調査・レポート 2030年の「働く」を考えるヒントとなる、さまざまな調査・レポートを掲載していきます。

2030年の「働く」を考える

これからの「働く」ストーリーとは。3つの変化の兆しに着目する

 2030年、果たして日本の人々は、どのように働いているのだろうか。今と比べて何が変わっていて、何が変わっていないのだろうか。もちろん、現状では分からないことばかりである。しかし、いくつかの方法で予測することは可能だ。例えば、2030年に働き盛りの40~50代になる人々、すなわち現在の30歳前後の若手社員のキャリア意識をベースに、いくつかの傾向を予測することができる。そこで今回、私たちは弊社が独自に行った「若手ホワイトカラー男性のキャリア意識・行動に関する調査」などのデータを分析し、ホワイトカラー男性の「働く」ことにおける3つの「変化のストーリー」に着目した。「場所」「所属」「対価」に関する変化である。ここでは、その3つのストーリーを紹介すると共に、企業の対応策についても少し考えてみたい。

 ※なお、「若手ホワイトカラー男性のキャリア意識・行動に関する調査」の調査対象は25~34歳の男性正社員のみである。現状の男性と女性のキャリア意識は、一般的に見ると制度・文化やライフイベントの関係で大きく異なる。女性のキャリア意識もまた大事な観点であるが、今回は、これまで企業社会における働き方のメインストリームだった男性ホワイトカラーに着目して変化を追った。

先行きへの不安が大きい一方、成長意欲は総じて高い

出典:弊社 「若手ホワイトカラー男性のキャリア意識・行動に関する調査」(2012年12月)

図1 出典:弊社
「若手ホワイトカラー男性のキャリア意識・行動に関する調査」

 本題に入る前に、「若手ホワイトカラー男性のキャリア意識・行動に関する調査」のデータをいくつか紹介する(図表1)。これらのデータを見る限り、現在の30歳前後の男性ホワイトカラーには、老後にも今後の職業生活にも不安を抱えている人がかなり多い。具体的には、少子高齢化による福祉制度の先行き不安、平均年収のさらなる低下への不安、仕事やスキルの寿命が短くなってきていることへの不安などが考えられる。その裏返しかもしれないが、成長意欲は総じて高く、場合によってはスキルアップのための転職もやむをえないと考えている人が半数を超えている。(詳しくは後に触れるが、成長意欲に関しては質の変化も感じられる。)それから、理想を言えば、人生における仕事の比重をもう少し減らし、普段の生活を重視したい人が多いようだ。

変化① 都市部を離れ、地方や世界で働くストーリーが身近になっている

出典:産業能率大学『新入社員のグローバル意識調査』

図2 出典:産業能率大学
「新入社員のグローバル意識調査」等

 それでは「働く」ストーリーの変化の紹介に入りたい。第一に、「場所」の変化である。現在、働く人々の大部分が都市部に集中し、ほとんどの場合は企業が社員の配置を決めている。しかし、都市部を離れ、地方あるいは海外で働くことを希望する人が確実に増えている。また、企業ではなく個人が自らの働く場所を決める比率が高まってくることが予想される。

 リクルートワークス研究所「ワーキングパーソン調査」によれば、この10年ほどでUターン、Iターン希望者は倍増している。25~34歳男性正社員に限れば、実に約40%がUターンを、約20%がIターンを希望しているのが現状だ(図表2)。このなかには、Uターン・Iターン希望者に以前から多く見られた「家族・家庭の事情で」「早期退職した後のセカンドライフとして」というタイプに加えて、最近は「地域貢献のため」「リモートワークの選択肢の1つ」というタイプも注目されている。

 若者の地域貢献への意欲が着実に高まるとともに、島根県海士町など、自ら工夫して若手移住者を募り、地域貢献を志望する移住者を増やしている地域も出てきている。多くの地方自治体が新たな産業と人口増を渇望している現状を踏まえれば、海士町などの成功を受けて、同様に力を入れる自治体はさらに増えていくだろう。

 さらに、地域移住が増える要因として考えられるのが、リモートワークの環境が急速に整いつつあることだ。ITやデザインなどの分野ではすでにクラウドワークが進んでおり、ランサーズクラウドワークスといったクラウドソーシング企業がここ数年で急成長を遂げている。テレビ会議の一般化などが進めば、他の職種でもリモートワーク・クラウドワークは十分可能となるはずだ。そうなれば、地代家賃や生活費などを抑えられる地方に住んで働くことには十分にメリットがある。また、もし地方移住が進めば、地域貢献意欲も相乗効果で高まることが予想される。(参考:〈オピニオン#12酒井氏〉の記事

