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2030年の「働く」を考える

オピニオン#2 山田氏(前編) 2013/11/1 雇用システムの改革が、日本の経済を軌道修正する第一歩になります 株式会社 日本総合研究所 調査部長 チーフエコノミスト 山田久氏

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個人視点日本経済は、将来「悪い物価上昇」を起こす可能性があります。
企業視点企業は、グローバル展開をより積極的に進めるべきです。
社会視点従来の正社員と限定型正社員の併用という形で、雇用システムを改革すべきです。

今のうちに、お金の使い方や雇用システムなどを変えなくてはいけません

山田さんはこれまで、日本の雇用問題についてさまざまな著作を世に出されています。また、「北欧モデル」などに注目しながら、新たな経済社会モデルの提唱もしてこられました。今回はその知見から、2030年の「働く」についてどのように考えていらっしゃるかを具体的に伺いたいと思っています。

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 まずはその前提として、現状の情報に基づいたバッドシナリオからお話しします。現在私たちの手元にある最も確実な未来予測情報は、国内人口推計です。それによると、2030年には全人口が現在の1割弱、およそ1140万人減少し、全人口における高齢者率は30%を超えている見込みとなっています(詳しくは〈背景・トレンド#1〉参照)。
 労働力人口が減るわけですから、このまま放っておくと、必ず経済成長率は落ちてきます。また、高齢者率が上がり社会保障費も増大しますから、さらなる増税の可能性も高く、それは一層の経済成長率の低下要因となります。同時に、高齢化が進むと貯蓄を切り崩して生活する人が増え、家計の貯蓄率は当然ながら下り坂になります。経済成長率が鈍化すれば、現役世代の貯蓄率も下がると考えるのが自然でしょう。現在はこの家計貯蓄が国の財政赤字を補填して経常収支を黒字化していますので、それが減ると経常収支もいずれは赤字に転落することは否定できません。
 そうなった場合は円の価値が落ちますから、円安が持続的に進むはずです。持続的な円安は輸出の減少やエネルギーコストの急速な上昇などを引き起こして、さらに経常収支を押し下げながら、所得上昇以上に物価上昇が進む「悪い物価上昇」を導くと予想されます。国債金利の上昇圧力がかかり、国債の支払い能力も低下するでしょう。その結果、最悪の場合は現在いくつかのヨーロッパ諸国が陥っているような、公務員の大幅カット、社会保障費の大幅カット、公共投資の更新投資凍結などといった事態に発展しかねません。このような状況が2020年から2030年にかけてやってくる可能性が十分にあります。
 しかし、過度に悲観する必要はありません。日本の場合、まだ民間経済には十分な力があります。その証拠に、これだけ国が膨大な借金を抱えながらも金利は低いまま安定しており、経済に大きな問題は起きていません。金利が低いうちに、お金の使い方や雇用システム、公共投資のあり方、社会保障制度などを変えて財政改善に着手し、バッドシナリオを回避すればよいのです。その意味では、アベノミクスが一時的に景気を浮揚させ、世の中の雰囲気を良くしている今こそが絶好のチャンスです。アベノミクスの効果が失われる前に、ぜひとも改革を進めなくてはいけません。

企業のグローバル展開の推進と、
国の出費抑制が、国家財政を改善します

恐ろしいバッドシナリオを避けるために、
今から改革を推し進めなくてはいけないことはよく分かりました。
では、具体的には何をどのように改革すべきなのでしょうか。

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 「お金の活用の仕方」を変える方法には、大きく2つあります。1つは日本企業が「グローバル展開」をもっと積極的に推し進めることです。現在、多くの日本企業のグローバル展開は、業界や企業によっても異なりますが、総じて見れば他国に比べて遅れがちです。日本企業にはもっと大胆に海外に進出して、グローバルでの売上をどんどん伸ばし、その利益を国内に還元して研究開発や設備投資、人材育成などに使うといった好循環を生み出していただきたいと思います。

