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2030年の「働く」を考える

オピニオン#13 八代教授 2014/2/3 「フラット+実力主義」の人事制度が、2030年には当たり前になるでしょう 国際基督教大学客員教授・昭和女子大学特命教授 八代尚宏氏

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社会視点仕事上では年齢が一切関係なくなり、発揮した能力と成果だけで給与が決まるようになります。
個人視点個人が自分でキャリアを考える時代、昇進のために自分で手を挙げる時代が来ます。
人事視点人事機能を各部局に分散させ、人事部は社内を中心とした
マッチング(人材サービス)に専念するのがよいでしょう。

日本企業も、ジョブ・ディスクリプションを交わすようになります

八代先生は『労働市場改革の経済学』などの著書で、日本の労働市場・労働環境を改革する必要性を訴えていますが、2030年、日本の働く環境はどのようになっていると思われますか。

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 長期予測の際に最も確実性が高く信頼できるのは、人口推計です。それによれば、2030年には人口構成の逆ピラミッド化、すなわち少子高齢化が進んでいることは決定的ですから、いわゆる「日本的雇用慣行」も一変しているでしょう。日本的雇用慣行は、戦後のピラミッド型人口構成のもとで発達したもの。経験豊富な中高年社員が相対的に貴重だったからこそ、年功賃金体系や終身雇用が成立していたのです。対して、今後の逆ピラミッド型ではベテランが過剰で、逆に若者が貴重な存在となります。そのような時代に適しているのは、年齢や経験に関係なく同一労働・同一賃金の「フラットな賃金体系」です。ただ、その仕組みだけでは実力の差に応えることができませんから、フラットな賃金体系に「能力主義賃金体系」を組み合わせたものが主流となると考えられます。
 能力主義賃金体系になると収入格差が広がるという批判がありますが、それは大きな問題にはならないはずです。なぜなら、本来はそこに自発的な選択の余地があるからです。私の勤務していたOECDではすでに能力主義賃金体系をとっていましたが、課長ポストの公募があっても手を挙げる人は少数でした。課長になると給与も増えるけれど、それ以上に仕事量も増えるので、「昇進しなくてけっこうです」という人が多かったからです。少子高齢化の世の中では、中高年社員の数に対してポストが少なくなりますから、このように生活をエンジョイし出世を嫌がる人が増える方が好都合です。より多く働きたい人だけが、より重い責任を担い、高い給与をもらうために競争するようにすれば、誰にも不満はないでしょう。
 しかし、現状の多くの日本企業では、能力主義賃金体系を実現するのは難しい。なぜなら、明確なジョブ・ディスクリプション(職務内容を詳細に記した文書)がないために、上司が部下に仕事を押し付けることができるからです。フラットな賃金体系と能力主義賃金体系、そして明確なジョブ・ディスクリプションはセットで導入しなくてはいけません。現在とは逆に、部下がしない仕事を上司が引き受けるしくみに変更して、昇進するほど仕事量を増やし、社内労働市場での需給バランスをとることが能力主義賃金体系の大前提です。
 以上を踏まえて、2030年には、日本でも企業が一人ひとりとジョブ・ディスクリプションを交わし、年齢にかかわらず、そこに書かれた業務だけを行うのが当たり前になると私は思います。つまり、清家篤さんの言葉を借りれば、「エイジフリー」の時代が来るのです。仕事上では年齢が一切関係なくなり、発揮した能力と成果だけで給与が決まるようになります。今の日本では、出世したくない人まで、一定の年齢になるとマネジメントをしなくてはいけませんが、そんな不合理なルールは早晩なくなるでしょう。

これからの人事は、社内を中心とした
「マッチング(人材サービス)」に専念するのがよいと思います

そのような働き方になっていくとき、人事はどのように行動し、変わっていくべきでしょうか。

 『人事部はもういらない』という本にも書きましたが、日本企業は今後、人事部の役割を見直す必要が出てくるでしょう。今までの多くの日本企業は、年齢・年次を中心に見て配置や昇進を考えればよかったのですが、これからはジョブ・ディスクリプションをベースにして個人が自分でキャリアを考える時代、昇進のために自分で手を挙げる時代になっていきます。そうなると、個別の能力やモチベーションを細やかに見る必要がありますから、一括集中で人事管理をするのはナンセンスです。私が勤めていたOECDもそうでしたが、多くの外資系企業では、採用・評価・配置などの機能は各部局に分散しています。日本企業も同様に人事機能を各部局に分散させ、人事部は社内やグループ内、時には社外も含めたマッチング(人材サービス)に専念するのがよいのではないかと思います。部局ごとの人材ニーズと個人の多様な能力・スキルを見極め、部局と社員をマッチングする機能こそ、これからますます企業に必要とされるものです。採用・評価・配置などは各部局に任せたらよいのです。

