オピニオン

2030年の「働く」を考える

オピニオン#5 石倉教授(前編) 2013/11/15 これからは金融資本以上に、人材資本が世界で重視されるでしょう 慶應義塾大学大学院メディアデザイン研究科 教授 博士(経営学) 石倉洋子氏

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個人視点いちはやく人材ギャップを制する国が、これから飛躍します。
企業視点人材ギャップを政治的に解決するのはなかなか難しいでしょう。
社会視点「個が輝く時代」が到来しつつあります。

今、人材ギャップに悩むのは日本だけではありません。世界中です

石倉先生は著書『グローバルキャリア』をはじめ、さまざまなところで今の日本の若い世代へ熱いエールを送っていらっしゃいます。2030年の「働く」を考えるとき、日本で働き盛りになっているのは今の若者たち。彼らがこれからどのように働けばよいか、行動すればよいか、ぜひアドバイスをいただけたらと思っております。

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 分かりました。個人のことに触れる前に、まず個人に大きく関係する世界の動向についてお話しします。とても大事なことですから。
 数年前、世界経済フォーラムがボストンコンサルティンググループの協力を得て、Skills Gapについて世界的に調査したことがあります。具体的には、2020年と2030年に、それぞれ国別、業種別、仕事別にどのような人材が不足するかを調べました。私もこのプロジェクトに参加したのですが、さまざまな事実を集めたところ、世界中でプロフェッショナルはもちろんのこと、テクニシャン(技術工)などのさまざまな人材が不足するだろうという結果(P.20)が出ました。
 しかし一方、多くの国で失業率は高止まりしていて、今後も簡単に減るとは考えにくい状況です。有効な手を打たない限り、人材は足りていないのに仕事のない人が多い傾向は変わらないでしょう。いわば「人材ギャップ」の問題です。日本でもよく議論されますが、実は今、人材ギャップは世界的な課題となっています。なぜかといえば、特にITとグローバリゼーションによって、世界が短期間で大きく変化しているから。この変化に教育システム・社会システムが十分に追いついていないのです。
 世界的な人材ギャップの問題、さらに「人的資本」という課題を重く見ている人は年々増えています。証拠として一例を挙げると、世界経済フォーラムが今年初めて作成したHuman Capital Report 2013でHuman Capital Index Rankingを発表しています。人材資本で国の競争力を測ろうとする指標で、2013年のランキングで日本は15位でした(The Human Capital Report 2013参照)。この指標ができた背景には、今後の世界では金融資本よりも人材資本の方が重要になるだろう、人材ギャップを制して質の高い人材を多く保持する国が、これから飛躍するだろうという見方があります。同種の指標は他の組織からもいくつか発表されていて、一種の流行になりつつあります。

結局、一人ひとりが力をつけることが人材ギャップ解消の一番の早道

 先ほどお話ししたSkills Gapプロジェクトが進化した”Talent Mobility”というプロジェクトで、その解決策を探ったことがあります。いくつかの方策が考えられましたが、有力なのはまず移民政策。それから、ITを利用した「バーチャル異動」も考えられます。また、求人と求職に関するインフォメーションギャップをなくすことが役立つという意見もありました。国家間を人が行き来しやすくするように資格を共通化するという方法もあります。もちろん、教育制度の改革も有効です。
 このような解決策を先駆的に試していたのがカナダ・ケベック州です。以前州の首相を務めていたジャン・シャレ氏は、フランスと「人材流動性に関する協定」を結び、ケベック州とフランスのどちらででも、協定で指定されたすべての専門職や技術職に従事することを容易にするなど、さまざまな施策を行いました。カナダ国内で唯一、フランス語のみを公用語とするケベック州ならではの取り組みです。また企業レベルでも、開発途上国の学校などでスキルトレーニングやIT教育を行い、長期的な国際的人材育成に取り組んでいるところがあります。このような取り組みも人材ギャップ解消に一役買うでしょう。
 しかし、移民政策などには政治的に多くの困難が伴います。また、教育機関は概して保守的な傾向が強く、改革がスピーディーに進むとは思えません。私はどのような政策よりも、結局は一人ひとりが自発的に力をつけることが人材ギャップ解消の一番の早道だと考えています。

2000年頃に、「時代が変わった」と思いました

ところで、先ほど世界が大きく変化しているとおっしゃっていましたが、
具体的にいつ頃から変わったとお考えですか。

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 世界でITバブルが起こった2000年頃に「時代が変わった」と感じました。その頃、ITの世界では、情報をオープンにして、さまざまな人が関わりながら試行錯誤をして完成を目指す仕事の進め方が出てきました。また同時に、国境、業界、組織の壁がどんどんなくなり、世界の「オープン化」が急速に進みました。これはIT業界にとどまらず、きっと世界を変えるだろうと感じたのです。事実、今、確実にそうなってきていることは皆さんもご存じでしょう。これは大変大きな変化です。

 私は昔フリーターをしていた時代から、さまざまな人とさまざまな仕事をしてきました。その頃からずっと、新しいことにチャレンジして、いくつかが成功すればよいという姿勢で仕事に取り組むタイプでした。以前は、私のようなやり方をする人は決して多くありませんでしたが、今やビジネスの世界でもスピード重視が基本で、組織を超えたコラボレーションが増えています。世界の「オープン化」が進んだ1つの影響です。
 また最近では、仮説・検証プロセスを採らずにすべての可能性を試して、そのなかから正しいケースを見つけ出すという「ビッグデータ」と「アナリティクス」も盛んに活用されてきています。なぜかといえば、コンピューターの性能が急激に上がり、大量の情報を簡単に処理できるようになったためです。SNSの膨大なデータやセンサーからのデータが桁違いに増えて、機械学習もできるようになり、大量の分析をするコストや時間がそれほどかからなくなったのです。
 ITとグローバリゼーションは、このように世界をさまざまに変えていますが、それを一言で表せば、「個が輝く時代」になってきたということです。情報がオープンになったことで組織や権威から個人へと力がシフトしました。さらに個人はITによって境界、物理的な場、距離、時間からも解放されました。多くの制約がなくなったことで、私たちはこれまでになかった自由と可能性を得ました。
 いよいよ若い世代が活躍する時代が来たのです。

インタビュー:古野庸一

石倉洋子氏プロフィール
慶應義塾大学大学院メディアデザイン研究科 教授 博士(経営学)
上智大学外国語学部英語学科卒業後、フリーの通訳などとして活躍。1980年、バージニア・ビジネス・スクールにて経営学修士(MBA)、1985年にはハーバード・ビジネス・スクールにて経営学博士(DBA)取得。1985年よりマッキンゼー・アンド・カンパニーにて、日本の大企業の戦略・組織・企業革新のコンサルティングに従事。1992年から青山学院大学国際政治経済学部教授。2000年から一橋大学大学院国際企業戦略研究科教授。2011年4月から現職。著書に『グローバルキャリア』『世界級キャリアのつくり方』(共著)などがある。

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