研究レポート

経営者報酬・ストックオプション導入の実証研究

外国人株主は日本企業にどのような影響を与えているのか

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外国人株主は日本企業にどのような影響を与えているのか

企業経営に責任を持つ経営者の報酬を決定する制度は、その時点で企業経営者が経営上最重要視している要素が反映されていると考えられます。近年の経営者報酬制度を分析した結果、株主からのプレッシャーが強くなる状況においては、企業経営者はより株価の変動に注目し、株主を意識した経営を行っているようです。

外国人株主の台頭

歴史的に、日本企業の株式の多くはメインバンクや同系列グループに属する企業によって、株式持合いという形で保有されてきました。このような安定的な株主は、敵対的買収や、株式市場のプレッシャーから企業を守るという役割を果たしてきたと言われています。しかし、近年株式持合いの緩和に伴って、外国人株主に代表されるモノ言う株主の台頭が顕著となっています。証券取引所が実施する株式分布状況調査によれば、わが国企業の外国人の株式保有比率は年々増加しており、2007年3月末時点において28.0%に達しています。

特に最近では外資系投資ファンドによる敵対的買収提案やプロキシー・ファイト(株主提案、委任状争奪戦)など、外国人株主の存在感は極めて大きくなってきています。図表01は、「株主価値」に関する新聞記事の件数の推移を示したものです。90年代前半は関心をもたれていなかった株主にとっての価値に関する記事は、90年代末から2000年代に入り、急速に増加しています。株式保有構造の変化とともに、株主への意識が高まっていることがうかがえます。

図表01 「株主価値」に関する記事件数

図表01 「株主価値」に関する記事件数

●日経4紙(日本経済新聞、日経産業新聞、日経金融新聞、日経流通新聞)に「株主価値」に関する記事が掲載された件数(新聞記事の検索システム、「日経テレコン21」より)

一般に、外国人株主は、自らのためにできうる限り大きい利益を生み出すことを経営陣に期待します。そして、その期待を実現するために、さまざまな形で経営陣を監視しようとするのですが、実際には直接的に経営陣の行動を観察することは困難です。そこで、経営陣に利益向上や株価上昇に対するインセンティブを与え、同時に利益向上・株価上昇にコミットさせるような仕組みが求められるようになります。この仕組みとして有効と考えられるのが、株主の取り分である企業の利益や株価に連動する経営者報酬制度です。

経営者報酬の構造

わが国の経営者報酬制度は、役員報酬、役員賞与、ストックオプション、役員退職慰労金に分類されます。このうち役員報酬は企業規模(売上高)に影響を受け、社内の昇進トーナメントの賞金としての性格が強く、毎期の期首に決定される確定した給与であるという特徴を持ちます。対して、役員賞与は企業の収益(会計利益)に左右されるいわゆるインセンティブ報酬の意味合いを持ちます。ストックオプション制度は商法改正により1997年に解禁され、2000年代に入り導入企業が増加しています。ストックオプションは直接的に株価に連動した報酬ですので、株主の利益と経営者の報酬との一致を強める仕組みとして期待され、現在では上場企業の約4割の企業が導入しています。役員退職慰労金は、役員としての在籍期間の長短によってのみ決定されるなど、決定プロセスが透明性や客観性に欠けているとして批判が多く、今後は制度の見直しや制度そのものの廃止の動きが加速すると思われます。したがって、わが国の経営者報酬制度は、主として現金報酬としての役員報酬・役員賞与、およびストックオプションにより構成されていると言えます。

図表02 わが国の経営者報酬の構造

図表02 わが国の経営者報酬の構造

これまで、わが国の経営者報酬制度においては、役員賞与およびストックオプションに代表される業績連動報酬の比率が欧米に比べて低いことが広く指摘されてきました。しかし、近年では企業経営者で構成される日本取締役協会も「経営者報酬に関する指針」において、経営者報酬の業績連動型報酬へのシフトを提唱しています(日本取締役協会、2005)。外国人株主に代表されるモノ言う株主の存在は、株主と経営者の利益を一致させる報酬契約へのシフトを日本企業に促していると言えそうです。

外国人株主比率が高い企業は株主をより意識

外国人株主のような新たな株主の存在は、経営者報酬制度にどのような影響を与えているのでしょうか。本研究では、株式保有構造が大きく変化した2005年までの9年間のデータを用いて、わが国の経営者報酬制度を分析しました。まず、役員賞与が会計利益に連動していることを示す結果が得られました。この結果は多くの先行研究と整合するもので、役員賞与がインセンティブ報酬としての役割を持つことを確認するものです。しかし、続く分析においては、この関係性が、外国人株主による保有比率が高い場合に弱くなることを示す結果が得られました。さらに、外国人株主の保有比率が高い企業においては、ストックオプション制度を導入する確率が高くなることを示す結果も得られています。以上の結果は、外国人株主の存在が経営者報酬を会計利益連動から株価連動にシフトさせており、企業経営者の関心を会計利益から株価に向ける効果がある可能性を示しています。

図表03 外国人株主比率が高い企業の経営者報酬

図表03 外国人株主比率が高い企業の経営者報酬

企業経営に責任を持つ経営者への報酬を決定する制度は、その時点で企業経営者が経営上最重要視している要素を反映していると考えることができます。企業経営上、株価の変動がより注目される可能性を示すこれらの結果は、株式の持合いが緩み、金融機関・メインバンクの持ち株比率が低くなり、株主からのプレッシャーが強くなる状況において、株式投資を純粋な投資とみなす外国人株主の台頭とそれに対峙する(あるいはせざるをえない)企業の姿と整合するものです。

金融庁は、上場企業に対し、2010年3月期から報酬額が1億円以上の役員の個別報酬を有価証券報告書において開示するよう義務付けました。これまで不透明だった経営者報酬に関する議論は今後活発化していくことと思われます。また、株主の権利を第一に考える株主至上主義の是非についても多くの議論があり、ストックオプションなどの株価連動報酬による巨額の報酬はしばしば批判の的となっています。経営者報酬を企業価値・業績向上のためにどのように活用していくべきかを考えることは、今後の大きな経営課題のひとつと言えるでしょう。

【text:シニアスタッフ 本合 暁詩】

※記事の内容および所属等は掲載時点のものとなります。

参照:
●Kaplan, S. N. 1994 Top executive rewards and firm performance: A comparison of Japan and the United States. Journal of Political Economy, 102, 29-65.
●日本取締役協会 2005 経営者報酬の指針

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