「学生から社会人へのトランジション」を題材に 役割転換はどう起こるのか

どんな組織においても、そのメンバー一人ひとりに役割や周囲からの期待があり、これらは昇進・昇格その他さまざまなきっかけを通じて変化していくものです。昨今、こうした「周囲からの期待や役割の変化」に対して、本人の意識や行動がなかなか変わらず、本来期待される役割をいつまで経っても果たすことができないという“役割転換不全”の問題について、弊社にも多くの企業から相談が寄せられています。

このたび、多くのビジネスパーソンの方々にインタビューを実施し、役割転換のプロセスやその促進要因を明らかにしようと試みました。本レポートでは、この一部について実例を交えながらご紹介します。


企業に蔓延する役割転換不全

役割転換不全の問題は特定の職位や資格等級に限られるものではなく、企業で働くビジネスパーソンのあらゆる層で起こっているようです。この問題には、そもそも「自分に期待される役割が理解できていない」というものから、「役割遂行における困難や責任を引き受ける覚悟がない」、さらには「覚悟はあるが実行するための力量が足りない」といった様々なレベルがあると考えられます。

図表01 役割転換不全の例

人が未経験の役割を担うとき、すぐには意識や行動を変えることができず壁に直面するのは、今も昔も変わらないでしょう。しかし、かつては組織のヒエラルキーと定期採用の中で、身近な先輩は“近い将来の自分”として捉えることができ、昇格やローテーションの機会も多い中、役割転換の経験も豊富にありました。また、新たな役割をうまく果たせない場面があれば、家族的な職場風土の中で先輩や上司からの叱咤激励を含めた強い関与がありました。かつての日本企業には、自然な「役割転換促進システム」が存在していたと考えられるのではないでしょうか。

一方、昨今の日本企業では組織のフラット化や新卒採用の抑制、複線型人事制度の導入などで、昇格やローテーションのような役割転換を意識するきっかけが少なくなりました。価値観や雇用形態の多様化は、役割や役割転換に対する意識そのものにも変化を生じています。また、仕事の複雑性や個別性が高まったことで、職場の他のメンバーの状況を察したり助けたりといった職場内の関わりも薄くなっています。こうした中、メンバー一人ひとりが自身の役割を認識したりその変化を感じたりすることが難しくなりました。過去存在していた「役割転換促進システム」は失われてきているといえるでしょう。このような状況では、企業人事や職場の上司が中心となって、組織の一人ひとりの役割転換を意図的・計画的にデザインしていく必要があるのではないでしょうか。

トランジション(役割ステージの転換)のプロセス

ある役割を求められるステージ(役割ステージ)において一定の成果や能力が認められると、新たに次の役割ステージへと移行します。実際には新たなステージに移行する少し前のうちから、一段レベルの高い次の役割ステージの期待をかけられ、本人の努力や周囲の支援の結果、徐々に次の役割ステージの役割を遂行できるように転換が進んでいきます。

この、新たな役割ステージへの転換を「トランジション」と呼ぶことにします。代表的なトランジションとしてイメージしやすいのは、学生から社会人への転換や、一般社員からマネジャーへの転換です。いずれのトランジションも、それまでの役割からは大きな変化があり、意識や行動を変える必要があるのは言うまでもありません。トランジションに必要な期間は人や状況によってさまざまであり、比較的短い期間でトランジションを果たすこともあれば、長い時間かかってもトランジションできないこともあるでしょう。これまで述べてきた役割転換不全とは、トランジションがうまく果たせない状態のことと言えます。

図表02 役割ステージとトランジションの関係

では、ビジネスパーソンはどのようなプロセスでトランジションを果たし、新たな役割を担えるようになっていくのでしょうか。私たちは、トランジションのプロセスを以下のように考えました。

図表03 トランジションのプロセス

1. 役割ステージの変化に本人が自覚するきっかけとなる「入口のサイン」
新たな役割ステージを迎え、意識や行動を変える必要性を自覚するきっかけを指します。職位の変化や肩書きがつくなどの外形的な変化もありますが、上司や周囲からこれまでとは違う期待を伝えられた場面なども、入口のサインとして考えられます。

2. トランジションを促進する象徴的な「体験」
意識や行動が変わるプロセスには、努力して成功する、逆に失敗した体験から学ぶなど、何らかの象徴的な体験や出来事が促進要因として存在すると考えられます。

