オピニオン

2030年の「働く」を考える

オピニオン#14 ナカムラ氏 2014/3/3 これからは、「正直化」が進んでいくのではないでしょうか 株式会社シゴトヒト 代表取締役 ナカムラケンタ氏

オピニオンのトップへ

社会視点さまざまな局面で、今よりも正直な世の中になっていくでしょう。
個人視点「生きるように働きたい人」が増えている実感があります。
個人視点「人と人をつなげる仕事」「変わらずに作り続けていく仕事」
「目の前の人に喜んでもらえる仕事」が人気です。

「日本仕事百貨」は、小さくて個性的な本屋さんのような求人サイトです

本日は「日本仕事百貨」の代表として、日本各地のさまざまな仕事を見てきたナカムラさんに、2030年の「働く」について伺いに参りました。まずは日本仕事百貨について、少しご紹介をお願いできたらと思います。

写真1

 「日本仕事百貨」は、「生きるように働く人の仕事探し」を応援する求人サイトです。給与や勤務地だけで検索しても埋もれてしまう、でもきっと誰かが探している仕事を、職場を訪ねて取材して一つひとつ紹介しています。営業はせず、口コミだけで広がっていまして、現在は月に100件ほどお問い合わせをいただいており、多くの求人者の方々にお待ちいただいている状況です。
 だからといって、ビジネスを拡大することが目的ではありません。常々、私たちは個人の店主が開く小さな本屋さんのようでありたいと思っています。大きな書店のように何でも手に入るわけではないですが、店主の個性や好みが反映された本棚を眺めていると、いつも思いもかけなかった本との出合いがあって楽しい。世の中にはそういった本屋さんがあります。同じように、日本仕事百貨は、例えば「島の管理人」のような一風変わった求人情報と出合うことで、人々が「なにこれ?」と驚き、その仕事や働き方に興味をもっていただけるサイトであり続けたい。そして、できるだけ多くの方に「良いハプニング」を起こしたいのです。最近、「日本仕事百貨、よく見ています。最終的には、他のサイトを使って転職したのですが、とても参考になりました」と言われることがありました。でも私たちとしてはそれでよいのです。「こんな仕事、こんな世界もあるのだ」と知っていただくきっかけになることが嬉しいのですから。
 そのために、募集を終了した求人情報もサイトに残してあります。また、「良いハプニング」を増やすには、あまり多くの情報を提供しない方がいいかもしれません。検索せずに、すべての求人を眺められる規模で続けることに意義があると考えています。

場所を創る上で、最も大切なのは「人」。
そのことに気付いて、日本仕事百貨を始めました

ところで、ナカムラさんはなぜ日本仕事百貨を始められたのでしょうか。

 私の父は転勤族で、小さい頃は日本中を転々としていたので、私には地元というものがありません。そのため昔から、「自分や皆が心地よく納まるような居場所を創りたい」という想いが強くあり、初めは建築家の道を考えました。建築家になれば、自由に場所が創れると思ったのです。しかし、建築家はそのような役割ではないことを大学・大学院で知りました。例えば大学院で何回か、実際に大家さんに建築デザインを提案する「リアルプロジェクト」を経験したのですが、結局はその建築物で何が改善できるのか、どのようなビジネスが生まれるのかなども併せて企画・提案しないと、いくら優れたデザインでも採用されませんでした。デザインだけでは、場所は創れない。建築物のすべてを見通し、多様な企画を提案できる人になる必要があると思いました。
 そこで、大学院卒業後は不動産の総合マネジメントを手掛ける会社に就職しました。その会社では実に多様な経験を積ませてもらったのですが、仕事に慣れてくると、徐々に心がモヤモヤとしてきました。私には、何か他にやるべきことがあるのではないかと思うようになってきたのです。
 その頃、家の近所のバーに頻繁に行くようになっていたのですが、あるときふと、自分はバーテンダーと話すために通っているのだと気がつきました。もちろん、酒や食事やくつろぎも大切でしたが、私がその場に最も求めているのはバーテンダーの存在でした。そして、場所を創る上で一番大切なのは「人」だと悟ったのです。その仕事や場所に納まる人は生き生きと働く。また逆に、人が生き生きと働いているところは、魅力的な場所になる。そういったことをバーから学びました。それなら、場所を創るために私がすべきなのは、場所と人、仕事と人をつなげること、つまり「求人」だと考えたのです。

