受付/8:30~18:00/月~金(祝祭日を除く)
受付/10:00~17:00/月~金(祝祭日を除く)
研究レポート
従業員の年代・職位に着目することの重要性
近年、従業員に「キャリア自律」を求める企業は増えています。一方で、キャリア自律の加速が従業員の離職増につながるのではと懸念している企業もあるようです。そこで今回の研究レポートでは、キャリア自律に関わる要因がワーク・エンゲージメント(現在の仕事に対してコミットメントがもてている状態)に与える影響について調べた研究内容を共有します。結果として、キャリア自律の促進は、企業にポジティブな効果をもたらす可能性が高いと分かったのです。
技術開発統括部 研究本部 測定技術研究所 主幹研究員
目次
経済のグローバル化や技術革新、事業サイクルの短期化などにより、近年のビジネスパーソンには自らのキャリアを主体的に考え行動すること、すなわち「キャリア自律」が求められるようになりました。一方、従業員が独力で自律的なキャリア形成を行うことは難しいとされ、企業と従業員が協力してキャリア開発に取り組む必要性が高まっています。
さまざまな研究により、キャリア自律は、個人と組織の双方に良い影響を与えることが明らかになりつつあります。ただ、従業員のキャリア自律が高まることで自社に対するコミットメントが下がり、離職率を高めるのではないかと懸念する企業も多くあります。こうした不安や疑問に応えるため、キャリア自律が個人や組織に及ぼす影響について、実践場面での支援を想定した検証をしたいと考えたのが、この研究の最大のねらいです。
そこで私たちは、キャリア自律に関わる要因がワーク・エンゲージメントにどんな影響を与えるかを、図表1の枠組で調査・分析しました。また、年齢やキャリア発達段階を考慮した研究は現時点で決して多くないため、年代・職位(管理職・非管理職)の違いによる影響についても検証しています。
分析対象は、株式会社リクルートキャリアコンサルティングが提供する「キャリアデベロップメントサーベイ(CDS)」*1を利用している大手メーカー3社の、2022~2024年の社員2348名としました。3社における年代別、職位別の人数内訳は図表2のとおりです。*2
CDSでは、キャリア自律を促す心理的変数として「ベースとなる自己信頼」と「変化への適応性」を、キャリア自律行動を示す変数として「将来のキャリアに向けた関心・行動」を、ワーク・エンゲージメントを示す変数として「現在の仕事へのコミットメント」を測定しています。これらに対し、次の2つの分析を行いました。*3
○分析1……「ベースとなる自己信頼」と「変化への適応性」が、「将来のキャリアに向けた関心・行動」および「現在の仕事へのコミットメント」に与える影響を検証する○分析2……分析1をベースに、年齢×属性別の各群でパス係数に有意な差が見られるか検証する
また、この調査における各変数の測定方法は、以下のとおりです。
そして、各変数の平均は図表3のとおりです。*4
また、分析1で設定した因果モデルについて共分散構造分析を行った結果が図表4、分析2で多母集団同時分析を行った結果が図表5です。*5
図表3を見ると、管理職の得点が非管理職に比べて全般的に高い傾向が出ています。また、非管理職のなかでは、30代が他の年代と比較して高い傾向が確認できました。さらに図表4では、「ベースとなる自己信頼」および「変化への適応性」が、「将来のキャリアに向けた関心・行動」を促進し、「現在の仕事へのコミットメント」を高めることが確認できました。
図表5では、年代×職位別でいずれのパス係数も有意であり、どの属性においてもモデルがあてはまることが確認されました。一方で、属性別のモデル係数の比較においては、有意差が確認されています。
以上を踏まえ、年代・職位別に見えてきた傾向を考察します。
「ベースとなる自己信頼」から「将来のキャリアに向けた関心・行動」へのパス係数(図表5の①)では、40代・50代×非管理職が、30代×非管理職、50代×管理職よりも高い傾向でした。また、「変化への適応性」から「将来のキャリアに向けた関心・行動」へのパス係数(図表5の②)は、50代×管理職が、30代・50代×非管理職よりも高くなっています。
ここで30代×非管理職に着目すると、「ベースとなる自己信頼」「変化への適応性」という心理的要因双方がキャリア自律行動に与える影響が相対的に低いと考えられます。つまり、30代×非管理職はその他年代の非管理職より心理的要因の平均点が高い傾向にあり、キャリア自律行動の実践において心理的要因が与える影響が相対的に低くなっている可能性があるといえます。