 企業側としても地代家賃や人件費が抑えられるため、地方にサテライトオフィスを作るメリットは大きい。実際すでに、徳島県神山町にはIT系ベンチャー企業が相次いでサテライトオフィスを開設しており、それらの企業が地元の町おこしに貢献する事例も生まれている。

 「場所」の変化についてはもう1つ、世界で働く人が増えるだろうということがいえる。これに関しては、〈オピニオン#17森山氏〉の記事に大変詳しいのでここでは細かく述べないが、1つデータを加えるなら、「どんな国・地域でも働きたい」という人は今や約30%にも上っている(図表2)。一般的には内向き志向が指摘される若者たちだが、実は世界で働くことに抵抗のない人も増えているのだ。日本経済の動向によっては、2030年には「セカ就」がごく一般的になっている可能性も十分に考えられる。

変化② 独立したり、複数社で働いたり、学び直しを希望する流れがある

出典:リクルート<br />『ワーキングパーソン調査』(25歳~34歳正社員男性の回答)

図3 出典:リクルートワークス研究所
「ワーキングパーソン調査2012」等

 次に挙げたいのは、「所属」に関する「働く」ストーリーの変化である。実際に行動に移すかどうかはさておき、30歳前後の若手ホワイトカラー男性のうち、約70%が「組織にしばられずに、自由に仕事をしたい」と回答している。また、起業・開業・独立希望者のうち、独立(フリーランス)を希望する割合が10年で約10%から約30%へと増えている。(以上、図表3)

 その理由としては、先ほど紹介したリモートワーク・クラウドワークの普及の他に、コワーキングスペースやSNSなどのインフラが整ってきており、職場の垣根を越えて、個人と個人、個人と組織がつながりやすくなっていることも挙げられる。また、〈オピニオン#18重田先生〉が語るように、「MOOC」などの高等教育コンテンツ無料オープン化もこれから急速に進むだろう。さらに、社会人の学び直しの場を早急に整備する必要があるという〈オピニオン#10守島先生〉のご意見も踏まえると、2030年には、MOOCの発展以外にもさまざまな面で学び直しの環境が今より整っているだろうと思われる。

 以上を踏まえると、今後、ある1社の正社員に所属が固定されて働く人が相対的に減り、複数の会社に所属する、独立してフリーランスになる、学び直しを経て復職するといったストーリーが、多くの人にとってますます現実味を帯びていくかもしれない。〈オピニオン#1柳川先生〉は、およそ20年をひと区切りとする20~40歳、40~60 歳、60~75歳の"人生三毛作"を根付かせ、人生で2~3回程度転職するのが普通であるような社会の実現を狙う「40歳定年制」を提案しているが、このような「所属」のストーリーの変化を踏まえれば、十分に現実的な制度ではないだろうか。

 また合わせて、平均収入の減少などによって、「共働き」が増えていることにも注目したい。例えば〈オピニオン#2山田氏〉は、女性、高齢者、外国人労働者を増やし、「日本型正社員制度=夫婦分業モデル」を変える必要があると主張した上で、現在の「日本型正社員」に加えて「限定型正社員制」の導入を提案している。また、ライフステージに合わせて、正社員、限定型正社員、派遣社員、契約社員と働き方を柔軟に変えていくことを推奨し、そのモデルとして「働き方ポートフォリオ」を考えている。

 このポートフォリオにも反映されているが、妻が働けば、一般的に夫が子育てや家事に参加する割合は大きくなる。そのため、単に自由を求めるだけでなく、家庭を大事にしたいという理由から、独立や複数社での就業などの柔軟な働き方を選択する男性が増えることも考えられる。

変化③ 金銭・ポスト以外の対価を求め始めている

出典:日本能率協会 2013年度新入社員「会社や社会に対する意識調査」

図4 出典:日本生産性本部・日本経済青年協議会
平成25年度「新入社員働くことの意識」調査等

 3つ目に、「対価」についての「働く」ストーリーにも変化の傾向が見られる。もちろん、働く理由の第1位が金銭であることは、30歳前後の男性正社員も他の世代と変わりはなく、今後も変わるとは考えにくい。しかし一方で、「金銭的な報酬を得る必要がなくなったとしても、なんらかの仕事を続けたい」人も70%近くいる。さらにインパクトが強いのは、「市場価値を高め競争社会を勝ち抜く」ことを目標とする人よりも、「競争ではなく自分なりの幸せを目指す」人の方が、約2倍も多いことだ。また、「社会貢献」への意欲が、若者を中心に高まっていることも特徴的だ。(以上、図表4)

