。本研究では、実務場面で実践しうる示唆を得るため、人のサポートが、条件・仕組み面の不十分さを補填することで、リテンションや活躍を促進する可能性があるのではないかと考え、この2つの観点に着目することにしました。

■「リテンション」「活躍」を測るもの、促進する要因

本研究では、「リテンション」を測るものとして「離職意図」を、「活躍」状態を測るものとしては「組織市民行動(以下、組織への貢献行動)※1」を採用しました。後者は、日本企業の職場で重視されているだけでなく、先行研究で組織業績との相関も報告されていることから活躍について考える上で重要な観点であると考えました。

また、前述の2つの観点、人のサポート(上司・同僚)、条件・仕組み(キャリアの発展空間、手続き的公正・分配的公正といった公正さの認知など)を、「離職意図」の抑制要因、「組織への貢献行動」の促進要因として扱うこととしました。

※1「同僚や部下からの疑問や質問には、丁寧に答えている」「部署のためになると思うことは、反対を恐れず表明している」といった、職場での配慮的な行動や対人援助行動、積極発言などを意味する

調査概要

2013年3月に、日本国内の日本企業で働く中国人従業員を対象に定量調査を実施しました。概要は図表01のとおりです。なお、中国人従業員(以下、中国人材)の比較対象として同数の日本人従業員(以下、日本人材)にも同様の調査を実施しています。

図表01 「日本企業における中国・日本人従業員のリテンション・活躍に関する実態調査」調査概要

図表01 「日本企業における中国・日本人従業員のリテンション・活躍に関する実態調査」調査概要

中国人材には中国語、日本人材には日本語で調査しています

■検証方法

中・日の比較を試みるため、「離職意図」「組織への貢献行動」について、先行研究で使用されている尺度(OCB:日本版組織市民行動尺度、田中(2000)、高木(2003)14項目)を基に質問項目を作成し、新たに中・日で共通の尺度を作成しました。「離職意図※2」「組織への貢献行動」の2尺度と、「上司のサポート(27項目)」「同僚のサポート(24項目)」「条件・仕組み(32項目)」の各項目の相関分析※3を行いました。中・日、各々で相関係数が高い上位10項目を抽出し、その共通点と相違点の比較を試みました。本レポートでは、中国人材に特徴的に認められたものを、日本人材と比較して違いが明確になった点を中心にご紹介します。

※2 以降、「離職意図」との相関係数の+-を反転させたものを「リテンション」の相関係数として扱う
※3 相関係数とは、2つの確率変数間の関係を統計学的指標(相関係数)で記述する分析方法。相関係数の絶対値が大きいほど相関が強いとされる

「リテンション」「活躍」共通の促進要因

■「人のサポート」信頼と公平な対応・評価は、重要な礎

図表02「リテンション」「活躍」共に相関が高い人のサポートの相関係数_中国人材

図表02「リテンション」「活躍」共に相関が高い人のサポートの相関係数_中国人材

まず、「リテンション」「活躍」の両方に影響を与える[人のサポート]についてです。上司・同僚とも、公平な対応や信頼、自己の尊重・評価(評価は上司のみの項目)といった基本的な姿勢、スタンスに関する項目が上位に認められました(図表02)。これらの人からのサポートは、「リテンション」や「活躍」のベースとして非常に重要であるということが分かります。この特徴は日本人材にもみられ、中・日に共通するものであるといえそうです。

「リテンション」促進要因

■[人のサポート_全般] 上司のサポートは「リテンション」への影響が大きい

図表03 「リテンション」と人のサポートの相関係数(上司・部下共通項目のみ/上位10項目)_中国人材

図表03 「リテンション」と人のサポートの相関係数(上司・部下共通項目のみ/上位10項目)_中国人材

図表04 「リテンション」と人のサポートの相関係数(上司・部下共通項目のみ/上位10項目)_日本人材

図表04 「リテンション」と人のサポートの相関係数(上司・部下共通項目のみ/上位10項目)_日本人材

また、中国人材においては、同じサポート行動でも上司のサポート行動の方が同僚のサポート行動に比べて相関係数(絶対値)が非常に高いことが認められます(図表03)。これは、日本人材において、上司と同僚の差がほとんどないことと比べると顕著な差となっています(図表04)。つまり、日本人材の「リテンション」の促進については、仮に上司のサポート行動が不十分であっても、同僚のサポート行動がそれを補う可能性がありますが、中国人材にはそれは望めず、上司のサポート行動が非常に重要であるといえます。