また、「将来のキャリアに向けた関心・行動」から「現在の仕事へのコミットメント」へのパス係数(図表5の③)は、30代×非管理職が、50代×非管理職よりも高くなっています。30代×非管理職は、自律的なキャリア形成の渦中にある時期です。そこで、将来のキャリアに関心をもち行動することが現在の会社や仕事を見つめる機会となり、「現在の仕事へのコミットメント」につながる可能性が考えられます。
「ベースとなる自己信頼」から「現在の仕事へのコミットメント」へのパス係数(図表5の④)は、40代×非管理職が、30代×非管理職よりも高くなっています。また40代×非管理職においては、「ベースとなる自己信頼」を起点とするパス係数(図表5の①、④、⑤)がいずれも高くなっており、さらに前述のとおり50代×非管理職においても、「ベースとなる自己信頼」から「将来のキャリアに向けた関心・行動」へのパス係数(図表5の①)が高くなっています。こうした層は、社内のキャリアにおいて年齢的に昇進が期待できないケースも増えてくることが想定され、自身の満足や充実感といった「内的キャリア」に目を向けることも求められます。
また、50代×非管理職は、「将来のキャリアに向けた関心・行動」から「現在の仕事へのコミットメント」へのパス係数(図表5の③)が低くなっています。背景として考えられるのは、50代×非管理職は「将来のキャリアに向けた関心・行動」の平均点が低く、現状維持を志向する人が多いことです。つまり、こうした層があえてキャリア自律行動を取る場合、自社内で今後も安定したキャリアを維持継続できるかという懸念や将来に対する危機感を背景とするケースが想定されるため、「現在の仕事へのコミットメント」へのパス係数(図表5の③)が低くなっていることが考えられます。
総じて、40代・50代×非管理職は、ありのままの自己を受け入れる「ベースとなる自己信頼」をもてるかどうかが重要な層だといえるかもしれません。
社内において安定的なキャリアを築いていることが想定される50代×管理職は「ベースとなる自己信頼」の平均点が高く、標準偏差が小さくなっています。そのため、「ベースとなる自己信頼」がキャリア自律行動に与える影響が小さくなっている可能性があるでしょう。つまり50代×管理職にとっては、変化自体を好み楽しめるかどうかという要素が、キャリア自律行動を起こすきっかけとなる可能性が考えられます。
「ベースとなる自己信頼」から「変化への適応性」へのパス係数(図表5の⑤)では、年代×職位別における差異はありませんでした。つまり、自分を受け入れ、自己信頼が高まることで変化に対して前向きに取り組めるのは、年代や職位にかかわらず一般的な傾向だと考えられます。
以上の結果から、「ベースとなる自己信頼」と「変化への適応性」という心理的要因が、キャリア自律行動と現在の仕事へのコミットメントを促進させることが分かりました。キャリア自律に関わる心理的要因およびキャリア自律行動が、現在の仕事へのコミットメントを高めるということで、組織におけるキャリア自律促進の重要性もあらためて明らかになったと思います。企業は従業員のキャリア自律を支援することで、現在の仕事にポジティブな影響を与えることが可能かもしれません。
また、年代や職位によって、心理的要因がキャリア自律行動や現在の仕事へのコミットメントに与える影響が異なっていることも示唆されています。30代×非管理職にはキャリア自律行動を積極的に促し、40・50代×非管理職には仕事の棚卸しなどによって自己信頼の醸成を図るなど、対象に合わせて対策を練る必要があるでしょう。
この研究では大手メーカーを対象データとし、「30代×非管理職がキャリア自律行動を高めると、現在の仕事へのコミットメントも高まる」などの結果を得ました。しかし、こうした関係性が他業種、あるいは中小企業においても得られるか、引き続き検討が必要だと考えています。
また、この研究では年代の解釈において、キャリア発達的な観点を中心に検討していますが、世代の違いが結果に反映されている可能性もあり、今後も縦断研究などを通じて検討を続ける必要があるでしょう。さらに、この研究では性別を考慮に入れていません。女性のキャリア形成には男性に比べて多様な要因が介在することが示唆されており、性差についても今後検討すべき重要なテーマであると考えられます。
