2030年の働き方を考えた場合、労働人口が減少するなかで、年金支給開始年齢が上がる可能性もあり、70歳まで働く世界がやってくる可能性が高い〈オピニオン#1柳川教授〉。一方、昨今の変化の速い経営環境で、企業が社員を一生涯にわたって雇用し続けられるかどうかは、ますます不透明になってきている。リストラまでは実施しなくても、多くの企業で中高年層のだぶつきが課題となっており、「雇用保蔵」や「社内失業」などという言葉が示すようなミスマッチが生じているのが現状だ。個人にとっても、企業にとっても、社会にとっても、このようなミスマッチは、個人の意欲、組織としての生産性の観点からも決して望ましい状況ではないだろう。無理にその組織にとどまるのも1つの選択肢かもしれないが、理想を言えば、中高年層も再度活躍できる場を求める「自律的な転職」という選択肢をもてる環境が望ましいのではないだろうか。そこで今回は、中高年層の転職について、各種調査などから現状を俯瞰し、流動化の阻害要因や今後の可能性を探ってみたいと思う。
図表1は従業員規模別に年齢別の雇用者(正社員)の状況を示したデータである。明らかに大企業では中高年雇用者数が構造的に多くなっており、中小企業は30代社員の方が多いことが見て取れる。
図表2は、上記同様、総務省統計局「就業構造基本調査」のデータより、1000名以上企業の人員構成を昭和62年と平成24年とで比較したものだが、25年間で大きな山となっている現在の中高年層が、そのままのボリュームで移行してきており、若手が大きく減っていることが見て取れる。この形がそのまま移行したら、2030年の組織はどのような状態になるのであろうか。
図表1 | 従業員規模別、年齢別の従業員構成 ※総務省統計局「平成24年就業構造基本調査」より作成 |
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図表2 | 年齢別の従業員構成 ※総務省統計局「昭和62年就業構造基本調査」「平成24年就業構造基本調査」より作成 |
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次に、中高年の転職活動の状況も見てみよう。これらは2012年のリクルートワークス研究所「ワーキングパーソン調査」からのデータである。年齢別に中高年の転職の実態に着目する。図表3は、転職活動を開始してから、現在の就職先に応募するまでの期間のデータである。転職活動がスムーズであれば、その期間はより短くなることが想定されるが、正社員全体の平均11.3週に対し、最も短いのが18~24歳で6.9週、転職活動の期間が最も長いのが40代で19.3週となっている。特に、1年以上かかった人が12.8%もいるのが特徴的だ。
転職活動期間中にどの程度の数の会社に応募したのかを示すのが図表4である。応募した会社が最も多いのも、やはり40代だ。10社以上応募した人たちが36.8%を占めるのも、中高年の転職状況の難しさを物語っているといってよいだろう。
このように中高年の転職を難しくしている要因には何があるのか。図表5は、転職の阻害要因を年齢別に調べた結果である。若手はスキル・能力面が阻害要因になる傾向があるが、年齢が高くなるにつれ、求人の年齢制限と収入の問題が大きくなっていることが示されている。
収入の問題に関しては、実際に一般労働者の賃金を見てみると(図表6)、大企業と中小企業では賃金のカーブが異なっている。つまり、年齢が上がるにつれて、大手企業と中小企業との平均賃金の格差が大きくなっている。この賃金格差が、特に大手企業から中小企業への転職・流動化を阻害する要因だと想像できる。昨今の経済状況から見直しが検討され始めているが、現時点では、年功賃金が中高年の流動化の阻害要因になっているといえるだろう。
図表3 | 情報収集活動を始めてから現在の勤務先に応募するまでの期間(直近2年以内退職経験者/男女全体/正社員・正職員/年齢別/単一回答:%) ※出典:リクルートワークス研究所「ワーキングパーソン調査2012」 |
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図表6 | 大手企業と中小企業の賃金の年齢別比較 ※厚生労働省「平成25年賃金構造基本調査」より作成 |
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実際の中高年はどのような転職をしているのだろうか。先述のワーキングパーソン調査を見ると、35歳以上の転職者は、転職前企業の規模より小規模の企業への転職が多いことが分かる(図表7)。
一方、受け入れる企業側の状況はどうだろうか。図表8は、2013年雇用動向調査の一般労働者の中途採用状況を、大企業:1000名以上、中小企業①:100~1000名未満、中小企業②:5~99名で比較したデータである。大企業より中小企業の方が、中高年層である40歳以上の層を多く採用していることが見て取れる。
しかし、図表6で示したとおり、大企業から中小企業への転職では収入が落ちる可能性が高い。確かに、収入の問題が大きいのは現実として避けられない要因だが、転職活動に苦戦する中高年にとっては、転職先を、企業規模にかかわらず幅広く見ておくことが必要ではないだろうか。図表9はワーキングパーソン調査で直近2年に転職した人の年収の増減を調べたデータだが、40代の転職者でも、転職2年後年収平均が転職前年収平均を上回っている。中小企業では中高年層一人ひとりにかかる期待も大きいため、成果を上げることができれば、それに伴った年収が得られるのではないかと思われる。
また、受け入れ側企業も、中高年層の中途採用実績がある企業と、採用実績のない企業で採用に関する意向に差が出ているという調査もある(図表10)。ここから読み取れるのは、中高年を採用した企業は、また中高年を採用したいと考える傾向があり、中高年の採用経験が中途採用を促すことが多いということである。
図表8 | 企業規模別転職入社数(一般労働者) ※厚生労働省「平成25年雇用動向調査」より作成 |
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2030年までには、長く働ける社会が求められる。そのような社会を実現するために、企業側は年齢にこだわらない採用にチャレンジし、中高年社員の中途採用経験をもつ必要がある一方、中高年の働き手も、中小企業を自分の転進先の選択肢として考える必要があるだろう。
中高年の働き手が、転職における「年齢」と「キャリア・チェンジ」という2つの壁を乗り越え、円滑な労働移動を実現するために、人材サービス産業協議会は2012年7月、キャリアチェンジプロジェクトを立ち上げている。キャリアチェンジプロジェクトでは、中高年ならではの経験によって培われた能力を多角的に評価する「マッチング・フレームワーク」を開発し、中高年の労働移動を阻害するさまざまな要因を取り除くための社会・企業・個人への啓発活動を進めている。
このプロジェクトでは「ミドルのチカラ リーフレット」を作成し、実際の転職者が活躍しているケースなども紹介している(画像1)。実際に働いている人が、転職してどのように感じているか、どのように働いているかは、あまり知られていないのではないか。中高年人材の流動化が進むためには、活き活きと転進している人たちの情報がもう少し広まるべきだ。そのような情報が、企業・個人双方の背中を押すことになるだろう。中高年のミスマッチを少しずつ解消するためにも、個人・企業双方の認識を変える活動が増えていくことが望ましい。
■ミドルのチカラ リーフレット(一般社団法人人材サービス産業協議会) |
文/西山浩次