しかし、新卒一括採用がなくなるとはなかなか考えにくいのですが。

 おっしゃるとおり、新卒一括採用はすぐにはなくならないかもしれません。ただ、これまでのように大量に新卒者を採用し、彼らを一から育成していくのは、低成長社会では過剰投資です。今後、多くの企業が人材への投資を厳しく選別しはじめたら、新卒一括採用は徐々に減ってくると思います。2030年には、新卒採用を行うのはごく一部のコア社員だけで、ほとんどが中途でのキャリア採用という企業が増えるのではないでしょうか。

大企業の雇用保障という機会費用さえ下がれば、中高年人材の流動性はきっと高まります

今お話しいただいたような賃金体系や組織の改革は簡単にできるものではありません。
会社を変えていくために、具体的にどうすればよいのでしょうか。

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 例えば、柳川範之さんが提言されている「40歳定年制」は、働く人たちの意識を変え、会社を変えるのにとても効果的だろうと思います。20年というスパンを最初に提示しておけば、皆が自律して自分のキャリアを意識するようになるでしょう。60歳で転職しろといわれても難しいですが、40歳なら選択肢は豊富です。それに20年働けば自分の能力や適性もはっきりするでしょうから、今の会社に残るか転職するか起業するか、自ら道を選べるはずです。だいたい、40年後まで会社があるかどうかわからない時代なのですから、もっと短期の契約にするのが時代に合った対応というものです。国や会社が変えようとしないなら、いずれは働く側から、契約期間の短縮を要望するようになるのではないでしょうか。
 この制度が定着すれば、人事は否が応でも変わらざるを得ません。少なくとも、従来の年次による集中管理では済まなくなります。さまざまなインセンティブを与えて社員を動かす工夫をするなど、個別のモチベーションに注目する組織になっていく必要があります。
 このような話をすると、「社員の忠誠心が下がるので困る」と言う経営者がいますが、現在すでに、会社への忠誠心で働いている人がどれだけいるでしょう。今後はますます、忠誠心などではなく、自分の市場価値を高めるために働く人が主流になります。そうなれば、会社のWinと人のWinを一致させる工夫がどんどん必要になってくる。これがまさに、先ほどお話しした「マッチング機能としての人事」の任務となるでしょう。

現状で特に潜在的な問題となっているのは、「中高年の社内失業」です。
これはどのように解決していけばよいでしょうか。

 今、大企業に属する中高年社員の多くは、年功序列の仕組みのもとでゼネラリストとして経験を積んできました。ゼネラリストがこれから必要ないかといえば、そんなことはありません。特に中小企業を中心として、その能力を必要としている会社はたくさんあります。多くの中高年社員は、閑職に我慢しながら飛び出すリスクをとれずにいるのですから、大企業の雇用保障という機会費用さえ下がれば、きっと流動性は高まります。その意味では、65歳までの継続雇用の義務付けは、機会費用をさらに上げる施策で、時代に逆行しています。企業内や日本社会のモラールダウンという意味でも決して良い政策とはいえません。

これからの家庭の標準モデルは「共働き」それに合わせて、
社会や会社が変わっていくでしょう

個人の側は、どのように対応していけばよいのでしょう。

 まず、これからは間違いなく「共働き」が家庭の標準モデルになります。専業主婦は稼ぎの良い世帯主のステータスシンボルのようなものになり、一般的ではなくなるでしょう。そして、それに合わせてライフスタイルも社会も企業も変わっていくでしょう。
 まず、ワークライフバランスが当然のものとなります。賃金よりも労働時間の短縮を選ぶ人や、本人の意に反する転勤のない雇用形態を選ぶ人が多くなります。また、特に一戸建ての住宅ローンは転職する際のリスク要因になりかねませんから、売買しやすいマンションがより人気となります。2人とも働くとなれば通勤時間を短くしたいですから、自然と都市部のマンションに暮らす家庭が増えます。ですから、東京などの大都市は、これからパリ・ロンドン型の都市部居住型になっていくのではないでしょうか。都市部への人口集積が進むと、介護・医療・保育などの面でも効率化が進みますから好都合です。すると高齢者も都市部に集まってきます。彼らは地域で買い物をしますので、シャッター通りも減るでしょう。そうして都市部の夜間人口が増えれば、都市部のインフラの有効活用も進みます。

