オピニオン

2030年の「働く」を考える

オピニオン#1 柳川教授(前編) 2013/11/1 75歳まで活躍できる社会を作るために、「40歳定年制」を提案します 東京大学大学院経済学研究科・経済学部 教授 柳川範之氏

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個人視点常に新たなスキルや能力を獲得しながら働く必要が出てきます。
企業視点終身雇用は無理な約束。実情に合った柔軟な雇用制度に変えるべきです。
社会視点硬直した今の正社員制度を改め、流動性を高めることが雇用を活性化します。

若い頃の知識や経験だけでは、定年まで働けない時代がやってきました

柳川先生は、『日本成長戦略 40歳定年制』という著書のなかで、「40歳定年制」という大胆な制度改革提案を掲げられました。まずはそのような考えに至った背景や問題意識を伺えたいと思います。

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 一昔前と比べると、今は驚くほど変化の速く、激しい世の中になっています。この傾向はさらに強まっていくでしょう。それに合わせて、特にITの進化とグローバル化によって産業構造も次々に大きく変わっていかざるを得ません。ITの進化はIT業界にとどまらず、さまざまな仕事をすでに変えつつあります。ある日突然、ある製品や部品や作業などが必要なくなり、それに携わっていた人たちの仕事もなくなるといった事態は、今も起こっていますが、今後はさらに増えてくるでしょう。
 また、最近は新興国の人々のスキルの高まりが著しく、東南アジアなどには英語に堪能で技術にも優れ、給与は日本人の1/3というエンジニアが今、続々と現れています。日本人はこれから、これらの人々と競争しなくてはなりません。さらに、米IBMが中国レノボにPC事業を売却したように、会社そのものが大きく事業を転換する、あるいは工場だけでなく全事業を海外に移すといったケースも多く起きると思われます。
 一方で、日本人が働く期間は確実に伸びており、近いうちに70歳まで働くのが普通になりそうです。元気な高齢者は増えていますし、年金給付開始年齢がさらに引き上げられる可能性が大きいことも踏まえると、中長期的には多くの人が75歳くらいまで働き続ける社会がやってくると私は考えています。高度経済成長期には55歳定年が一般的だったことを考えると、実に大きな変化です。大学卒業から数えると、長ければ50年以上働き続ける計算になります。

75歳ですか。そこまで働くことを考えると気が遠くなりますが、そのときに何が大きく変わるのでしょうか。

 そのようななかでは、これまでのように若い頃の経験・知識の蓄積が定年まで役に立つことは少なくなるでしょう。それどころか、若い頃に携わった産業や仕事そのものが10年、20年もするとなくなってしまい、40代、50代で未知の業界の未経験の仕事に転職を余儀なくされる、といった事態が当たり前になると考えるほうが実態に近いだろうと思います。
 多くの日本企業に、余剰人員を抱え続ける余裕があれば話は別です。しかし、今も名だたる大手電機メーカーが次々にリストラを進めている現状を見ても分かるとおり、ほとんどの会社にはそのような余裕はありません。終身雇用の維持は、これからの多くの日本企業には無理な注文というものです。
 つい最近始まった「65歳定年制」がそれを証明しています。多くの企業は65歳定年制によって増える人件費を背負いきれておらず、そのしわ寄せが、新卒採用や社員の賃金上昇カーブの抑制となって現れつつあるのが実情です。そのような状況であるのにもかかわらず、65歳定年制によって、60~65歳の社会保障を結果的に国は企業に丸投げしたのです。このやり方には、限界があります。

限定的・硬直的な正社員のカタチを
時代に合わせて柔らかくするのが「40歳定年制」です

なるほど、大変な時代がやってくることはよく分かりました。
ではそのとき、個人や企業はどのように対応したらよいのでしょう。

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 おそらく2030年には、誰もが今の仕事の経験や技術を蓄積するだけでなく、常に新たなスキルや能力を獲得しながら働く必要が出てくるでしょう。今までとは違ったことに挑戦し続けないと、簡単に通用しなくなる世の中になるはずです。過去の栄光や成功は、むしろ次のステージに向かうときの障害になってしまうかもしれません。
 それから、企業はフルタイム以外の働き方を多く用意することになるでしょう。60代、70代の高齢者は20代、30代と同じようには働けません。午前中だけの勤務、1日おきの勤務など、多様な選択肢を柔軟に作ることが、高齢者社員が増える未来には欠かせません。
 また、これは働く女性を増やすためにも大変効果的ですし、誰もがボランティアなどに関わりやすくなるという意味でも良いでしょう。

そのような対応の延長に「40歳定年制」があるのだと思いますが、
そこにはまだ飛躍があるように思います。

 それは、社会の変化に対応する際に、個人や企業が解決しなければならない問題が大きく2つあるからです。
 1つは、今の正社員のカタチが限定的かつ硬直的だということです。現在は、すべての正社員は無期雇用契約で、フルタイム勤務、さらに異動・転勤があります。そのうち1つでも無理なら、正社員では雇用してもらえない。この0か1かの雇用制度は、高齢者や女性の活用が必須となる時代に即していません。また、この雇用制度のために、正社員を守るために非正規雇用を増やすというおかしな事態まで起きています。ようやく「地域限定正社員制度」ができるようですが、もっと改革を推し進めなくてはいけません。
 さらに問題なのは、社会人が新たなスキルや能力を獲得する場が現状では極めて少ないことです。今は、35~40歳くらいで一度会社を辞め、大学院に入り直すのは一般的なルートではありませんが、このルートをごくごく普通にする必要があります。社会の仕組みとして、スキルアップやスキルの整理の機会が潤沢に用意されていなければ、多くの人々は踏み出したくてもなかなか次に踏み出すことができません。
 この2つの問題を解決するために私が提案しているのが、「40歳定年制」です。

インタビュー:古野庸一

柳川範之氏プロフィール
東京大学大学院経済学研究科・経済学部 教授
1988年、慶應義塾大学経済学部卒業。1993年、東京大学大学院経済学研究科博士課程修了、博士号取得。慶應義塾大学経済学部専任講師、東京大学大学院経済学研究科助教授、准教授を経て、2011年より現職。研究分野は金融契約、法と経済学。主な著書に『日本成長戦略 40歳定年制』、『法と企業行動の経済分析』、『元気と勇気が湧いてくる経済の考え方』などがある。

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