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オピニオン#4 山田氏(後編) 2013/11/15 サステナブルな社会を実現するために、できるだけ早く舵を取るべきです 株式会社 日本総合研究所 調査部長 チーフエコノミスト 山田久氏

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企業視点多少の人材流出は、その会社にかえって良い結果をもたらします。
個人視点連続スペシャリストを目指すなど、意識を変える必要があります。
社会視点日本の社会システムは、サステナブルな構造を目指すべきです。

現在の非正規労働者にはもちろんのこと、
中間層や高所得者層にも、もっと富を回さなければ

「限定型正社員」と日本型正社員の併用という形の雇用システム改革が必要だということですね。それは雇用に関する他の問題、例えば給与格差問題などにも良い影響を及ぼすと考えてよいのでしょうか。

図表1

図表1 給与階級別分布の変化

 そうですね。限定型正社員が広まれば、例えば日本型正社員制度の裏に隠れた「若年者非正規労働者」の問題解決にも一役買うと思います。日本型正社員制度を維持するために、ここ20年ほど、日本企業は非正規労働者を急速に増やしてきました。その多くは女性や高齢者でしたが、現在は若者も多く、若年者の約3割は非正規労働者になっていると言われています。現状の日本社会では彼らが正社員になる道は大変狭く、未熟練労働者のまま歳を取ってしまう可能性は決して小さくありません。未熟練労働者の増加は、このままでは大きな社会問題となりかねませんが、限定型正社員は非正規労働者の正社員への第1ステップとしても利用可能で、非正規労働者を減らす効果も十分に見込めます。
 ただ私は、今の日本に起きているのは給与格差問題というよりも「貧困問題」だと捉えています。なぜなら、図表1を見ていただければ分かるとおり、バブル崩壊以降は300万円以下の層だけが増えていて、300万~800万円や800万~1000万円の中間層は低下傾向にあり、それ以上の層はほぼ変わっていません。つまり、日本は全体的に貧乏になっているわけです。これを改善するためには、先にお話ししたとおり、企業のグローバル展開の推進や公共投資・社会保障などの国費の抑制がやはり鍵となるでしょう。そうして、非正規労働者などの貧困層はもちろんのこと、中間層や高所得者層も含めて、まずは日本社会全体にもっと富を回すことが重要だと考えています。

これからの時代に合わせた新たな「働き方ポートフォリオ」

それでは、雇用の流動化については、どのようにお考えでしょうか。
特に、今や日本に500万人もいると言われている「社内失業者」についてのご意見や
改善策をお聞かせいただけたらと思っています。

図表2

図表2 ライフステージに応じた「働き方ポートフォリオ」のイメージ図

 日本社会は、先にご説明したとおり独特の日本型正社員制度が根づいており、高度経済成長期以降、転職は盛んではありませんでした。また、優秀な人材の選抜が海外企業に比べて遅く、中高年でも出世競争の逆転が可能である会社も多いため、身の振り方が難しい側面もあります。さらに、大企業と中小企業の賃金格差が大きいために、住宅ローンや教育費の支払いに追われる中高年が社外に飛び出しにくいことも事実です。これでは流動化は進みません。結果的に、バブル期採用の中高年人材が大企業で大量に余剰人員となってしまっています。
 この課題を解決するためには、30代、40代の比較的早いタイミングで雇用の流動化が起こる仕組みを作る必要があるでしょう。その意味で企業には、多少の人材流出は中長期的にはかえって自分たちのためにも良いのだと考えて、人事・教育制度全体を見直していただきたいと思います。特に企業と大学やビジネススクール、職業訓練学校などが協力して、「学び直しの場」を作り上げる必要があります。

 また、リンダ・グラットンが『ワーク・シフト』で提案している「連続スペシャリスト」も新たなキーワードとして重要になると思います。連続スペシャリストとは、「いくつかの分野について深い知識と高い能力を蓄え」ている人のことです(『ワーク・シフト』P.236)。それを目指す際に重要となるのは、「はじめのうちは本業をやめず、副業という形で新しい分野に乗り出すこと」(『ワーク・シフト』P.277)で、会社も研修などの形でそのような社員の行動を支援すべきです。そうして若いときから社員たちが外に目を向けていくことが、長い目で見れば会社にとっても社員にとっても良いことなのですから。
 ところで、私は以前、「働き方ポートフォリオ」(図表2)というものを考えました。これは日本型正社員制度と夫婦分業モデルが対になっているように、「日本型正社員+限定型正社員制」に合わせた働き方モデルです。その時々のライフステージに合わせて、正社員、限定型正社員、派遣社員、契約社員と働き方を柔軟に変えていけるのが特徴です。学び直しの場の整備や連続スペシャリストの奨励など、さまざまな環境が整って雇用の流動化が起これば、このポートフォリオのような働き方は十分可能になります。

サステナブルでないことが
日本の経済・社会システムの最も重要な問題です

いろいろとお聞きすると、従来の日本社会独特の制度を活かしながら改善していくことで、
未来の危機にも十分対応できるのだと思えてきました。
それでは最後に、日本の問題点を改めて一言でまとめるとどうなるのでしょうか。

図表3

図表3 生産性、賃金、物価の日欧米比較

 現状の日本経済の問題点は、「サステナビリティ―(持続可能性)のなさ」に尽きます。サステナビリティ―とは北欧諸国がキーワードとしてきた言葉で、経済成長を実現しながら、中長期的視野に立ってグローバル化・高齢化・環境制約といった人類共通の問題にも取り組むことを指します。
 日本経済や日本社会は、まだまだサステナブルではありません。その一例を挙げると、現在欧米では物価や賃金が上がっているのに、日本は下がり続けています(図表3)。なぜかといえば、アメリカの企業は頻繁にイノベーションを起こして新市場を作り、ヨーロッパの企業がブランドやデザインで高価格を維持しているのに対して、多くの日本企業が過当競争に巻き込まれているからです。ですから、機能が向上しても価格が上げられず、売上も伸びません。

 しかし、日本には、なぜか売上が伸びていないにもかかわらず低成長を続けている企業が多くあります。非正規雇用などを利用して賃金を下げ、支出を抑えているためです。しかし、そのような会社が多くては、経済成長は覚束ないでしょう。そして、経済成長なくしては、サステナブルな経済構造にはなりえません。
 サステナブルな日本経済・日本社会を実現するには、これまでお話ししてきたように、国は公共事業を減らし、社会保障費を減らし、一方で現役世代への社会保障を充実させなくてはいけません。企業はグローバル展開を推進させ、限定型正社員を普及させる必要があります。個人も連続スペシャリストを目指すなど、意識を変えていくことが欠かせないでしょう。最初に述べたように、アベノミクスの効果が効いている今こそが、そのような改革の絶好のチャンスです。

インタビュー:古野庸一

山田久氏プロフィール
株式会社 日本総合研究所 調査部長 チーフエコノミスト
1987年、京都大学経済学部卒業。2003年、法政大学大学院修士課程(経済学)修了。
1987年、(株)住友銀行(現三井住友銀行)入行。(社)日本経済研究センター出向を経て、1993年より (株)日本総合研究所調査部出向。2003年、経済研究センター所長に就任。マクロ経済研究センター所長、ビジネス戦略研究センター所長を経て現職。研究・専門分野はマクロ経済分析、経済政策、労働経済。特に注力するテーマは、新しい労働市場のグランドデザイン、グローバル化のなかでの地域活性化。主な著書に『北欧モデル 何が政策イノベーションを生み出すのか』『市場主義3.0』『デフレ反転の成長戦略』などがある。

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