オピニオン

2030年の「働く」を考える

オピニオン#9 守島教授(前編) 2013/12/16 人の幸せをサポートする人材マネジメントが主流となっていくでしょう 一橋大学 大学院 商学研究科 教授 守島基博氏

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人事視点一人ひとりのニーズを考慮した人材マネジメントが、人事の役割の中核になっていきます。
人事視点人事がクリエイティビティを発揮して多様性に対応しないと、ビジネスに負ける時代が来ます。
個人視点マネジャーの力量がより問われる世の中になります。

今後は、人材マネジメントの個別性が高まっていきます

本日、守島先生には大きく2点を伺いたいと考えております。1つは、2030年に先生の専門である人材マネジメントはどうあるべきか。もう1つは、それに合わせて、個人の働き方はどうなっていくのか。まずは人材マネジメントの将来について、お話しいただければと思います。

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 間違いなく変わるのは、「守られている正社員」と「守られていない非正社員」という構図です。この2極に分かれるのではなく、正社員と非正社員の間にさまざまな雇用形態、さまざまなタイプの社員が生まれ、中心の正社員から周縁の非正社員に向けて、1つの会社のなかに雇用形態のグラデーションができていくでしょう。当然、タイプ別に異なった人材マネジメントが必要となります。
 さらに、重要なスキルをもつ人材に対しては、これまで以上に個別のマネジメントが行われるようになるでしょう。すでにデニス・ルソーが「I-deal」という概念を提唱して、未来は個別契約が進み、特に優秀な人材を確保するためには現状では考えられないような特別待遇も必要となるだろうと予測しています。日本企業の場合、ルソーの考えるほど極端には進まないとしても、すばらしいスキルの持ち主には、一人ひとりの評価方法や給与体系を変えるなど、個別対応を行うくらいのことは十分にありえるでしょう。
 また、雇用形態が多様になり、なかには個別マネジメントをしなくてはならない人材も出てくるのですから、現場での人材マネジメントの重要性は一層高まります。例えば、いかに評価の公平性と納得感を確保するか、マネジャーの力量がより問われる世の中になります。マネジャーにとっても人事にとっても大変なことですが、この傾向を避けることはできません。

非常に納得できるのですが、1つ気になることがあります。特に優秀な方は、社員ではなく業務提携・業務委託の形になることはないのでしょうか。

 十分にありえます。本当にクリティカルなスキルは業務提携・業務委託やさまざまな関係のなかで確保して、中間のマネジメント層などを社員として雇用し、標準的なスキルの従業員は非正規雇用とする。未来の日本企業は、このような構造になる可能性があります。業務提携・業務委託の部分は、現状では人事が直接関わることではないかもしれません。ただし、これからの人事は、人材確保と知識確保を両方見るという意味で、業務提携・業務委託も人事の業務の範囲内になることも十分に考えられます。今後、人事の管理する対象が、雇用契約を結んだ人たちだけでなく、企業間のアライアンスや業務委託などのなかでの知識移転にまで拡大する可能性は少なくないと思います。

これからの人材マネジメントの鍵は、「人の幸せ」

今後、日本だけで見れば経済は縮小し、報酬のパイが小さくなり、ポストも少なくなっていく可能性が高いと思います。そのとき、今までとは違うマネジメントが必要ではないかと思うのですが、その点はどのようにお考えでしょうか。

 おっしゃるとおりです。私は、これからの日本企業は「人の幸せをサポートする人材マネジメント」が主流になっていくと考えています。仕事を提供する一方で、自分や家庭を大切にする時間、子育てや介護の時間、オフの時間も確保できるよう制度・風土を整備して、充実した生活環境を従業員に約束すること、今の言葉でいえば「ワークライフバランス」の充足が、人事の役割の中核になるでしょう。そして、ワークライフバランスなどで個別性を確保しながら、いかに売上と利益を上げていくかが、経営や人事が最も頭を悩ますところになると思います。
 ただし、そう簡単には変わらないかもしれません。なぜかといえば、昇進や昇給を目指して競争を促す既存の人材マネジメントシステムが強固に存在するからです。戦後から一貫して続いてきた制度・風土を変え、システムを改革するには大変な時間とコストがかかります。しかし、少し言いすぎかもしれませんが、このシステムは人を犠牲にしたビジネス拡大を前提としており、今後の日本経済にはあまり適していませんから、いずれ改革が必要となるでしょう。
 その第一歩は、「企業経営では、人材こそ最も大切な資源」という視点を再度確立することです。これからの人は、単に命令されたからといって一生懸命に働いてくれるわけではありません。一人ひとりが自分のアジェンダをもって生きていく時代です。特に優秀層はそうです。人事がこうしたことを前提に人材を大切にする方法を考えるとき、改革が起こるのでしょう。