 海外投資は直接にはGDPを押し上げませんが、海外事業で得られた利益を国内に還流し、国内の研究開発や設備投資、人材育成などに投資すればGDPを押し上げます。その意味で、日本企業のグローバル展開は間接的に日本のGDPを高める効果も十分にあります。また、たとえGDPが下がったとしても、海外との交易が活発になれば国内需要も活性化されますし、実質的に経済は勢い良く回り続けるのです。
 もう1つの方法は公共投資のあり方や社会保障制度とも密接に関わりますが、財政赤字を少しでも減らすためには、「国の出費を抑制」し、その代わりに「民間を活性化」させることが肝要です。特に公共投資は効率性が低いものも少なくなく、具体的な内容をよく吟味すべきでしょう。また、新規インフラ投資は極力控えて、既存インフラの更新投資を主体にするといった発想に変えるべきです。予算削減や効率性の問題だけでなく、既存インフラの老朽化が進む一方の現実を考えても、その方針が正しいはずです。そうして国費を抑制することが、財政改善には必要です。
 これは公共投資だけでなく、社会保障にも当てはまります。現状の日本の社会保障は高齢者向けに偏重しており、現役世代への保障は不足しています。その偏りを解消して「世代間公平」に近づける意味でも、高齢者向けの社会保障のうち、民間保険で代替できる部分に関しては積極的に移管すべきです。また、保育支援、教育、職業訓練をはじめとする現役世代への社会保障は今後強化した方がよいのですが、こちらも規制改革を進め、今まで以上に民間サービスを活用することで、支出を抑えながらの強化を望みます。

従来の日本型正社員だけでなく、
「限定型正社員」を併用する雇用システム改革を

これまでのお話は経済全体についての対応策でしたが、雇用システムに関しては、
どのような対応が必要となってくるのでしょうか。

写真3

 これまで説明してきたような変革を実現するには、まず雇用システムが大きく変わらなければ難しいでしょう。具体的にいえば、「日本型正社員制度」の改革です。現在の正社員は「三無(さんむ)」です。仕事の内容が選べない。勤務地が選べない。労働時間も選べない。このように滅私奉公的な働き方をしている人がかなり多いのが、日本型正社員制度の特徴です。

 この制度は世界的に見れば極めて特殊です。それなのになぜ成り立ってきたのかといえば、「夫婦分業モデル」と表裏一体になっているためです。つまり、夫が会社で働き、妻は家庭を支える。妻は働くとしてもパート程度。このような家庭のモデルが長らく標準として通用してきたからこそ可能だったのです。
 しかし、男性の労働力人口は減る一方ですから、これからは今よりも女性や高齢者に働いてもらわなくては、経済は縮小するばかりで、社会保障も維持できません(詳しくは〈背景・トレンド#1〉参照)。そのためには「日本型正社員制度=夫婦分業モデル」では無理です。また、この雇用システムは外国人活用にも向いておらず、日本企業のグローバル展開においてネックとなっています。
 そこで私が提唱するのは、先ほどアベノミクスの成長戦略の1つとしても紹介された「限定型正社員」の活用です。限定型とは、職務・勤務地・労働時間を限定して選べるという意味で、その代わりに雇用保障は従来型の正社員よりも低く設定されます。もちろん、再就職支援やキャリア開発支援の面での企業責任を強化させる必要があり、政府がセーフティーネットを整備することが前提となります。
 限定型正社員を増やし、従来の日本型正社員制度と併用するという雇用システム改革が、女性、高齢者、外国人の労働者を数多く受け入れるためには欠かせません。この取り組みは企業のグローバル展開を推し進めるとともに、労働力人口を増やすことにもつながっていくでしょう。ひいては、日本の経済をバッドシナリオから軌道修正するための第一歩となります。一方で、日本型正社員も併用するわけですから、コミュニケーションコストの低さや企業文化理解の深さなど、従来の日本型雇用システムの良さを維持することもできます。

インタビュー:古野庸一

山田久氏プロフィール
株式会社 日本総合研究所 調査部長 チーフエコノミスト
1987年、京都大学経済学部卒業。2003年、法政大学大学院修士課程(経済学)修了。
1987年、(株)住友銀行(現三井住友銀行)入行。(社)日本経済研究センター出向を経て、1993年より (株)日本総合研究所調査部出向。2003年、経済研究センター所長に就任。マクロ経済研究センター所長、ビジネス戦略研究センター所長を経て現職。研究・専門分野はマクロ経済分析、経済政策、労働経済。特に注力するテーマは、新しい労働市場のグランドデザイン、グローバル化のなかでの地域活性化。主な著書に『北欧モデル 何が政策イノベーションを生み出すのか』『市場主義3.0』『デフレ反転の成長戦略』などがある。

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