*1 社会環境が大きく変化するなか、企業も個人も変化に対応する力が求められるようになったことを背景に開発されたアセスメントで、リクルートキャリアコンサルティングが提供。2015年よりサービス提供を開始し、2024年10月までにのべ210社、22645名に提供されている。 *2 調査対象は全部で2375名。うち、30代×管理職が27名含まれていたが、他に比べ人数規模が極端に少ないため除き、2348名を分析対象とした。なお、2348名の性別の内訳は男性1919名、女性419名、無回答10名だった。 *3 分析1では共分散構造分析を用い、「ベースとなる自己信頼」と「変化への適応性」という心理的変数が「将来のキャリアに向けた関心・行動」および「現在の仕事へのコミットメント」に与える影響について、因果モデルを構築し検証。分析2では、分析1の因果モデルをベースにして、30代×非管理職・40代×管理職・40代×非管理職・50代×管理職・50代×非管理職の属性別に多母集団同時分析を実施し、各群の間でパス係数に有意な差が見られるかを検証した。 *4 属性別集計において一要因分散分析を行った結果、「ベースとなる自己信頼」「変化への適応性」「将来のキャリアに向けた関心・行動」「現在の仕事へのコミットメント」のそれぞれで、主効果は有意だった(F(4, 2343)= 18.44, p<.001, F(4, 2343)= 31.44, p<.001, F(4, 2343)= 23.27, p<.001, F(4, 2343)= 8.22,p<.001)。なお、多重比較において有意差が確認された箇所(p<.05)は図表4に示したとおり。 *5 多母集団同時分析を実施したところ、適合度指標はGFI= .989 AGFI=.974 CFI= .985 RMSEA= .025であり、モデル適合は良いと判断した。各群のパス係数を比較したところ、図表5内の係数間の比較で提示したパス係数間で有意な傾向の違い(p<.05)が確認された。
Douglas, T. Hall. (1996). The Career is Dead—Long live the Career A relational approach to careers. Jossey-Bass Inc. (尾川丈一, 梶原誠, 藤井博, 宮内正臣[訳]2015 プロティアン・キャリア――生涯を通じて生き続けるキャリア――キャリアへの関係性アプローチ 亀田ブックサービス). 堀内泰利, & 岡田昌毅. (2009). キャリア自律が組織コミットメントに与える影響. 産業・組織心理学研究, 23(1), 15-28. 堀内泰利, & 岡田昌毅. (2012).キャリア自律の心理的プロセス――大手民間企業正社員へのインタビュー調査による探索的研究. キャリアデザイン研究, 8, 77-92. 堀内泰利, & 岡田昌毅. (2016). キャリア自律を促進する要因の実証的研究. 産業・組織心理学研究, 29(2), 73-86. 株式会社パーソル総合研究所(2021). 従業員のキャリア自律に関する定量調査. 尾野裕美. (2022). 就業者のキャリア自律と離転職意思, キャリア焦燥感との関連. 産業・組織心理学研究, 36(1), 53-63.Shimazu, A., Schaufeli, W.B., Kosugi, S., Suzuki, A., Nashiwa, H., Kato, A., Sakamoto, M., Irimajiri, H., Amano, S., Hirohata, K., Goto, R., & Kitaoka-Higashi-guchi, K. (2008), ” Work Engagement in Japan: Validation of the Japanese Version of the Utrecht Work Engagement Scale,” Journal of Applied Psychology, An International Review 57, pp510-523.
研究レポート 2025/10/20
2040年働き方イメージ調査からの考察 vol.3
働く人々のキャリア自律に向けて
エンゲージメント キャリア自律
—日本的雇用慣行の変化の一側面—
転職のネガティブなイメージはなぜ生まれ、薄れたのか(前編)
働くの歴史 就職活動
転職のネガティブなイメージはなぜ生まれ、薄れたのか(後編)