サイト読者の皆さんが、働く人に感情移入できる文章を目指しています

求人サイトといってもいろいろありますが、日本仕事百貨のようなスタイルを採ったのはなぜでしょうか。

写真2

 私たちは2008年に日本仕事百貨を始めたのですが、その際に強く影響を受けたものが2つあります。1つは、当時すでに大人気だった「東京R不動産」です。東京R不動産は、例えばバルコニーがとても広い物件、室内を改装してもよい物件など、特徴のある不動産物件を主に扱って、その隠れた魅力を定性的に紹介することで成功していました。求人情報のなかにも、すばらしい特徴があるのに埋もれているものがたくさんあるはずなので、この方法は求人サイトにも応用できると思いました。
 もう1つは、西村佳哲さんの『自分の仕事をつくる』という本です。働き方研究家の西村さんが、仕事や働き方をテーマにさまざまな方にインタビューをしているのですが、西村さんは、「こういう働き方がよい」とロジカルに答えやコンセプトなどを提示するのではなく、ご自身の感じたことを読者も同時に体験できるような文章を綴られています。その体験をどう考えるか、どの点に魅力を感じ、どのように共感するかは読者の自由。文章に、読み手が考える余白があるのです。このような書き方を、求人サイトでも実現したいという想いがありました。
 今も日々、私たちは「アバター」のように、私たちの身体を通してサイト読者の皆さんが取材先の職場や仕事を体験できる文章を目指しています。そして皆さんには、その職場や仕事に感情移入した状態で応募するかどうかを決めていただきたいと思っています。
 そのために、インタビューの際はいつも、その仕事に向いていると思う架空の応募者を想定して、その人は何を知りたいのだろう、何を不安に思うだろうと考えながら質問しています。また、取材対象者の過去の時間を共有することも大事ですから、「今、なぜこの仕事をしているのでしょうか」という質問を必ずするようにもしています。応募者の不安払拭のためには、中途で入社した方の体験談も欠かせません。他にも、働く現場に辿りつくまでの時間や経緯を取材者の目線で書くようにするなど、読者が文章に入り込みやすいように工夫を凝らしています。

ロマンもそろばんも、どちらも大事です

月100件ものお問い合わせがあるということでしたが、そのすべてを掲載しているわけではないと思います。
どのように対応しているのでしょう。

 誤解されては困るのですが、日本仕事百貨の求人情報は、私たちが選り好みして掲載しているわけではありません。それはむしろ逆で、「良いハプニング」を起こすためには、絞り込まずにできるだけ多様な求人を掲載した方がよいと考えていますから、一方的にお断りすることはまずありません。
 お問い合わせをいただいたら、まず簡単にご依頼の内容を伺って、スケジュール、費用、読者層を踏まえて予想される反響、掲載における私たちの考えやルールなどをご説明します。今までの経験から、ざっとお話を伺えば、採用の成否はある程度想像がつきますので、そのことも率直にお話しします。そして、求人者の方々に掲載するかどうかをご判断いただくようにしています。条件が合わない場合や採用成功の可能性が低い場合、この時点で掲載しないことを決断される方が多いです。ビジネスとして当然のことだと思います。私たちは、利益を追いかけて無理に求人情報数を増やすことはしません。なかには、日本仕事百貨を利用するよりも適した採用方法がある場合もありますので、そういったときは別の求人サイトなどをお勧めします。
 採用が難しいことをご理解いただいた上でどうしても掲載したいとおっしゃる方については、よく話し合った上で一緒にチャレンジすることもあります。例えば以前、障がい者支援の求人依頼がありました。依頼時は正直、採用は難しいと思いましたが、どうしてもとおっしゃるので現場に伺ってみると、清々しい空気の流れるオフィスで、障がい者の方々とのコミュニケーションも実に人間らしくて素敵なのです。採用が難しいことには変わりないのですが、私たちも応援したいと思いましたので掲載させていただき、このときは結局3名の方の採用に成功しました。

事業に対する思いと、ビジネスは両立するのでしょうか。

 最近、「ロマンとそろばん」という言葉がよく使われますが、私も両方重視しています。もちろんロマンやビジョンはとても大切ですが、どれだけ社会的にすばらしいビジネスも、十分な利益が出なければ長続きしません。採用もまたビジネスの一部ですから、ビジネス全体を見渡した上で判断をしています。経営者の視点に立って、今は掲載するタイミングではないのではないかとご提案をすることもあります。
 相手から言われたことをそのまま形にするだけでは、なかなかビジネスは持続しません。ご要望だけでなく、依頼の背後にあるものも汲み取った上でご提案すると、自ずとまたご相談いただけるように思います。私はこのような姿勢を「贈り物をするように働く」と表現しています。ロマンとそろばんは両立できるというよりも、分けられないものだと思っています。

