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2030年の「働く」を考える

オピニオン#18 重田准教授 2014/5/19 MOOCによって、「学ぶ」と「働く」が分けられなくなる時代がやって来ます 北海道大学 情報基盤センター 准教授 重田勝介氏

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社会視点今、MOOCをはじめとするオープンエデュケーションが、高等教育の「ゲームのルール」を変えつつあります。
企業視点採用や企業内研修のために、企業がMOOCを積極的に活用するようになるでしょう。
個人視点MOOCが広まれば、個人の職業選択・キャリアアップの選択肢がぐんと増えるでしょう。

大規模公開オンライン講座「MOOC」が、今、世界中で急速に広まっています

本日は、教育工学・オープンエデュケーションが専門の重田先生に、教育におけるICT利用の現在と将来について伺いたいと思います。特に、今話題の「MOOC」について詳しく教えてください。

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 「MOOC」は、日本ではまだあまり知られていませんので、まず概要と経緯をお話しします。MOOCとはMassive Open Online Courseの略で、直訳すれば「大規模公開オンライン講座」。インターネット上で、どこでも誰でも無料で受講できる授業のことを指します。本格的に始まったのはつい最近の2012年からで、スタンフォード大学の教員が設立した「Coursera」「Udacity」、MITとハーバード大学が共同設立した「edX」などのMOOCプロバイダやコンソーシアムが大変な勢いで広まりました。現在最も規模の大きいCourseraには、すでに世界中に400万人もの登録者がいます。
 実はMOOC以前から、ICTによる教育のオープン化「オープンエデュケーション」は着実に進んできています。90年代以降eラーニングが普及し、その後、大学の講義資料を公開する「オープンコースウェア(OCW)」や、非営利組織や個人がさまざまな教材を無料公開する「オープン教育リソース(OER)」の制作や公開が広く行われるようになりました。オープンコースウェア(OCW)は大学等の講座内容や講座ビデオ、教科書などを無料で公開する取り組みで、マサチューセッツ工科大学の「MIT OpenCourseWare」をはじめ、現在までに49カ国で約25000科目のOCWが公開されています。これらの取り組みには社会貢献の意味合いもあり、実際にOERやOCWを使うことで、開発途上国などでも高等教育に触れる機会が増えています。また、OCWを用いる学習コミュニティ「オープンスタディ」など、オープンな教材を使ったオンラインの学習コミュニティも次々に立ち上がりました。MOOCは、OER、OCWやオープンスタディのコンセプトを取り入れながら考案されたオンラインのオープンな学習環境だといえます。
 MOOCによって、大学に通わなくても、開発途上国でも、無料で高等教育を受けて専門的なスキル・知識を身につけられるチャンスが格段に大きくなりました。そのため、世界中の大学がMOOCの急速な拡大に衝撃を受けています。さらに、ICTのもう1つの特徴である「ユビキタス」が、オープンエデュケーションに拍車をかけています。例えば今では、デバイスと通信環境の進化により、スマートフォンを使って電車のなかで講座ビデオを観ることもできます。また、プラットフォームのオープン化も進んでいます。例えばedXのプラットフォームは「Open edX」というオープンソースソフトウェアとして公開されています。このようなユビキタス環境、ICT環境の広がりは今後も止まらないでしょう。環境が整うほど、オープンエデュケーションの機会も増え、ますます発展していくと考えられます。