もっと「クリエイティブな人事」を目指さなくては

ワークライフバランスとセットで、「ダイバシティー」もよく話題になりますが、その点はどのようにお考えでしょう。

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 現状、ダイバシティーは主に採用やリテンションにまつわる表層的な問題と捉えられています。優秀な人材を採用し、確保するための武器として、女性や外国人などが働きやすい環境をアピールする企業が増えています。しかし、それは戦略的な考え方とはいえません。ダイバシティーは本来、能力の多様性とその有効な活用にまで踏み込んで語るべきことです。本質的には、ダイバシティーは採用やリテンションではなく、モチベーションやキャリアマネジメントに大きく関わります。ダイバシティー・マネジメントに手を抜くと、多様性が働く人の邪魔をして社員のモチベーションが低下します。さらに悪くなると退職率が上がります。最初に個別マネジメントの必要性をお話ししましたが、これもダイバシティーへの対応策の1つです。
 なぜ多くの日本企業がダイバシティーの本質を捉えられないのか。それは、多くの企業がいまだに同質の人材を集団として扱う「マス管理」を行っているためです。そのため、個別のモチベーションにはなかなか関わろうとしません。しかし、これからの人事はこれでは通用しないでしょう。私は、人事には「クリエイティビティ」が必要だと考えています。多様性のなかで出現するさまざまな状況に関わっていくつもの課題を発見し、それに対するソリューションを提供していく。人事がこのような創造性を発揮できなければ、ビジネス競争に負けてしまう時代が、すぐそこまで来ています。
 例えば、グローバル化が進むと、必ず人事にも現場に合わせた対応力が求められます。例を挙げれば、日本とインドネシアの「公平性」は違うのです。そこでどのような対応をするのか、どのように合理性を保った仕組みを作り、説明をするのか。これは、従来の同質性を前提としたマス管理とはまったく異なる創造的な業務です。優良な外資系企業の人事は、おおむねクリエイティブに考えています。日本企業の人事がそれをできない理由はありません。

人事は本来、「経営」と「人」の真ん中に立つものです

守島先生は「今の人事は経営に寄りすぎていて、人に寄り添っていない」ということをある論考で書かれていました。実はその点に関して、私たちも以前人事の方々にアンケートを取ったのですが、「私たちは戦略人事である」と答えた方が多く、「私たちは従業員のチャンピオンである」と答えた方の割合はとても少なかったのです。その点について、少し詳しく伺えたらと思います。

 私はかなり以前から、「戦略型人事部」の重要性を主張してきました。それは、昔の日本企業の人事には戦略的な視点、経営的な視点があまり見られなかったためです。今やその主張は十分に浸透して、多くの人事の方々が戦略的人材マネジメントを志向するようになってきました。現在では戦略的思考が当たり前になって人事の方々が経営をよく見るようになった一方、一部では従業員の視点に立ったマネジメントが疎かになっている傾向があると感じています。今お話にあったアンケート結果も、それを裏づけているように思います。
 人事は本来、「経営」と「人」の真ん中に立っていなくてはいけない、と私は考えます。経営視点の戦略的人材マネジメントは確かに大変重要です。しかし同時に、従業員視点に立って一人ひとりを見ていくことも欠かせません。そのバランスを取ることで、初めて企業全体に資する「人材のサステナビリティ」が確保できるのです。従業員を見ることを怠って、戦略的な視点からばかり考えていたら、ビジネスは持続できません。

インタビュー:古野庸一

守島基博氏プロフィール
一橋大学 大学院 商学研究科 教授
1980年慶應義塾大学文学部社会学専攻卒業。1982年、慶應義塾大学大学院社会学研究科社会学専攻修士課程修了。1986年、米国イリノイ大学大学院産業労使関係研究所博士課程修了。組織行動論・労使関係論・人的資源管理論でPh.D.を取得。同年カナダ・サイモン・フレイザー大学経営学部助教授。1990年、慶應義塾大学総合政策学部助教授。1999年、慶應義塾大学大学院商学研究科教授。2001年より現職。

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