時代の半歩先を行く仕事だけでなく、「変わらずに作り続けていく仕事」も人気

少し視点を変えて、読者層や人気のお仕事についてのお話を伺えればと思います。

写真3

 日本仕事百貨の読者層は学生の方から定年後の方まで幅広いのですが、一番多いのは20代後半です。新卒で就職するときは、多かれ少なかれ誰もが夢を抱くものですが、20代後半になると、どのような仕事も大変で地味なことが多く、たとえ華やかな場面があっても、それはほんの一部分だと、皆さん身をもって知るのだと思います。その上で、「それでも自分がやりたいことは何だろう」と考え、日本仕事百貨でさまざまな仕事を覗いてみたくなる方が多いようです。
 そういった読者に人気が高いのは、1つはコミュニティづくりやシェアハウスの運営などの「人と人をつなげる仕事」です。最近は、昔から存在する仕事に、人と人をつなげる要素が加わるケースもよくあります。例えば「らいおん建築事務所」さんは、建築設計だけでなく、既存の建築物の使い方からコミュニティを考えることまで企画・実行して、商店街の再活性化などに取り組んでいます。
 ものづくりの職人など「変わらずに作り続けていく仕事」も好評です。少し前までは、時代の半歩先を行く仕事が皆の憧れだったと思いますが、今はそういったものだけでなく、金属洋食器の製造で有名な新潟県燕市のメーカーや、島根県石見銀山のふもとにある小さなアパレルブランド、街を楽しむための自転車を作るトーキョーバイクさんなど、じっくりと腰を据えて、ぶれることなく質の高いものづくりを続けている会社に応募者が集まる傾向があります。他には、京橋のフレンチレストランなど、「目の前の人に喜んでもらえる仕事」を好む方は変わらずにたくさんいらっしゃいます。
 「生きるように働く人の仕事探し」という日本仕事百貨のキャッチフレーズどおり、応募者に共通するのは「生きるように働きたい」、生きることと仕事をあまり分けずに働きたいという姿勢です。それはワーカホリックというものとは違います。例えば、仕事のONとOFFがあまりはっきりしておらず、仕事と生活がゆるやかにつながっていて、すべての時間が自分のものでありたいという方が多いです。給与や勤務地などの条件も大切ですが、それだけではないと考える方々に見ていただいていると思います。

最近、「正直な会社」が増えています

それでは最後になりましたが、このサイトの本題である「2030年」に向けて、どのような変化が起こると思いますか。

 さまざまな局面で、今よりも「正直な世の中」になっていくのではないでしょうか。すでにインターネットによって、どの商品・サービスが良いか、誰がどのようなことをしているか、かなりの情報が表に出るようになりましたが、それがさらに加速するのは間違いありません。そうなれば、多くの場合、正直になった方が得策です。ネガティブな情報を隠して、短期的に莫大な利益を上げて売り逃げるといったことは簡単ではなくなります。騙す方もより高度になっていくとは思いますが、それなら正直でありたいという人も増えているように思うのです。ですから例えば、ときには「あなたにはこのマンションは合っていません」と提案する不動産会社も増えるでしょう。長期的に考えれば、その方が信頼を高め、ビジネスを安定的に進めていけるからです。
 実は以前、日本仕事百貨に掲載させていただいたあきゅらいず美養品さんは、不採用通知メールをお送りする際、不採用の理由も正直にご説明されているのだそうです。いずれはどの会社も、そのようにしていかないと生き残れない世の中になるのではないでしょうか。私たちも、正直に会社や仕事を紹介するように心がけています。
 2030年には、このような「正直化」が確実に進んでいると思います。先ほどの「ロマンとそろばん」の話も、正直化の1つです。お金だけが儲かればいいというビジネスは成り立ちにくくなるでしょうけれど、一方でお金を生むことが悪ではないのです。今や社会に良いことをするのは企業にとって当たり前で、一方で儲けを出さなくてはいけないのも当たり前。どちらも大事だと正直に言葉にすることも、これからは当たり前になるはずです。

インタビュー:荒井理江

ナカムラケンタ氏プロフィール
株式会社シゴトヒト 代表取締役
1979年東京生まれ。生きるように働く人の求人サイト「日本仕事百貨」を企画運営。「シブヤ大学しごと課」のディレクターや「みちのく仕事」の編集長も務めている。最近はグリーンズと共に東京の真ん中にまちをつくるプロジェクト「リトルトーキョー」をスタート。共著に『シゴトとヒトの間を考える(シゴトヒト文庫)』がある。

ページトップへ