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オピニオン#3 柳川教授(後編) 2013/11/1 “人生三毛作”と考えて、何度も学び直しとスキルの再構成を行いましょう 東京大学大学院経済学研究科・経済学部 教授 柳川範之氏

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個人視点バーチャルカンパニーで独立・転職の予行演習をしませんか。
企業視点大学などと組んで、学び直しの場を新たに用意するべきです。
社会視点硬直した今の正社員制度を改め、流動性を高めることが雇用を活性化します。

必ず、「学び直しの場」を同時に充実させる必要があります

それでは、「40歳定年制」の具体的な内容を教えていただけますか。

写真1

 「40歳定年制」は、具体的には法律を改正して、期限が契約に明示されていない無期契約は20年の雇用契約とみなし、その代わり、期限が明示されている有期雇用契約は、10年でも40年でも認めることとしましょうという提案です。20年雇用をベースに、多様な正社員のカタチを実現できるようにするのです。これで限定的・硬直的な正社員制度の問題は解決でき、高齢者や女性の雇用を増やすことができます。また、40歳定年制によって企業は若者の正社員雇用を躊躇しなくなりますから、新卒採用も増えるでしょうし、非正規雇用の問題も解決できると考えています。転職マーケットが大きくなるわけですから、全体的に雇用を活性化する効果もあるはずです。
 さらに、この改正によって、およそ20年をひと区切りとする20~40歳、40~60歳、60~75歳の“人生三毛作”を根付かせ、人生で2~3回程度転職するのが普通であるような社会を実現するのがねらいです。そして、70代でもやる気と能力のある方は活躍の場が得られるようにするのです。
 このとき、必ず「学び直しの場」を充実させるようにします。ある程度の期間、腰を据えて、新たな能力を多様に身に付けると共に、これまでの経験や知識を自分なりに整理することで、自分のスキルの汎用性を高められるよう、社会人大学院やビジネススクールなどを整備するのです。その場を経てから転職することで、多くの人が次のステップへスムーズに入っていくことができるようになります。
 これは、現在の日本の大学教育では到底不十分ですし、既存のビジネススクールにも限界があります。企業のニーズを反映した実践的で多様なカリキュラムを新たに作り上げなくてはいけません。ただ、多くの企業がまだ40代以降の社員に求めるスキルを明確にできていない部分もあり、整備にはある程度の時間がかかりそうです。さらにいえば、企業が「外部での学び」を積極的に評価するよう姿勢を変える必要もあります。これから検討の必要な大きな課題の1つです。

今の40~50代には特に大企業での「社内失業者」が多く、逆に中小企業やベンチャー企業に
その年代の人材が不足しているという問題があります。その解決にもつながるのでしょうか。

 おっしゃるとおりです。今の40~50代に絞れば大きな問題はそこにあり、40歳定年制は大企業から中小・ベンチャー企業への移行促進にもつながるでしょう。今の雇用システムで最も不幸なのは、50代そこそこで突然リストラに遭い、住宅ローン、子どもの教育、親の介護などの問題を抱えながら再就職ができない状況に陥ることです。社内失業者は一説に500万人とも言われるほど存在し、事実、昨今行われている大企業のリストラ策では社内失業者が主なターゲットとなっています。今後、そのようなリストラ策が増えると、社内失業者が一気に本当の失業者となってしまい、大きな社会問題にもなりかねません。
 その際、学び直しの場が充実していれば、再就職の可能性は確実に上がります。ずっと同じ会社にいては、自分の能力を客観的に見つめるのは難しいもの。大学院やビジネススクールなどで同年代のまったく違う業界・会社の人たちと多く触れあうことで、自分の強み・弱みが明確になり、転職や異動に弾みがつくはずです。こういった学び直しによるスキルの再構成が、自身の雇用リスクを減らす何よりの近道です。

自己防衛策の1つとして、
「バーチャルカンパニー」をお勧めします

40歳定年制のメリットはよく分かりました。ただこれは、たとえ実現するとしても、
すぐに施行できる施策ではありません。そこで、いつリストラなどに遭うかも分からない個人が、
今、自分でできる対応策は何かないでしょうか。

写真2

 今、私はそのような方々に「バーチャルカンパニー」の設立をお勧めしています。友人、知人、同僚などと共に架空の会社を作ってみるのです。そして、休日に草野球をやるのと同じ要領で集まって、ビジネスプランなどを皆で立てるわけです。こうして、今の会社を出る事態になったとき、具体的に自分に何ができ、何ができないのか、どうしたらよいのかを予行演習するのです。当然、バーチャルカンパニーが実際の起業につながることもあるでしょうし、それがきっかけで転職への道を歩むこともあるでしょう。
 なお、バーチャルカンパニーはオープンに設立されるべきもので、企業もそれを積極的に支援すべきです。これは企業にとってもメリットになることなのですから。

企業としては、40歳定年制は流動性が高まり、日本企業の強みである「すりあわせ型」のコミュニケーションが弱くなってしまうことへの懸念もあると思います。その点はどのようにお考えでしょう。

 40歳定年制は、名前こそ派手ですが、中身はそこまでドラスティックな変革ではありません。アメリカ型を一辺倒に目指すのではなく、今の日本型とアメリカ型の中間で、現実的な雇用制度の着地点を作ることを目指しているのです。特に、日本企業の長期的雇用をベースとした連帯感や安定感はメリットも大きいと考えています。このメリットを最大限活かしながら、時代に合った雇用制度を考えた結果が、40歳定年制です。
 40歳定年制とは終身雇用を完全に否定するものではありません。有期雇用では40年契約、50年契約も可能ですから、「我が社は終身雇用を守る」と宣言する会社があってよいと思います。また、40歳定年制になったとしても、おそらく40歳までに多くの人が退職するような事態には、日本の場合はならないと思います。日本人の気質を考えると、かなりの数の人が結局はそのまま同じ会社と新たな契約を交わす道を選ぶはずです。
 ただ、現状では、終身雇用を空約束したままで50代になったらリストラをする、という「裏切り行為」のような例が徐々に増えています。今後、このままの雇用制度でそれを続けていては、形式と実態の乖離が広がり、会社の信頼が損なわれるばかりです。それは良くありません。それなら、会社は責任範囲を「20年」と最初から明確にすることで信頼を保った方がいいのではないかと思うのです。それに働く側も、最初から40歳定年と言われていれば、多くの人が自律して「次」と「先」を考えるはずです。

インタビュー:古野庸一

柳川範之氏プロフィール
東京大学大学院経済学研究科・経済学部 教授
1988年、慶應義塾大学経済学部卒業。1993年、東京大学大学院経済学研究科博士課程修了、博士号取得。慶應義塾大学経済学部専任講師、東京大学大学院経済学研究科助教授、准教授を経て、2011年より現職。研究分野は金融契約、法と経済学。主な著書に『日本成長戦略 40歳定年制』『法と企業行動の経済分析』『元気と勇気が湧いてくる経済の考え方』などがある。

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