コミュニティカレッジのような職業教育の場を充実させる必要があります

ところで、新卒一括採用が減るとなると、多くの人は最初の職業訓練をどこで受けたらよいのでしょうか。

 新卒学生に限らず、日本には職業教育の場、アメリカのコミュニティカレッジのような場が圧倒的に不足しています。今の日本では、すべての大学は研究機関とされていますが、それは時代に合っていません。大部分の大学は教育機関、一部の大学と大学院だけが研究機関と、アメリカに近い形で大学・大学院の棲み分けをした方がよいと思います。さらに言えば、大学院にもプロフェッショナルスクール、ビジネススクール、メディカルスクールなどの職業につながった教育機関がもっと存在すべきでしょう。個人が自分でキャリアを考える時代には、こういった職業教育の場の充実が欠かせません。
 その面では、小泉政権時の構造改革特区で立ち上がったデジタルハリウッド大学などが1つのお手本になるのではないでしょうか。この大学は映像・CG・Webサイトなどの制作を学ぶデジタル時代のアートスクールですが、都心のオフィスビルのなかにあり、講師のほとんどが実際に現場の第一線で働く非常勤講師です。企業研修やOJTに近い実践的な学習をするのですから、デザインやITの実務家に教わる方が理にかなっているのです。こういった学校をもっと増やすべきです。
 経営学の世界でいえば、アメリカでは大学のゼミで会社を創り、優秀な学生はそのままベンチャー企業を立ち上げます。日本にも、そういったベンチャー企業を積極的に育てる大学があってもいいのではないでしょうか。日本の場合、優秀な人材から官公庁に入っていきますが、それは人材の無駄遣いだと思います。最もクリエイティブな人たちは起業を志し、定型的な業務に向いた人が官公庁に入る社会にしていかなくては、これからの日本経済の成長はおぼつかないでしょう。大学は、その起爆剤にもなれるはずです。
 もう1つの手立てとして、今もすでに新卒派遣や紹介予定派遣というものがありますが、私は派遣のすべてを、期限を定めない紹介予定派遣にしたらよいのではないかと思います。派遣会社が十分な職業教育の場を用意して、そこで鍛えられた人を企業に派遣し、その人が気に入ったら企業が派遣会社に賃金に比例した紹介料を払う。そのような仕組みを一般化することで、職業教育の問題を緩和できるはずです。このように、派遣制度は使い方次第で企業にも個人にも十分にメリットのある有用な仕組みです。日本社会は派遣制度をもっと上手に活用すべきでしょう。

優秀な留学生たちが、もっと日本で働きやすい環境をつくってもよいのでは

他には何か、今後の日本経済の起爆剤となるものはないでしょうか。

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 今、外国人採用に力を入れている日本企業が増えています。グローバル化が急速に進んでいますし、日本人の若者は減る一方ですから、当然の動きです。特に日本に来る外国人留学生は語学に堪能なだけでなく、ハングリーな人材が多いわけですから、今後は彼らをもっと積極的に日本社会に受け入れ、働いてもらうべきでしょう。
 彼らを本格的に受け入れるためにはまず、最初にお話ししたフラットな賃金体系が欠かせません。就労ビザの緩和などの改革も進める必要があります。それから、現在はODAで行っている外国人研修制度のルールを変えて、そのままずっと日本で働けるようにするべきです。

労働者の流動化よりもまず、経営者の流動化を

最後にメッセージをいただけたらと思います。

 これまでお話ししてきたことは、早急に取り組まなくてはいけない問題ばかりです。しかし、その割に日本の経営者は総じて判断スピードが遅いようです。外資系企業の経営者から、そのような声をよく耳にします。改革を進めるためには、日本企業は何よりもまず、経営者の流動性を高めなくてはいけないのではないでしょうか。竹中平蔵さんが「『労働市場の流動化』と共に『経営者の新陳代謝』も必要だ」とおっしゃっていますが、まさにそのとおりです。経営トップの能力が不足していれば、それに従っている労働者は悲劇です。しかし、多くの日本企業が能力の高さではなく、年功で経営トップを選んでいるのが現状でしょう。それを改善するために、企業買収をさらに容易にして、経営者の流動性を高める政策なども今の日本には必要だと思います。

インタビュー:西山浩次

八代尚宏氏プロフィール
国際基督教大学客員教授・昭和女子大学特命教授
1946年生まれ。1968年国際基督教大学教養学部卒業。1970年東京大学経済学部卒業、経済企画庁入庁。1981年米国メリーランド大学Ph.D.取得。OECD経済統計局主任エコノミスト、上智大学教授、日本経済研究センター理事長、国際基督教大学教授などを経て現職。第一次安倍内閣で経済財政諮問会議議員を務めた。主な著書に『日本経済論・入門―戦後復興からアベノミクスまで』『規制改革で何が変わるのか』『労働市場改革の経済学』『人事部はもういらない』などがある。

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