3. トランジションを促進する職場における「周囲の関わり」
意識や行動が変わるプロセスには、本人の努力だけでなく、周囲からの継続的な支援や心に突き刺さる一言をかけられたことなど、周囲の関わりも促進要因として存在すると考えられます。

4. それらの体験や周囲の関わりを経て本人が変える・変わる「意識や行動」
次の役割ステージの役割を担うために、特に変えなくてはいけない意識や行動を指します。この意識や行動には、これまでの役割ステージと比較して、伸ばすべきものと抑えるべきものの両方があります。

5. 新たな役割ステージが板についてきたと本人が感じる「出口のサイン」
新たな役割ステージもそろそろ板についてきた、この役割ステージでやっていくことができそうだとつかめてきた感覚や心情を指します。以前よりコツをつかめるようになってきた、最初に比べて短い時間でできるようになったなど、本人自身が変化を自覚します。

学生から社会人へのトランジション

今回、日本企業10社(製造業5社、非製造業5社)のご協力を得て、企業で働くビジネスパーソン78名に対してインタビューを行いました。インタビューは、企業における役割ステージを大まかに10ステージに分類し、現在の役割に最も近い役割ステージへのトランジションと、1つ前の役割ステージへのトランジションの2つのトランジションについて、トランジションの5つのプロセスごとに話を聞くことで、のべ150人分のトランジション事例を集めました。

本レポートでは、昨今テーマとして取り上げられることの多い、新入社員の「学生から社会人への転換」についてご紹介します。社会人へのトランジションを果たしたのち、プレイヤーとして役割を変化させていく過程については、「企業における役割転換の促進要因と転換内容に関する研究」をご覧ください。

社会人へのトランジションを促進する「体験」をまとめると、以下に関連したエピソードが特に多く挙げられました。
 1. 任されたひとまとまりの仕事を完成させる体験
 2. 仕事を通して多様な立場や価値観の人と接する体験
 3. 任された仕事について顧客や周囲の反応を得る体験

また、トランジションを促進する「周囲の関わり」では、場面ごとに以下のような関わりが挙げられました。

表04 トランジションを促進する周囲の関わり

これらの体験と周囲の関わりを通じて、本人が変えた・変わった「意識・行動」には伸ばす方向のものとそれまでの自分を抑える方向のものがあり、内容は次のようなものでした。

 《伸ばすもの》
  1. 事実と意見を分けて伝える
  2. 自分から周囲にフィードバックを求め、素直に取り込み、学ぼうとする
  3. 自分の言動が相手にどう伝わるかを意識する
  4. 顧客への提供価値を考える

 《抑えるもの》
  1. 事実や意図を確認せず、分かったつもりで行動する
  2. 必要なことは教えてくれるもの、与えられるものという待ちの姿勢
  3. 相手の期待を考えず、自分の満足や納得感、好き嫌いを基準にして行動する
  4. すべてメールで解決しようとする

これらを通じて見えてきたことは、社会人へのトランジションでは異なる世代・職位・所属組織・雇用形態などの様々な価値観と出会う中で、多様なものの見方や考え方の存在を知ることが重要ということでした。学生時代は自分と価値観の近い人を選り好んで付き合う傾向にありますが、企業に入れば様々な人と関係性をつくりながら共に仕事を進める必要があるからです。

また、職場の上司・先輩が積極的に関わることで関係性を築き、職場に受け入れることも極めて重要です。自分の存在が周囲に受け入れられているという安心感があって、トランジションが促進されていくと考えられます。職場適応があって初めて職務適応に向かう、とも言えるのではないでしょうか。

昨今、多くの企業では新人・若手社員の早期戦力化という必要性から、入社後まもなくから多くの仕事や難易度の高い仕事を任せることもあるようです。これはトランジションの観点から見れば、社会人としての意識や行動を身につけ職場にも適応することと、具体的な仕事をこなせるようになるという2つの大きな転換を同時に求めているとも言えます。

しかし、職場で周囲との関係性を築けず社会人としてのトランジションすらままならない状態で、仕事をこなせるようになるという転換は果たせるのでしょうか。新人・若手社員の早期離職が叫ばれるようになって久しいですが、それは多くの場合、社会人へのトランジション不全から始まっているのではないでしょうか。企業人事・職場の上司が、いかにして多様な価値観との出会いと、職場内での関係性作りをデザインできるかが問われています。

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