■[人のサポート_仕事場面] 上司からの、直接的で一段視点の高いサポートが重要

仕事場面での上司のサポートでは、中国人材は「課題解決のために専門知識に関する情報を提供してくれる(0.35)※4」「職場の方針や指示を明確に伝えてくれる(0.35)※5」が上位に認められます(図表03)。日本人材は、「仕事の問題で困っている時、どうすればいいか相談にのってくれる(0.23)」や「課題解決のために専門知識に関する情報を提供してくれる(0.14)」(図表04)が10項目以内に入っていますが、いずれも同僚のサポートとの相関との差がさほどありません。

このことから、中国人材は、上司として一段視点の高い、また解決のための手立てを教えたり方向性を示すといった、効果や成果に結びつくような直接的なサポートを求めていることが分かります。一方の日本人材は、上司同僚の区別なく相談という同じ目線での間接的なサポートを求めているといえます。

※4 ( )内は相関係数、以下同
※5 上司のみの項目のため図表には記載せず

■[条件・仕組み_全般] キャリアの「発展空間」のため、会社の成長性を重視

中・日ともに、会社の成長性に関する項目(「今後の成長性が見込める(中0.34/日0.26)」「高い水準の業績を残している(中0.34/日0.25)」)が上位にあり、「リテンション」への影響が大きいことが認められました。しかし、中・日の相違点に目を向けると、その背後にある理由(なぜ会社の成長性が「リテンション」に影響しているのか)が大きく違うことが浮き彫りになってきます。

図表05 「リテンション」と相関係数が高い条件・仕組み_中国人材

図表05 「リテンション」と相関係数が高い条件・仕組み_中国人材

図表06 「リテンション」と相関係数が高い条件・仕組み_日本人材

図表06 「リテンション」と相関係数が高い条件・仕組み_日本人材

中国人材(図表05)は、上位に教育機会や評価の納得感といった、個人のキャリアアップにつながる条件・仕組みが認められました。一方、日本人材(図表06)については、会社の健全性・誠実性や雇用保障といった、組織として体制が確立しているかどうかや安定性につながる項目が上位に認められました。つまり、中国人材は、個人のキャリアの「発展空間」の前提として会社の成長性が「リテンション」に影響しているのに対し、日本人材は組織依存の発想により、安定の前提としてそれを求めていると推察することができます。同じように成長性を求めても、それを求める背景には大きな違いがあるといえそうです。

「活躍」の促進要因

■[人のサポート_全般] 上司のサポートの影響は大きくない

図表07 「OCB」と人のサポートの相関係数(上司・部下共通項目のみ/上位10項目)_中国人材

図表07 「OCB」と人のサポートの相関係数(上司・部下共通項目のみ/上位10項目)_中国人材

図表08 「OCB」と人のサポートの相関係数(上司・部下共通項目のみ/上位10項目)_日本人材

図表08 「OCB」と人のサポートの相関係数(上司・部下共通項目のみ/上位10項目)_日本人材

まず、「リテンション」(図表03)の場合と比べて、上司と同僚のサポートの差がそれほど大きくありません(図表07)。特に、「私のことを信頼してくれている」や「私を公平に扱ってくれる」といった基本的な姿勢や、「気軽に話ができる」や「おりあるごとに声をかけてくれる」といった配慮的な行動については、上司と同僚で相関係数の差がほとんどないことが分かりました。この傾向は、日本人材の方が顕著です(図表08)。また、全体的に相関係数が低めであり、これは全体的に相関係数が高い日本人材と比べると、より特徴的であることが分かります。つまり、中国人材の「組織への貢献行動」は、人(上司・部下とも)のサポート行動そのものには比較的影響を受けにくいということがいえそうです。