「JMOOC」が、いよいよスタート
日本の大学も着々とICT利用を進めています

OOCやICT利用に関して、日本の現状はどうなっているのでしょうか。

 アメリカなど欧米諸国と比べるとまだまだ遅れていますが、日本の大学でもICT利用は着実に進んでいます。インフラ、デバイスなどの面は十分に整ってきており、課題のコンテンツ面も少しずつオープンになり始めています。サイバー大学ビジネスブレークスルー大学のように、ICTを活用した大学も出てきました。また、OCWには日本でも30校近い大学が取り組んでおり、MOOCについては東京大学がCourseraとedXに、京都大学と大阪大学がedXに加入しました。東京大学はすでにCourseraで英語のMOOCを開講しています。そして、2014年春には日本版MOOC「JMOOC」の講座が開講します。私も7月から「オープンエデュケーションと未来の学び」という講座を担当する予定です。
 ただ、日本の場合はコストの問題や、著作権処理のハードルの高さもあり、OCWの開発や利活用もまだ限定的です。当然、日本の大学もOCWやMOOCの広がりはチャンスであり脅威と捉えていますが、本格的な活動はまだまだこれからです。

今後、「MOOCを作る大学」と「MOOCを使う大学」に分かれていくでしょう

今後、MOOCによって何がどのように変わるのでしょうか。

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 オープンエデュケーション、特にMOOCは「グローバリゼーション」の一環と捉えることができます。CourseraやedXでは、世界中のさまざまな大学の教育コンテンツが平等に並べられ、受講者は自由に選ぶことができます。ある意味MOOCは大学がフラットに比較され、講座の質や人気により大学教育の「力」が可視化される場と見ることもできます。良質な教授陣や教育コンテンツを豊富に抱える大学は、その魅力を世界に発信していけますが、一方で競争に敗れる大学も出るでしょう。MOOCを積極的に開講し大学教育の場を広げていく大学と、自らはMOOCを作らず「使う側」に徹する大学、すなわち「MOOCを作る大学」と「MOOCを使う大学」に分化していくかもしれません。すでにアメリカでは他大学の作ったMOOCを授業で使う大学も出始めています。
 このような「MOOCを使う大学」は、教育コンテンツではなく、学生の学びを支援するチューターやファシリテーターを充実させ、教育の優位性を保つこともできます。もちろん、社会における大学の価値は研究活動や知の蓄積、社会貢献などさまざまあります。ですが、少なくとも教育に限るならば、MOOCを大学教育に使うことは教育の機能の一部を外に出す、いわゆるアウトソーシングともいえます。さらにその先には、教育を行う大学、研究を行う大学、社会貢献を行う大学といった形で、大学が機能分化していく未来があるのかもしれません。
 一方、MOOCは「グローバルな人材発掘ツール」でもあります。大学や企業が優秀な人材を世界中から集めるために、MOOCを利用することもできます。実際、edXで学んだモンゴルの学生が大変優秀な成績を収めて、学費免除でMITに留学したという事例があります。大学にとってMOOCが優秀な学生を発掘するための積極的なリクルーティングツールにもなり得るということです。
 以上をまとめると、MOOCは世界の高等教育の「ゲームのルール」を変えつつあるといえます。もちろん、大学内外でMOOCに対する批判はありますし、CourseraやedXもまだまだ試行錯誤の最中で、受講者のドロップアウト率の高さなどの課題も抱えています。しかし、オンライン教育の可能性、MOOCの広がりの速さを考えれば、近い将来、国内外で高等教育の姿は大きく変わっていくことになるでしょう。