 少なくとも高度経済成長期以降、「金銭・ポスト・長期安定雇用」が、企業が従業員に与える代表的な対価として一般に認識されてきた。しかし、現状を見る限り、若手社員の求める対価は違った様相を見せている。先に述べた金銭だけでなく、安定雇用も変わらず多くの人が求めているが、先のデータを見ると、ポストや出世競争への意欲は決して強くないようだ。その代わりに、例えば新入社員の実に95.7%が「感謝される仕事」を求めているというデータもある(図表4)。また、〈オピニオン#14ナカムラ氏〉は、求人サイト「日本仕事百貨」で人気が高い仕事は、「人と人をつなげる仕事」「変わらずに作り続けていく仕事」「目の前の人に喜んでもらえる仕事」だと語る。応募者に共通するのは「生きるように働きたい」、生きることと仕事をあまり分けずに働きたいという姿勢だという。そこには、ポストや出世を追い求め、より多くの金銭・より高い社会的地位を得ようとするストーリーとはまったく違うストーリーがあるようだ。

 ポストに関しては人口構成の問題から考えることもできる。〈オピニオン#13八代先生〉によれば、年功賃金体系や終身雇用といった「日本的雇用慣行」は経験豊富な中高年社員が相対的に貴重だったピラミッド型人口構成のもとで成立したもので、今後の逆ピラミッド型ではベテランが過剰になるため、そもそも成立しない。もはや誰もが課長・部長になれる時代ではないのだ。そのような時代には、無理に出世競争をしなくなる人も多いだろうという。実際、八代先生の経験した欧米型「フラットな賃金体系+能力主義賃金体系」の組織では、課長ポストの公募に手を挙げる人は少数だったそうだ。人口構成を変えるのは難しいから、近い将来、日本企業が同じような賃金体系になる可能性は否定できない。

 このようなことを踏まえると、相手からの感謝や仕事への手応え、生活やコミュニティの充実などにまつわる対価が、より多くの金銭・より高いポストに代わって新たに発展することも十分にありうる。

 なお、図1で指摘した成長意欲の高さと、「対価」のストーリーの変化は特に矛盾しないと思われる。つまり、より多くの金銭や地位のために成長を目指す人が減り、「もっと人の役に立ちたい」「もっと良いものを作りたい」「もっと多くの人に感謝されたい」など、生活の安定は得た上で、自分なりの幸せを目指すために成長しようとしている人が増えていると想定できるからだ。出世から自分なりの幸せへと、成長の目的が変わってきているのかもしれない。

「多様・拡散・個人主体」への変化に、企業も多様に対応する必要がありそうだ

「働く」ストーリーの変化

図5 「働く」ストーリーの変化

出典:弊社『人材マネジメント実態調査2013』

図6 出典:弊社
「人材マネジメント実態調査2013」

 これら3つの「働く」ストーリーの変化傾向(図表5)に対して、企業はどのように向き合っていくべきだろうか。データを見る限り、日本企業の人事の方々の多くが、今後は優秀な人材の確保が難しくなっていくと考えている(図表6)。ポストや金銭的報酬を増やすことも難しく、長期安定雇用の約束をできる企業も少ないだろうから、従来の雇用システムの延長では、優秀人材の確保という課題は解決できないことが想定される。

 それでは、企業はどうしたらよいのか。1つのヒントとして、これまでに紹介してきた「地域貢献志向」「リモートワーク」「セカ就」「独立志向」「学び直し志向」「対価の多様化」などの変化傾向を踏まえて、仕事・職場・企業のあり方や意味づけを改めて見直すことをお勧めしたい。これらの「働く」ストーリーの変化は、概して一律・集中・企業主体から多様・拡散・個人主体への変化である。それに合わせて、企業もより多様になっていく必要があるのではないだろうか。例えば、「日本一の成長の場」と称して自社の教育制度を先鋭的に発展・強化させる企業があってもよいだろう。あるいは入社・退社を何度繰り返してもよく、むしろ学び直しのための退社と再入社を奨励する企業などが出てきてもまったくおかしくない。企業もまた、ストーリーを変化させるべきときが来ている。

調査概要
調査名 若手ホワイトカラー男性のキャリア意識・行動に関する調査
調査回答者 従業員500名以上の企業のホワイトカラー一般男性社員(転職経験なし)
実施期間 2012年12月
有効回答数 624名
※うち、今回は25~34歳の415名を抽出(職種:研究開発が37.6%、営業24.8%)
(従業員規模:1000~3000名、10000名以上がそれぞれ31.1%)

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