■[人のサポート_スタンス・姿勢] 落ち込んでいる際の上司からの激励が効果的

前述のように、「活躍」に対する人のサポートの影響は強くはありませんが、その内容に関しては中国人材の特徴が表れています。配慮行動として、中国人材では「仕事で落ち込んでいるとき、励ましてくれる(0.28)」(図表07)が、日本人材では、「いつも自分を見守ってくれる(0.51)」(図表08)が、上位に認められました。同じ配慮でも、中国人材は“落ち込んでいるときに励ます”という即効性のある配慮を、対する日本人材は“常に見守る”ことで恒常的な安心感を求めるという違いがあるといえるでしょう。

同僚のサポートの影響もまた大きくはないものの、中・日の違いという点でユニークな特徴が認められました。それは、中国人材は、「私の成長について関心を払ってくれている(0.22)」が上位に認められ、上司だけでなく同僚にも自分の成長に配慮してほしいと要望しています。これに対して、日本人材で上位に認められるのは、自己を尊重してくれているかどうかに関わる項目(「私の立場を理解してくれる(0.53)」「異なる意見にもきちんと耳を傾け、お互いを理解しようとしている(0.49)」)です。ここからも、中国人材がいかに個としての成長、キャリアアップを重視しているか、そしてそれが「活躍」に影響を与えているかが読みとれます。

■[上司のサポート_仕事場面] スタンス・姿勢だけでなく具体的なサポートも必要

また、中国人材では、「仕事がうまく行かなかった時に、どこがよくないかを言ってくれる(0.31)」「仕事に関して信頼できるアドバイスをしてくれる(0.30)」「仕事の問題を解決するのにやり方やコツを教えてくれる(0.30)」といった仕事場面での具体的なサポートに関するものが上位10項目のうち3つを占めています(図表07)。ここから、スタンス・姿勢の面を示すだけでは「組織への貢献行動」促進には不十分であるということが分かります。
日本人材では仕事場面でのサポートに関する項目が上位に認められませんでした。この点も中国人材との違いの1つといえます。

日本企業が留意すべきこと

以上見てきたことから、日本企業が中国人材の「リテンション」や「活躍」を促進するためには、上司のサポートが要となることが示唆されました。最後に、本レポートのインプリケーションとして、実際に企業内で上司のサポートの強化を進めていく際、留意すべき3つのポイントを提示します。

■キャリアの「発展空間」につながるサポート行動の正の連鎖を明示する

まず、上司のサポートの内容についてです。単に上司が、サポート行動をするだけでは不十分であり、それが公正な評価と報酬に反映され、その結果がキャリアの発展空間につながることを、本人が十分に認識することが必要であるわけです。
また、姿勢やスタンスを示すだけでは不十分で、仕事場面でも、より役に立つ、効果・成果につながる高い視点からのアドバイスをすることが重要です。

■職場ぐるみで。本人が、メンターである同僚の権限を認識することが重要

次に、関わる人についてです。上司のサポートが大切だといわれても、実際は、現場で多忙を極める上司だけに一任するのは現実的ではないかもしれません。同僚にもメンターのような形で役割を分担し職場ぐるみでサポートする仕組みを作ることが現実的でしょう。しかし、前述のように中国人材にとって同僚の影響力は小さく、効果的ではないかもしれません。その場合は、中国人材本人に、メンターである同僚は自分にとってしかるべき役割と権限(日々の自分の行動を評価する→自分に実益をもたらす)をもっている人だと認識してもらうことが必要です。そのためには、はじめに、三者がそろった場で、上司からの十分なオリエンテーションを実施するなど何かしらの事前準備が必要でしょう。

■人のサポートと仕組みの両輪で推進する

最後に条件・仕組み面についてです。人のサポートが条件・仕組みの不十分さをある程度は補填する可能性がありますが、やはりそれだけでは限界があります。明確なキャリアパスや評価については、制度や仕組みとしてその基準や内容を明確に提示しておく必要があります。それが十分に機能していることを、上司を通じて実感してはじめて、その場にいることのメリットを感じ(「リテンション」)、返報としての「組織への貢献行動」(「活躍」)の促進につながるのです。つまり、どちらか一方だけでは不十分で、両輪が機能してはじめて促進が期待できるものであるということを念頭において取り組むことが重要といえるでしょう。

本レポートが、貴社における海外人材のリテンション・活躍に関する課題を考える上での一助となれば幸いです。

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