企業自身が、教育機関を創り、MOOCで講座を開く時代がやって来ます

MOOCによって、大学と企業、大学と社会人の関係も変わっていくのでしょうか。

 意外に思われるかもしれませんが、MOOCは企業教育との相性がよいのではと考えています。例えばすでにCourseraは優秀な受講者をIT企業などに斡旋するジョブマッチングサービスを始めていますし、米Yahooは社内研修にCourseraを利用しています。また、アメリカのIT企業がMOOCプロバイダのUdacityと連携してOpen Education Allianceという団体を作り、IT企業で活躍する若手人材を育成するMOOC開講に乗り出した例もあります。今後、世界でも日本でも、MOOCに絡んださまざまなサービスが立ち上がるでしょう。特に、MOOCの講座を修了した証となる「認定証」を企業が評価するようになれば、雇用や採用のあり方が劇的に変わる可能性があります。OCWと違いMOOCは登録制で、ユーザー情報が入手できるという点でも、MOOCと企業の相性はよいはずです。
 日本企業の場合、これまで社会人大学院で学ぶことの重要性があまり正しく評価されてきませんでした。しかし、MOOCが広まると状況が変わるかもしれません。先にも少し触れましたが、企業が自らコンテンツを作り、オンライン教育を行うことが比較的容易にできるからです。コンテンツだけでなく、企業が教育機関そのものを創ることもできるでしょう。おそらく今後、そのような「企業によるオンライン教育」が増えていくと思われます。受講する自由の拡大だけでなく、「誰もが教える自由」の拡大もまた、オープンエデュケーションの重要な要素です。
 個人的には、企業が求める人材は、大学ではなく企業が直接育成した方が話が早いこともあるように思います。企業が作った講座で見いだした優秀な人材を採用するという新たな採用ルートが作られるかもしれません。また他にも、企業内研修、新卒採用におけるオンラインインターンシップなど、MOOCの使い道は多様に考えられます。受講する個人にとっても、社会人大学院はコストがかかる割に評価につながりにくいため通う人はなかなか増えませんが、MOOCなら敷居が低いので広まる可能性も高いでしょう。MOOCが一般的になり、企業によるオンライン講座が増えることで、就職活動や転職の際の有用なツールになり、職業選択・キャリアアップの選択肢がぐんと増えることになるかもしれません。

MOOCは万能ではありません
スキルセットの設定と見極めが重要です

そうすると、高等教育や企業教育はすべてMOOCになってしまうのでしょうか。

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 そんなことはありません。少なくとも、MOOCが万能ということはなく、ゼミナールや研究指導、対面でのワークショップやロールプレイング、フィールドワークなど、MOOCだけでは実現できないことは数多くあります。実際、MOOCを知識確認やディスカッションなど、知識を「使う」活動を行う「反転授業」の教材に用いる事例もあります。
 それから、企業や大学がMOOCを作り、使う際には、教える内容のスキルセットの設定と見極めが欠かせないでしょう。どのような人材を求めているか、どのような人材に育成したいかを明確に定義して講座を作らない限り、MOOCの効果は高まりにくいと思います。スキルセットの設定と見極めをした上で、MOOCのみを使うのか、対面研修を組み合わせるのか、そのつど判断することが不可欠です。

2030年には、働くことが学ぶことに、学ぶことが働くことに直結するでしょう

それでは最後に、オープンエデュケーションが進んだ結果、2030年の「働く」はどのようになっていると思いますか。

 一昔前と比べると、技術やスキルの進化スピードは段違いに上がっています。もう大学時代に学んだ知識や技術だけで定年まで勤め上げられる時代ではありません。ですから本来、すでに企業や社会が、教育をすべて学校や大学に任せている場合ではないはずです。誰もが継続的に学び、知識や技術を磨き続けられるよう、企業や社会の構造を変えていく必要があります。MOOCを上手に使うことで、誰でもいつでも自由に学べ、自由に教えられる環境が実現できます。先にも少し触れましたが、企業にとっては採用ツールとしてだけでなく、社内教育ツールとしてもMOOCは非常に便利なのです。
 MOOCを活用する大学が増え、採用にも社内教育にも利用する企業が増えたら、おそらく「働くこと」と「学ぶこと」の区別が曖昧になり、両者が分けられなくなると思います。学びながら働き、働きながら学ぶ。あるいは、働くことが学ぶことに、学ぶことが働くことに直結する。2030年にはきっと、そのような状況が当たり前になっているのではないでしょうか。

インタビュー:岩下広武

重田勝介氏プロフィール
北海道大学 情報基盤センター准教授
大阪大学大学院卒。博士(人間科学)。東京大学助教、UC Berkeley Educational Technology Services 客員研究員をへて現職。研究分野は教育工学・オープンエデュケーション。著書に『デジタル教材の教育学』『職場学習の探究』(ともに共著)がある。個人ブログ「The Shigeta Way」

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